なんてことない朝

 

 

 

 

 

 苦しい!

 

 胸を圧迫される苦しさで、オレは目を覚ました。
 多分真夜中だろう、部屋の中は真っ暗で何も見えない。
 見えないが、胸の圧迫の理由はわかったので、オレはそっと原因を取り除く。
 隣に寝てる誰かさん…斉木さんの腕を掴み、起こしてしまわないようそっとそっと運んで二人の間に下ろす。
 この人は決して、寝相は悪くない。
 寝返りもとても静か、お淑やかで、どったんばったん手足を動かすなんてまず見た事ない。
 けどたまにこうして、オレの身体に腕が乗る事がある。
 ただの寝返りの延長で、隣にオレがいるからたまたまオレに乗っかるだけだろうけど、オレとしては、抱き着いてきてるみたいに思えてとても嬉しい。
 オレのぬくもりを求めてくれてるように思えるから、こんな風に夜中目が覚めても、全然苦にならない。

 うへへ。
 オレはにやにや笑いながら、斉木さんを見習って静かにお淑やかに身体を横向きにする。
 斉木さんが見える方へ身体を向ける。
 ますます顔がにやけた。
 ほぼ真っ暗で何も見えないけれども、段々目が慣れてきたからか、顔や身体の輪郭はとらえる事が出来た。
 他の誰にもない特徴、制御装置のシルエットもちゃんと見える。
 ああ、斉木さん、ここにいるなあ。
 どこまでも顔が緩んでいく。

 まったく、こんな夢見ちゃうほど、オレってば斉木さんにメロメロなんだなぁ。
 そう、こいつは夢。
 オレの願望の表れ。
 だって今日は斉木さん、お泊りしてないもの。
 一緒に遊んでもいない。
 明日、いや多分もう明けて今日だろうけどとにかく、今日来てくれる予定だが昨日は学校で会って別れてまた明日、してる。
 だからとにかく、これはオレの都合の良い夢。
 まいんち朝から晩まで斉木さん斉木さんうるさくしてるから、お泊りでない日まで斉木さんがお泊りしてくれてる夢見ちゃうんだな。
 うへへぇ、幸せ。
 一緒にただ寝てるだけっていう控えめさがオレっぽくないけど、たまにはこういう穏やかな夢も悪くない。
 ほとんど見えないけど感じられる斉木さんの寝顔を見て、聞こえる寝息を耳にしながら過ごす、これもまた最高。
 ぐっすり眠れるってものだ。
 夢の中で寝るのも変な感じだが、幸せなので何の問題もない。
 あー、幸せ。


 尿意に急かされ渋々目覚める。まだ眠いのをおしてオレは起き上がり、便所に向かった。
 外は白々と明け、鳥の声が爽やかでなんともにくたらしい。
 すっきりして戻ったオレは、せめてあと五分とベッドに潜り込んだ。
 その時誰かにどしんと身体をぶつけてしまい、オレは反射的にすんませんと謝った。
 謝ってから、息が止まりそうなほど驚いた。
「はっ……!」
 急いで飛び出し、誰だと布団をはぐ。
 現れたのは斉木さんだった。
 オレは咄嗟に布団を元通りかけた。
 心臓が飛び出そうなほど仰天したが、それよりも、布団をはがれた斉木さんが寒そうに見えたので、咄嗟にそうしたのだ。
 現に、はいだ時、寒そうに顔付きを険しくした。
 元通りかけ直すと、力が抜けた。
 びっくりしててもそこは見逃さない自分がちょっとだけ可笑しくなる。

 さて、それはそれとして。
 オレのベッドに、斉木さんがいる、寝てる。
 それはもうぐっすりと、いい気分で寝てる。
 寝る子は育つっていうからね、うん、よく眠るのはいい事だよ、うん。
 それはそれとして、斉木さん。
「なんでいるの……アンタ」
 声に出さずにいられなかった。
 あれ待てよ、て事は夜中に見たあれは、夢じゃなかったって事か。
 あの時間からもう斉木さんは来てて、オレの横で寝てたのか。
 いや、もしかしたらもっと前からかもしれないな。
 一体いつ、ここに来たのだろう。
 そしてなんで、ここに来たのだろう。
 オレは突っ立ったまま、斉木さんを凝視し続けた。

 それにしてもよく寝てるな。
 まあ、この人が普段起きるよりまだずっと早い時間だしな、そりゃぐっすりのはずか。
 にしたって寝過ぎっス。
 斉木さん、オレようやくドキドキ落ち着いてきましたけど、さっきは本当に口から飛び出るかと思ったんスよ。
 そんくらい驚きました。
 そりゃそうでしょ、いつの間にか恋人が隣で寝てるとなったら、誰だっておったまげる。

 ちなみにたまげるって「魂消る」って書いたりするんスよ、
 変換機能使って初めて知ったものなんスけど、これ以上ないくらいピッタリの字だと思う。
 魂が消えちゃうほど驚く、うんまさにこの状況、それ。

 まあいいや。
 とにかくそんくらいびっくりし訳だけど、超能力者が恋人なんだから、オレももっと肝鍛えないとダメっスね。
 鍛えて磨いて強くしないと。
 こんくらいで驚いてちゃ務まらない。
 つってもなあ、さすがに飛び上がったよ。
 やっぱり斉木さんには敵わないっスね。
 結構慣れたと思っても、こうしてオレを飛び上がらせてくれるんだから。
 手強い恋人。

 で、斉木さん、まだ起きませんかね。
 そろそろ目を覚まして、オレのベッドで寝てる理由、聞かせてほしいんスけど。
 聞かせてくれないと襲っちゃうぞ。
 チューしちゃうぞ。
 寝顔に向かって、するぞするぞと何度も念を送る。
 ぴくりとも反応なし。
 すうすう気持ち良く寝息を立てるばかり。
 斉木さん、斉木さん。
 チューしたいチューしたい。
 部屋の中は、時計の秒針の音、斉木さんの寝息、外からの鳥の声、それだけ。

