重ねるおもい
ここ一週間、鳥束と極力昼を一緒にしないよう避けている。 昼だけではない。 朝の登校時は早くに家を出る、放課後の下校時は燃堂のラーメン攻撃に積極的に乗るといった風に、出来るだけ奴に僕個人あての話を切り出させないよう、細工を施してきた。 といって別に、奴と喧嘩した訳じゃない。喧嘩して気まずくなって、もう顔も見たくないと険悪な仲になったという訳ではない。 ただ、とある期間が過ぎるまでは、出来るだけ奴と二人になりたくないのだ。 何故って、だって、だってなあ…今年のハロウィンの奴の企画、前回ほどではないにしてもひどいんだこれが。 大人のオモチャとかいかがわしい道具がなきゃいいってもんじゃないぞ鳥束。 お前、その情熱、勉強に向けろよ。 というか向けて下さい、こっち見ないで下さい。 始めの一日二日は、単なる偶然かと鳥束もちょっとガッカリするくらいでまた明日と明るかったが、三日四日続けばいい加減奴でも察する。 僕が、故意に避けている事に気付く。 五日目、鳥束はそれまでより早く下宿先を出た、ので、僕はそれよりもっと早く家を出て学校に向かった。 六日目、鳥束は休み時間ごとに教室に突撃してきた、ので、僕は常に燃堂を右か左に配置するようにした。 七日目、鳥束は幽霊に協力を仰ぎ僕の位置情報を把握しようとした、ので、僕はひたすら校舎内を歩いた。 そして八日目。 鳥束は気付いてしまった。 テレパシーで呼びかければいいのだ!…と。 今までは物理的に二人きりになる事に執着していたが、この方法を取ればたとえ授業中でも「二人きり」になれるじゃないか。 っち……鳥束め、ついにそこに行き着いたか。というか、行き着かない方がおかしいか。まあ人間、一つの事に没頭してしまうと周りが見えなくなるからな。しかも鳥束じゃしょうがないか。 とはいえ。これでは何の為に一週間便所飯してきたかわからないじゃないか! (斉木さん、斉木さん!) アイツと過ごすの、嫌いじゃない。他の誰とも違って、奴の前では取り繕わなくていいだろ、それは何より大きいんだ。何かと気の張る生活で、それらから解放される、息が楽になる、そんな相手はごく少ない。 (斉木さん、斉木さん!) まあ、四六時中真っ赤でどぎつい煩悩に晒されるのは疲れるけれども、奴が考える事といったら女体の事か、それでなきゃ僕の事、そのどっちか。それも爛れた欲にまみれがちだけど、悪からず思ってる相手に熱烈に求められるって、全然、嫌じゃない。 (斉木さん、斉木さん!) まあな、お年頃ってのもあるから完璧無欲になれってのも酷な話だろうな、だから、もう少し控える、薄める、とかしてくれたら僕も助かるんだがな。でもわからない訳じゃない、僕だって思わない訳じゃない、アイツと居る時、二人きりの時、自分だけ見てほしいとか、その唇に触れたいとか、それなりに欲は持ってる。我ながら気持ち悪いけど、よく、胸を占める。 (斉木さん斉木さん、斉木さーん!) はぁ…だから、そろそろ無視もやめにして、いい加減応じるべきだろうな。アイツがあんな奴だってわかった上で、僕は奴と付き合う事を決めたんだ。合わせる、妥協する、そういうのも、時には必要だよな。 それにしてもアイツ、こんだけ無視されても、苛々する事ないのな。ずっとずっと、ふわふわ浮かれた声で呼びかけてくる。僕の名前を呼べるのが嬉しくてたまらない、って感じに。 本当に変な奴。 根負けした僕は、昼休み、ついに自分から誘いにいった。 教室の戸口に僕を見つけて、まずハッとなり、それから目を嬉しげに細めて、いそいそと席を立った。 