全然様にならない―斉誕編―

 

 

 

 

 

 今日もまた、30℃を越える真夏日となるでしょう――

 大気が不安定で天気が変わりやすいので、傘は忘れずにお持ちください、とのお天気お姉さんの言葉に従い、僕はスクールバッグに常備している折り畳み傘を確認してから、いってきますと家を出た。
 天空ではぎらぎらと太陽が照り付けて、道行く人らの体力精神力を容赦なく削り取っていた。
 僕にとって暑い寒いは些細なもので、超能力でどうにでもなるのが、常人はそうはいかない。
 降り注ぐ熱線に皆一様にぐったりして、届く心の声もぐったりで、僕までぐったりさせる。
 早く学校へ行こう。
 そんな僕を引き止めるかのように、後ろからカラコロと不快な音が聞こえてきた。
 そして同時に、通行人らから出る様々な感想が僕の頭に流れ込む。

 学生服に「それ」とか
 あー、でも夏はいいな、アリだわ
 オレも買おっかな
 いっそ裸足になりてぇ

 失笑もあるが、概して好評である。確かにそうだろうな。このじめじめ蒸し暑い日本の夏、しっかり靴下はいて靴はいてなんてやってられないだろう。
 今の時期だけは、お前のそれ、受け入れられる。
「斉木さ〜ん、はよっス!」
 だが、一緒に歩くのは御免だ。知り合いと思われるのは御免だ。
 しかし挨拶を無視するのは僕の主義に反するので返事はしておく。
『おはよう』
 そしてさようならだ。
「ちょちょちょ、早い早いっ」
 カラコロがガタガタに変わり、僕を追いかけてくる。夏の妖怪ゲタ小僧、挨拶を返すと追っかけてくる…うーん、僕もそれなりに暑さでやられてるようだ。
 しかしこれでは逆に目立ってしまうな、まくにしてもすぐもう学校に着くし、やれやれ仕方ない、どちらも目立つなら出来るだけ静かな方を選ぶとするか。
「んもー…毎朝毎朝、運動ありがとうございます!」
 お陰で余計な汗かいたと文句をぶつけてくるゲタ小僧は無視して、僕はいつも通りの足取りで通学路を進む。

「いやー、今日も朝からほんとあっちぃっスね」
 けど、そのお陰で薄着の女の子見放題でいいっスけど
 下衆な思考に相応しくゲスな顔付きで、鳥束はにたりと笑った。
 朝からその思考が暑苦しいんだが、どうにかしてくれ。
 どうにもならないだろうが、と鼻から息を抜いた時、願いが通じたかのように鳥束の脳内が別の事を考え始めた。

 斉木さん、今日も涼しげでいいなあ
 斉木さん、今日もきっちり制服着ちゃって
 汗一つかいてないよ、ほんと超能力者ずりーなあ
 今日も斉木さんに会えた、嬉しいな
 あー、幸せ!

 これはこれで暑苦しいのだが。
 気温のせいではない熱気にあてられ、顔がほてったようになる。
 コイツ、ほんと、自分の欲望に忠実に気楽に生きてるな。
 僕の方こそ、お前がずりーよ。
「そーだ斉木さん、……あー」
 ぱっと顔付きを変え、しかし鳥束は言葉を濁した。
 常人なら「なんだよやめんなよ、さっさと言え!」というところだが、心が読める僕にはそんな時はない。思う端から流れ込んでくるのだ、奴の言いたい事はすぐ手中に出来た。
「あー……お昼、そん時に」
 来月の、僕の誕生日について話したい、けど時間が足りないからお昼にじっくり、それまではぐっと我慢…そんな心の動きなど、文字通り手に取るようにわかる。全部、聞こえてきている。
「じゃあとで!」
 本当にアイツ、暑苦しい。
 要らぬ熱気を押し付けて、鳥束は自分の教室に入っていった。
 僕も教室に急ごう。冷房にあたれば、少しはほてりも取れるはずだ。


