どうしたもこうしたも
――斉木さん好きです、付き合って下さい! 昼休みがそろそろ終わるので教室に戻ろうと廊下を歩いていた時、オレは発作的に隣の斉木さんにそう告げた。 発作的だし突発的だし衝動的だけど、ちゃんときっかけはある。あった。 学校の横手を、消防車が通っていったからだ。 あの例の、不安を掻き立てるサイレンの音を耳にした途端、告げなきゃ!……そう、強く込み上げたんだ。 消防車は多分、昼休みの丁度中頃に結構大きな地震があって、それ関連の火事が起きたからだと思う。 消防車、火災、生死が絡む、人間どんなきっかけで命を落とすかわからない、悔いなく生きなきゃいけない――だからオレは斉木さんに告白した。 直前まで全く別の事を話してたオレの口からそんな言葉が出たものだから、斉木さんはこれ以上ないくらい目を真ん丸にして、ぽかんとオレを見ていた。 言ったオレ自身も、同じくぽかんとしたんだけど。 二人して、廊下のど真ん中で立ち止まる。 先に我に返ったのはオレだった。 行き交う生徒の邪魔になってるのに気付き、斉木さんの腕を掴んでそっとそっと廊下の端に誘導した。 斉木さんの顔はまだ「!?」のままだった。 少しして、いつも通りの表情に戻ると、斉木さんは深い深い溜息を吐いた。 この時のオレの心には「言ってしまった……」って後悔ばかりがあって、しかし斉木さんみたいに巻き戻すなんて出来ないから、気まずい沈黙にだらだら冷や汗を垂らすしかなかった。 もうずっと前から、斉木さんに特別な感情を抱いていた。でもそれを言っても最悪の未来しか想像測出来ないから、オレはなるべくそこから遠ざかり、触れないように気を付けて日々送ってきた。 それが今日、あんなこんなきっかけで、気持ちはオレを無視してオレの中から飛び出した。 ――わかった どうしたらいいんだろうとじわじわ首を絞められるような時間を過ごしていると、そんな返事があった。 あの、斉木さん…わかった? あのね、オレの付き合いたいって、アンタをその…抱きたいって意味を含んでるものなのね……。 ――わかった 全部わかった上で言ってる。斉木さんの表情はいつもと変わらないけど、少しだけ感情のこもった眼差しがオレをまっすぐ見ていた。 わかったんだ。 伝わったんだ。 受け入れられたんだ。 オレは、飛び跳ねるべきか喜ぶべきか、それともそこの窓からジャンプするべきか。 ――どれもやめろ 馬鹿かと、呆れ果てた顔で目を逸らされる。 ――とりあえず…… 「よろしくな、鳥束」 「……あっはい、こちらこそ」 おかしいくらい声が震えていた。 そしてオレたちの付き合いは始まった。 順当にキスから始めてった。最初の内は唇同士が触れ合うだけでじわーっと染みるような満足感があった。毎日何度も、何度もキスをした。やがて表面だけでは物足りなくなって、もっと奥、内側に入り込みたくなった。 自分と違う体温を、薄い皮膚の唇で感じ取ることから始めて、次に舌同士を触れ合わせた。ぬるぬるして柔らかくてなのにかたくて、ぐにぐにと動くその物体のあまりの熱さに頭の芯が甘く痺れた。 唇で触れて、その向こうに舌を伸ばして、斉木さんの意思に触れる。たちまち虜になった。 斉木さんちに招かれた時、オレの下宿先に招いた時、二人きりの時はいつだってキスをした。 オレの、キスしたいなって欲求、斉木さんには筒抜けだから大抵は冷ややかにあしらわれるんだけど、じゃあいつもばっさり断られるかって言うとそうでもない。 オレがしたい時、斉木さんのしたい時、偶然重なる事は結構多い。 ゲームしてる合間とか、バラエティ番組楽しんでる最中とか、ふっと過って斉木さんを見ると、斉木さんもオレを見てくれて、距離が近付く。 そんな日々を送っていれば、やがては次の段階に進むもので、それはある日の斉木さんの部屋で。 勉強を、教えてもらってたんだ。馬鹿で頭悪いオレだけど、漠然と、いつまでもこれじゃマズイよなって焦りはあった。オレはどーせずっとこんなだよって捨て鉢になる一方で、どうにかしたいって気持ちもあった。 思い切って斉木さんに相談すると、心底面倒そうなため息を吐かれたけど、やるだけやってみるかと部屋に招かれた。 どこがわからないのかわかりません…そんなレベルのオレに斉木さんは頭を抱えたが、一度引き受けたからには投げ出す真似はしない。 ビシビシ行くぞとの言葉通り、オレは終始涙目で講習を受けることになったのだが、やってく内に段々と視界が開けていった。 どうせオレなんてダメだとグズグズ目に溜まっていた涙が、嬉し涙に変わったんだ。 ――斉木さん、わかる、わかるよ! ――ああ、やっと中一レベルだが、希望が見えたな。 ――ありがとうございます! 腹の底から込み上げる歓喜に押されるまま、斉木さんに抱き着いた。 いつもならオレくらい楽々受け止める斉木さんだけど、オレの相手がよっぽど疲れたのか、あるいは衝動についていけなかったのか、簡単に床に倒れてしまった。 ――うわ、すんません! 慌てるあまり、オレはぎゅっと抱きしめた。 頭を打ってやしないかと、血の気が引くほどびっくりしたのだ。 それで反射的にそんな行動を取ったのだが、青ざめる一方でオレは、斉木さんの腕や背中の感触に、ひどく胸が高鳴るのを感じた。 今まではせいぜい、肩にポンと触れるくらいだった。