今日は四月一日じゃない

 

 

 

 

 

 

 三月も後半に差し掛かったある休日、オレは選りすぐりのクソゲーバカゲーを手に斉木さんちにお邪魔した。
 パパさんママさんは、いいお天気だからと近くの公園にデートに出かけたそうで、斉木さんが直接お出迎えしてくれた。
 オレを見るなり『来たのか』ってうんざり顔になったけど、オレの持参したゲームソフトを見た途端ちょっと顔付き変えたりして、可愛くて、ああこの人普通の人だわ、オレと同い年の高校生だわと、謎の感動をしてしまう。
 失礼な奴めと睨まれたので、道中買ったおやつのコーヒーゼリーを慌てて献上した。
 そんなご機嫌取りが通用すると思ってるのかと、最大限に緩んだ顔で凄まれて、オレはまたニヤニヤ感動した。
 今日も、オレの斉木さんは世界で一番可愛い。
『うるさい、お前もう帰れ、それとそれ置いて帰れ』
 念力でぐいぐい背中を押されたが、オレは必死に抵抗して上がり込んだ。
「お、お、お邪魔します!」
『っち』
 もー、すぐ舌打ちするんだから、めっ。

 斉木さんは部屋に入ると、真っ先にコーヒーゼリーに手を付けた。
 お昼が済んだ時間帯だから、それって食後のデザート、いいよね。
「いいよね、はいいけど…オレ、曲がりなりにも客っスけど」
 扱いが雑でぞんざいなのは今に始まった事じゃない、とっくに慣れっこではあるが、たまには言いたくなることもある。
 しかし斉木さんは一切聞こえてないフリ…というか本当にあれ聞こえてないんでしょうね、定位置の椅子に悠然と座って、コーヒーゼリーをうっとりモニュモニュって、あーもう、可愛いからなんでもいいや。
 ベッドを背もたれに床に座り、コンビニの袋をガサガサ。
「オレもたまには。美味しそうな和スイーツ見つけたんで、買ってきたんですよ」
 取り出したそれをテーブルにコトリ。
「黒糖わらび餅のさくらパフェ!」
 パッケージが見えるよう、斉木さんに掲げる。
 と、それまで目を閉じて自分の世界に浸っていたのが、ぴくりと反応した。
 斉木さんは目を開けると、おすすめの赤いシールが貼られたオレの和パフェに得も言われぬ視線を注いだ。
 あれは、そうね、ひと口欲しいなあって顔ね。
 斉木さんは時々わかりにくくてとてもわかりやすい。
「白玉二つあるんで、一ついきますか?」
 水を向けると、今度はオレの顔をじっと見てきた。
 あ、ふふ、戦ってる戦ってる。
 口がむずむずしてるの見てたら、オレまで口がむずむずしてきたよ。
『……いらん』
「またまた、無理な事を」
 オレは手早く蓋を開けると、プラスチックのスプーンを手に立ち上がった。
「クリームもちょこっとお分けしますね」
 表面に綺麗に絞り出された桜色のホイップクリームをちょんとつけ、白玉をすくう。
「はい、あー」
 寸前までへの字口だったけど、オレがスプーンを近付けると斉木さんは素直に口を開けた。
 ふぅーん…かわいい!
「もちもちの白玉団子、どっスか」
『……悪くないな』
 鼻から小さく息を抜き、斉木さんは目を煌めかせた。
 あーもう、はは、この人なんでこんなに可愛いんだろ。
 オレも白玉を頬張り、美味いっスねと目を見合わせた。

 それからクソゲータイムに移り、理不尽な設定と適当極まりない当たり判定に唸ったり叫んだりひとしきり楽しんだ後、他愛ないお喋りから色々と発展して、話題はもう間もなくの「エイプリルフール」へと移行した。
 二人で一つのスマホを覗き込み、検索した四月バカネタを上から順に目で追う。

『お決まりネタなら、能力が使えなくなった――とかか』
「あー…でもお互いにしか通用しないっスね」
『それにお前相手じゃする前からネタバレで、面白さの欠片もない』
「そりゃしょーがないっス」
 あと、オレはあんま言いたくないかな
『なんだ?』
「や、だって、それ言ったら幽霊たちの事無視するわけですから、そういう嘘はちょっと」
 それにそれに、この力があったからこそ、斉木さんという存在を知る事が出来た。出会う事が出来たのだ。
 歪んだり病んだり色々苦労もあるけど、差っ引いてもオレはこの力あってよかったと思ってます。
『ふーん。お前の存在自体が嘘だったらいいのにな』
「がぁーん!…ですよ斉木さん、そりゃさすがにねっスわ」
『お前に見つけられた事、僕には災難でしかなかったからな』
 ますますがあぁーん
 て、……えと、過去形なのってそれって。
「それって……、つまり……?」
 答えを求めて斉木さんに視線を注ぐ。
『っち』
 すごくひどい顔で舌打ちされた。
 喜びたいのに泣けてきて、感情ぐらぐら。

