わかれ話と連想ゲーム

 

 

 

 

 

 放課後になった途端、解放感から教室内は一気に騒がしくなる。耳に届くのはもちろん、頭の中にも同様の、もっと明け透けの声が届くものだから、全てが聞こえる身としてはつい顔をしかめたくなるが、思っている事は彼らとそう大差ないのでへの字口をしつつ密かに同意する。
「じゃーな相棒、あとチビ、おれっちバイトだから。また明日な、お!」
「お前、今度のバイト結構続いてんだな」
「あたぼうよ」
 友人らと連れ立ってさっさと帰る者、部活に向かう者、別クラスの友人が来るのを待つ者向かう者…入り乱れる生徒らの中、僕は自分の席に座り続けた。
 というのも、今日は鳥束と帰る予定…約束はしてない一方的に押し付けられただけ…なので、こうして待っている次第だ。
 いつもならチャイムが鳴って数秒もすれば姿を現すのだが、今日は日直だそうで、終わるまでここから動けない。
 さっきの約束聞いてませんでしたと強引に帰ってもよかったのだが、職員室に向かうので僕の教室を通り過ぎる際、心底済まなそうに拝み倒された。
 そんな顔を見て、待ってて下さいお願いしますと心からお願いされて、それで家に帰っては、さすがの僕も後味悪い。奴のせいで、くそ。
 まあいい、今日は見たいテレビもない、新刊の発売日でもないから、コーヒーゼリー三つで許してやるとするか。

 そんなわけで、僕はスクールバッグから小説本を取り出し読みながら待った。
 すぐ後ろの席には海藤がいて、補習を受けている窪谷須を待っている。一見静かだが、頭の中ではいつものごとく中二展開が著しい。著しく喧しい。
 おい窪谷須、早く戻ってこれ回収してくれ。もしくは鳥束、さっさと日直の仕事を終えて僕をここから連れ出せ。
「斉木さーん、お待たせっス」
「悪ぃな瞬、帰るか」
 果たして、祈りが通じたのか祈りも空しくなのか、二人はほぼ同時に戻り、何となくの流れで四人で帰る事となった。
 靴を履き替え玄関から外に出たところで、そういえばあのラーメン馬鹿がいないと気付いた。
「え、今日はバイトだからって、さっさと帰ってっただろ」
 え、そうだっけ。全然聞いてなかった。
 まあ、放課後毎度毎度ラーメンに連れてかれるのはさすがにうんざりしていたので、助かるが。
 と思ったら、場所は違えど誘われた。
 プリントとにらめっこしてたら腹が減って腹が減って、終わったら絶対何か食って帰るとそればっか思ってたぜ…そんな窪谷須の言葉で、僕らはファミレスに寄る事になった。

「ご注文は以上でお揃いでしょうかーごゆっくりどうぞー」
「はいはーい」
 立ち去る女性店員を、約一名が鼻の下を長くして見送る。
 僕は目の前に置かれたコーヒーゼリにうっとり見惚れつつ、机の下でこっそり親指と人差し指を合わせた。すると右隣に座った約一名が、右耳を押さえて騒ぎ始めた。
 どうやら耳たぶが急に千切れそうになったらしい。
 そいつはとんだ怪奇現象だな。
 涙目で睨まれたが、心当たりがあんまりないので僕は無視してスプーンを手に取った。
 いただきます。
「いっただっきまーす」
「あー腹減った、いただきます」
「あーいてぇ……いただきます」
 他の三人も、各々自分のメニューに手を合わせる。
 海藤はポテトフライ、窪谷須はピザセット、隣のゲス野郎は何とかピラフ。ちなみにドリンクバーはみんな頼んだ。
 学校から最寄りのファミレスは二軒あり、僕としてはどちらも甲乙つけがたい。どっちにもコーヒーゼリーがあるからな。向こうのファミレスは上にバニラアイスがのっていて、こちらのはたっぷりの生クリームがのっている。どちらも全然、嫌いじゃない。