一生のお願いをするので腰にしがみ付いた事もあったが、頼み込むのに必死で全然気にしてなかった。 だから今、初めて、斉木さんの身体の感触を知ったんだ。腕の細さとか、骨の硬さとかを感じ取り、何故だか目の奥がどくどく真っ赤になるほど熱くなった。 斉木さんは何も言わず、オレを見上げていた。普段ならきっと『どけ』『邪魔だ』とか言うところだけど、何も言わなかった。 オレが何を考えてるか思考読んで全部わかっただろうに、まるで「それ」を待ってるみたいに、斉木さんは静かに仰向けになったままでいた。 だからオレは、ごくりと喉を鳴らして、斉木さんの身体に触った。いつもみたいな、肩ポンとかそういうんじゃなく、欲情した手で触った。 斉木さんはオレの侵入を許してくれた。 服の上からあちこち撫でまわして、そのうちもどかしくなって直接肌に触れて、撫でて、さすって、そういう意味で身体に触った。 その合間に何度もキスをした。キスして、舌も絡めて、触り続けた。 けどその日は、ママさん帰宅で中断となった。 ――ただいまー、あら、鳥束君来てるのね、いらっしゃい 朗らかなママさんの声でビクっとなって、一瞬で鎮まってくれたのは幸いだ。最後まで出来なかったのはすごく残念ではあったけど、また今度と続きを約束してくれたので、オレは来るその日を心待ちにした。 いつ訪れてもいいよう財布にナニを忍ばせて、肌身離さず持ち歩いた。 ついにその日はやって来た。 ゲリラ豪雨に見舞われとあるた金曜日、オレたちは初めてセックスした。 放課後急に雲行きが怪しくなって、急いで斉木さんちに向かったんだけど、あとちょっとのところでザーッと降られた。 間に合うと思ったが計算が外れたと、少し悔しそうな斉木さんと一緒に、お風呂をお借りした。 お互い濡れネズミの身体を洗いっこしてたら、つい、喉が鳴った。 それで、風呂場で途中までいったんだけど、斉木さんの希望でベッドに移る事にした。 当然だけど、オレも初めて斉木さんも初めて、初めて同士、未知の感覚に振り回されっぱなしだった。 あまりの気持ち良さに真っ白になって吹っ飛びそうになりながらも必死に斉木さんを気遣ったんだけど、一度目は、どうしたってオレ本意のせっかちでグダグダどうしようない結果となった。 斉木さんを一杯愛撫して、勃起したの手で可愛がって、そこまでは斉木さんも可愛いトロ顔見せてくれた。半分は恥ずかしさと戸惑い、もう半分は素直に快感に浸ってくれた。 後ろをほぐす時も、今日この日までに散々シミュレーションしてきたからか大なり小なり驚きはあったけど、斉木さんに苦痛を感じさせる事無く行える事が出来た。 最初は本当にちっちゃくてキュって窄まってて、ここで本当にセックス出来るのか恐る恐るだったのが良かったのだろう。 次第に柔らかくなって、オレの指が三本すんなり入るまでになった。 斉木さんの息が上がって、オレも必死だからやけに息が荒くて、しかもこれからついに挿入だから更に息も絶え絶えになって、そこではたと目が合った。 早くしろってぶっきらぼうな斉木さんにちょっと冷や汗が滲んだけど、腹を据えて斉木さんに挑んだ。 ――い、入れますね ――うん 自分のブツで、斉木さんの孔を拡げる感触とか、じわじわ飲み込まれてく様子とか、包み込む粘膜の熱さとか、ひどく緊張した斉木さんの腹の痙攣具合とか、その全部に血が噴き出しそうなほど興奮した。 先端の一番太いところが入れば、後は驚くほど簡単に全部が埋まっていった。 オレの腹と斉木さんの腹とがくっついて、ああ繋がったんだなって実感に、何でか涙がこみ上げた。 嬉しくて嬉しくて、ぐすぐす泣きながら斉木さんの顔を見ると、斉木さんもちょっと涙ぐんでた。痛くて泣いてるんだと思って、ああどうしようってあたふたしたら、ちょっと笑って斉木さん、『僕も嬉しい』って言ってくれた! その先の事は正直…あまり記憶にない。 気遣う余裕がなくなってた。 本当に情けないが、多分きっと、斉木さんにつらさを強いてたと思う。 でもだってさ、恋人にあんな可愛いこと言われたら、誰だってぶっ飛んじゃうだろ。 どんな風に動いて、どんな風に出したか、無我夢中だったからひどく曖昧にしか覚えてないんだけど、ひたすら自分の気持ち良さだけ求めてたのは覚えてる。 とうとう斉木さんと一つになれたのが嬉しくてたまらなくて、自分本位に快感追求して、その末にゴムの中に吐き出した時、オレは、ついにやったぞって気持ちしかなった。ついに、とうとうやった、やれた、叶ったぞって、達成感で一杯だった。 そしてすぐに、真っ逆さまに落ちるがごとく我に返った。 血の気が引く音を本当に聞いたかもしれない。 オレの下で、ぐったりと手足を投げ出し横たわる斉木さんに、オレはぶっ倒れそうなほど青ざめた。 ――だいじょうぶ……ですか? 恐る恐る尋ねる。 これ、オレがやったんだよな。 斉木さんは仰向けのままひどく胸を喘がせ、潤んだ目でぼんやりと天井を見上げていた。 ――ちゃんと気持ち良かったぞ ぜいぜい荒い息をつきながら告げられ、余計申し訳なくなった。申し訳なさに消えたくなった。 ベッドにあぐらでうなだれるオレを斉木さんは正面から力強く、閉じ込めるみたいに抱きしめ『本当だ』と小さく笑った。 で、その顔があんまり可愛くて、ムラっときちゃって。ええ、押し倒して、二回目突入した。 斉木さんの口からいい声が聞けたのは、最後の方だった。 