「あ、これ斉木さん出来そう!」
 いかにもな合成写真で、
 ――今、月に来てます!
 というネタだが、斉木さんなら本当に月に行けるじゃん
『出来てどうする』
「ヤス君やチワワ君に。どっスか」
『却下だ。馬鹿め』
「ちぇ−」

 ――某商品が今月いっぱいで発売終了!
「あー、これはやっちゃダメなやつっスね」
 食べ物の恨みはーって言いますし、よくて半殺し、最悪・・・ですわ。
『そんな事はしない』
「そっスか?」
『そうだ。死んだ方がよっぽどましだって目に、あわせるだけだ』
「斉木さーん!」
 余計始末悪い。

 ――某商品が、今日だけ無料!
『これ。鳥束、これ』
「いやこれ、だから、嘘ネタですから」
『無料だって、鳥束』
「見ないで、そんな目で見ないで斉木さん!」
『何が無料なんだろうな?』
「なんでしょうかね……って、あーちょちょちょ!」
 なに制御装置外そうとしてんの、マインドコントロールはさすがにめっスよ?
「超能力の悪用は避けてるんですよね?」
『っち』
「ちっじゃないの、危ないなーもうこの超能力者は」
『っち』
 だから、舌打ちめっ!

『ふむ、ジョークグッズで驚かせるってのもあるのか』
「これも、斉木さんにもしやったらよくて半殺しだなー」
『おい、さっきからちょこちょこ失礼じゃないか』
「え、じゃあ温厚に穏便に済ませてくれるん――」
『わけないだろ』
「ほらぁー」

『で、結局どれやるんだ?』
「うーん…どれもこれも、あんまり、やりたいってのがないっスねえ」
 いまいちしっくりこないと首を傾けるオレの前で、斉木さんは画面を繰り少し遡って、
 今日だけ無料!
 の項目を中央に据えると、チラチラオレを見てきた。
 うっ…く、うぐぐ、可愛い攻撃に負けてしまいそうだ!
 今にも屈しそうなのを必死に奮い立たせ、オレはスマホを取り上げる。
「はい、おしまいおしまい」
『……鳥束』
 睨まれたりしょぼんとされたり、斉木さんの揺さぶり攻撃にくじけそうになったが、どうにかおしまいにした。

『結局、どれもナシか』
「そうっスね」
 命が惜しいからってのとは別に、どーもオレ、嘘って駄目なんだよね。
 ちょっとトラウマかも。
 幽霊が見える。
 幽霊と話せる。
 オレには日常的な事で、そこにひとかけらも嘘なんてないけれど、ずっとずっと「嘘吐き」って言われ続けてきた。
 それ自体はもう慣れっこではあるけど、だからって傷付かないわけじゃない。
 うまい処理の仕方を覚えただけ、受け流すしかないと身に染みただけで、何も感じない訳じゃない。
 だから、嘘からは出来るだけ遠ざかっていたい。
 そうやって、自分を守ってる。
 それがオレの最後の砦みたいにさ。
 オレは嘘なんて言ってないよ、って、自分に胸を張る為に、嘘から遠い存在でありたいのだ。

『えっ…お前……え?』
「えっえっじゃないっス、斉木さん!」
 心掛けてるのもそうだしそもそもねえ、心の声が聞こえるアンタに嘘なんて通用しないでしょーが!
『当然だな』
「んもー。じゃあオレが、これを嘘やジョークで言ってない事も、わかりますよね」
『わかってる』
 斉木さんの手がすっとのび、オレの頬に触れる。
 ほんのりとあたたかい手のひらがしようもなく沁みて、オレは半ば無意識に顔をすりよせた。

「斉木さん…好きです」
『おい、今日は四月一日じゃないぞ』
「もぅ…茶化さないで」
 斉木さんらしいと笑うが、悔しいことに涙が溢れてしまった。
 オレはきつく眉を寄せた。