今日は天気が優れず加えてうすら寒いので、視たところ屋上には僕たち以外誰もいなかった。 馬鹿な話をするには好都合だ。 適当な場所に陣取り、弁当包みを開く。 「はー、久々の斉木さんとのお昼だ!」 この一週間、すっげえ寂しかったんスから! 『そうか。僕は静かでよかったんだがな』 「んもー、またそうやって心にもない事を言うー」 やめろ、肘でつついてくるのやめろ。 「ねえ、斉木さん斉木さん」 『うるさいな一回呼べば充分だろ』 「この一週間、何であんな頑なにオレ避けしてたか、もうわかってますけどね、でも言います」 そうか。あえて言うのか。 よし、その心意気に免じて聞くだけ聞いてやろう。 「ねえ斉木さん、三十一日はお菓子、一杯いーっぱい用意しますんで、お菓子の分だけイタズラさせて下さいな!」 ……うん。 「ハロウィンですから」 ……知ってるよ。しかしな鳥束…日本人は、海外から取り入れたものを魔改造するのが得意ではあるけれども、だからっていくら何でもひどいんじゃないか? 「楽しんだもの勝ちっス!」 『あのな、鳥束――』 「斉木さん、お菓子要らないっスか……? おい待て、何で急に捨てられた子犬みたいな顔するの? っち、やれやれ、お菓子はいる。欲しい。正直言うとな、少ない小遣いでやりくりするの、たまに嫌になる事があるから。お前がくれるならチマチマ悩まなくて済むしな、よしわかった 「交渉成立っスね!」 はぁ。本当に、嫌なんだがな。 |
昼過ぎにやってきたアイツは、お菓子が詰まった買い物袋の他に、肩に大ぶりのカバンをかけていた。何でも透かす目は、そこに一組の衣装が詰まっているのを視る。 わかっていたが、うわぁと顔が引き攣った。 これ、これが嫌だったんだよ僕は。 あの一週間の束避けは、これがあったからなんだよ。 アイツ、一ヶ月も前にこれ思い付いて、速攻で購入して、毎日毎日所かまわず、これ着た僕とあんな事しようこんな事しようと妄想駄々洩れにするから、僕は無駄な抵抗と知りつつ逃げ回ってたんだよ。 ついに来ちゃったよ。 その反応も予想内なのか、鳥束は自信たっぷりの顔で買い物袋にある中で一番高いお菓子…最高級コーヒーゼリーを取り出し、着てくださいと言ってきた。 食べたいなら着てください。 ぐ、汚いぞ鳥束…という間に、僕は着替えを完了した。一応、渋々の体は取ったが、鳥束は早着替えに目を丸くしていた。 そういう条件だったろ、だから従ったまでだ。 お前が言い出した癖に引いてんじゃねえよ。 いいからコーヒーゼリーを寄越せ。 この衣装のせいでさっきから、鳥肌立ちっぱなしなんだ。 せめて食べてる間だけは、何も考えず幸せに浸る事が出来るんだ。 僕は現実の一切合切を無視して、コーヒーゼリーのもたらす至福の時間にうっとり酔いしれた。 そして・・・ |
「斉木さん、お菓子いる?」 『……いる』 「じゃあ口開けて。うん、もう少し……そんで舌べーって出して」 鳥束の手にあるハロウィン限定パンプキン味ポッキー欲しさに、僕は言われた通り舌を伸ばした。 「いい子っスね。はいどうぞ」 あー…僕、なにしてんだろ というわけで、お菓子を食べたり食べさせてもらったり時々ピー音が入るような事もしたり…ほぼずっとピー音だった気がする…しまくって、甘いお菓子と共に鳥束と甘い時間をたっぷり過ごした。 ぶっちゃけるとかなり爛れていた。 ダラダラと抱き合っては合間にお菓子食べてまたやって、繋がったまま食べさせてもらったりアンアン喘いだりして、結構際どいプレイもした。 