それまでは押し殺した苦しそうな息遣いばっかりだったから、生々しい喘ぎに心臓がはじけそうになって、オレは躍起になってそこばかり夢中で責めた。 ――とりつか、そこ! 何かが来そうだって、片りんを掴みかけた斉木さんだけど、結局、オレのが先にいっちゃったんだよね。 だからちゃんと責任もって、斉木さんをいかせた。 心を込めてご奉仕した。 斉木さんはいいって隠そうとしたけど、オレが触るとたちまち抵抗止めて、委ねてきた。 嬉しくてね、オレは丁寧に念入りに、手と口で射精まで導いた。 ――やっぱりいい! 直前になって、斉木さんはうろたえたようにオレを引きはがそうとしてきた。 オレは飲む気満々でいたから全然気にならないけど、斉木さんからしたらやっぱり「飲ます」のは結構な線だよな。 オレは、「越えて、越えて」と繰り返し祈って、顎が痛くなるほど吸引したの。 んでいく瞬間「ばかやろう……」ってね、涙目で、びくびくーって痙攣して、斉木さんはオレの口に出してくれた。 オレの方もちょろっと何か出ちゃったよ。だってさ、そういう時にそんな声出すとか、反則だよ。 可愛いにもほどがあるよ! 恥ずかしいのか、ちょっとぐすぐすして、拗ねて、オレの顔見てくれなくなった斉木さん。 もー可愛い可愛い! 世界中に自慢して回りたいけど、誰にも見せたくない、オレだけの可愛い斉木さん。 こんな人とこうして過ごせる、こんな関係になれる…世界一幸せだろオレ。 じーんと浸ってると、やや回復した斉木さんに枕でぶん殴られた。 ――飲むなって言っただろ! そば殻の枕なんだけど、そん時だけ砂でも詰めたかってくらいずっしりと重たかったのを、よく覚えてる。 まあそんな感じでね、初めてはダメなとこもありつつ概ね穏やかに済ます事が出来た。枕が頭にクリティカルヒットして、オレしばらく昏倒したんだけどね。当たり所がある意味よくってくらくらっときてね、ちょっとしばらく起き上がれなかった。 そのお陰で斉木さんの膝枕初体験出来たから、オレにはいい思い出。 まあとにかく、大きな失敗もなく迎えられた一回目、色々いい思い出になった。 翌日は一日中、昨夜のこと思い出してぽーっとしてた。 放課後、斉木さんに、お前はいつでもぽーっとしてるだろと鼻で笑われた。 く…ひでぇっス 恨めしそうに睨めば冷ややかな笑みを返され、かと思うとそれは瞬きの間にまったく違うものに変わって、何に変わったかなんて言うまでもなくて、お互い同じタイミングでごくりと唾をのんだ。 考えてる事は一緒だった。 無言で教室を出ていく斉木さんを追って、ついてくるなって言われないからずっと後くっついてって、斉木さんちにお邪魔して、部屋に入るや待ちかねたように抱きしめ合って、歯が唇に当たって痛いばっかりのキスを、ずっとずっとした。 そして昨日ほどはせっかちでないけど、やっぱり余裕のないセックスをした。 それから何度も、ほぼ毎日のようにオレたちは肌を重ねた。 何だってそうだけど、回数をこなす内お互いこなれていった。斉木さんの後ろがオレを受け入れやすいよう変わっていったし、オレも、斉木さんの弱いとこ甘いとこを覚えていった。 だいぶ余裕も出来たし、自分本位でないセックスを行えるようになってきた。 体位を変える時、いちいちもたついてたのもなくなって、色んな体位覚えて、お互い好きな体位がはっきりして、交代でやるようになったりしてとにかく、オレたちはますます気持ち良い事にのめり込んだ。 斉木さんも同様で、始めの頃はただくすぐったいだけ、あるいは特に何も感じなかったって個所でも、気持ち良さを得られるようになってさ、オレはそれがたまらなく嬉しくて、可愛い声聞きたさに『しつこい!』って叩かれるくらい夢中で愛撫しちゃったり。 まあ何だかんだ、楽しんでいた。 斉木さんを、心から愛しいと感じていた。 はっきり言うとオレらは結構場所を選ばなかったりする。 その点では、かなり緩かった。 こんなとこでは嫌だ何だ渋る斉木さんだけど、無人であればどこでも、それこそ雑木林の奥だろうがオレを受け入れてくれた。 外の風を股間にまで感じながらの行為は、結構くるものがあった。 オレもそうだけど、斉木さんも、普段のお澄ましからは考えられないほど気持ち良い事が好きだった。 真昼間だろうが外だろうが、無人ならいつでもどこでも平気でしちゃったりする。 うん、緩いというかなんというか。 快楽にとことん弱いんだ。 でも、ダメな時はきっぱりダメと突っぱねる。 まあオレも、人に聞かれちゃいますよ〜系は好きじゃないし興奮しないんで、その点では合致してるからいいけどね。 大丈夫、これでもちゃんと自制心あるから。所かまわずに見えるだろうけど、これでちゃんと羞恥心だってあるし。 斉木さんと二人きりで、のびのびと楽しむのがオレは好き。 もちろん斉木さんもね。 そんな、上っていくばかりの幸せな毎日は、ある日を境にふらふらと危うい軌跡をたどるようになる。 |