 ――やれやれ。
 困った奴だと鼻から息を抜きながら、斉木さんはオレを抱き寄せた。
 あー…気持ちいいなあ。
 やっぱりハグって効果絶大だ。
 なんか、昔のあれやこれやが過ってさらに涙が…あ…涙が。
 まずった。
 頑張って留めたが、努力も空しくボロっと涙が零れた。
「ぅえっ、ちょ――えっ!」
 それを、斉木さんが吸い取る。何してんのこの人、え、あまりの出来事にオレは息が詰まった。
 え、今唇触れたよね、オレの妄想じゃないよね、ちゅってなったよね、やったよね、斉木さんやったよね!?
 オレは一生懸命目玉を動かし、斉木さんの唇が触れた辺りを見ようとした。
『まずい』
 混乱するオレに斉木さんは舌べろをえーっと突き出し、いかにも不味そうな顔をしてみせた。
『もう二度と飲みたくない』
「!……もー…そういう事言わないの」
 二度と飲みたくないってさ、それってつまりもう二度と、オレの泣き顔見たくないって事でさ、つまりアンタはそれだけの事が出来るんだよね。
『ああ、出来る。してやるぞ』
「もー…そういう事言わないの」
 ほんとやめてよ、ますます泣けるじゃん。
『よし、一生残しておくよう目に焼き付けてやるから、どんどん泣け』
「ひっでぇの」
 泣きたいんだか笑いたいんだか、ちょっと混乱する。
 斉木さんはそんなオレを面白そうに眺めていた。
 泣くのも笑うのも後回しに、オレはちょっと怒って、慌て気味に指先で頬っぺたをなすり泣いた痕跡を消す。

 はあ…少し落ち着いた。
「斉木さん、さっきの」
『さっきのなんだ』
「今日だけ無料のネタ、あれやりましょ」
 オレのマジの本気見せますよ。
「何の無料がいいですか?」
『ほんとうにやってくれるのか?』
 少し興奮気味に斉木さんは目を輝かせた。
 と思ったらすとんと表情を落とした。
『でも「今日だけ」じゃつまらんから、いらない』
「毎日がいいなあって?」
 気持ちはわかるけども。はは、そりゃ欲張りすぎ。
 おかしさに笑っていると、違うと首を振る斉木さん。
『お前がいればいいから、いらない』
「えっ!」
 一瞬ドキッときたけど、あー、これは。
「……あ、お財布代わり?」
『さぁな』
「あーもー」
 そこは、ちゃんとハッキリ言うとこでしょー!

「てか、プロポーズにありがちな、毎日味噌汁作ってくれ的な、あれみたいっスね」
 毎日ボクにコーヒーゼリー買ってくれ…うん、斉木さんらしい言葉だなあ。
 ああ、言われてみたいものだ。
「オレ、食い気味にハイって言いますよ」
 ほんわか妄想しながら斉木さんに顔を向ける。
 その、おでこに、手刀がドスッと衝撃を与える。
「ぐっ……!」
 あんまり痛いと人って声も出せなくなるんだな。身動き取れない息も出来ないほどの重い打撃に硬直する事数秒、徐々にこわばりが取れてきた頃、オレは恨みのこもった目で斉木さんを見やった。
 なんなのいきなり、あんまりじゃないっスか。
 変な汗を滲ませながら目で問いかけると、そこには、拗ねた目付きの斉木さんがいた。
 あれ……。
『人には茶化すなって言っときながら、お前、自分は』
「え、……えっ!」
 遅れてやってきた理解に、全身がかっと熱くなった。
 え、え、斉木さん、えぇ、それって。それってつまり。
 ほんとの本気で、コーヒーゼリーよりもオレを、選んでくれた……。
 驚愕に引き攣った顔が段々とだらしなく緩んでいく。

「斉木さん…今日は四月一日じゃないっスよ」
『だから、茶化すなと』
「はい、すんません!」
 第二段が襲ってくる前に、オレはその身体をぎゅっと抱きしめた。
 すんません、斉木さん
「オレも、斉木さんがいればいいです」
 いてくれるだけで、嬉しいです。
『……ふん。まったく、頭の回転が遅くて鈍くて、どうしようもない奴だ』
「すんません」
 一生懸命頑張りますから、どうか傍にいさせて。ねえ、斉木さん。
『やれやれ…しょうがないな』
 斉木さんの両手が、おずおずとオレの背中を抱く。
『一生分のお前と、お前が持ってくるだろう一生分のコーヒーゼリーで許してやるよ』
 頭に響く声に、オレは全身が痺れる思いだった。
 本当に…本当に?
 つい、また「今日は四月一日じゃない」って言いそうになってしまう。

 あ、あ、思うだけなら許して斉木さん!
 お願いしますお願いします!

 畳みかけるように念じ、抱く腕に力を込める。
『本当に、どうしようもない奴だお前は』
 すんません!
 心の声が筒抜けだもんな、斉木さん、そりゃ呆れられるわ。
『まあそんなところが、――鳥束』
 腕の中で少し身じろいで、斉木さんは口を開いた。
 オレはおっかなびっくり先を促す。
「……なんスか?」
「………」
「――っ!」
 鼓膜を震わせたほんの三文字に、身体中が燃えるように熱くなる。

 オレもです、斉木さん。
 オレも好きです。

 今日は四月一日じゃない。
 本当に、良かった。

 

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