 コーヒーゼリーをひと口、またひと口と至福の時間をじっくり味わっていると、ピザを食べながらコーラがぶ飲みしていた窪谷須が、ちょっと悪ぃなとコーラのおかわりを注ぎに席を立った。
「やっぱ、ピザにコーラは王道だな」
 ほどなく戻ってきた窪谷須が、そんな事を口にした。
「だな」
「っスね」
「あでも、コーラつったらハンバーガーも外せないな」
「ん……そーだな。どっちが合うだろうな」
 そんな些細なところから、大論争へと発展していく。
 コーラに合うのはピザか、ハンバーガーか。
 やがてその二つだけでなく、やれケンタッキーだ、やれホットドッグだ、ポテチもいい、いやあれも、いいやあれも、あれやこれや…皆それぞれにお気に入りの組み合わせがあるようで、僕が深く静かにコーヒーゼリーを満喫するのをよそに、三人は色んな意見を出し合った。
 僕はそれを半分以上聞き流す。時々隣に同意し、反発し…もちろん心の中でな…ひたすらにコーヒーゼリーにのめり込んだ。

「斉木はどっちだ?」
 コーヒーゼリーが残り半分を切り、あともう少しでこの時間も終わってしまうのかと悲しみに暮れつつ食べ進めていると、海藤が涙目プルプルで泣き付いてきた。
 え、ゴメン、聞いてなかった。
 なに?
 自分の世界から帰還すると、三人からやけにギラついた視線を注がれた。
 なんだなんだ、あれからどうなったんだ?
 なんで海藤は涙目になってんだ?
 おい鳥束、お前また何か迷惑かけたんか
「ち、違いますよってかまたって何スか!」
「斉木は、どっちのジンジャーエールが好きだ?」
 どっちってなに?
 なんでジンジャーエール?
 てかお前ら、コーラに会うのはピザかハンバーガーかの話してたんじゃなかったの?
 そこはもう過ぎたんだ、だいぶ前に。あっそう。
 で、今は、鳥束が出したジンジャーエールの、それも甘口辛口で意見が分かれているようだった。
 鳥束は辛口が好き、窪谷須も、ビールに割って飲むのが…げほげほっ!…いやうん、辛口が好き、で、海藤だけが甘口で、それについて二人は何も言ってないのに、海藤が一人勝手に「どーせ子供舌だ」と拗ね出して、二人で一生懸命宥めて、でも治まらず、僕に泣き付いてきたのだそうだ。
 く…下らない。
 という気持ちを顔に出さないよう、僕は苦労する。
 しかし卑屈になってる海藤は、特に変化ない筈の僕の顔付きに難癖を付け、どうせ斉木もオレの事をぉ!…などと意味不明な事を口走りながら拳を握り締めさらにプルプルしだした。
「おい瞬、落ち着けって。ほら、ピザ一切れやるからよ」
「オレも、エビピラフのエビあげるから、ね」
 それ、逆効果じゃない?
 案の定、海藤は爆発した。
「なんだよお前ら、寄ってたかって!……どーせオレはブラックコーヒーも飲めねーよ!…でも斉木だってなあ、飲めるようで飲めないんだろ、だからいつもコーヒーゼリー頼むんだろ!」
 そして僕に飛び火した。
 わかったわかった、僕からもこの、クリームの上にのってたミントの葉をやるから、これ噛んでスースーして落ち着け、な。
「ちょ、斉木さん」
『なんだ、適当言ってないぞ、ミントにはちゃんと鎮静効果があってな……』
「うわぁあ、斉木までぇ!」
 うん……もう知らん。
 僕は差し出したミントを自分の口に放り込み、噛みしめて現実逃避した。