まあそんなわけで、人のいないところでオレらは思う存分楽しんでる…楽しんでたんだけど、先週から、斉木さんが誘いを断るようになった。 今日で三度目。 というかまあ三日目なんだけど、誘いを断るどころかまともに目を合わせてさえくれなくなった。 なんで――。 オレは、必死で頭を巡らせた。 何か要らぬ事をして、斉木さんの機嫌を損ねてしまったのだ。原因を必死に探った。思い出そうとした。 全然思い当たるものがないんだけど、何かやらかしたのは間違いないのだ。斉木さんの嫌がる何かをしたのだ。 それ以外考えられない。 でも、悲しい事にわからない。 どんなに頑張って思い出そうとしても、今までと変わりないものしか浮かばない。 しいて言えば、先週のセックスは今までにないくらい盛り上がって、お互い異様なくらい興奮した、ってこと。 ああ…きっとそれだ、これだ。 あの日に答えがあるに違いない。 けれどオレがどんなに頑張って思い出しても、斉木さんの機嫌を損ねた原因に行き着く事はなかった。 もう、本人に直接聞くしかなかった。 いや聞くまでもないよな、聞くより何より、まずは謝罪だ。 許してもらえるかどうかわからないけど、そうするより他にない。 だってもう吐きそう、倒れそう、斉木さんに嫌われたらと思うと、別れる事になったらと思うと、気が遠くなって息も出来なくなる。 斉木さんがオレの人生からなくなったら……もうオレ、生きてけない。 強引に斉木さんちに押しかけて、渋々入れてくれた部屋に飛び込むや、オレは床に這いつくばった。 そして血を吐く勢いで許しを請う。 オレの何が悪かったんでしょうか。 オレの何かが、悪かったのでしょう。 自分で思い付けないのは本当に申し訳なく思います、でも、言ってくれたら直します、二度としません、だからどうか嫌わないでください! 床しか見えない。顔を上げられない。 視界の端に、ちらっと斉木さんのつま先が見える。 本当は、今すぐ顔を上げて確かめたい。でも怖い。軽蔑した目でオレを見てるかと思うと、怖くて顔が上げられない。 斉木さん、斉木さん、斉木さん――どうか、オレを許して下さい。 あなたの人生からオレを追い出さないで下さい。 オレの人生から、あなたを取り上げないで下さい。 遠くにあった斉木さんのつま先が、一歩ずつオレに近付いてきた。 すぐ目の前で左右が揃い、しゃがんで、斉木さんの影がオレの身体にかかる。 『お前は悪くないんだ』 だから顔を上げろと、強い力で肩を掴まれる。 「いや、でも……いや、斉木さん、許してくれるんですか?」 『許すも何もない。お前は何も悪くないんだから』 片方だった手が両肩にかかり、オレは恐々と身体を起こした。 そして目にした斉木さんの顔を、何と表現すればいいだろう。 困っているのだが、それだけじゃなく、泣き出しそうにも見える複雑な面持ち。 『僕だって、お前と別れたくないよ』 「わ、わかれ!?……別れませんよ!」 オレにそんな気はさらさらないと、絶叫する。あまりの大声に斉木さんは一瞬顔をしかめた。 すんません! 手を伸ばしかけて、オレはすぐに引っ込めた。触られるの嫌がるみたいに身を強張らせたから、慌てて手を引っ込める。 『違う、いや、……うん、違う』 すみません、何が何だか、わかりません。 『ああ、くそ!』 苛々した様子で斉木さんは立ちあがった。つい、引っ張られるように顔を上げる。視線の先にある顔は、何故か真っ赤だ。怒りの余り顔に血が上ったというんじゃなく、あれは羞恥の赤面だ。それを見分ける事が出来るくらいには、色んな斉木さんを見てきた。わかる、あれは何かをひどく恥ずかしがってる顔。 でも、何を? 斉木さんはいつもの椅子にどかっと腰かけると、机に頬杖をついた。すぐにその手で顔を覆い、観念したって感じのため息を吐いた。 『お前と別れたくないが、お前とはもう、やりたくない』 「え、なに、セックス……? うん、ええ?」 自分で言った癖に自分で悲しがって、どうしたの斉木さん何が起こってるっていうの? 『だって、お前!』 ドン! 顔を覆っていた手が、机を叩く。地響きがするほど激しく。 余りの事に少し尻が浮いた。 『くそ、お前……だって、あんなの……』 はい、どんなの? なんです? 『あんなの、あ……あんな声、萎えるだろ!』 んん? あんな声ってどんな声? まさか、先週のこと言ってる? 先週のあの、お互い大興奮でノリノリだったあの、ことを言ってるので? わかった途端、バーっとオレの脳裏に先週の一部始終が駆け巡る。 その日パパさんとママさんはデートでお出かけだった。 オレは斉木さんに誘いをかけて、そういう理由だから家に来ても良いと許可をもらい、準備を万端にお邪魔した。 で、最初はまあいつものようにテレビを見てお喋りしたりなんなりからのキス、からのお触りそしてベッドへ移ってセックス。 この頃はお互い色んな事覚えて、色んな知識仕入れて、試したい欲求に促されるまま、あれもこれも取り入れたセックスをするようになってた。 これで果たして気持ち良いのかっていう、組体操みたいな体位のセックスとかも試して「やっぱり何も気持ち良くない」『そりゃ当然だ』と笑い合って楽しく和やかな時間を過ごした。 気を取り直して慣れた正常位からバックへといつもの流れを汲んで、段々募っていく興奮に、くんずほぐれつ、絡まり合った。 斉木さんのこのところのお気に入りはおしゃぶり。しかもいわゆるイラマチオ。 そらまあオレも男だし、抱く側だし、支配欲がすーごく刺激されるから、最初こそおっかなびっくりだったけど、火がついてからは斉木さんの苦しそうな顔にも興奮する始末。 ――ほんとに好きっスね、アンタ 奥まで突っ込んで後頭部押さえて、ちょっと笑う余裕も出てきた。