熱が醒めた今思うと、なんて馬鹿な事をしたのだろうと記憶操作したくてたまらないが、最中は二人してノリノリでいつもより盛り上がった。 安物ペラペラのメイド服でも、一旦スイッチが入るとああまで狂うものなんだな。 まあ、まあまあ、中々造りはしっかりしてたがな。 それと、鳥束って、メイド服のこだわりはクラシカルなんだな。 黒のロングワンピースに、控えめなフリルのついた白エプロンとか、ちょっとびっくりした。 『もっと馬鹿みたいに露出の多い、腕も脚も肩も背中もむき出しで、やたらスカートフワついたデザインにするかと思ってた』 「えー、オレ、そう?…てかね、これは斉木さん向けなんスよ。斉木さんはこういう、古き良きーって感じのが、絶対似合うと思って。想像以上にかーわいいっス!」 『……うげ』 重ねて言うが、ちゃんと嫌だって素振りは見せたぞ。崩さなかったからな。でもお菓子が…小遣いが…苦渋の選択を強いられ、僕は袖を通した。楠雄のままでだ。着てすぐは寒気が止まらず鳥肌走りっぱなしで、こっからどうやってイタズラ…セックスにもっていくんだよと萎えに萎えていた。股間はピクリとも反応しなかった。 ――お客様用のお茶菓子を盗み食いしたメイドをお仕置き とかいうロールプレイをおっぱじめた鳥束に、テンションはマイナス急降下した。というか食べさせてきたくせに、何が「盗み食い」だよ、設定グダグダじゃねえか。 そっからよくもノリノリに持っていけたよな、鳥束のやつ。最低だがある意味見直した。 かなり感度も高まって、お互い何度もいきまくった。 奴の毒気に当てられて一時的におかしくなっただけ…だが、それにしたって、スカートの中に頭突っ込んでエロジジイ張りに舐め回すコイツを見ても、引くどころか興奮するとか、僕って。僕って。 最悪だが、最高に気持ち良かったのは事実だ。 うーん…たまにはああいうプレイも悪くない。 あくまでたまにはな。 まあそんなわけで、お互い気分よくへとへとになった。 僕は膝と股関節がだるくて、鳥束は腰がだるくて、だからその後は部屋でダラダラ思い思いに過ごした。 「予算に余裕があったら、クラシカルナース服も買いたかったんスよ」 『あぁ?』 「どっちかしか買えないから、どっちにするかすっげぇ悩んで、メイド服にしたんス」 『クソふざけた奴だな』 「終わった途端これだよ…最中は可愛い声でオレの事ぎゅうぎゅうに締め付けてきたの――うげぇっ!」 『締め付けてほしいならいくらでも締め上げてやるよ、お前の首をな』 「ギブっ……ギブっ……!」 潰れた声で降参タップを送りつつも鳥束は、どうせ首なら亀頭にして…なんて考える余裕がありやがった。 本気で締め落としてやりたい。 ああ、僕はなんでこんな奴と。 |
まだ沢山残ってるお菓子を食べながら、僕は椅子に座って本読んだり、鳥束はテレビ見たり、時々お喋りしたり、自由気ままに過ごしてて、ふと気付いたら鳥束がうたた寝していた。 テーブルに突っ伏して、気持ちよさそうにすぴすぴ寝息を立てていた。 チラッと見て、その時はそれほど気にならなかったが、すぐに思い直す。父がそういえばこうしてうたた寝して風邪引いてめんどくさい事になったのを思い出し、何かかけてやるべきかと思案する。 ま、薄手のカーディガン一枚でいいだろ。クローゼットから取り出したそれを背中にかける。 さて、読書の続きを。 「………」 でもまたすぐ、気になって、もう一枚今度はやや厚手のカーディガンを取り出す。 うーむ…わからん。常人の暑さ寒さがよくわからない。 