全然様にならない―鳥誕編―
『祝ってやるからうちに来い』 九月に入ってしばらくしてのとある昼休み、斉木さんと一緒に学食行って、いつものようにオレだけ賑やかにお喋りしてたら、かぶせるようにそう云われた。 オレは、すぐには何の事かわからなくて、続きの言葉をうぐっと飲み込んだ後、真剣に頭を回転させた。 それ見て斉木さんが呆れ果てるのと、オレが思い出すのと、ほぼ同時だった。 「……あっ!」 『っち、やれやれ…自分の誕生日を忘れても、先月のことは忘れちゃいないよな』 「いいいいませんいません!」 忘れるもんですか! あの、史上最悪で最高に幸せな一日、何があったって忘れませんよ。 『この僕を呼び寄せたんだ、今度はお前が来る番だぞ』 そう凄まれ、下手な事を言おうものなら即ひき肉の未来が見えたけど、震え上がりながらもオレの顔はデレデレに溶けていた。 なにそれもう…っかー、斉木さんらしい照れ隠し、たまんないね! 「あの……でも本当に、いいんスか?」 『なにが』 「オレの、……あの」 いざ言うとなると照れくさいな、オレの誕生日祝ってくれるんですね、って、言いにくいなぁ! なんかもーすげー羞恥プレイなのな! 『お揃いのアクセサリーつけて町中練り歩く…それ以上の羞恥プレイを味わわせてやるよ』 「あひゅっ……」 溶けた顔がたちまち凍り付く。 いやいやいや、そんな言ったってね、斉木さんが本当は優しくて義理堅い人だって、オレもう知ってますからね。 |
当日、オレはちょっとめかし込んで、コーヒーゼリー手土産に斉木さんちに向かった。 足取りが軽やかなのは、祝ってもらえるって嬉しさもそうだけど、今朝見た夢が飛び切りいい夢だったからだ。 夢の中で斉木さんが、真っ赤なバラの花束と一緒にオレにプレゼントくれるの。 小さな箱の中身は、なんとなんと、指輪! しかもお揃いの指輪よ! それを、めちゃめちゃ恥ずかしそうにしながらオレに差し出す斉木さん。 真っ赤な顔でぶっきらぼうに突き付けてきてね、オレまで赤くなっちゃってね、何か色々たまらなかった。 オレ、それを受け取って、生きててこんなに嬉しいのは初めてだって斉木さんに抱き着いて、おいおい泣き出しちゃうのよ。 そしたら斉木さん、オレを優しく抱き留めて、幸せになろうな、って――はぁ。こんないい夢見たとあっちゃ、足取りも弾むってもんよ。 え? はいはい、わかってますって。 現実の斉木さん考えたら百パーありえねーっていうんでしょ。 はわかってます、オレどんだけ都合のいい夢見てんだって話だけど、いいじゃん、もしかしたらひょっとすると正夢かもしんないじゃん? ちょっとは現実になるかもしんないじゃん? あー、楽しみ! ふわんふわんな足取りで、オレは斉木さんちを目指した。 うん…まあね、現実はこんなもんだってわかってたけどさ。 『なんだ鳥束、何が不満なんだ?』 何が、ってさ。 『ケーキに花束にプレゼント。誕生日の定番揃ってるだろ?』 揃ってるけどさ。 「でもこれおかしくねっスか?」 ケーキはうん、誕生日仕様の特別注文だってわかる小さめのホールケーキで、オレの年齢分の色とりどりのキャンドルがささり、そして上にちゃんと「Happy Birthday」のプレートものっててちょっとウキウキする素敵な苺のケーキ。でも。 花束もね、赤や黄色や紫が賑やかなものだけど。でも。 あとプレゼントもね、まあ指輪ってのはオレの夢ってか妄想だから違うのは当たり前で、それでもちゃんと白い箱が用意されてて嬉しい、すごく嬉しいよ、でも。 『ケーキ、花束、プレゼント。これだけ揃ってて、まだ何か欲しいのか?』 「ええっと…ですねぇ」 オレは一旦深呼吸した。その間も、斉木さんは「オレのケーキ」をつつき続けている。 優しいライラック色のマグカップに並々注いだコーヒーと共に、それはそれは優雅に。 「てかあの、一旦食べるのやめません?」 あんまり堂々と「オレのケーキ」食べ続けるもんだから、オレのが間違ってるんじゃって気分になってきちゃいましたよ。 『いや、お前は間違ってないぞ』 「じゃなんで食べ続けてんスか!」 『いや、毒見をだな』 「なら一回食べれば十分でしょうが!」 『いや、毒の入ったカプセル的なものがあちこちに仕掛けられてたら、大変だろ』 「てか斉木さんなら視りゃ一発でしょーが! もういいから一旦フォーク置けぇ!」 