新春かくし芸大会

 

 

 

 

 

 正月番組をだらだら流し見しながら、鳥束と下らないやり取りで午後を過ごす。
 やれ、ご当地お雑煮の出し合いっこだ、やれ、おせちの詰め方だ、他愛もないことをつらつらと、休み休み言葉を交わす。
 餅の形で変わる意味、縁起担ぎ、お節料理の言葉遊び、お正月の凧揚げやコマ回し、おじいちゃんから伝授された高く上げるコツ、だるま落としの秘術諸々、下らなくて実にいい。
 こたつのテーブルにはコーラのコップ、お菓子数種、ミカン、コーヒーゼリー、それらを食べ散らかし飲み散らかし、怠惰そのものの図。
 なんという贅沢だろうか。
 これぞ正月…いい。

 こたつでぬくぬく過ごしていると、鳥束がトランプ一式を取り出し僕の向かいに座って、仰々しくお辞儀をした。
「新春、かくし芸大会ー!」
 なんだいきなり、とんだ茶番が始まったな。
「まず一番手はオレ、鳥束零太による華麗なカードマジックをご覧にいれましょー!」
 パチン…パチン…パチン
 僕はお愛想で手を叩いた。

 やれやれ仕方ない、三つもコーヒーゼリー貰ったしな、食べてる間は付き合ってやらんとな。
 それに正月早々キリキリするのも縁起が悪いからな、ここは広い心で受け止めよう。
 僕はなるべく心を無にしてコーヒーゼリーに集中した。
 定番の「オリーブの首飾り」を口ずさみながら、鳥束はこの一ヶ月血を吐く思いで会得したというカードマジックを始めた。
 何もなくはないんだよな。全部視えてるんだよな。お前の長袖に隠れたハートのエースとか手の甲で見えなくしたジョーカーとか、全部しっかり僕には視えてるんだよな。
 でもまあ、手際はいいと思う。筋はいいと思うぞ。不本意ながらイリュージョニストに師匠師匠付きまとわれて、それらを見る目が鍛えられたから、ある程度見分けはつく。

 コイツって、結構手がでかいんだよな。デカいと言うか指が長めというか、こういう小細工物に向いている手をしてると思う。
 なるほど、そうやって動かしてかく乱させ、その隙にこっそり仕込むわけか。
 こざかしいが、中々やるじゃないか。
 って、こんな事、今まで誰かに思ったのってなかったな。
 そもそも誰かの手だの脚だの、じっくり見るのに不向きな目をしてるから、これほどしっかり一人の人間を捉えたのはコイツが初めてじゃないかな。
 いやまあ小さい頃にやったか。能力に馴染む為に色々観察したこともあったっけな。
 でも今のように、それとは別の意味で、自分から興味を持って注視するのは間違いなく初めてだ。生まれて初めての事をコイツにしている。
 ああ、ハイハイ、消えた消えた。視えてはいるが、僕は一応の礼儀として拍手をする。
 タネも仕掛けも丸見えの僕に驚きは全くないけども、練習の成果を褒める。
 一ヶ月は本当で、吐血は嘘だけど、楽しんでもらおうとする心意気は嫌いじゃない。

 コイツだから嫌いじゃないのかもな。
 他の奴に、こんなのされたくないな。
 コーヒーゼリーを味わう時間は誰にも邪魔されたくない。
 コーヒーゼリーに限らず、僕は一人の時間を好む、が、いつもなにかとくじかれて中々一人になれないのがつらいところだ。
 でもコイツは別だ。嫌なら嫌で、気兼ねなく排除出来る。遠慮はいらない、気の向くまま追い出す事が出来る。
 追い出せるなら、迎え入れるのもまた僕次第で、つまり僕はコイツといるのが嫌じゃない。
 他の誰にも向けた事のない感情が、僕の中にある。
 だから、こんな下らないともいえるお遊戯でスイーツタイムを邪魔されても、本当には嫌じゃないのだ。

 おっと、少し見惚れてた。鳥束の癖に生意気だ、癪に障る。後でぶっ飛ばすとして、今はコーヒーゼリーで癒そう。
 本当にムカつくな、今のってある意味騙されてたようなものだろ。
 鳥束の癖に…やるものだな。
 あれか、コイツ少し音痴だから、そのおかしな波長で脳が一時的に混乱させられたんだな。そうに違いない。
 小癪な真似をする。
 で、お次はなんだ?
 カード当てか、よし、アポートで混乱させ返してやる。
 もしくは催眠で、全部のカードが同じものに見えるマジックとかな。
 そう思ったが、あと一個コーヒーゼリー残ってるからな、食べ終わるまではまあ、大人しく観賞していてやるか。