くそ、こんなとこでうたた寝する鳥束が悪いんだ、僕は知らん。 ほっぽって読書の続き…が出来るほど、こいつをどうでもいいと思ってるわけじゃない。 「………」 ああくそ、やれやれだ。 今度はコートを取り出してかける。 一枚じゃちょっと不安だな、もう一枚かければ安心か? 安心だな、よし、これで読書に戻れるな。 しかし、さっきまでは鳥束の顔が見えていたが、今はかけた上着のせいで見えなくなった。 どんな間抜け面で寝てるか、わからない。 千里眼を使って…いや。 なんで鳥束ごときにそんな手間、そんな事まで。 それより読書だ読書、犯人解明の良いとこまで来てるんだ、僕の推理があってるかどうかの瀬戸際で……はぁ。 「……やれやれ」 僕は椅子から立ち上がった。 『おい鳥束』 ぴしゃぴしゃと頬を叩く。 「はい…はぁ、あんすかさいきさん、あい?」 気持ち良く眠っていたところをペチペチ叩き起こされ、鳥束は寝惚け眼でむにゃむにゃ言ってきた。 「え……てかなんか…おもい?」 重い、苦しいと、ふわふわした思考が訴えてくる。 『ああそれな、僕からのトリックオアトリートな』 「え……?」 鳥束は緩慢に手を動かして、自分にかけられた上着をつまんだ。 「……えー…うふふ」 可愛い事するんだねと、目尻を下げる。 「っち」 あんだけお菓子貰っといてイタズラすんなとか、そういうのないのかよ。何でもすぐ手放しで褒めやがって。 『こっち来い、おら、さっさとしろ』 「あいすんません…、いま、いきまふ」 半分眠ったままの鳥束を引っ張り、ベッドに押し込む。床にばさばさと服が落ちたが後回しだ。 手で押しやり、足で蹴りやり、壁際に押し付ける形で横たわらせる。 『よし、寝ろ。そこでなら寝ていいぞ』 「へぇ…ねていんすね……あんがと…ふんまへん」 ふがふが喋る奴の隣に座り、本を開く。 少しもしないで、また寝息が聞こえてきた。 うむ……よし。 ここならすぐに鳥束の寝顔を確認出来るし、風邪を引くの引かないのでソワソワすることもない。 ちゃんと毛布かけてやったし、もう寒くないだろ、どうだ、僕は優しいな。 「……ふん」 馬鹿じゃなかろうか、僕は。 ……でも、でも。 さっきまでなんだか足元がスースーしてうすら寒かったのが、今はポカポカだ。 おかしいな、この僕が暑さ寒さに振り回されるなんて。 一体僕はいつからこんな寒がりになってしまったんだろうな。 んかー…んかー 隣から微かな寝息が聞こえてくる。 いやこれいびきか? 「………」 人んちでぐっすり寝やがって、図々しい奴だなお前は。 しかもなんだよ、その顔。無防備で無邪気で、え? さっき僕を散々好き勝手した時とはえらい違いじゃないか。 別に可愛くもなんとも思わない、こんなの、憎たらしいだけだ。 超能力者を煩わせるなんて、本当に厄介な奴だよ。 両手に持っていた本を片手に任せ、僕は空いた手を鳥束に伸ばす。 触った頬ははじめひんやり冷たかったが、触れている内に段々と温まっていった。 自分と同じ体温になっていく鳥束に、僕の頬もほんのりと温まっていく。 ほっとして、自然と笑みが浮かぶくらいに。 コイツといると顔が歪む事が多い。しかめっ面、渋面、将来小じわが増えそうなことばかり。 でもたまにこうして、いい気分で頬が緩む事がある。 僕はそれが嫌いじゃないから、コイツといるのだろうな。 この心地良い瞬間があるなら、百回のへの字口くらい我慢しよう。 なあ、鳥束。 頬を撫でると、それはそれは気持ちよさそうに顔をゆるませ、鳥束は笑った。 |