やれりゃ何でもいいって訳じゃない

 

 

 

 

 

 手錠、足枷、首輪とリード、目隠し、ボールギャグ
 畳の上にずらりと並べたそれらを、僕は少々の目眩を感じながら見渡した。

 手錠は金属の硬質なものではなく、手首に当たる部分はフェイクファーで出来ており、色はパープル。はぁ…やれやれ。
 足枷は黒の合皮でとても柔らかく、短いチェーンで繋がっているもの。はぁ…やれやれ。
 リード付き首輪、可愛らしいピンクで正面にリボンの装飾があり、ピカピカの金具が綺麗だね。はぁ…やれやれ。
 目隠しは光沢のある黒いロングスカーフ、素材は肌に優しく出来てますってか。はぁ…やれやれ。
 そしてボールギャグは、見たところ首輪と同じ素材のようだ。もう何というか、はぁ…やれやれ。

 端から順繰りに確認し、僕は何度目になるかわからないため息を吐き出した。
 いわゆる「ソフトSMプレイ」で使うそれらの道具類を挟んだ向こうに、神妙な顔で座る変態クズ…鳥束に、視線を送る。
 本当は目にしたくもない。道具類だって見たくなかった。しかし気付いてしまったのだから仕方ない。
 押し入れの、見慣れない小さめの段ボール箱の中身など、興味本位で見るものじゃない。
 僕だって見たくなかった。
 変態クズの心の声も出来れば聞き取りたくなかった。
 だが、見えて聞こえてしまったのだから仕方ない。
 赤くなったり青くなったり、まだらに染まる鳥束の前に、僕は箱から次々取り出して並べていった。
 素手…じゃないが手で触るのなんて嫌だ、超能力だって嫌だけど、全て未使用だったのでまだなんとか我慢出来た。

 

 今日のこの日に向けて何か企んでいる、目論んでいる事はそれとなくわかっていた。
 それとなく、というのは、この僕でもテレパシーで感知出来なかったからだ。それほど、鳥束は巧妙に隠しおおせた。
 ハロウィン用のお菓子を手作りして、そちらに一生懸命意識を傾け、僕に真の目的を悟られないよう細心の注意を払った。
 果たして細工はうまくゆき、僕は、何か企んでの豪華な手作り菓子なのだろうと警戒しつつも、甘いものは嫌いじゃないので乗る事にした。
 そう、多少の「イタズラ」ならばかかってもいいと、乗っかる事にした。
 しかしまさか、こんなにまで揃えていたとはさすがの僕もびっくりだ。
 隠しに隠していた鳥束だが、僕がハロウィン特製お菓子に喜ぶ様を見て、ついつい、気持ちが緩んだらしい。
 それまでがっちりガードしていた壁がもろくも崩れ、僕の頭に、どぎつくえぐい妄想がなだれ込んできた。
 せっかくこれから、美味しいお菓子を美味しく頂こうとしていたのに――台無しだ。
 まあ、食べ終わるまで怒りは後回しにしたが。

 

 ごちそうさまでしたと手を合わせた後、僕は詰問に移った。
『ハロウィンの、イタズラ用だったな』
「はい……」
 鳥束は殊勝な顔で答えた。
『お前、これ、何買ってんだ…さすがの僕も引くぞ』
「いやあ、ちょっとその……斉木さんと、こういうの、一回くらいやってみたいなあって思って、そのー……」
 セット商品を購入したってわけなんです。
 正座してうなだれ、鳥束はぼそぼそと説明した。愛想笑いでごまかそうとするが、僕の白けた目付きで撃沈し、声はますます細っていった。

 どうしても駄目だろうか
 斉木さん、こういうのは乗ってくれないかな
 この色もこっちのも、斉木さんに絶対似合うと思うんだけどな
 アンタ、気持ち良い事好きだし、やれば絶対ハマると思うんだけどな
 食わず嫌いしないで、一回くらい乗ってよ斉木さん