 その情熱、熱心さを、勉強に向ければいいのにな。
 僕を楽しませたいって心意気は嬉しくなくもなく、だが、お前の悲惨な学力、ちょっと気になってるんだぞ。
 こんな風に僕を煩わせるとは、鳥束め…ぶっ飛ばすだけじゃ足りないな。
 そもそもコイツはいつもそうなんだよな。
 特に夜のことが思い出される。
 何故かさっきからずっとそうなんだ。
 なんでこんなにチラチラと過るのだろうと考えれば、視界にずっと奴の手があるからだった。
 あの手が夜に僕をどんな風に扱うか、半ば無意識に想起させるのだ。させられているというか。
 一度意識してしまうと、頭はどんどんそちらに傾いていってしまう。
 そうなると、今この身に感じる色んなものが、それに直結してしまう。
 無関係のコーヒーゼリーにさえ結びつけてしまうのだから、鳥束の事を下衆だの変態だの言えなくなる。
 いや、それもまた鳥束のせいだ。
 責任取ってもらわないとな。

 コーヒーゼリーを食べ終わる。
 マジックショーもちょうどお開きとなった。
「どうでした斉木さん、楽しかったです?」
 どれも最低でどれもまあまあだったぞ。つまり。
「つまり?」
『そこそこ楽しめた』
 たちまち鳥束の顔がぱあっと明るくなる。
 うわ、……可愛いじゃないか。
 いつもそうやって無邪気に無害にニコニコしてろよ。
「良かったっスぅ〜。ほんとはもっと大掛かりな物したかったけど、一人じゃ限界あるからこんななって、しょぼいとか思われてたらどうしよって心配だったんスけど」
 そうか。
 まあ僕にかかればどんだけ大がかりだろうが等しくしょぼいがな。
 けどなんだ、お前のはうん、悪くなかったぞ。
「あー嬉し! ところで、ねえ、斉木さん――」
 みなまで言うな。顔が赤いのは自覚してるんだよ。
 そんでそう、お前の思う通り、マジックショーの素晴らしさに興奮して赤くなった訳じゃない。
「ですよね、斉木さん、そんな可愛げない――いたぁっ!」
『ひと言余計だ』
「いったぁ〜」
『そこに生首が転がってないだけましと思え』
「いや、ちょ! えぇ!?……なんで、もう……いったぃ〜」
 拳骨食らった個所を一生懸命さする鳥束に、僕は二発目をどうしようか考える。
 ずっとぶっ飛ばしたくて仕方なかったからな、一回で済ませるなんてそんなもったいない。
 頭のてっぺんのやや右だったからな、今度は左でバランス取ろうか。
 考えながらそこを掴むと、ひっと息をのんで鳥束は硬直した。
「もう、ほんと勘弁!」
 これ以上は引っ込めてと、僕の手に鳥束の手がかぶさってくる。
 あ、よせ。
 手はよせ。

「!…」
 ああほら、そういう事するから心臓がはじけそうになって、代わりにコーラのコップがだるま落としになる。中身飲み切ってて良かった。
 コップの中ほどが綺麗に輪切りになって横に落ち、その分元のコップが短くなった様に、鳥束は短い悲鳴を上げて目を見張った。
「えぇー、これどしたのこれ、ねえ斉木さんこれ!」
『触るな、危ないぞ』
「はい、ああ、それにしてもキレーに切り取っちゃって。何がどしたんスか」
『あれだ、僕のかくし芸だ』
「っかー、本気出されちゃったなー、超能力者にー」
 鳥束は少し離れた位置に手をついて、ずいっと顔を近付け、まじまじとコップを眺めた。
 嬉しげな顔が憎たらしくて好ましい。
『ちゃんと復元するから、心配するな』
「ええ、頼んますね」
 ふと目をずらすと、さっきまでコーヒーゼリーを食べてたスプーンが綺麗にチョウチョ結びになっていた。付属のプラスチックスプーンだぞ。ステンレスとか金属製ならいざしらず、僕、どんだけだ。
『鳥束、お前の芸も中々だったからな、おひねりをやろう』
「え、あざっス……うわー、マジひねってある!」
 目を真ん丸くする鳥束。いい反応だ、僕とは大違いだな。
 他に異変はないだろうな。くまなく探すと、鳥束の白布がいつの間にやら可愛いカチューシャに変わっていた。
 可愛いカチューシャ?
 なんでだよ、僕、本当にどうした。
 しかもこれあれじゃないか、ウエディングドレスの花嫁がつけるようなティアラだろこれ。
 どんなかくし芸だ…人に知られず身につけていて、宴会の席などの余興として見せる芸それがかくし芸――で、自分自身にさえ隠してどーする!
 いやアポートの一種だろうが、発動させた自覚がまるでない。そもそもあのティアラ、どっから来たんだか。知らないしわからないが、後で元の所に戻しておこう。
「何スか斉木さん、さっきからオレ見て妙な顔して……」
 バレるのも時間の問題だから、自分から言うか。