なんて言うとオレが上位みたいだけど、違うのよ、本当は全部斉木さんに転がされてるんだ。斉木さんの描いた通りをなぞってる。そこがまた興奮するんだけど。 喉奥に出されて咳き込む斉木さんがたまらなく愛おしい。 もっともっと気持ち良くなってもらいたいと、まだ呼吸もままならない斉木さんを組み敷いて、すっかりオレの形になった孔に一気に押し込んだ。 斉木さんの方もかなり興奮してたようで、自分から腰押し付けて、なりふり構わず善がりまくった。 恋人の乱れようにオレは更に昂って、一番深く繋がれる体位になって汗まみれになるほど突きまくった。斉木さんの太もも抱えて先っぽでガンガン奥の奥を突いてたら、獣の唸り声かと思う声を上げて、じたばた身悶え、そんで――言ったんだ。 『やめろ!』 雷鳴のごときテレパシーに、頭が真っ白になる。 斉木さんの顔はいよいよ真っ赤だった。 『やめろ、もう……許してくれ』 「いや、ちょ斉木さん、なんで泣いて……」 オレはオロオロと手をさまよわせた。少し迷って、立ち上がり、斉木さんに近寄る。 『来るな、やめろ……見るな』 「だって斉木さん、泣いてるから」 どうすればいいのだ。斉木さんは思い切り顔を俯け、オレに見られまいと手で遮った。 『あんな汚い声で…あんな事言って……お前、嫌いにならないのか?……萎えないのか?』 「はぁ……?」 えー、もう、なに? 何の事を言ってるの斉木さんは! いまいちよくわからないけど、オレは―― 「萎えませんけど!? え? 何で斉木さん嫌いになるの? それ、オレのセリフ!」 あー…なんか、段々わかってきたぞ。 要は先週のセックスで自分が口走った言葉が、斉木さん的にはとんでもなくNGで、オレを萎えさせた、嫌われたって思い込む原因になって、そんでオレから逃げてたってわけなのね!? 「そうなんスね?」 嫌われたかと怖くて生きた心地がしなかった分、怒りが湧いて、オレはつい強い口調で斉木さんの顔を覗き込む。 「もー、もう泣き止んで! オレは嫌いになってませんから! なれませんから! え? なんでオレが斉木さん嫌いになるの!」 『だって……絶対萎えたろ』 同じ事繰り返す斉木さんに、ブツっと、切れた。 「なにが! オレにガン掘りされてギーギー唸った事? それとも、シーツ噛みしめてケツが壊れるーって善がり狂った事?」 「どっちもだよ!」 開き直ったのか、斉木さんは泣きながら吠えた。 オレも負けじと声を張り上げる。 「なにアンタ、そんなにオレに萎えてほしかったんスか! オレと別れたくて、わざとやったって言うんスか!」 『そんなわけない!』 「じゃあなんで!……う、ふっぐ、なんで、そんなこと、いうのぉ?」 突然ぶわっと涙がこみ上げ、ボロボロ溢れた。 うぐうぐ情けなくしゃくり上げながら、オレは続けた。 「すっげえこーふんしたのにぃ…あんなに、エッチな斉木さん、に、会えて、すげえうれしかった、のに…ばかやろう」 『うっさい、馬鹿野郎はお前だ、泣くな馬鹿野郎』 「さいきさんも、……ないて、るのに」 『泣いてないだろ、馬鹿が』 「あ、ずりぃ、え、超能力者ずりぃ、なんか超能力でぱっと消しやんの、ずりーい!」 『うるさい、何とでも言え』 「また開き直るし!」 ちょっと、一旦落ち着こう…おちつこ……。 オレは胸を押さえ、はーはーと深呼吸を繰り返した。 「ねえ…オレ、斉木さん、オレ、あなたが大好きです。あなたとするセックス、どれも好きです。あの…不安にさせた事、謝ります。オレが悪かったです」 『違う、お前は悪くないんだ』 「オレの声、どれも全部聞こえてるでしょ。よね? 大丈夫ですよね?」 『……ああ』 「でも不安にさせちゃった。ごめん斉木さん、ごめんなさい」 怒りで噴き出した涙が悲しみに変わり、止めようもないほど後から後から溢れ出た。 『鳥束……泣くなよ』 「も、あのね……心臓張り裂けそうだったのよ……どうしてくれんの」 『僕だって、消えてしまいたいほどだったぞ』 「くっ…そ、たかが、あんなくらいで」 『たかがじゃない』 「たかがですよぉ…もう、とっくにケツの穴まで見せ合った仲で、たかがそんな……」 『……それでも、お前に幻滅されたらどうしようって、思ったら、目の前が真っ暗になった』 「へ、へ……超能力者、困らせてやった」 『自慢げに言うな。でもお前はもっとうぬぼれていい。それくらいお前は僕の中を占めてる』 「じゃあ、斉木さん……だっこ、して」 『でかい図体して、なにが「抱っこ」だ気持ち悪い。やれやれ……』 「そういいながらしてくれるんだ、やさし」 『お前限定だ……ふん』 「あんね斉木さん、オレあの晩ね、斉木さんの声とか思い出して何回抜いたか、わかります?」 『知りたくもない!』 「なんと――覚えてません! でも三回以上は確実、すごくない?」 『馬鹿が』 「いってもいっても止まんないの。ほんとすごかったんだから。しかもね、今、思い出したらめっちゃ勃ってきました。ほらこれ」 『押し付けるな馬鹿』 「バカバカうっさいっス、もう、この口が!」 口で言ってるわけではないが、オレは唇を重ねた。口で言ってるわけではないので、そんな事しても言葉は途切れないのだが。 『盛るな、おい、今日は母さんがいるんだ、もうすぐ買い物から帰ってくる』 「じゃあ来ないように細工して、オレ、ダメっス……止まりません!」 斉木さんの超能力に頼る。今までだったら、ちゃんと弁えて止められたけど、今日ばかりは引かない。引けない。 たった三日とはいえ、斉木さんに触れなかったのだ。事情があるならいくらでも自制出来るけど、不安にさらされた分反動が大きい。 「それに斉木さんも、遠慮するなら声出さずに済むでしょ。お互い、良い事尽くめじゃないっスか」 『何言ってんだ……馬鹿』 「もう、バカバカ言い過ぎ」 もう黙って。 気持ち良い事だけ考えてよ、斉木さん。 |