「斉木さんの誕生日まで、あと一ヶ月、とちょっとじゃないっスか。誕生日プレゼントは、お揃いのものとかどうっスかー!」
 てことで、幽霊たちにもアドバイス貰ったりして色々調べたんスよ!
 昼時、チャイムが鳴るや教室に押しかけてきた鳥束は、ニコニコ笑顔で強引に僕の隣の席に陣取ると、早速とばかりにスマホを向けてきた。
 え…お揃い……?
「定番はアクセサリーですよね」
 アクセサリーのお揃い?
 恐ろしい!
「あとは、服もいいっスよね」
 うっ…なんだ、お揃いのTシャツ、を?
 僕らがお揃いのTシャツを、着て……る?
 なんだこの映像は、覚えがあるようなないような…コーヒーゼリーだと?
 いやいや、そんな馬鹿な。
 鳥束とペアルックだなんて、万に一つもありえない。
「食器類もありっスよね。世界に二つだけ、オレらだけのお揃いのものって考えてたら、幽霊たちが、なら自分で作るのはどうかって言ってくれたんスよ」
 最初はね、手作りアクセサリーいいねえって思ったんスけど、すぐに「どうせ難しい」って否定的になって、決意が鈍ったところで、じゃあ陶器の絵付けはってなって、「それだ!」て。
「ね、そうしたら正真正銘、二人だけの思い出の品の出来上がりっスよ」
 僕はそれにどういう顔で反応すればよいのやら。

「ねーねー斉木さん、どうっスかこれ」
 見せられたのは、素焼きの器に専用の顔料で色付けして焼いてもらう、というもの。
 確かに、世界に二つきりの特別な品だろう。だが――。
『やめとけ。そもそもお前、図画工作の腕前絶望的だろ。円はおろか、まっすぐな線一つ満足に描けないじゃないか』
「うう、うぐぐ……」
 ひどく悔しそうな顔で、鳥束は唸った。
「……こことか、どうっスかねぇ」
 諦め悪く、調べたという工房のサイトを見せてきた。
『お前人の話聞いてた?』
「聞いてますって。ねえほら見て見て、湯飲み茶わん、マグカップ、丼、大皿小皿、箸置きまで、色々あるんスよ」
『聞いてないな、うん』
「いや聞いてますって。安心してください、絵付けは、その道のプロの幽霊に頼むつもりっスから」
『え、いらない。お前が作ったんじゃなきゃ、いらない。受け取らない』
「ええー、図柄はオレが考案したものっスから、いいでしょ」
『いやだ、いらない』
 向こう側、幽霊の側…お前の世界の半分ではあるけれど、僕はこっち側にいるお前と付き合ってるんだ、そこだけは譲れない。
 うまく説明出来ないが、どうしてもいやだ。
「うう…うぅ……じゃあじゃあ、やめます。喜んでもらいたいのだし、嫌な物押し付けるなんて絶対やだし、これは止めにします」
 そうしろ。

「はぁー……オレにもうちょっとセンスがあればなあ」
『ちなみにどんな図柄にするつもりだったのか、聞くだけは聞いてやる』
「聞いてくれます? 自分でも結構いいアイデアと思うんですけどね、一つは鳥の絵で――」
『うげっ』
「こら。いいじゃないっスか、オレとお揃い感出てるでしょ!」
『うげげっ』
「んもー。んでもう一つは、春夏秋冬のイラスト。桜、向日葵、紅葉、雪の結晶を……って、何その顔は」
『いや、いたってまともなんで、リアクションに詰まった』
「詰まるな!」
 ふぅとひと息ついてから、鳥束は続けた。
「せっかくの手作り器だし、いつ使ってもいいように、四季を描こうかと思って」
『ふむ、デザインは平凡だが、悪くはないな。実現出来なくて残念だな』
「……なーんでちょっと嬉しそうなんスか!」
 どうせオレは絶望的に下手ですよ!
 鳥束はヤケッパチになり、取り出したノートにペンを走らせた。今言った、四つの絵柄を描く為である。
 出来上がったのは、期待を裏切らないラクガキ。海藤とはまた別方向で壊滅的だ。
 頭の中に思い浮かぶ春夏秋冬の風景は、どれも鮮やかで風情があり、美しいのにな。
 ま、煩悩に全振りしちゃったのが運の尽き。