 どうにか宥めすかして、機嫌を直した海藤と窪谷須を見送り、鳥束と一緒に奴の下宿先に向かう。
 今日は奴のところに泊まる予定だ。両親が、ン度目のデート記念だかで帰りが遅いのでな。
 その道中、どういうきっかけか、鳥束は「彼らから何を連想するか」を口にした。
「まずオレからっスね。じゃ燃堂、燃堂は当然ラーメンっスね。あの、ラーメンつったら燃堂ってくらい、切っても切れない間柄!」
 うん、まあそうだな。僕も今日一回、あのラーメン馬鹿って言っちゃったしな。
 堪えきれずくすっと笑うと、ウケてよかったと鳥束も少し笑った。
『じゃあ海藤は?』
「チワワ君は――これっスかねえ!」
 鳥束は右手を一回身体の前に突き出すと、大げさに顔の前に持ってゆきポーズを取った。
 ワザとらしい動作にぐっと息が詰まる。海藤本人には悪いが、似てる。笑える。
「ほんとーはチワワって言いたいんだけど、あれ視えてんのオレだけだしなー」
『お前はバイ菌だな』
「ええー!?……イケメンじゃないんスかぁ?」
『図に乗るな煩悩が』
「くぅ……はぁ。気を取り直して。ヤス君は「!?」とかかなー」
『それも中々強力だが、僕は「男」だな』
「へ?……なんかヤバイ?」
 いや、お前が想像するようなのはない。全然ヤバくはない。ただ僕がちょっと辟易しただけ。
 説明する、転校して来て一週間、環境のあまりの違いに馴染めなかった奴は、まず僕をとっかかりに一般人に馴染もうとしたんだ。
「ふんふん」
『その際、興味のない任侠映画の話を延々とされたんだが、とにかく奴は説明が下手だ。下手くそだ』
「えー、へえー、そんなに?」
『そんなにだ。いいか――』
 覚えてる限りを再現する。
 たちまち鳥束は腹を抱えて笑い転げた。

 そうこうしていると到着した。
 お邪魔しますと上がり込み、勝手知ったるなんとやらでさっさと部屋に向かう。
 いや鳥束も言ったからな、飲み物とか用意しますんで先に部屋行ってて下さいって、言ったからな。
 決して我が物顔で振舞ってる訳じゃないぞ。
 誰にともなく言い訳する。
「はいはい、おまちどーさま」
 相変わらず小洒落た部屋だな、身の程知らずめとなんとなく見回していると、鳥束が戻ってきた。
『ああ、ジンジャーエール』
「ええそう、これ斉木さんに教えてもらったやつね」
 そうだった。更に元をたどると父に行く。この辛口のジンジャーエールを、ビールか、赤ワインと同量で作るカクテルが手軽でお気に入りで、よく母さんにも作って二人で飲んでいた。ので、家にケースで置いてあるのだ。その内の一本を、ある日何となく分けてもらって飲んだところ、はまってしまった。最初は何じゃこれとしかめっ面になったが、一本飲み終える頃にはすっかり気に入り、この味も嫌いじゃないと、ちょくちょく飲むようになった。ある日鳥束がうちに来た時なんとなく振舞ったところコイツもはまり、今に至る、という訳だ。
『はぁ、それでお前、さっきファミレスでジンジャーエール出したのか』
「そっス。やー大変でしたね」
『まったくだ』
 口をへの字にすると、奴めクスクス笑いながら自分の唇をくっつけてきた。似たようで違う体温が行き来する、不思議な感覚。
「可愛いお顔が台無しっスよ」
『頭おかしいんじゃないか』
 自分のコップに手を伸ばし、ごくっと喉を鳴らす。
「えーひどい」
 鳥束も同じようにゴクゴク…上下する喉に、何でか少し息が詰まった。
 僕が見ているのに気付いた鳥束が、またキスをしてきて、僕は少し身体を引く。
 嫌っていう訳じゃないんだ。でも何でだ。二度目のキスの最中、何でを探す。ああ、そっか。
 腹の虫が鳴りそうになったのを、慌てて抑え込む。
『夕飯が先だ』
 はいはーい。
「そっスね」
 そう言いながら僕を抱きしめ、鳥束はひどく安心しきった息を吐いた。
 抱き返す代わりに奴の背中を叩く。