渋る斉木さんをベッドに引っ張って、どさっと押し倒す。 唇を重ね、ついばむような口付けを繰り返す。 『いやだ…鳥束』 「嫌って言わないの」 逃げがちな顔を両手で押さえ込み、口の中を舌先でゆっくりたどっていく。 「んふっ……む」 『やめろ……お前とは、もうしない』 「そんな事言わないの。ね、斉木さん」 間近に目を覗き込む。そこには何らかの感情が滲んで、揺れていた。心細さを表しているようで、オレはたまらず、キスを続けた。 服を脱がせ、少しずつ現れる肌に順繰りに接吻する。 首筋が弱いから、そこに触れると身体がびくっと強張る。 鎖骨を吸われるのも好きだったっけ。頭上から微かなため息が聞こえた。 胸の辺りはどこ触っても甘い反応してくれるから、オレは唾液でべとべとになるくらい舐め回して、乳首を吸って、乳輪ごと甘噛みしたっけ。 たった三日、でも、三日ぶりの愛しい人の肌。どこが好きで、どこが弱くて、どこが反応いいか、思い出しながら一つひとつたどっていく。 「……あっ」 『くそ』 思わずと言った風に声が漏れる。斉木さんは慌てて口を手で覆った。 「ふふ…ねー、ここ、乳首の周り、指先でスリスリされるの、好きですよね」 首を振る動きが見られたが、オレは構わず愛撫を続けた。 今みたいにいやいやしたり、手で押しのけようとしたり、時には『違う』とテレパシーを叩き付けてきたり、あれやこれや斉木さんは否定するが、顔を、眼差しを見れば何を言ってるか一発でわかる。 きゅっと寄った眉と、とろけ始めた瞳が、縋るようにオレを見る。 「好きですよね」 重ねて問うと、斉木さんはふいっと顔を背け、そこでごくわずかに頷くのだ。 ああ…たまらなく可愛い人。 オレは飽きもせず手と口とで乳首に刺激を与え続けた。 いやらしくぷっくりと膨れ上がった乳首を指先でくにくに転がしながら、オレは尋ねる。 「ね、まだ、オレとしたくない?」 「……とりつか」 「こっちだって、こんなになってるのに」 はっきりそうとわかるズボン越しの膨らみを、そっと手のひらに包む。 「やめる?」 「やだっ……」 「そのやだは、どっちのやだ?」 「っ……とりつか」 「オレはここですよ、斉木さん」 身体をずらし、斉木さんと同じ位置に頭を持っていく。鼻先が触れるほど近くで、しっかりと目を見合わせる。斉木さんは、見え過ぎる目のせいですぐ逸らしてしまうけど、オレは気にせず視線を固定した。 「うぁっ!」 布越しに己の勃起したものを擦り付けると、たちまち斉木さんの口から悲鳴じみた叫びが上がった。 敏感な反応が嬉しくて、つい、にやっとしてしまう。 「ねえほら、さっきも言ったけど、オレ全然萎えてないっスよ」 大きく腰をうねらせ、何度も何度も、何度も斉木さんのそれとすり合わせる。 「あーさいきさん……きもちいい」 「あっ……う、うぅん」 「わかります?……わかるよね、オレが、斉木さんの中に入りたがってるの」 「……ん」 ほんの小さく、声がもれる。それだけでもオレはじわっと目が潤んだ。 しかし、その後に「でも……」とまだ意地を張るものだから、オレもいい加減腹に据えかねて、強硬手段に打って出る。 斉木さんにも、オレが何をしようとしてるかすでにわかってる…伝わってるだろうが、うろたえたように腰をもじもじさせるだけで、本気で抵抗する事はなかった。 それに力を得て、オレは、下着ごとズボンをはぎとり、ぷるんと現れた斉木さんのそれへ顔を近付けた。 「くぅ……」 吐息が触れたからか、斉木さんは喉の奥で甘えるような声をもらし腰をびくつかせた。 やべ……可愛いって 「あっ……鳥束」 いただきます…なんちゃって。 オレは躊躇せず、口いっぱいに斉木さんを頬張った。 「んぅっ……!」 弾けた声はもちろん、オレに咥えられてひくひくっとわなないたところも、匂いも、じわっと染み出た先走りの味も、何から何までたまらなく可愛くて、脳天の後ろがぶわっと熱くなるのを感じた。 斉木さん自身、ほとんど体臭はない。何か香るものをつけるって事もしない。そもそも発汗もコントロール出来るから汗臭さもなくて、その点では印象が薄いけど、だから余計、雄をはっきり感じさせるここの匂いは、オレを痺れさせた。いつも、今も。 「あ……あー……」 (気持ち良いの?) わざと下品な音を立ててオレは頭を上下させた。口に一杯溜めた唾液を絡め、舌を絡め、斉木さんのそれを熱心にしゃぶる。 (ねえ斉木さん、気持ち良い?) 「……ん」 さっきよりは、少しはっきりした返答。オレは顔が見たくて、必死に目玉を動かした。斉木さんもオレを見ていて、中間で視線がかち合う。何か言いたげに唇がわなわなと震えて、眉は力なく下がり、だのに瞳にはギラギラと、はっきりした欲望が浮かんでいた。 斉木さん、いい顔してるね。 