「まあ……いっス。手作りは諦めます、離れます。当初思い付いた、お揃いのアクセ、これでいくことにします」
 いや、それもいいとは言ってないんだが。
 くれるんならコーヒーゼリーの山で充分なんだがな。
「あ、当日は、ちょっとお高めカフェスイーツの食べ放題とかを計画してるんスよ。どうっスか」
 どうっスかとは…じゅるり…なんだ。
「あ、はは、その顔はオッケーっスね」
 オッケーの顔ってどんな顔だ。
「さあ、どんな顔でしょ。当日楽しみにしてて下さいね!」

 

 

 

 そんな会話を交わして半月、夏休みに突入する。
 ちょっと前から、鳥束の顔が曇りがちになってきていた。
 夏休み目前になると、いつも必ずと言っていいほど「斉木さんどっか行きましょう」「どこでもいいっスからどっか出掛けましょうよ」と毎日毎時間のように誘ってきた鳥束が、今年はシンと静かだ。
 見るからに誘いたそうな顔をしているのだが、非常に悔しそうに顔を歪め、誘いの言葉を出すに出せない唇をきつく噛みしめて、僕から遠ざかる。
 まあ理由はわかっているのだが。
 単純に、金がないからである。遊ぶ金、先立つものがないので、誘うに誘えない、悔しくて唇を噛むしかない。という訳だ。
 で、終業式の日までそんな感じで、まあ僕としては鬱陶しくて死んでほしい一号に絡まれないだけ身に降りかかる災難が減る、ちょっとだけ静かに平穏に過ごせるので、そのままずっと、これからもずーっとそうしてほしいところだが、儚い願いか。終業式当日、それまで遠くから未練がましく見てきた鳥束がすっと近付いてきた…かと思うと、今にも泣きそうな顔で言ってきた。
「斉木さぁん…八月の十六日まで、しばしお別れっス」
 まるで今生の別れのような顔。
 現実にそうなってほしいが、そうはいかないんだろうな。
 がっかりするあまりため息を吐く…吐きたいが、どういうわけか少し口が緩んだ。なんだ、これ。
 とにかく奴はそう告げて、自分の教室に戻っていった。
 まいっか。
 今年は頑張って頑張って、白紙の夏休みを死守したからな。
 いつもより意志を強く持って、あれやこれや様々なお誘いに断固拒否の姿勢を取った。
 もうあんな、全滅完敗の夏休みは二度と御免だ。超能力者にトラウマを植え付けるなんて、本当にこのクラスは強敵揃いだ。
 そんな連中ともしばしお別れ、さあ、明日からの怠惰で自堕落な日々を、楽しもうじゃないか。
 はぁ…一日だけとはいえ、約束が入ってるのが実に気が重いのだが。
 それでいて口の端っこがちょっとだけ緩む。
 本当になんだこれ。

 

 

 

 夏休み、僕は一日一日を、じっくり噛みしめるがごとく楽しんだ。
 初日の午前中で宿題は終わらせた、後は全て丸々僕のもの。
 一日中本を読みふけろうがどれだけ朝寝坊しようが…あんまりひどいと母さんの声が低くなるら要注意…かまわないのだ。
 やれやれまったく…夏休みというのは本当に素晴らしい!
 こんな素晴らしい期間、せっせとバイトに明け暮れて、鳥束は大変だな。
 そう、奴は、夏休みの短期バイトで一気に稼いで、僕に最高の誕生日プレゼントを贈ろうと画策したのだ。
 例の「お揃いのアクセサリー」を入手する為。
 だから「八月の十六日までしばしお別れ」と奴は言ったのだ。

 煩悩の塊のアイツが選ぶ夏休みの短期バイト…おぞましいものしか思い浮かばない。
 問題起こして一時間でクビとか、容易に想像出来るな。
 たとえば、海の家でバイト、あるいはプールの監視員バイト、そこで水着の女性に不埒な事を――やめよう、頭痛がしてきた。
 いくら奴とてそこまで見境なしの馬鹿じゃない、と思いたい。
 しかしいくらか前科があるからな、それにあの危険極まりない思想、タガが外れたら何をやらかすかわからない。
 もしかしたら…ごくり。
 あー、やめだやめ。
 余計な事でつまらない時間を食うなんて馬鹿らしい。
 せっかくの夏休みがもったいない。
 本を読もう、本を。
 先月潰れたレンタルビデオ屋から、一束いくらで買い取った古い小説本を読みまくろう。夏休みの為に読みたいの我慢してとっておいたからな。映画三昧、読書三昧、好きに時間を食いつぶそう。