 金曜日、お泊り、夜。
「今週もお疲れさまでした」
 夕飯を頂き、風呂を頂き、後に入った鳥束が上がってくるのを、奴の敷いたふかふかの布団の上寝転がって待っていると、ガラッと戸を開け、鳥束は言ってきた。
 その前に、目尻を下げてちょっと笑ったのがムカつく。
 何だその顔、幸せそうにしてからに。
 だから僕は、目を合わせないまま返す。
『ああ、主にお前のお陰でへとへとだ』
「そりゃーいけないっスねえ。責任もって、疲れを癒してあげますね」
『余計疲れさせるの間違いじゃ?』
「じゃあやめますか?」
 困ったように眉を寄せる鳥束にふんとひと息笑い、傍に座った奴の手を掴んで思いきり引っ張る。
「うわっ…!」
 当然倒れ込んでくるよな。
 別にそのまま上に乗っかられても僕としちゃ何の問題もないが、寸でのところで鳥束は手をついて回避した。
 中々瞬発力あるじゃないか。
「はぁっ……もー、危ないっしょ斉木さん!」
 ちょっとお怒りの鳥束をキスで黙らせる。
「むぐっ……!」
(もお、せっかちだな)
『嫌いか?』
 答えの分かり切った質問をする。
 まさかと笑い、鳥束はぎゅっと抱きしめてきた。
 今度こそ、待ちかねた重みを全身で受け止める。
 僕は抱き返し、頭を撫でた。
 洗い立ての髪がさらさらと気持ち良い。
(斉木さん、もっと撫でて)
(触って触って)
 もっと存在を感じさせてくれと鳥束がねだる。
(お返しに自分も一杯ギュってしてあげますから!)
 その通り、鳥束はキスしながら少し苦しいくらいの抱擁を寄越した。
(あー…斉木さんだ)
(斉木さんの身体だ)
(生きてる、人間の、斉木さんの!)
 パチパチ、ポンポン、弾け飛ぶ思考にほんのわずか目を細める。
 お前はいいな、鳥束。
 そうやって、気兼ねなしに僕を感じられて、いいな。
 僕だって、こんなもののない手でお前を触れたら、どんなにいいだろうな。
 お前の本当の感触を知れたら、どんなにか。
 まあ、手のひらだけが僕じゃないからな。
 他の部分はむき出しでお前を感じられる。
 お前の形がわかる部分があるし、そこでならお前の熱がどんなに激しいか感じ取れるから、がっかりする事はない。

『とりつか』
「とりつか……」
 馬鹿みたいに、僕は繰り返し奴の名前を呼ぶ。
 着ていたものはとっくに全部はぎ取られ、向こうも同じく素っ裸になって、僕の肌に自分のを擦り合わせながら全身くまなく愛撫してくる。
 呼ぶ度に鳥束は律義に「はい」だの(ここにいます)だの応えて、より強く吸い付いた。喉仏に。首筋に。乳首に。どこも僕の弱いところで、けど僕は知らなかったところで、全部、鳥束が自力で見つけたところ。
 鳥束に見つけられたところ。
 僕にもこんなのがあったんだと、暴かれたところ。
「あ、……あっ、あー……」
 指先とか舌でくすぐられるとたちまち首の後ろがゾワゾワっとして、勝手に声は出るわ腰は動くわ、みっともないったらない。
 鳥束はそんな僕を見て、うっとり満足そうに目を細め、より濃厚に愛撫を重ねてくる。
 好きだ、好きだと思いを重ね僕に寄越してくる。
 沁み込んでくる気持ちに快感はますます深まって、恥ずかしいだのみっともないだのがどうでもよくなっていく。
 でもそれが何とも癪だから、僕だって見つけた奴の弱いところを弄り倒す。
「う、ふ……く」
 よし、おら、お前ももっと声出せ声。