『やれやれ』 「やれやれじゃない!」 ようやく斉木さんは、渋々ながら手を止めた。 ケーキの反対側は、だいぶこそぎ落とされていた。 斉木さんちについて、いつもよりはソフト目に迎え入れられて、リビングに通された。 テーブルには、見るからに「バースデーケーキ」がすでに用意されていて、席に着いたらコーヒーも出されて、感激のあまり目の前がじわーっとぼやけてきた、んだけど…そこから急降下。 斉木さんは向かいの席に座ると、当然とばかりにフォークを構えて――あとは先の通りだ。 「………」 もう、なんで食べちゃうんですか、ってセリフが喉元まで来たけど、斉木さん相手にそれは愚問もいいとこだな。 スイーツに目がない斉木さん、ケーキを前にして、自制心なんて軽く吹っ飛ぶよな。 それを知ってるオレが、「なんで食べちゃうの」なんて、今更も今更だよな。 けどさあ、誕生日ケーキはやっぱり、さすがにさぁ。 『うむ。さすがに悪かったと思ってる』 「うん……まあ別に怒ってる訳じゃないっスけどね」 ホールケーキどんと出されても、その見た目で心一杯腹一杯、ひと切れでもう苦しくなっちゃうオレだから、ひと口だけもらって、後は斉木さんにどうぞってなるだろう。 だから、それを先取りして食べられててもオレは別に腹は立たない。 『いつ止めるかなーと、ちょっと面白くなってた』 「面白くなるなっ!」 『根性真っ黒で目だけ異様に澄んでるお前に合わせて、一見ふつーのショートケーキで中はチョコケーキなんだ』 「あ、へえー、白と黒で色綺麗っスね……って!」 『このチョコケーキがまた絶品でな。クリームも悪くないし、ちょっとのつもりが、手が止まらなくなった』 「そんなに美味しいんスか」 『うむ……全然嫌いじゃない』 「あらいいお顔で。そりゃ良かったっス。ならもっと食べて…じゃないって!」 『違うのか』 「違うから! はいフォーク置く!」 『っち』 「舌打ちしない!」 うーん、あれれ、怒る要素ないはずなのに、何かちょっと苛々してきたぞ。 落ち着けオレ、落ち着け。 『目の前にあると食べちゃうな。お前、それ、持って帰って食べろ』 「え?……いやいや、一緒に食べましょうよ」 『読みかけの本があってな。それがまたちょうどいいとこなんだ、さっさと飲んで、さっさと帰れよ』 「はぁ!?……そりゃないっスよ斉木さん、恋人の誕生日だってのに!」 『だから、ケーキと花束とプレゼントを、用意してやっただろ』 「……アンタねえ!」 いい加減、堪忍袋の緒が切れる。 「ケーキは食べかけ、プレゼントも箱むき出しでリボンも包装もナシ、花束に至ってはこれ――これ、ママさんが庭の伸びすぎたお花切ったの、適当に集めてまとめたものじゃないっスか!」 真っ赤なゼラニウムと、黄色や紫のペチュニアの組み合わせ、うん、悪くないね! 綺麗に咲いて偉い、お花は全部綺麗ね。 ピンクと紫だったらもっとよかったんだけどね、じゃない違う、これ思ってた花束と違う! ……そりゃ、真っ赤なバラの花束とか指輪とかオレの願望詰め合わせではあるけどさ、現実は違うってちゃんとわかっちゃいるけどさ、それにしたってこの差はあんまりじゃない? 『真っ赤なバラの花束とか……さむっ』 指輪も引くわー わざとらしく震え、斉木さんは腕をさすった。 「うっせ! オレもさすがにサムイと思ってるよ!」 『まあ、赤い花に違いはないからいいよな』 「そうですねぇ!」 顔が熱いのは、怒りのせいか羞恥のせいか。 半分ほどこそげ取られたケーキが、そのまま箱に収められる。オレはその様子を少し不貞腐れた気持ちで見つめていた。 「見てないで、さっさとそのコーヒー飲み干せ」 「ふぐっ……!」 なんて言い草だろ、他にもっと言いようあるだろうにね! 腹立つわ! オレはぐびぐびぐびーっと一気に流し込み、ごちそうさまでしたと斉木さんを睨みつけた。 そんなオレなど全く意に介さず、斉木さんはケーキの箱とプレゼントの箱を重ねて、適当なビニール袋に入れ寄越してきた。 せめてプレゼント用の包装とかリボンとかあったら、もう少し気分も上昇したんだけどね、味も素っ気もないふつーの、明らかに百均の簡素なかぶせフタ付きの白い箱じゃ、下降する一方だよ。 ますますくさくさしてきた。 斉木さんは箱の上部に、ペンで今日の日付とオレの名前をささっと書き付けた。 