返答は曖昧でわかりにくいけど、身体の方は全力でオレに応えている。 痛いくらいに反り返って、熱くなって、先っぽから涎まで垂らしてる。 「あ、ん……っ、ん!」 いいところを刺激するとビクビク敏感に反応して、オレの口の中あちこちを突いてきた。 咥えた時からもう硬かったけど、愛撫を施す内ますます硬度は増していって、今や頬張るのも困難なほどに成長していた。 斉木さん、愛しい……たかが三日でもオレは、身体中に穴が開いたみたいに寒かったんですよ。アンタはどうですか……? 何か用事があっての空白なら我慢するけど、独りよがりな思い込みで突っ走って『別れる』だの『もうしない』だの、オレ、怒るし悲しくなるし、ただじゃ済みませんからね。 そんな思いで、でも熱心にオレは口淫を続けた。 「はぁ…はっ……あぁ」 斉木さんの口から、ひっきりなしに喘ぎがもれる。 先っぽのくぼみを舌でぐりぐりすると声が高くなるし、くびれのとこ唇で包んで顔回すと一転低く唸る。 「あ、あひっ、あ……」 そして段々、腰の動きが忙しなくなっていく。絶頂が近付いているのだ。 ああ、可愛い…かわいい…いとしい 本当はこのまま一気に絶頂まで導いてあげたいけど、ごめんね斉木さん、まだお預けなんだ。 口の中でぐぐっと亀頭が膨らむのを感じる。今にも欲望が弾ける寸前、オレはぱっと口を離した。 「なんでっ…あぁ、ああー……」 間延びした善がり声を上げ、斉木さんはじれったそうに見悶えた。 「気持ち良い?」 『うん……』 「うんじゃなくて、気持ち良いって言って」 「とりつか……」 オレへと、斉木さんががくがく腰を突き出す。 「ね、ちゃんと言ってくれたらしゃぶってあげます」 唾液でねとねとになった竿をくちゅくちゅ扱く。 「あぅ……きもちいい、とりつか」 ちゃんと言ったから、ちゃんとしろ、じれったそうな声で斉木さんは先を促してきた。 オレは先っぽを親指で舐めながら質問を重ねる。 「どこが気持ち良いの?」 「あ、くそ……ここ」 うん、賢い。ちょっと腰を弾ませてオレに示して、とてもわかりやすいよ斉木さん。 でも、オレの言いたい事、わかりますよね。 「それじゃダーメ。ちゃんと口で言って」 オレは思い切り舌を伸ばし、付け根から先端まで、べろーっと舌全体で舐め上げた。 「あああぁぁ……」 震えるほど気持ち良いのか、斉木さんは小刻みに身体をわななかせた。 「ああ……鳥束、とりつか、ああ…きもちいい、………気持ち良い」 言いそうで、あと一歩言えなかった。口は間違いなくそのように動いたんだけどね、残念斉木さん、言ってないからノーカンね。 「意地張ってないで、ちゃんと言って。そしたらちゃんといかせてあげますから、ね、ちゃんと言って」 オレは先端に吸い付いた。そのままチュッチュっと小刻みに吸い上げながら、根元を指でつまんでくりくり扱く。 「あ、あぅっ、う……あ!」 身体の側に放っていた両手を頭の上に振り上げて、ばたついて、斉木さんは白い喉を晒して仰け反った。袋の方ももうパンパンで、ぎりぎりまで張り詰めたそれは見るからに痛そうだ。 ねえ、この前みたいに素直に言って、気持ち良くなりましょうよ、斉木さん。 「オレ、絶対萎えませんから」 必死に乞う。追い詰められてるのは斉木さんで、オレが追い詰めてるんだけど、実際のところはオレが追い詰められてんだよ。 斉木さんとこれからも出来るかどうかの、瀬戸際に来てるんだよ。 『とりつか』 「×××気持ち良いい……あっくぅ、う!」 (そう…ねえ、もっと言って) オレは約束通り、焦らすのをやめておしゃぶりに熱中する。 「いやだ、くそ……ああっ、きもちいい、鳥束の口いいぃ……」 (ああ……斉木さん) (オレの口気持ち良い?) 「うん、うん……あ、あ…だめ、やだ、とりつかの口×××に、だす――うぅ、いくっぐうぅ!」 「!…」 自分で口にした下品な言葉が引き金だった。斉木さんはオレが何する間もなく一気に上り詰め、欲望を弾けさせた。 まさかそこまで言ってくれるなんて思ってもなかったから、正直唖然として、呼吸を合わせ損ねた。 「おっ……げへっ!」 そのせいでむせてしまい、オレは無様にも咳き込んだ。 く、かっこわりぃ こんなはずじゃないのに…恥ずかしさと焦りとで軽いパニックに見舞われる。 涙をボロボロ弾き飛ばしながら、オレは何度もえづいた。 そんな時でも「あ、オレまだかてぇわ」と考える余裕があるのだから、自分でもおかしくなる。 斉木さん、オレまだかたい、見て見て勃ってる! 『本当に頭おかしい変態野郎だな、お前は』 這いつくばってゲホゲホやってると、斉木さんに抱き起こされた。 「……すんません、締まりがなくて」 オレは正座して小さく身体を丸めた。 当初思い描いてたのは、斉木さんにエロイ事言わせてその気にさせたら、即挿入、何も考える余裕もないくらいガンガン突きまくって更に興奮させて、この前みたいなエッチでお下品なワード一杯言わせて、それでも萎えないところを見せて愛を確認し合う…そんな筋書きだった。 それが、最初の段階で大失敗とか、オレもう首くくりたい。こうなったらいっそ潔く――。 『馬鹿言うな』 平手でおでこを叩かれる。バチンとかなりの衝撃に、一瞬くらくらっときた。 「あっ…つぁ……すんません、どうしようもないバカで」 叩かれたところを押さえ、オレはうなだれる。 