「ひゃ、ひっ…くすぐって……あ、うん」
 うんてなんだ、気持ちいいって言え。
「いいっす……すごく。う、へ……さいきさんは?」
「っ……ぅくっ…」
 知るかって言ってやりたかったが、喘ぎを噛み殺すので精一杯だ。
「きもちいい?……ねえ、さいきさぁん」
 うっせ。わざと切ない声出すな、ばか。
 そうされると僕は無視出来ないから、頷いちゃうだろ。
「よかったぁ…ね、もっと言って」
 うるさい、お前が言え。
 耳たぶとか、脇腹とか。お互いに触り合って高め合って、一緒にドロドロになっていく。

「あー…斉木さん…すきだー……」
 まるで独り言のように呟きながら、鳥束は僕の中に入ってきた。圧迫感と共に、怒涛のように押し寄せる幸福感にああもうわけがわからなくなる。
 奥まで繋がって、こんなにもコイツの形をはっきり感じ取ってるのに、何故か急に不安に見舞われる。行為の時、たまにこうなる。
「ん、っ……ふぅ」
 がむしゃらに鳥束の身体を抱きしめて逃していると、唇が触れてきた。たまにこうなる時、鳥束はいつもこうしてキスをしてくる。
 もしかして、心、読めてんのか?
 もっとお前で一杯にしてほしいって望んだ端から叶えてくるなんて、読んでるとしか思えない。
 唇を重ねて、ぐりぐり舌を絡め、そうしながら奥の方を擦られて、すーっと不安が遠のいていく。
 ああうん、そう、……もっとだ。鳥束、もっと。
「もっと!」
 お前の事、お前が考える僕の事で、僕の頭を一杯に満たしてほしい。

「さいきさん……」
 耳元で低く、鳥束が呻く。こんな時にしか聞けない声だから、ぞくぞくして背骨が震える。
「かわいい……すごく」
 うるさい、かわいくない。
「あ、うっ!」
「ここいいの?……いんすね?」
 うるさいよもう……。
「あひっ!……そこぉ」
「ここ好きですもんね、中もこっちも、ビクビクしてる。わかる?」
 わからん……わかる。
「あ、あ、…あっ、つぁ……!」
「出していいよ、斉木さん」
「やだ…やだっ…て」
「かわいい……好き」
「ぐ、うぅ……――!」
 ちくしょう、もう全部もってけよ。
 脳天が真っ白に染まって、鳥束のことしかかんがえられなくなってく。
 ひたすら鳥束の名前を呼んで呼んで、律義に返してくれるからもっともっと名前を呼びながら、せり上がってくる熱いものを思いきり吐き出す。
 そうなると勝手に中がぎゅうぎゅう痙攣して、奴のものを何度も締め付けた。
「あっ…さいきさ……そんなしたら…オレもっ……!」
 やめろばか、このばか、出しながらつくなよばかぁ

「あ、あ…あっ……」
 涙もよだれも、気付いたら垂れ流しになっていた。
 またみっともないとこ見せてしまったと、熱が引くにつれ後悔一色になるのに、鳥束はのんきにも僕に見惚れ、ニコニコしながら抱きしめてくる。
 下手したら鼻水だってくっつくのに、奴は全然構わずに僕を腕の中に閉じ込めて、ただただ、幸せだと繰り返すのだ。
 どこをひっくり返してもさらっても、僕の事しか出てこない鳥束の頭の中。
 好きだ、幸せでたまらない、斉木さん、斉木さん。
 うるさい。黙れ。鎮まれ。少しは幻滅しろ。
 心にもない事を心の中でぶつけながら、僕は黙って奴の腕に収まっていた。
 気が付いたら、僕も同じく、奴を腕の中に閉じ込めていた。

「あー…嬉しくて鼻血出そ……そんくらいすき」
 馬鹿が。出すなら別のもん出せ
「やだもう…斉木さんのエッチ」
 気持ち悪い声で気持ち悪く身体を揺すって、その癖下半身は恐ろしいほど元気で、うわぁって引く間もなく二回目をおっぱじめる鳥束。
 今度はもう後悔しないぞと構えるが、奥まで一気に突っ込まれると、たちまちどうでもよくなってしまった。


