昼休みまであと

 

 

 

 

 

 完全に寝てる訳じゃなかった。
 眠りに落ちる寸前ギリギリでオレは持ちこたえていた。
 まあ時々教師の声が遠ざかるけど、スゥっといってフゥっと帰ってくる感じで、ギリギリ寝落ちせずに授業を受けていた。
 ていってまあほとんど寝てるんだけど。
 あーもうわかりました、寝てる寝てる、素直に認める、眠ってます。

 そんな時、よく斉木さんにイタズラされる。
 斉木さんてね、あの人ね、淡白でお固くてクソ真面目そーに見えて、実はすーごく子供っぽいとこあんのよね。
 あんなにイタズラ好きとは知らなかった。
 テレパシーで『起きろ』『寝るな』脅しかけられるなんてまだ可愛い方で、国語の授業なのに別の教科書にすり替えられてて大焦りなんてしょっちゅうだ。
 この前なんて、机の中の教科書全部オレの愛蔵本にすり替わってた事があって、あれはさすがに慌てた。しかもあの人、それをじわじわオレの机から引っ張り出そうとまでしたのよ。授業中にエロ本ぶちまけるなんてのは、さすがにアウトでしょ、だからオレは必死で食い止めたんだけど、不審な動き見止められて教師に当てられるわ、斉木さんとの綱引きは続行中だわ、本当に冷や汗止まらなかった。
 まあ、ちょっとしたら元に戻してくれて事なきを得たけど。
 まったく、大事な恋人を窮地に追い込むなんて、ほんとイタズラ好きなんだから。

 で、このところのお気に入りが、これ。
 手首の数珠だったり消しゴムだったりするのだが、食わされるのだ。
 で、そういう時必ず決まってオレは好物の何かを食べてる夢を見る。
 で、わーい何々だ嬉しーな、いただきまーすってかぶりついて、現実じゃ数珠なんでガチっとした歯ごたえになる、うん、それで「はぁ?」と目を覚ます。

 ちなみに、斉木さんに会うまで、オレは夢でそういういい目を見られた事がない。
 ご馳走にありつくとか、会いたかった人に会うとか、まあ色々あるけど概して「嬉しい」と感じる内容の夢、それらはいつも、いざ食べるぞって時に起きてしまう。
 美味しい美味しい何かを味わう事無く、目を覚ましてしまうのだ。
 食べ物でも、再会でも、かなり気持ちが高まって盛り上がるのだが、いつだってオレは寸前で取り上げられてしまう。
 夢なんだから、夢でくらいは、良い思いしたって罰は当たらないのにな。

 そして今日もオレは、夢でご馳走現実では食べられないものを食わされる。
 今日の何かは「自分の指」だった。
 確かに、顔に一番近くて、周りに知られずこっそり動かすには好都合でしょうけど、数珠なら歯が欠ける思いをしたし、消しゴムは食いちぎる寸前までいきました。
 や、オレの歯並びキレーだね。じゃねえ。
 美味しい何かを食べられる喜びに舞い上がり、力一杯かぶりつくんだから、そりゃまあそうなるでしょうよ。
 でも斉木さん、でも、指はねえっスわ。

 この鳥軟骨、中々の歯ごたえー…って自分の指だよ!
 はっと意識が戻る、まだその時点では痛みはない、でもこの噛み具合からしてかなり痛いと瞬時に悟る、今にやってくるだろう激痛にサーっと血の気が引く、やっと痛みが来る――!
「――っ!」
 マジで、貧血でぶっ倒れるかと思った。
 一回、仕切り直しで一回顎の力抜いてよかった…でなきゃ、今頃オレの右手人差し指短くなってたでしょうね。

 真っ赤な歯型が刻まれた人差し指を涙目で見つめ、オレは隣の教室に怒鳴り込む。もちろん、脳内で。思考で、斉木さんに怒鳴り付ける。
(ほんとに!)
(ほんとに痛いんですけど!)
 ぎゅうっと指を握り込む事で痛みを紛らす。
 どうかしたのか、なんて、とんでもないとぼけ方もあったもんだ!
『ちなみに今日は何食べたんだ?』
 のんきな物言いが、くー、腹の立つっ!
 超能力者ってのはこれだから始末に負えないんだ。
(鳥軟骨っス!)
『鳥束だけに』
(そうそ…うっせ!)
(丸くてかたいあれ!)
『ああ、いわゆるげんこつな』
(そうそれ、それの塩焼きでした)
『昼前にぴったりの夢だな』
(てか百パーアンタのいたずらでしょ)
『おかしい、なんでバレたんだろう』
「おいっ!」
 何を言って〜
 握り込んだ左手も痛む右手も、怒りでブルブル震えた。
 もーぅ、今日という今日は許しませんよ!