 と、開く端から奴の事が頭をチラつき、ろくに内容が入ってこない。
 主に心配の方だ。
 周りに迷惑かけちゃいないか、気になってしょうがない。
 あの野郎め、いなくても僕を煩わせるとは。今ここにいたらぶっ飛ばしてやるのに。
 ……なんでいないんだよ。
 無性に苛々してきた。
 まあ、十六日まで辛抱するしかない。
 今度は妙にフワフワしてきた。
 厄介だな、いてもいなくても僕に影響与えやがって、あの野郎め。
 本当に、会ったらたたじゃおかないからな。

 なんでこの僕が、十六日まで指折り数えて心待ちにしなきゃいけないんだ。

 

 

 

 そして、十六日になったらなったでなんだこの状況は。
 僕は、目の前でシクシクと力なく泣き濡れる鳥束を前に、ため息しか出てこない。
 夏休みに入った直後から短期バイトに勤しみ、はたして奴は無事高額のアルバイト代を手にする事が出来た。
 だが――希望とは違う場所での単純作業、実入りはいいが思っていたウハウハ感は味わえず、加えて慣れない作業で体調を崩した奴は、諸々の準備が整ったところで熱を出し、肝心の当日は、ベッドの中で迎える事となった。

 そんな…え、ウソ
 ウソだろ何これ、くっそ
 身体おかしい、何かダルイ
 いやいやおかしいおかしい、なんで今日なんだ?
 なんで、よりにもよってなんで今日なの?
 ウソウソ、やだよ斉木さん…斉木さぁん
 こんなのあんまりだ、せっかく準備したのに
 祝いたいのに…どうしよ斉木さん、お願いここに来て…来て

 朝、身体の節々が痛んで起き上がれず、布団の中でさめざめと泣く鳥束の声があんまり聞き苦しくて、いい加減無視を決め込むのも疲れた僕は、奴の部屋に瞬間移動した。

『おい』
「はっ!……あ、あぁ」
 なんだよ、人を見るなり顔背けやがって。
 お前が来い来い言ったんだろうが。
 応じて来た途端そっぽ向くとかふざけてんのか?
「いえ……でも」
 ぐすっ
『これでもなあ、ちょっと具合よくなった頃合い見計らってきてやったんだぞ、感謝しろ』
「はい……朝よりかは、ちょっとマシです……」
『でも全然腹に力入ってないな。声もかすれ気味だ。完全に風邪だな』
「……はい。だから斉木さん、かえったほうが、いいですよ」
 移ります
 っち、やれりゃれ。
 ぐすぐすべそかきながら言われて、じゃーそーすっかと帰れるほど、人でなしじゃないんでな。
 呼吸も浅いし、苦しそうだ。
『ああ鬱陶しいな。愛しい恋人の顔見て治らないもんか?』
「……はは。すみません」
 そんな顔で笑うな、こっちまで胸が痛くなるだろ。
『はぁ……』
 腹から息を吐き出す。

 お前が今日の為…僕の誕生日の為に、何をどれだけ頑張りやり通したか、全て視て知ってる。
 お金を稼ぎつつオッパイ見放題の一石二鳥を狙ってプールの監視員の短期バイトに応募し、見事採用されたが、手違いでの応募で、実際人手が欲しいのは閉館後の清掃員だったのはザマァご愁傷様、世の中そう上手くはいかないんだよ。
 思ってたのと違うと憤慨しつつ、バックレず一日もサボらず、勤務態度は中の下だが期間一杯最後までやり通したのは、純粋に偉いと思う。
 しかし、思惑が外れガッカリがたたったのと疲れとで、今日のこの日に風邪で寝込むなんて、ついてないな。
 決して真面目とは言い難いが、お前、ちゃんと最後まで頑張ったのにな。
 報酬を得る代わりに寝込むなんて、つり合い取れてないよな。
 ま、普段が普段だしな、仕方ないか。