「いや! ちょ! 斉木さん超ハイセンス! いひひひひ!」
 鏡の前で鳥束が笑い転げている。
 笑う門にはって言うからな、正月に相応しいだろ。僕自身全然意図してないのがなんだけど。
「あー…笑った笑った。いやー、斉木さん笑いのセンス最高っス。最高のかくし芸でしたよ」
 やっぱり師匠には敵わねーなー。
 懐かしい呼び名を口にして、鳥束は頭のティアラを取り外した。
 笑わせるつもりなんて微塵もなかったんだが、楽しんでいただけたようで何よりだ。
 一人複雑に笑う。
 と、頭にティアラがあしらわれる。
「うん、ほら、こういうのはやっぱりオレよか斉木さんのが似合うっスわ」
 ぴたりと添えられた両手にまた顔が熱くなりそうで、ごまかすために僕は咄嗟に顔を歪ませた。
「あーもー、わざとひょっとこ顔しない! 可愛いのが台無しっス!」
 うるさいよ。
 お前の手が触れると僕がおかしくなるこれも、お前のかくし芸か?
 違うとわかっていても考えずにいられない。それほどの誤作動ぶり。
 お前ごときに惑わされるとか納得いかないが、なってしまうんじゃ仕方ない。
 だがいい加減解消したいので、ちょっと付き合ってもらおうか。
 中途半端にちらちら触るからよくないのであって、こういうのは一気にガッとやれば大体元に戻るもんなんだよ。
 熱を煽る目で見つめると、僕の赤面が伝播した顔で鳥束は見つめ返してきた。
「まだ日は……高いんですけどね」
 それがどうした。問題なのはしたいかしたくないかだ。
「そりゃ!…したいっス」
 ならいいな。
 じゃ、来いよ。
 ベッドに誘うと、勢いよく押し倒された。その拍子に頭に乗っけられたティアラがはらりとベッド下に舞い落ち、見えなくなった。
 後でちゃんと返すから。今は鳥束に用があるから。
 飾りのなくなった頭を、鳥束の手が撫でる。何度も優しく、丁寧に。
「斉木さん…好きっス。好きです」
 とろけた声が鼓膜を震わせる。
「……うん」
 僕もまあ似たようなものだ。
 だから、今年もよろしくな、鳥束。
 背中に回る手に目を閉じ、僕も抱き返した。
 体内で熱が際限なく上がっていき、心が満たされる。
 非常に困った、厄介な状態なのに、顔が緩んで仕方なかった。

 今年もよろしくな、鳥束
 今年もよろしく、斉木さん

 もう一度心の中で繰り返す。鳥束も同じように繰り返している。
 お互いの気持ちが互いの中で反響して、混ざり合って、たまらなく心地良かった。



 ちなみに。
 事を終えて気持ち良くまどろんでいると、鳥束が素っ頓狂な声を上げて呼びかけてきた。
 何事かと見ると、その手には二着のド派手な衣装。何だお前それは、どっから出した…聞くまでもないな。
「まだかくし芸続いてたんスか!?」
 片方はマジシャンが舞台で着るようなスパンコールびっしりのパープル燕尾服、もう一方はその助手が着るような…てかそれジャネットが着てたやつ!
「第二部ご希望でした? そういうこと? じゃあ斉木さんこっち着てくれるんスね!」
 網タイツにはしゃぐな、盛り上がるな。
 この僕が着る訳ないだろ馬鹿。
『そうだな、第二部はじゃあ、かくし芸の伝統にのっとって宙づりでやるか』
「え! いや、そりゃ無理っス!」
 鳥束は大慌てで両手を振った。
 それはともかく、さっきのティアラといいどうやらどこかの貸衣装店と繋がってるようだな。
「あっ、これ女性用だ! てことは斉木さん、楠子ちゃんでこれ…グヒヒ!」
 やめろ、よだれを垂らすんじゃない。
 楠子を想像しながら当ててくるんな、いい加減にしろ。
 お前だけ逆さづりにするぞこら。

 はぁ…お前の手が触れると誤作動起こすの、いい加減止まってほしい。
 やれやれとため息を吐き、鳥束と自分の服を取り戻す。
「あーあ……がっかり」
 馴染みの作務衣と僕の部屋着にしょんぼり肩を落とした鳥束だが、すぐに気を取り直して僕を見てきた。
『なんだよ。ニタニタしやがって』
「んー…いえ、全然大したことじゃないっスけど、お正月から斉木さんと一緒にいるなあって思ったら、たまらなく嬉しくなっちゃって」
 ほんとに大した事ないな。
 でもその気持ちはわからんでもない。僕だって、お前と一緒に時間を無駄にする有意義な時に、少なからずはしゃいでいる。
「楽しいっスね」
 わかったから、そう熱心に見つめてくるんじゃない。
 お前に見られるだけで無意識のアポートが発動なんてなったら、どうする。
 これ以上の「かくし芸」はもう懲り懲りだ。

 やれやれ、正月早々災難だな。

 

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