 おい、随分と好き勝手言うなぁ、鳥束。
 僕はまたもやため息を吐き出した。
『手を出せ』
「え…え、なんです?」
 出した途端ぶっ叩かれると思ったのか、鳥束は膝に乗せた手を出そうか出すまいか迷ってふらつかせた。
 構わず超能力で引き寄せ、お縄にする格好で固定する。
「さ、さいきさ……」
 おろおろとうろたえ、自分の手と僕の顔を交互に見やってくる鳥束。
 まあそうびくびくするな、何も痛い目に合わせようっていうんじゃない。ちょっと、わかってもらいたいだけだ。
 互いの中間点に固定された鳥束の手首に、ティッシュを細く千切ったものをくくり付ける。
 撚りもねじりも加えてない、ただ細く千切っただけのティッシュ。見るからに脆く、心もとない。
 繊細なそいつで両手をくくられた時点で、僕の云わんとするところを察した。
 うむ、理解が早くて助かる、鳥束。
 だが、こんな馬鹿げた道具を使おうとした報いは、受けてもらうぞ。
 僕はおもむろに立ち上がり、追って顔を上げる鳥束の目線を引き連れて背後に回ると、さっきのように正座した。
 鳥束の両手は、ずっと固定したまま。まるで天井から垂れさがった縄に繋がれた罪人のようだ。
 うんうん、中々似合ってるぞ鳥束。この畳の部屋と、その、作務衣のせいで、より罪人感が出ている。
 僕はつい、にやっとした。
「さ、斉木さん、わかりましたから、あの、どうかお許しを……」
 鳥束は、唯一自由に動く首を目一杯曲げて僕を振り返り、震える声を絞り出した。
 いや、許さん。
 僕はすっと両手を伸ばし、鳥束の胴を掴むと、絶妙な力で刺激した。
 くすぐり攻撃に鳥束は「うひゃひゃ」とひょうきんな声を上げ、前に倒れ込んだ。
 一瞬でバラバラになるティッシュ、笑い転げながら謝る鳥束。
 僕はその様子を、じっと見つめていた。

「斉木さん…ごめんなさい」
 涙ぐみ、せひせひ喘ぎながら、鳥束は本当に済みませんでしたと畳に這いつくばった。
 ぐす、ぐす、と鼻を啜っている。ちょっとやりすぎたかな。でも、コイツがまたいい反応するものだから、つい調子に乗ってしまったのだ。正直、ちょっと興奮した。
 おかしいな…僕にそんな趣味嗜好はないのだが。
 手錠と足枷をみやり、僕は断ち切るように軽く首を振る。


『さて、鳥束』
 今、身をもって体験してもらったように、超能力者の僕にとってそれらは千切ったティッシュのごとく脆いものだ。
 序盤の、まだ冷静な時点であれば原形を保っていられるだろうが、僕が不感症でない事、お前知ってるよな。
 お前とのセックスで、毎度、とんでもないことになってるの、お前知ってるよな。
 初めの頃はお互い不慣れで少々苦痛を伴ったが、回を重ねるごとにそれらも解消され、今じゃ非常に不本意ではあるが、お前との行為は気持ち良い事だらけで、毎度理性が吹っ飛んでいる。それも、早々に。
 お前、学校の勉強はからっきしの癖に、こういった「勉強」は熱心だよな。探求心がとんでもないよな。
 お陰で僕も、色々と扉が開いたよ。
 まあそれはそれとして。
 お前を抱きしめない事で大惨事は免れているが、いつもギリギリで危ういんだぞ。
 そう、お前は紙一重の所で僕とセックスしてるってこと、もっとしっかり自覚してほしい。
 で、だ。
 お前の命だからそうやって気遣いギリギリのところで踏みとどまっているが、気遣わなくていいオモチャなんて、バラバラになろうが粉々になろうが知った事じゃない。
 もし僕が怪力でなくても、こういったオモチャ類は、どうにも興奮しないしな。