『これか』
「あ、……はい」
 テーブルにある、僕へのプレゼントに手を伸ばす。
 鳥束の計画では、こいつを持って僕んちに来訪して、祝いの言葉と共に渡すつもりだったもの。
 中身はもう視えちゃってるし、お前の思考からも聞き取ってるが、こういう事は本人の口から聞いた方がいいのか?
「はい……、あの、予告してたお揃いアクセ、ピアスとネックレスがセットになってるもの、買いました」
 ふんふん。
『開けても?』
「どうぞ、見て」
 綺麗な桜色のリボンがかけられた、細長い箱。僕はそいつを、超能力は使わず丁寧にほどいていった。リボンは無傷でほどく事が出来た、よしよし、いいぞ…と調子に乗ったのが良くなかった。続く包装紙で、出来るだけ破かず開きたいのに思うようにいかず、ビリ、ビリと四苦八苦する。
 その様を見て、鳥束はふふとため息みたいに小さく笑った。
『おい笑うな、これでも一生懸命なんだぞ』
「すんませ……」
『まあいい』
 箱から取り出し、そっと、蓋を開く。
 僕は何度も瞬きを交え、ネックレスを見つめた。
「どうっすか?……て、なんスかその顔は」
 ああ、うん…いや、うん、デザインは悪くないと思うぞ。
 シルバーのシンプルなチェーン、トップもシルバーで、それほど大きくはなく、デザインもこれ、これは、先住民が洞窟に残した絵のような簡素さと独特な趣があり、ワンポイントにターコイズが一粒入っているのも中々ニクイじゃないか。
 こういうの、僕は全然嫌いじゃない。例の指輪を除いて、アクセサリーを身に着ける事は滅多にない、というか今まで考えたこともなかったので、その第一歩としてはまずまず、申し分ない大きさだと思う。
 お前が選んだにしては上々だが、やっぱりお前が選んだものだな。
 鳥をモチーフにしたもの、というのが非常に気に入らない。
「ええー」
『ええーじゃないよ「鳥」束、あからさまに押し付けてくるのな』
「だって、斉木さんにオレ、身に着けてほしくて」
 うーん、程よく気持ち悪い。

『それはそれとしてピアスも見せろ』
「そっちの、本棚のとこに」
『これか』
 なるほど、お揃いというだけあって同じデザインだな。
『でも石が違うな』
「はい、選べたんで、オレはインカローズってのにしました」
 インカローズ…その名の通り、古代インカ帝国では「インカの薔薇」として愛されていた。ギリシャ語の「ロード(薔薇)」「クロス(色)」より「インカローズ」の方がなじみが深くまた、目にして耳にしただけでしっかり色を想像出来るだろう。
 その通り、ピアスには鮮やかなピンクの石が一粒輝いていた。
「へへ…それ、斉木さんの髪の色」
『……う、寒気が。何お前、そういうのでこれ選んだの?』
「それもありますし、石の効果で選びました」
 鳥束の脳内から、様々な単語が一気に流れ込んでくる。
 恋愛の石、揺るぎない愛、人間的魅力を引き出す、自信を与えてくれる、縁結び、成就…うん、鳥束らしいな。
「斉木さんのターコイズは、ひたすら「お守り」として選びました。ちなみに石言葉は「幸運」です」
『石言葉……ふん、僕に降りかかる災難が少しでも減りますように、か』
 災厄そのものと言っても過言じゃないお前に願われるとか、はは、面白いな。
「斉木さん……もう」
 鳥束は唇を尖らせ、力なく唸った。
 わかったわかった、お前の気持ちはちゃんと伝わってるよ。

『それにしてもお揃いか…お前とお揃い…うーん』
 ピアスを前に難しい顔になる。
 予告はなされていた、だからある程度覚悟を決めてきた。
 しかし。
「それつけて斉木さんち行って、斉木さんにネックレスしてもらって、それから……」
 鳥束は言葉を詰まらせた。
『おい、だから泣くなって』
「だって……ぐす」
 続く言葉は悔し泣きにかき消されたが、思考はきちんと流れ込んできた。
 それから、僕好みのちょっとお高めのスイーツのお店行って、腹一杯好きなだけ食べて下さいと大盤振る舞いするつもりだったのに、か。
 まあ、残念といえば残念だがな。