『でも、お前の気持ちはよくわかった。充分伝わった』 「ほんとに……?」 斉木さんはすぐ隣にいて、膝を抱えるようにして並んで座ってるんだけど、恥ずかしくて顔をまともに見られません。 『わかった……よ。萎えないってわかった。僕も、意地になって悪かった』 「……斉木さんは悪くないっス」 『じゃあなんで僕の方見ないんだ』 「いやぁ……さすがに恥ずかしくって」 『その癖、まだ勃ってる』 「そりゃまあ……」 呆れ切った声音にオレはえへへと笑ってごまかす。 『だから、わかったから、今みたいのじゃなく、いつもみたいに、……しないか?』 「あ……しますします!」 『急に元気になるな』 「お……い!」 誘われて一気に元気が出たオレは、跳ねるように顔を上げて斉木さんを見た。ら、その顔のあまりの可愛さにどうにも我慢出来なくなって、衝動のままがばっと肩を抱きキスをした。 『本当に、どうしようもないバカ!』 後ろ髪を鷲掴み、斉木さんがぎゅうっと引っ張る。痛い、抜ける、はげる! くそ、こんなんで負けるか! オレは根性を見せた。 痛いのを堪えて舌を入れると、たちまち力が抜け、気をよくしたオレはより熱心に斉木さんの口内を舐め回した。 おずおずと応えてくれるものだからさらに嬉しくなって、もっと、もっととキスを続ける。 「この先も……いい?」 一旦顔を離し、唇すれすれで囁く。 斉木さんはわずかに目を伏せ、かろうじてそうとわかるくらい小さく頷いた。 『お前って、本当に変態だよな』 首筋に顔を埋めたところで、そんなテレパシーが飛んできた。 「ぐ……そうですけど?」 でもそれは、アンタだから。アンタが言うから興奮するんであって、それ以外じゃピクリとも反応しませんからね。 「だから斉木さん、気持ちのままに言いたいように言って下さい」 『もう言ってる。変態クズ』 「ふふ…それだけじゃなくて、エッチな方」 たちまち斉木さんは気まずそうにきゅっと眉根を寄せ、オレから顔を背けた。心なしか頬が朱に染まっている。 ああ…可愛いな。 引き寄せられるまま、赤い頬に口付ける。 「どんな斉木さんも、本当に、本当に好きですから」 『……知ってるよ』 「よかった」 涙が出るほど、よかったよ。 「あっうわ!」 浸っていると、股間をきゅっと包まれた。 おお、やる気満々ね斉木さん。 「あ、でも……」 ママさんは。 思い出し、さっと血の気が引いた。 『別の買い物を思い出したようで、まだ当分帰らない』 「あ、……あー、悪い子だなあ」 『お前が言ったんだろ、何とかしろって』 「はいスンマセン!」 どす黒い顔で睨まれ、オレは慌てて謝りぎゅっと抱きしめた。 『言いたくなったら、言うからな』 「ええ、いいですよ。なんでも、どんなのでも」 『だから……さっきみたいに無理に言わせるのだけは、もう……やめろよ』 「!…はい、肝に銘じます」 疑わしいと、斉木さんはきつい眼差しで見やってきた。 心臓を握り潰さんばかりの迫力だけど、それだけ、不安だった表れだ。オレは手を伸ばし、斉木さんの前髪を優しくなぞった。 くすぐったそうに目を細め、それから、オレにキスしてきた。 結局、この時の行為では斉木さんからこの前みたいな言葉は出てこなかった。 そりゃね、この前の今日だし、すごく意識しちゃってるだろうから、そうそう簡単には出せないよね。 でも斉木さん、いつか不安が薄れて、オレへの信頼が増して、その時は、気にせず出してね。 オレも斉木さんがその境地に至れるよう頑張るから、どうか末永くよろしく。 それはそれとして、たったの三日、三日ぶりとはいえ、ほぼ毎日のようにやってた猿並みのオレらだから、三日ぶりはとんでもなく盛り上がった。 たった三日てどんだけ溜まってたのよ。 オレもそうだけど斉木さんがまたすごくって、オレは逆さに振っても鼻血も出ないよってくらい搾り取られた。 なんてこった、もうオレ、超能力者を欲求不満にさせない。 というかだ、誰だ斉木さんにこんな危険な娯楽教えたの! オレだ! お互い満足したけどさ、翌日はオレ半日使い物になんなくて、体育も見学にする始末。 斉木さんのクラスと合同の授業、オレは体育館の端っこに座り、いつもと変わらない動きの斉木さんを「すげーな」と目で追っていた。 オレなんて、全身が怠くて仕方ないってのに。 それでいて「今日も放課後は斉木さんとむふふ…」とか考えてんだから、どうしようもない。 『本当にどうしようもないな』 (さーせん!) ヤケッパチで応える。 「鳥束、お前なんか顔色変だな」 「そっか?」 タケルが話しかけてきた。 「大丈夫か?」 運動嫌いはバレてるから、サボりと最初は思われたが、顔色良くないからマジで調子悪いんだなと心配された。 「お前、ここ何日か元気なかったしな。どうした、なんかあったのか?」 はは、どうしたもこうしたも、誰にも言えねえ。 愛想笑いでごまかしてると、じっと見つめる斉木さんと目が合った。 だいじょーぶですって、余計は事は言いませんから。 『怪しいものだな』 お任せ下さいって。 「あったけど、良い方に解決した」 斉木さんを見つめたまま答える。 「そりゃよかったな」 「ご心配どーも」 『頭がどうかしてるだけだよな、お前は』 んもー、斉木さん。 悪態ついて、ふんとばかりに目を逸らす斉木さんに心の中で笑い、オレは夜に思いを馳せた。 |