幸せにしてあげて
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より、
貴方は時間があるなら『迷子にならないよう手を繋いでいる鳥斉』をかいてみましょう。幸せにしてあげてください。
との診断を頂いたので、ひとつ、挑戦。

 

迷子の迷子の

 

 

 

 

 

 敷地内の掃き掃除をひと通り終えたオレは、自分の部屋に戻り、机の前にどっかと腰を下ろした。
 そのまま後ろ、畳の上にばったり仰向けになる。
 あー、外暑かった。
 すっかり火照った身体を、冷房の風に当てて癒す。
 そうやってぼんやり涼んでいると、部屋を出入りする顔なじみの幽霊が心配して覗き込んできた。
「あー、だいじょぶだいじょぶ、ちょっとあれ、瞑想してるだけだから」
「とかいって、またエッチな事考えてたんでしょ!」
「あっ!……ち、ちがうからね!」
 いつもはそうだけど今日は本当に違うから、オレはうろたえつつ全力で否定する。
「ふーん、はいはい、ほどほどにして、怒られないようにね」
「だから本当に、違うんだって」
 弁解を重ねるオレに笑いかけ、幽霊はすーっと壁の向こうにいってしまった。

 本当にさ、違うんだよ。
 女の子大好き、エロイ事大好きなオレだけど、ここ最近の興味は、同い年のある男に向いている。
 別にアッチ方面の意味じゃなくて、それよりもっとずっとすごいこと。
 名前出せばよかったな、考えてるのはエッチな事じゃなく「斉木楠雄」だって。
 今出てった幽霊もよく知っている、ここらじゃ知らぬものなし、超有名人の超能力者。

 初めて教えてもらった時は、そんな人間が本当に存在するのかって感じだったけど、人間と違って幽霊は嘘なんてつかないし優しいから、本当、現実、そういう事がこの世にあるってのはまぎれもない事実だけどさ。
 世の中不公平だね、オレなんてほんとちんけな能力で、視て話せるからなんだってんだ、どこにも行きつかない誰にも届かない手を抱えて途方に暮れてるってのに、その一方で何でも手に入れられる人間が存在するなんて不公平にも程がある。

 けどそれから、今まで見た事ないような夢を見るようになった。
 男だっていうその超能力者に触る夢。
 色んな種類があって、もう肩とかに触ってるとこから始まる時もあれば、背中を向けたその人物にこれから触るぞって時もある。
 挨拶の為に、友人の気安さで肩を叩くような感じで、その人物に自分は触りにいってる。
 オレは、大好きな婆ちゃんに触れなかったあの日から、人に触れる事に本当は心臓破裂しそうな覚悟を持つようになったってのに、夢の中ではそんな恐れなんて一切忘れてて、これっぽっちも恐怖は過る事なく、その人に触れるのをむしろ心待ちにしてる…というか、そんな妙な心持ちで触りにいってるのだ。

 毎日というわけではないが、度重なればさすがのオレでもちょっとは気にするようになって、夢占いとかネットでちらっと覗いてみることにした。
 そこに『信用』とか『恋愛感情』とかの文字を見つけ、うげってなって即閉じた。
 見なきゃよかったよ。
 なんだよ恋愛感情って。
 向こうもオレも男だぞ?
 おえー…いやうん別にね、人様がそうであるなら否定はしない、そうじゃなくて、オレがってのは百パーないって意味だ。から、誰が聞くでもないけど、言い訳しておこう。自分に気まずいからな。
 それはそれとして、あーあ、やっぱ占いとか眉唾のインチキだなぁ。

 さっきネットにあったのって、つまり相手が特別ってことだよな。
 そういう意味じゃあ確かに合ってる。
 オレが喉から手が出るほど欲しい、万能の力を、その人は持ってるわけだ。
 となれば、オレには特別も特別、世界でただ一人本当に地べたに頭擦り付けてでも取り入りたい存在。
 なんとしてもその能力を伝授してもらう。
 その為なら何だってしよう。
 こんな糞みたいな、何やってんだかわからない迷いだらけのオレを、連れ出してほしい。

「いって……いでぇ!」
 足がつった!
 どうやら無意識に力んで変な姿勢になっていたようだ。
 慌てて足の指を掴む。
 こんな風に生きてる人間に夢中になるとか初めてだから、やたら身体に力が入るよ。
 痙攣を逸らしながら、オレははっと理解に至った。
 ああそか、夢でオレがやたら相手に触りにいってるのは、そういう意味だったのかも。
 オレをここから連れ出してほしいのかも。
 そう考えればしっくりくる。
 やっべ、オレかなり期待しちゃってるんだな。

「でもそうだよな…あー痛かった」
 ふくらはぎを忙しなくさする。
 やりたい放題生きたい。
 いつから、なんで、こんなになっちゃったか自分でも定かじゃないが、気付いたら自分は何やら吹っ切れていて「せっかく生きるならやりたい放題」がモットーになっていた。
 多分あれだな、幽霊と接しているからだな。
 やりたい放題パーッと派手にやりまくって、面白おかしく生きたい。
 どうせ最後は全部消えてなくなるんなら、その瞬間まで目一杯楽しみたい。

 だから、何としても「超能力者・斉木楠雄」には気に入られねば。

 オレみたいのは、特定の何かは手に入らない、特別な何かは手に出来ない。
 それくらいわかる、知ってる。
 わきまえてるよ。ちゃんとさ。
 これまで何かが良くなった試しなんて一度もない。
 だから今回も期待なんかするもんじゃないと自分い言い聞かせてるけど、膨れ上がる気持ちはどうしても抑えきれない。

 斉木楠雄。
 オレと同い年の、でもオレにはない誰にもない力を持ってる人間。
 有り余り才能を手にしてウハウハの人生送ってるだろうから、オレもその何分の一かおこぼれ貰って、欲望のままに生きるんだ。
 女の子の裸見たり、宝くじ当てたり、女湯覗き放題女子更衣室覗き放題、やましいことに使いまくり。

 斉木楠雄。
 とんでもないチート人間だけど、幽霊しかその存在知らないってよく考えると不思議だよな。
 生身の人間は知らない、つまり大っぴらには力を使ってないって事か。
 知ってたらもっと噂になってるし、連日テレビでバンバン騒がれるもんな。
 てことはこっそり、自分の良いように上手く使ってるってわけか。

 斉木楠雄。
 とにかくコイツなら、この人間なら、オレの望みを叶えられる。
 今夜もまた、顔も知らないコイツの夢を見るんだろうな。
 夢の中でオレは、とんでもなく幸せな気持ちに包まれる。
 誰かに触れるって、本当にいい気分なんだろうな。

 きっとオレには、現実では、一生手に入らないものだろうけど。
 だからせめて夢の中だけでも斉木楠雄に触りまくろう。
 恋愛感情なんてオエーだし信用ってのもないけど、そういうの抜きで、特別なあの人にただ触れよう。
 夢の中でだけでもせめて、何のしがらみもなく思うままやりたいしさ。

 手を、顔の前にかざしてみる。
 触ってたり触りにいこうとしたり、そうやって触れた夢の中の身体は、血の通った人間らしくいつもあたたかい。
 絶対にすり抜けたりしなくて、オレを拒んだりせず、そしてあたたかい。
 バタンと畳の上に投げ出す。
「変なの」
 オレ、変。

 腹の底から息を吐き出し、もう間もなくやってくる機会に思いを馳せる。

 

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