 という事でコイツはなし…だが、鳥束に使うならアリかもしれないな。
『おい、いつまでも畳なんて見てないで、いい加減顔を上げろ』
「……はい」
 そう促すと、鳥束は目を落としたままとりあえず姿勢を戻した。
 涙が出るほど笑い転げた余韻が、目尻や頬にほんのわずか残っている。
 ほんのり色付いた頬と、濡れた目尻が、思いの外色っぽく見えた。
 僕は引き寄せられるようにして顔を近付けた。その分、どぎまぎして鳥束が顎を引く。
『逃げるな。キス出来ないだろ』
「え、あっあ?」
 ぱちぱちと瞬きして、鳥束は素直に動きを止めた。
 よし、そのままじっとしてろ。
 お互い、気持ち良い事は嫌いじゃないんだからな。
 より顔を近付けると、ごく自然に目を閉じた。僕も目を閉じ、互いの唇の感触にだけ集中する。ほんの一秒ほど。気持ちが、この快さに浸って他の事何も考えたくないと揺らぐ。鳥束が変な声出すのが悪い。コイツ、結構可愛い反応するんだよな。
 じゃない。
 やる事があるのだと奮い、キスしたまま一緒にベッドに移動する。
 浮遊感に鳥束の気が削がれるが、舌を入れて逸らせ、まず手錠をはめる。次に足枷に移ったところでまたもふっと冷静さが過るので、より濃厚に口内を舐ってごまかす。
 お前が僕の弱いところを色々知ってるように、こっちだってお前の好きなところ熟知してるぞ。超能力者が本気出したら、口の中の刺激だけでお前をいかせることだって出来る。今、つい、思わず、そうしたくなってしまったが。
 だってコイツ、いちいち反応が可愛いんだよ。
 コイツが主体の時はそうでもないが、やられっぱなしが性に合わない僕が一時的に主導権を握った時、やたら喘いだりする。それも、可憐に。
 でかい図体して高い声で善がって、それが決して見苦しくないんだから、おかしい。
 主に僕の目と頭がおかしいんだ。
 これが惚れた弱みってやつか。
 まあとにかく、キスでごまかしている間に手足の拘束は完了した。
 もちろん、その前に服は脱がせて素っ裸にしている。
 どうだ、超能力者ならではの早業だろう。

「あの……ちょっと、斉木さん?」
 キスに溺れている間に、なんて事に――。
 そう言いたげに、鳥束は体育座りになって身体を丸めた。手で膝を抱えたいところだろうが、残念両手は後ろで拘束したので使えません。
 しかし、何だその恥じらいっぷり。
 時には僕に見せつけるように股間のもの誇示する癖に、身体丸めてもじもじするな。
 くそっ……ちょっと、うん、可愛い。
 認める。
 数秒もしないで透けてしまう目が、本当に憎らしい。
 僕は、コイツの作る表情が嫌いじゃない。
 突き抜けるように笑うし、怒る時も悲しむ時も変に隠し立てしないし、隠し事も下手でわかりやすいし、感情豊かで何事もすぐ顔に出る、僕はだからコイツの顔が嫌いじゃない。
 下卑た事を考えている時でさえも嫌いじゃない。一時的に怒りが湧いて死んでほしくなるが、本音を言えば愛しく感じている。
 だから、そうでない今のこの、初心な乙女のように恥じらい俯く顔なんて、まっすぐ僕の心を貫いてくる。
 鳥束の癖に、腹立つなほんと。

 声を無視して、次に僕はボールギャグを手に取った。。
 まじまじと眺めた後、鳥束の口に添えてみる。服屋で手に取った服を身体にあてるみたいに、使った状態を想像してみる。
『うん……なんかちょっとそそられるかも…しれないな』
「わ、わかってくれます?」
『嬉しそうな声出すな。黙れ。そうだな、わからなくも……うーん』
 実際はめてみたらよりイメージしやすいかな。
 僕は向かい合ったまま、頭の向こうで金具を留める。
 一瞬だけ、腹の底がぞくりとざわめいた。
 こういったものになど興味が湧いたことはついぞなかったはずが、それは実際にやった事がない、想像すら馬鹿らしいと遠ざけてきたせいだったみたいだ。
 いや、違うな。腹立たしが、これは鳥束だからこそだ。
 これがコイツでなかったら、やっぱり僕は興味を示さなかった事だろう。
 腹いせに、後ろ手に拘束した鳥束をそのまま仰向けに寝かせてみる。
「ん、んんっ……」
 ボールギャグで口を塞がれているので、鳥束は呻くしか出来ない。
 また、何とも言い表しがたい疼きが腹の底でうねった。
 起き上がろうと、腹筋でしばし抵抗した鳥束だが、結局はばったりと倒れた。
 手も足も出ない状態か、面白いかもしれない。
 うつ伏せにひっくり返し、最後の仕上げと、目隠しを巻く。