そういや中身聞いてないなと思っていると、読み取ったのか、斉木さんは云ってきた。 『お前、カフェオレ好きだろ』 「あ……、ええ。え?…じゃ、え?」 まさか、なの? 『ああ。カフェオレボウルのつもりだが、小さめの丼だと思って、好きに使え』 「えっ、えっ? なんか、ここに来て急に上昇したわ。まさかオレの好物にちなんだものくれるなんて思ってもなかったから、顔が片方にやけだした。 『ん。大事にしろよ』 「……ありがとうございます」 うわ、うわぁ…うん。確かに嬉しいんだけど、さっきまでムカムカ不貞腐れてたせいで上手く喜べないのが腹立たしい。 こっちの箱には、ケーキが入ってるんだよな。食べかけの。 うーん、なんて複雑。 あんな夢見るんじゃなかった、夢を見てなきゃ、今日も斉木さんはいつも通りで、オレはそのいつも通りに苦笑いしつつ感謝しただろうに。 あー、何か泣けてきた。帰ろ。 『花束、忘れるなよ』 「……はい」 声も低すぎ、ひどいもんだ。 ああこれ、よく見るとちゃんと茎のとこ濡れティッシュとアルミホイルで保護してあるんだ。 『水気は切らしてないから、上手くすれば根付くかもな』 「あー…じゃちょっと、やってみます」 『おい、ケーキは?』 「あー…いっス、斉木さん、全部食べて下さい」 『あとで、やっぱり食べたかったとか言ってもナシだからな』 「言いません! どうぞ食べて下さい!」 そんじゃーお邪魔しました! 部屋に戻って、しばし眠れないふて寝をしていると、いつもオレの部屋に出入りしている幽霊たちが、わぁ綺麗なお花、と、はしゃいだ声を上げた。 目を開けて、彼らに注目する。斉木さんに貰った「花束」にうっとりと見惚れているのだ。帰ってすぐ、テーブルにほっぽっといたんだっけ。 「このお花、どうしたの?」 「あー…貰ったんスよ、誕生日だからって」 「ええー、ステキ!」 「ね、綺麗だね。赤に、黄色に、紫に」 「うん……そっスね」 「なんていうお花?」 「あたし知ってるー、こっちの赤いのがゼラニウムで、こっちはペチュニア!」 「さすがっスね」 「えへへん」 「ねえこれ、お水に生けないの?」 「このままじゃ萎れちゃうよ」 幽霊たちは心配そうに「花束」を見つめる。 「あー……」 斉木さん、上手くすれば根付くかもって言ってたし、オレ、やってみるって言ったし。 花はどれも好きだ、道端のいわゆる「雑草」さえもオレは目に留める。 そういうところは彼らに似てるかな。 スマホを取り出す。 挿し木の仕方、ちょっと調べてみるか。 検索で出てきた園芸のページをふんふんと読んでいて、ある部分でオレは息も止まるほど驚いた。 「いや……いやいやこれ、ただの偶然だろ」 声に出してしまう程、驚かされた。 赤のゼラニウムの花言葉――君ありて幸福 ひんやりするような熱っぽいような、奇妙な心持ちになる。 気のせいでなく震える指先で、ペチュニアも調べる。 ペチュニアの花言葉――あなたと一緒なら心がやわらぐ 不意に息苦しさを感じ、オレは慌てて吸い込んだ。どうやら驚きの余り息を止めていたようだ。 だってそうなるわ、だろ? あの人がそんなまさか、そんな意味を込めてこの花を寄越したとか、ありえない……本当に? でも、確かにあの時オレ思ったんだ。 斉木さんに「花束」渡された時ちょっと思ったんだ、お庭は色んな花で一杯なのに、なんでこれだけ選んだの?…って。 コスモスとかダリアとか他にも色々、切り花に向いてる花はあったのに、むしろ不向きなこれらだけをオレに寄越したのは――。 ここまで考えると、もう疑いようはなかった。 あの人、あれですーごく愛情深いし優しいんだ。 オレが花好きだって知ってて、そんでこれ寄越したんだから、もう間違いないじゃん! それに、先月のオレの「石言葉」と対に「花言葉」って…ほんとニクイ事する。 「あの斉木さんが花言葉だってさ、ははは、笑っちゃうね」 目の端にじわっと熱いものが滲んだ。 「……あっ!」 花にばかり気を取られていたが、肝心の誕生日プレゼントを見ていなかったのを思い出した。 「カフェオレボウル……ってたな」 言われた時、箱を開けて見ればよかった。 「……あんまり腹立てちゃったから」 今になって、少し、悪かったなあって気持ちになる。 んーでも、斉木さんの態度がひどいのがいけないんであって、オレは別に…ねえ。 そんな言い訳をしつつ、箱を開く。 