 そしてやっぱり後悔する。
 だって、最後のは特にひどかっただろ。
 鳥束もひどい。鳥束がひどい。もう、四つん這いも出来なくなって潰れた僕に全身で圧し掛かって、お構いなしで腰振って、容赦なく奥の奥ぶち抜いてくるなんてひどいとしか言いようがない。
 嫌だって言ってるのに、いつもしてくる。
 僕がみっともなく喚き散らすのを見て興奮するなんて、とんだ変態野郎だ。
 そこを責められるとさすがの僕もしばらく動けなくなる。そんな僕を労わって、鳥束は抱きしめてあちこちさすってくる。
 撫でる手のひらが気持ち良くて、僕は横になったままうとうとまどろんでいた。

 引き込まれそうな眠気からふっと戻ると、すぐ正面に鳥束の顔があった。
 なんだお前、いつの間にそっちに回ったんだ。
 いや…僕が寝返り打ったんだったな。
 いや別に、顔が見えないのが寂しいとか、思った訳じゃないからな。
「このまま眠っていいですよ」
 何度も目を瞬いていると、囁きが包んできた。
「……うん」
 うるさいって言うつもりが、頷いていた。
 今の自分の反応、ムカつく。駄々をこねながら目を瞑る。
 そういえばいつの間にか身体綺麗になってるな。服もちゃんと着てる。鳥束の癖に生意気だ。
 辛うじて鼻を鳴らす。
 それさえも鳥束は微笑ましく受け止め、斉木さんは可愛いなあと気持ちを送ってきた。
 だから、可愛くない。こんなの。

 またうとうとする。
 眠いが寝たくないんだ。抵抗している。
 だってもったいないだろ、このまま寝てしまうなんて。
 だから鳥束が先に寝ろ。頑張って意識を繋ぎ止める。
 鳥束の脳内で、帰り道の事が思い返されていた。
 いつメンから何を連想するか。
 それの続きをつらつらと考えていた。

 ――斉木さんは、オレっスかね
 ――そしてオレは斉木さんで
 調子に乗るなよ、変態クズ。
 僕といったらコーヒーゼリーだろ。
 ――あーでも、斉木さんといったらコーヒーゼリー……だなあ
 悔しそうな声に、僕は内心ほくそ笑む。よくわかってるじゃないか鳥束。よしよし。
 ――うむむ、確かにそうだ。コーヒーゼリー見ると斉木さん思い浮かぶしなあ
 ――でもいつか!…うん、いつかコーヒーゼリー越えてみせる。オレの事で頭一杯、メロメロにしてみせる!
 ――オレがこんなに斉木さんバカなように、斉木さんもいつか、零太バカにしてやるんだ!
 ――自他共に認める零太バカに!
 自他共にってなんだ、恐ろしいこと考えるなよ。

 お前がどう頑張っても、僕=コーヒーゼリーは揺らがないんだよ。
 天地がひっくり返ろうと、僕からお前を連想するのは無理、夢のまた夢、諦めろ。
 その代わりと言っては何だが、あー…お前が僕で頭一杯なように、僕もそんなような感じだ。
 服だとか、本だとか、それらを見ていてふっとお前が思い浮かんだり過ったり。気付けばお前の事を考えてる。
 だからある意味、お前の望みは叶ってると言えなくもない。
 こんなこと、口が裂けても言えないな。

 一瞬寝入った呼吸になってたのをハッと引き戻す。
 鳥束はまだ寝ない。
 なら僕も寝ない。
 ニコニコ、ヘラヘラと、斉木さん斉木さん繰り返すさざ波のような脳内。
 こんなのが嬉しいだなんて、どんだけチョロいんだ僕は。
 安心するあまり一気に眠気が襲ってきた。

 もう無駄な抵抗はやめる、おやすみ鳥束。

 

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