 仰向けに寝かせ直し、問いかける。
『どんな気分だ?』
 ちょっと、変、そう伝えてくる鳥束だが、その脇でしきりに怖い、見えないの怖いと緊張していた。
 見えないし動けないのだ、常人にはさぞ怖いだろう。
『悪いようにはしない。が、こんな物を僕に使おうとした罰は受けてもらうぞ』
(なに、するつもりっスか?)
 痛い事はいやだとますます怯える鳥束。
 まあそう怖がるな。ある意味お仕置きで、ある意味ご褒美だよ。

 僕は女体化を進めつつ、二時間じっくり、奴の身体を舐め回した。
 ボールギャグを噛んだ唇も、キャンディーにするみたいにペロペロ舐めてやった。
 コイツが憎いわけではないから、あんまり怖がられては自分もつらいので、出来るだけ優しく扱った。
 身体中、舌が届く個所は余さず舐めた。
 耳の後ろも耳の中も、舌を尖らせてベローっと舐め上げた。
 もちろん尻の孔もそれはもう丁寧に。奴はひいひいと泣き、そして悦んだ。指を入れてやるとさすがに嫌がったが、それでも、いいところを捏ねてやると素直に善がった。
 封じられた口の中で、唸ったり呻いたり喘いだり、忙しい。
 それらを、やかましいと疎んだり好ましいとにやついたり様々に反応しつつ、僕はうっとり聞き惚れた。
 初めは怖がって縮こまっていたが、じきに僕の与える愛撫でとろけ、気持ち良いたまんないと繰り返すようになった。
 やがて、いきたい、いかせてとせがむようになったが、僕は勃起させるだけさせて、後は保たせるだけの刺激に留めた。
 いきたいですとしくしく泣き出すものだから、つい跨りたくなったが、まだ完了していないので我慢だと自分に言い聞かせる。
 いや、そうだ、これはお仕置きなのだから、つらくさせていいのだ。
 ああくそ、僕だって疼いて仕方ないんだよ。
 もう少し我慢しろ。

 ようやく二時間が経過した。
 目隠しを取る。
 久々の光に奴はぎゅっと目を細め、次いで驚きに目を丸くした。
 そうだろうな、目隠しする前は男だった僕が、取ったら女になっているのだから。
『気分はどうだ? 僕は、この通りだ』
 自分で下腹をまさぐり、お前を舐め回す事でどれだけ興奮したか、透明な中に白いものが混じる愛液を指にまとわせて鳥束に見せつけた。
(さ、斉木さん……)
(なんてこと……)
(おっばい…おっぱい…お腹……)
 女、女の身体と鳥束が興奮しているのが怒涛のように頭に流れ込んでくる。
 お前がおっぱいに執着してるのは前々から知ってるが、お腹ってなんだ。出てないぞ、すっきりへこんでるだろ。好ましいだろ。
 どうやら鳥束が云いたいのは、豊満な胸とすっとしたシルエットの腹部とのバランスが絶妙で最高で、より興奮する、ということらしい。
 そうか、うん、理想的な身体だと褒めているのだから悪い気はしないが、でもキモイな。
 わかってはいたが、やっぱり気持ち悪い。
 鳥束じゃ仕方ないか。
 素直に興奮している顔を見るのも、うん、嫌いじゃない。