(これで何度目だ、やい、斉木さん!)
『授業中に何度も居眠りこくお前が悪い。お前が百パー悪い』
 その通りだから、オレの背中に変な汗がジワっと滲む。
 そこに終了のチャイムが鳴り響いた。
 オレはまだ指を握ったまま起立して礼してどかっと着席した。
 斉木さんさぁ…もう少し穏便な起こし方とかあるじゃん。
 起こしたいなら、オレ好みのシチュでもいいわけじゃん。
『ミニスカの女教師ものとかか?』
 はぅっ……うん。
 白いブラウス、黒のピタッとミニスカ、そこから伸びるスラっと細い足、黒縁の眼鏡、お胸は大きめお尻も大きめ、髪は長くても短くてもよくて……――
『そして顔は燃堂な』
「ぅごっ!」
 実際尻が浮くほど衝撃受けた。
 なんてとこで割り込んでくるの斉木さん!

 オレはガタガタ乱雑に机の上を片付け、弁当を引っ掴むと、今度こそ本当に身体ごと隣のクラスに駆け込んだ。
 案の定意地の悪いにやにやした顔でオレを見てきた。
 ほんと、性格悪いんだから、オレの恋人は!


 まあでも実はこれにはちゃんと続きがあるんだ。
 あんな感じでイタズラ放題、オレで遊びまくりの斉木さんだけど、それで終わらないのが斉木さんのいいところ。
 帰り道で、今日見た夢の品を現実に奢ってくれるのだ。
 今日は鳥軟骨だったので、商店街の肉屋さんに併設してる焼き鳥屋で買い食い。
 今日は良い方。焼き鳥、塩味だなんて結構レアだ。いつもは斉木さん好みの、甘い甘いあまーいスイーツだから。
 でも夢の中のオレは、これがどうしても食べたくてしょうがない人になってる。
 多分あれ、斉木さんがそりゃもう『美味し〜い』って顔でスイーツ食べるから、それが心に残ってるのね。
 夢に見るほど刻まれるとか、どんだけオレ斉木さん見てるかね。
 現実じゃひと口でもうギブなので、すぐ斉木さんにお譲りする事になるんだけどね、その前にアーンで食べさせてもらえるので、その甘さも相まって胸が一杯になる。

 斉木さんに出会って変わった事は色々ある。ほんと、色々たくさん。
 中には知らなきゃよかったって事も含まれてて必ずしも良いことばっかじゃないけれど、じゃあ知る前の方がいいかって言ったらそんな事はない。
 知らなきゃよかった、台無しだ幻滅だと沈んだところで何も変わらない、オレの世界は変わってしまったのだから、受け入れて進むしかないのだ。
 斉木さんが分岐点、別の道もそりゃもちろんあったけど、多分オレ何度やり直しても「超能力者に会いに行きますか?」で「はい」を選ぶよ。
 きっと、絶対に。
 オレは斉木さんに出会って、やっと「始まった」みたいなものだから。

「美味いっすねぇ……」
 帰り道の買い食いは、普通に家で食べるよりなんでかずっと美味しく感じられる。
 つい、しみじみと唸ってしまった。
 それに対して斉木さんは、多分似たような顔で悪くないともぐもぐ口を動かしていた。
 ほんと美味い、染みるよ。
 斉木さんの奢りだから?
 斉木さんといるから?
 なんでもいい、食べて、血肉にして、その時の記憶も一緒に糧にして、オレは生きてる実感をボリボリと噛みしめる。

 複雑極まりないな、不真面目なオレへの戒め、ちょこっとの詫び、大きすぎる感動、絡み合って泣きたくなる衝動。
 これの為なら、指が短くなるのは御免だけどちょっと痛いくらい我慢出来る。
『え、お前…おま、そういう?』
「おい、引くな、そこで引かれたらさすがに泣くっスよ」
『いや、うん……人それぞれだからな、僕も極力頑張るとしよう』
「いやいや違う違う、積極的になられても困るっス」
『よし、明日の起こし方に期待しててくれ』
「しないしない、斉木さぁん」

 ほんと複雑極まりない。
 イチャつくならもっと普通にやりましょうよ。
 とはいえこういう流れも満更でもないと思ってるのは事実だ。
 あれオレってやっぱり「そういう」のなのか?

 斉木さんはネギま、オレは鳥軟骨。鳥束だけに。うっせ。
 ごちそうさまです
 ほぼ同時に食べ終わって、串を捨てて、さあ帰りますか。
『鳥束、しょっぱいもの食べたせいか、無性に甘いものが食べたくなった』
「ふふ、ですよね〜」
 斉木さんが、これだけで終わるわけないですよね。
 よっし、美味しい焼き鳥ご馳走になったお礼に、美味しい美味しい甘いもの、探しに行きましょうか。
 オレの世界はこんな風に広がった。
 斉木さんに出会ったからこそだ。
 こんなに厄介で面倒で、こんなに大切にしたいってもの、初めて出会った。

 さて、明日はどんな昼休み前になりますかねえ。

 

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