『とりあえず、お前は自分の石乗っけとけ』
 ピアスを鳥束の額に置く。
『石のパワーが足りないから、肝心な日に風邪なんて引くんだ』
「ほんとそうっス……」
 おいしおらしくすんな、しょぼくれんな。調子が狂うだろ。

 はあ、やれやれ。
『お前が完治したら、行こうか』
「ほ、ほんと?」
『ああ。僕の方もそれまでに、これをつける覚悟を決めておく』
「えー、そんな大げさな」
『うっさい。僕にはそれほど重大なんだぞ』

 まあ、なんだ。
 プレゼント自体は嬉しかったぞ。
『大切にする』
「うっ……さいきさぁん」
 横向きになって顔覆って、何を気持ち悪い感動の仕方してるんだ。
「お誕生日、おめでとうございます……大事にします斉木さん…ぜったい、しあわせにします……!」
『はー、熱出して髪ぐしゃぐしゃ、目も潤んで焦点ぼけぼけ、そんな状態で誓われても全然様にならないぞ』
 額から滑り落ちたピアスを元通り箱に収め、やれやれとため息をつく。
『いつも通りじゃないと張り合いなくてつまらんな。とっとと治せよ。主に、僕のスイーツ食べ放題の為に』
「ふっ……はは、わかりました」
 楽しそうに笑う顔に、少しだけ気持ちが軽くなる。
『早く治す為にも、安静にして休め』
「え……帰っちゃう?」
 まさかそんなと、声を震わす。
『本当はもう少しからかってやりたいが、続きは本調子に戻ってからにするとしよう』
「うっ……斉木さん、帰っちゃうの?」
 ああ、帰るよ。
 今帰るから。
 もう、今、帰る…くそ、ぐずぐずするな、ほらもう帰るんだよ、瞬間移動だよ。
 内側ではそうやってざわざわモヤモヤ騒々しいのに、僕の目は鳥束から離れたがらない。
 つまらなさに色あせた顔から、視線を引きはがす事が出来ない。
 どうしたら帰れるんだ、いつもなら一瞬なのに。
「……斉木さん」
 布団の下から、鳥束の手が伸びてきた。僕はそれを当たり前のように握り締める。合わさった手の中でお互いの体温が混ざり合い、少し、気持ちが落ち着く。鳥束の手は、布団の中にずっとあったせいで僕より熱いが、風邪のせいでないのはちょっとほっとした。
「斉木さんの手、あったかい」
『お前の手は汗ばんで気持ち悪いな』
「また、もぉ」
 すんませんねと唇を曲げて笑い、鳥束は手を引っ込めた。
『早く治せよ』
「ええ、はい。斉木さんの食べ放題の為に」
『……ふん』
 じゃあなと告げて、僕は部屋に戻った。


 部屋で一人、ネックレスに見入る。
 白光のもとで見るターコイズブルーはまた独特で、守りの石というのも伊達ではないなという気持ちにさせた。
 あいつ、どうせ二日もしたら元通り元気になるだろう。それまでに、僕はこいつをつける覚悟を――。
「はぁ……」
 出来る気がしない
 こいつをつけて、すると奴とお揃いで、それで平然としていられるほど、僕は無感情な人間じゃない。
 でもそれで奴に筒抜けになってしまうのは癪に障る。
 きっとアイツの事だから、僕の顔を見てニヤニヤ喜ぶに違いないんだ。
 二人揃ってたるんだニヤニヤ顔で町中を練り歩くとか、とんだ羞恥プレイだな。
「はぁ……」
 そうなっても腹を立てないよう、腹をくくるか。
 それとも気の向くまま奴をぶっ飛ばすか。
「……はぁ」
 守りの石と言うのなら、それらからも僕を守ってくれよ。
 何かを貰ってこんなに嬉しかったことは初めてだから、どうしたらいいかわからないんだ。
 僕の意思を離れて顔は勝手にたるんで元に戻らないし動悸は激しいしやたらに汗ばむし、本当に困ってしまう。

 部屋で一人、僕は長い間、青い石のついたネックレスを見つめ続けた。

 

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