『さて、もう準備は出来てるぞ。身動き取れないお前の為に跨ってやるから、お前も準備はいいか』
「んーっ! んんー! んーんー!」
 しかし、どういうわけか鳥束は混乱した様子で首を振り始めた。藤色の髪をばさばさと振り乱して、半狂乱だ。
 更には不自由な身体をのたうたせ、僕から逃げようとする。
『なんだ、お前が常々切望していた女性とのセックスだぞ、嬉しくないのか?』
 トリックオアトリートからはかけ離れるが、あれだけ美味なお菓子を貰ったんだ、お返しとしては充分過ぎるだろ、何故喜ばない?
「うー! んー!」
 馬鹿!
 斉木さんの馬鹿!
 鳥束は罵りながらついには泣き出した。
 なんだ?
 この姿は好みじゃないのか?
 嫌だ、したくないって、なんだってそんな事を言うんだ、泣くほど嫌なのか?
 どうしてだ。
 何が間違っているんだ。
 鳥束の思考は、混乱しているせいかひどく断片的で掴みにくい。
 馬鹿だなんだと僕を罵り、出来ませんと拒絶し、許して下さいと懇願している。
 こんなにがちがちに勃起してるのに、なんで嫌がるのかさっぱりわからない。
 ほら、こんなに我慢汁ダラダラ垂らして、ちょっと扱いたらあっという間にいきそうだな。
 女の小さくほっそりした指を絡めてやると、一瞬切なそうに目を細めて浸り、すぐにはっと我に返り鳥束は身体を丸めて逃げた。
「うー! うー!」
 だめ、だめー!
『……なんだよ』
 僕を見るまいとぎゅっと目をつぶって、そこまで拒絶しなくてもいいだろ。
 お前が喜ぶと思ってやったのにこんなに否定されるなんて、なんだかひどく悲しくなってきた。
 鳥束、僕は何を間違った?

 泣くまいと必死に堪え、鳥束の拘束を一気に解く。
 手足が自由になった途端、鳥束は毛布を引っ掴み僕の身体に巻き付けた。
『お前……そこまで、見たくもないというのか』
「違います! 馬鹿! 何やってんスか!」
 怒鳴られ、はずみで涙が零れた。
「あ、いや、泣かないで……でもごめんなさい、女の斉木さんとは出来ないんです!」
 だってオレは男の斉木さんのものだから!
「!…」
 ああ、そういう意味だったのか。
 お前って女好きの変態クズの癖に、本当に一途なんだな。
『へ、変態クズっスけど、斉木さん一筋なのは間違いないですから!』
 女の子大好き、おっぱい大好きですけど、斉木さんは何より特別、唯一の人です!
『……そうかよ』
 お前、変な奴
 別の意味で涙が止まらなかった。

 僕は女体化を解き、やけくそになって鳥束に跨った。
 押し倒して、自分からあてがい、鳥束に乗っかる。
 今度は拒絶されなかった。驚かれたが、さっきのように死に物狂いの抵抗はなかった。

『あぁっ、とりつか』
「斉木さ……きついっス」
 でも気持ち良い、たまらない、斉木さんの身体本当にたまらない。
 鳥束は股間を襲う微かな痛みに顔を歪めながらも、にやりと唇を持ち上げた。
 僕もだ鳥束。
 気持ち良さに、涙が溢れ出る。
 悲しくて涙が滲んで、怒鳴られて零れ、気持ち良さに涙が止まらない。
『ぐ……』
「あぁっ!」
「さいきさんっ!」
 根元まで一気に咥え込むと、二時間我慢したせいか、お互いそれだけでいってしまった。
 僕は鳥束の腹に、鳥束は僕の腹の奥に、それぞれ熱いものを吐き出す。
 急激に突き抜けた激しい快感に、お互い混乱する。新たに涙が零れた。
 鳥束もそうだった。ようやく挿入出来た事に半ば放心状態になっていた。
「あー……あー……」
 このだらしない呻きはどっちのものだろう。
 それすらわからないほど頭は振り切れていた。