「――!」 目にした途端、オレは雷に打たれたみたいに、動けなくなってしまった。 箱にちょうど収まる大きさのカフェオレボウルは、薄ピンク色をしていて、外側には四つの絵柄が描き込まれていた。 ぶるぶる震える手で、そっと箱から取り出す。 「なんだよ……これ」 思わず声がもれる。というのもだって、これ、この器、このデザイン! オレが先月思い描いた通り寸分たがわぬ出来で、春夏秋冬、季節ごとの花が一つずつ描かれていて、まるでオレの頭から写し取ったみたいに瓜二つで――! オレの思いを正確に読み取るなんて超能力者にしか出来ない事で、斉木さんは間違いなく超能力者で、オレが喉から手が出るほど欲しかった手描きの器をこんな形で寄越してくるなんて、あの人ったらほんとにもう! 「なんでこんなこと……」 オレは長く息を吐いた。 じゃあこの入れ物の箱も、わざわざ大きさ合うの買ったんだ、あの人が、わざわざ、オレの為に。 あー……ほんと、すっかり騙されてしまった。 というかオレ、だとしたらオレ――! なんて失礼な態度取っちゃったんだ! 大事に両手で包んで眺めていて、箱の方にふっと目がいった。 器の入っていた底に、ちらりと何かが見えたからだ。 誕生日おめでとう ひねくれ者の真心に触れた途端、涙がどばっと溢れて止まらなくなった。 「……もおー!」 腹の底から声を出す。震えていて、まったくもって情けない。 アンタ、斉木さん、ほんとわかりにくいんだよ。 なんでもっと素直になれないかなあ。 お陰でオレ今日、喜んだりむしゃくしゃしたり泣いたり喜んだり、大変だったらないよ。 でもそれが斉木さんて人だものな。 けどさあ、これどうしよ。 こんなに泣いて真っ赤な目で、今更何をどうカッコつけても、全然様にならないじゃん しかもなんかオレすっげぇ態度悪かったし。 あぁ……あーもういい、当たって砕けろだ、行くしかない、行くしかないよ! 奮い立った時、それを見計らったかのようにスマホに画像が届いた。 ケーキを食べ尽くしたの図。 まず、きちんと合わせたごちそうさまの手があって、その向こうにはさっきまでケーキがのってたであろうカラになった皿とフォーク、そして脇には飲み干したマグカップ。 「……斉木さん」 いいモン送ってくるなあ。 ちょっと笑ってしまった。 お皿は完全にカラではなく、カラフルなキャンドルとイチゴ一粒とメッセージプレートが残っていた。 ああそっか、ケーキはよくても、そのプレートは食べなかったんだね。 「アンタって人は、まったく」 オレの目を一番引き付けたのは、端っこで少しぼやけてるマグカップだ。 それでも、何が描かれているか見て取る事は出来た。 正面に四つまとめて春夏秋冬が描かれている。 つまり―― 「……お揃いの器!」 またもや涙が滲んできた。 先月、あんなにお揃いに渋った顔した癖に、ちゃんとこうしてやり遂げてくれるんだから。 「はは…画面見えねー」 笑ってごまかさないといけないくらいのガチ泣きっぷり。 だってそうじゃん、オレが見た夢なんかよりもっともっと素晴らしい誕生日迎えたんだよ、豪華なバラの花束よりもお揃いの指輪よりも、ずっとずっと心に残る贈り物もらったんだよ、泣けてしょうがない。 オレはどうにか涙を引っ込めると、部屋を飛び出した。 目指すは斉木さんち。 ついたら、まず抱きしめて、キスして、沢山謝って沢山礼言って、それから…これからもよろしくって、オレもアンタがいると幸せ一杯になれるって、心から伝えてやる。 そんであわよくばぐへへ…その先もぐへへ いやいや、その前にあのプレートを食べなきゃな。 斉木さんにあーんで食べさせてもらえたら嬉しいなぐへへ。 あの人、ケーキ屋さんでどんな顔して注文したんだろ。 プレートはどれになさいますかとか聞かれたんだよな、名前は入れますかとかも聞かれたよなきっと。 うわー、想像したら興奮が止まらないんですけど! 待ってて斉木さん、アンタの想いに応える為に、今全力で向かってますからね! 途中、『あと一分で着いたら「あーん」してやる』ってテレパシーもらって、オレの身体がいまだかつてないほどの力を発揮するんだけど、それにしたって一分はムリだ。 いやいや負けるもんか、オレはなんとしても斉木さんの「あーん」を貰うんだ! そんな固い決意とは裏腹のたるみきった顔で、オレは走り続けるのだった。 |