 針が振り切れ、意識も目の前も真っ白に染まって、ただ快楽に揺さぶられていた。
 それが徐々に収まり周りが少しずつ見えるようになってきた頃、鳥束が動いた。
 腹に乗っていた僕を抱きしめ、ベッドに寝かせると、舌なめずりせんばかりに興奮した顔で僕を見下ろし、ギラつく目で舐めるように見回してきた。
「斉木さん…綺麗っス」
 女体を見る時とは違った目付きに僕は腹の底がぞくりと疼くのを感じた。
 内部にはまだ鳥束が陣取っていて、確かに出したはずなのにまだガチガチのままだ。孔を目一杯広げて、存在を主張している。それを感じ取った時、またもぞくっとなった。
「あぁっ……」
 思いがけず高い声が出る。自分でも聞くに堪えず、口を塞ぐべきか耳を塞ぐべきかうろたえていると、鳥束が動き出した。
「あっ待て、まだ――!」
 達した余韻がまだ収まっていない身体に、容赦なく快感が与えられる。
「動くなっ……んぅ!」
「無理っス…ごめんなさい、でも、うんと気持ち良くさせてあげますから」
 眩しい程欲望を滾らせた目でまっすぐ見つめ、鳥束は探るように腰をうねらせた。
 たちまち強烈な愉悦が背骨を駆け抜け、勝手に腰が跳ねた。
「うぁっ……!」
「あは……斉木さん、いい顔。ね、気持ち良い? ここ好き?」
「き…きらい、きらいぃ……とりつか、そこいい…ああぁ!」
 もっと!
 硬く漲った先っぽでごりごりと前立腺を抉られ、あまりの快さに僕は頭を振りたくった。
「ふふ、はい。もっともっと、エロい顔見せて」
「いや…だ、見るな……あ、あ、あー、そこもいい……奥も、うんん!」
「いいでしょ、だからもっと見せて斉木さん」
「あっ……あは、きもちいい…いく、いく、いくぅ!」
 しこりを責められ、いくらもしないで僕は絶頂した。
「ぐ……きつ、そんな締めないで斉木さん」
「あぁ…いった、いったからぁ……とりつか!」
「まだ、もっと欲しいでしょ、オレもたくさんしたい」
 たくさんいくとこ見たい
「ひぁっ…あぁ……」
 内緒話のように耳元で鳥束が囁く。吐息にくすぐられるだけで感じてしまい、僕は情けない声を上げる。
 そんなささやかな快感をはるかに上回る悦楽が、鳥束の動きによって与えられ、ますます声が零れ落ちた。
「な……あぁ、動くな、まて…少し待って…とりつか、いや…ああぁ……またいく、いくから!」
 滅茶苦茶に首を振りたくり、動きをやめない鳥束に悲鳴を上げる。
「いいよ、何度でもいって。たくさん出して、たくさんおかしくなって」
「いや…やだぁ」
「嫌じゃないでしょ、オレとするの、大好きでしょ」
 大好きという言葉に、ただただ反射で僕は首を振る。それが僕の意思表示。
 素直さの欠片もない素直な反応に、鳥束はそれはそれは嬉しそうに目を細めた。

 ああ、その顔…嫌じゃない。
 嫌いじゃない。
 鳥束――!

「斉木さんの全部、オレで一杯にして、うんと気持ち良くしてあげますからね」
 壊れ物を扱う手付きで僕の頬をそっと両手に包み込むと、鳥束はその丁寧さとは裏腹にいやらしいキスを寄越してきた。
 僕の舌をずるずる音を立てて吸いながら舐めしゃぶり、強制的に唾液を飲ませ、息が合わずむせてもお構いなしに口内を犯し続けた。
「かはっ…えっ…げほっ……んく」
 満足に息も出来ず、僕はぜいぜいと大きく胸を喘がせた。
 超能力者を窒息させようだなんて…ぼうっと霞む頭でそんな事を思い、つい笑いが込み上げる。
 こんなにも鳥束に侵されて、嬉しさの余り顔が緩む。
 鳥束…もっと…もっと!
「もっとキスして…しろ…とりつか、ほしい……!」
 口の中も腹の奥も、お前のでぐちゃぐちゃ一杯にしてほしい。
「いきますよ…斉木さん」
 鳥束は腰を据え、本格的に僕を責め始めた。

 そこからはもう、タガが外れたように相手を求め無我夢中で貪り合った。
 酷く興奮していて全然熱が引かず、何度出してもまだガチガチのままで、しかもいつもより太く漲っていたから、僕は喉が焼き切れそうなほど嬌声を上げ続けた。
 声を出していないと気が変になりそうだった。
 抱き合ったり、這いつくばったり、壁に磔にされたり、押し付けられたり、何度も体位を変えて繋がった。
 いい加減腰も股間節もだるくて仕方なかったが、鳥束の硬いもので奥をゴリゴリ擦られると背骨がとろけたみたいになって、もっとして欲しくなってしまう。
 だから、疲れてもう出来ないと思う端から相手に圧し掛かり、腰を振って、快楽に溺れた。

 気付けばお互い、ひどく汚い顔になっていた。そりゃそうだ、涙も鼻水もよだれも出しっぱなしで、お構いなく絡み合っているのだから、そりゃ汚くもなる。
 この時は互いに頭がおかしくなっていたのだと思う、冷静なら汚いと一蹴するところを、そんなになるまで自分を求めてくれるなんてと、それほどまでに気持ち良くなってくれるなんてと、汚い顔が愛しく思えてならなかった。
 だから、素直に口に出した。
 鳥束、綺麗…と。
 斉木さんも綺麗と、すぐに返ってきた。
 全部出して、見せてくれて、本当に綺麗だと、鳥束は笑った。
 そんな鳥束がますます愛しくて、自分の身体にこすりつけるようにして僕は抱きしめた。
 本当に、頭がおかしくなっていた。
 でもその時はそれが正常だと思った。そうするのが最上級で、それ以外考えられなかった。
 身体中ぐちゃぐちゃの汁まみれにして、僕たちはセックスに溺れた。

 

 

 

 いつもなら鳥束がぐったりするところだが、今回は僕がぐったり夢うつつであった。
 並外れた体力を持ち合わせているが、それでも限度はある。
 しかも限界を超えてやり続けたせいで眠くて仕方なかった。
 言われると八つ裂きにしたい衝動に駆られるが、僕は言われる通り××が強い。それでも今回ばかりは精も根も尽き果てた。
 今にも眠気に引きずり込まれそうだ。
 そんな僕のすぐ傍で、鳥束が何やら忙しそうにしている。
 ああそうか、事後の処理をしているのだな。
 ぐちゃぐちゃ汁まみれになった身体をせっせと拭き清め、下着や服を着せてくれている。
 任せっぱなしなんて性に合わない。僕だって動けるぞ、そうだ復元、は……どうするのだったか。
 眠くて眠くて、頭が上手く働かない。
 時々素肌に鳥束の指や手のひらが触れる。あったかくて気持ち良い。
 それだけで顔が緩むが、反対に鳥束の顔は強張っている。おっかない顔に見える、なんだか怖くなって僕は問いかけた。
『お前、僕が嫌いなのか?』
「なっ! 何言ってんスか、そんなわけないでしょ!」
 今度は悲しそうな顔になった。
『だってお前……僕とするの、最初嫌がったじゃないか』
 頭の中がふわふわして、考えが途切れがちで、聞きたい事が上手くまとまらない。
「そりゃそうですよ、女の斉木さんとはしません、出来ません」
『僕が嫌いだからか?』
「だから、違いますって。さっきも言った通りで……ああもう斉木さん、今はちゃんとお話出来ないからあとで。今はゆっくり寝て下さい」
『話もしたくない…僕が、嫌いなんだ』
 噛み合ってないのはわかっていたが、僕はそこが気になって仕方ないから、同じ言葉を繰り返す。
 鳥束はますます悲しい顔になって、抱きしめてきた。
「嫌いじゃないです、好きです、大好きですよ斉木さん、はい、大好きーぎゅー」
 っち。
 子供をあやすみたいに言うな、ムカつくなあ。でもまあ、嫌いじゃないならいい。
「起きたらちゃんとお話しましょうねー斉木さん。だからほら、ねんねねんね」
 ムカついて仕方ないのに、かけた毛布の上から胸をとんとんされると気分がよくなって、安心してくるのはなんでだ。
 とりつかのくせに
『お前も寝ろ。一緒に寝ろ』
「わかりました。正直オレもすごく眠たいっス」
 へへと笑って鳥束は隣に寝転がった。
 僕はひどくほっとした。
 鳥束の声、目線、息遣い、感触、体温。
 ため息が零れる。
 そんな僕を鳥束は夢うつつでにこにこと眺めていた。
「おやすみなさい斉木さん。オレの大好きな斉木さん…だいじなだいじな……斉木さん」
 半分寝言であった。
 僕もうとうとしていた。
 そんな、ふわふわした脳内に、鳥束の心の声がふわふわと舞い込んでくる。
 並んで寝たら、一緒にいる夢見られるかな。
 夢に斉木さん出てきてくれるかな。
 おんなじ夢見たいな。
 ばか、僕が夢を見たらそれは予知夢だ。
 本当に起こる事だ。
 だから絶対、おかしな夢は見るなよ。
 絶対だぞ。

 ああ本当にムカつく。こいつと一緒にいると何より安心出来るなんて、自分は本当にこいつが――。

 

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