 んーもう、本当にするぞ、いいんスか。いいんスね。
 心の中で断りを入れてから、オレはじわっと足を踏み出した。
 もう一歩、あと一歩、ベッドに膝をかけ、おっかなびっくり乗っかって、斉木さんに覆いかぶさる。
 寝てる?
 起きてる?
 頭の横に手をついて、少しずつ体重を移動させる。
 澄ました顔で目を閉じて、斉木さんは眠っている。
 今すぐチューしたい、けどああ、この寝顔を見たら邪魔出来ない。したくない。
 こんなにぐっすりいい気分で寝てるのに、起こすなんてかわいそう。
 斉木さんの唇ももったいないけど、それ以上にもったいなく思え、オレは覆いかぶさった姿勢から動けなくなった。

 斉木さんの綺麗に整った顔を見ていたら、段々と涙が滲んできた。
 多分すごく幸せで、嬉しさが抱えきれなくなったから、涙が出るんだと思う。
 だってさ、だって。
 少しずつ顔が歪んでいく。
 アンタがこうして来てくれたのって、今日、オレの誕生日だからでしょ。
 その始まりの瞬間から一緒にいたいから、オレの寝床に飛んできたんでしょ。
 夜中に目を覚ました時は夢だと思って何も考えず見逃しちゃったけど、頭を一生懸命回転させて一個一個思い出したら、その結論に至ったんだ。
 今日くらいは、こんなに都合よく考えたって、罰は当たらないよね。
 ねえ斉木さん、いいって言って。

「言ってくれないと、チューするっスよ」
『言ってもするだろ、お前』
「!…」
 本日二度目の魂消た瞬間。
 今度こそ消滅しかけて、オレは喉から変な音をもらした。
 完全に動けなくなったオレにひと息笑って、斉木さんは目を開けた。
 オレの首っ玉を掴んで引き寄せる。
「まっ……!」
 待って待ってと思う間に唇が重なり、完全に塞がれる。
 ああもう、待ってって言ったのに、にくい事してくれるんだから。
 斉木さん、大好き!

「……いつから起きてたんスか」
『お前に布団をはぎ取られた時から』
 ずっと起きてたのかよ。
 狸寝入りとは人が悪い。
『あそこで思わず捻り殺したくなった』
「あぁ! ごめんねぇ!」
 オレは心の底から力一杯謝った。
 でも、それだけびっくりしたんスよ。
 だって夜寝る時はいなかった人がいるんですもの、普通はびっくりします。
『だからって、あんな思いきりよく布団をはぐ奴があるか』
「さーせん!」
『この調子じゃ、服もはぎ取られそうだな。危険だから帰るか』
「うあー! ダメっス!」
 オレは汚い叫び声をあげて引き止める。
 帰るなんてダメっスよそんなの、せっかく始まったばかりなんですから
『何が始まったって?』
「オレの誕生日っスよ。だから来てくれたんでしょ、斉木さん」
 ね、だから今日はずっとここにいて下さい。
 帰るのはずっとずっとあと、日が暮れてからにして、お願い斉木さん。
 ほら時計見て、ようやくアンタがいつも起きる時間でしょ、始まったばかりですよ。
 必死に説得すると、斉木さんはやれやれとため息を零したが、帰るのは思いとどまってくれた。

「そんで、実際のとこはどうなんです?」
 ベッドに横になったままの斉木さんの顔を覗き込み、オレは追求する。
 さっきオレが考えた通りの答えでいいんですか、斉木さん。
「……斉木さん? もしもし? だんまりですか?」
 呼びかけても、斉木さんはまるでオレの声など聞こえぬとばかりに空っとぼけて天井を見つめていた。
「あー、そうっスか」
 じゃあ、オレの都合の良いように考えちゃいますからね。
 嫌だったら、ちゃんと説明してください。
 それでも斉木さんはだんまりを貫く。
 んもー、鼻の頭かいたりため息ついたり、ごまかしてんのバレバレじゃないっスか。
 斉木さん、斉木さん…としつこく心の中で呼びかけてたら、さすがに苦しくなったのか、ちらっと目玉を向けてうるさいとひと言。
 その顔の可愛い事!
 気まずいような戸惑うような表情、胸と股間にビリビリきた。
『……帰ろうかな』
「だー、ダメですってば」
 オレはがしっと腕を掴んだ。

「わかりました、聞くのはやめます。だから斉木さんも、帰らないで」
 おねがいおねがい
 ずっといてほしい気持ちを込めて、オレは力を入れた。
『やれやれ……仕方ないからいてやるよ』
 斉木さんの手が伸び、オレの額と頬を順繰りに撫でた。
 聞き分けのない子供をあやすような物言いで、なんだか無性に可笑しくなって、オレは目を細めた。
 さっきは斉木さんからだったキスを、今度はオレからする。

 では、今日という日を始めるとしますか。
 あ、斉木さんは好きにくつろいでて下さいね、全部オレがやりますんで。
 ええ、オレの誕生日ですけど、オレが動きますよ。
 なんでって、だって斉木さんが来てくれただけで、オレにはこれ以上ない最高のプレゼントですもの、もう充分も充分、充分すぎるほどです。
 しっかり貰いましたから、斉木さんはそこに座って、いつも通り過ごして下さい。
 オレにはそれが、何より嬉しいですから。
 ええ、そう、いつも通りがやっぱり一番嬉しいんですよ。

「おっといけね、斉木さん」
 オレは一つ大事なことを忘れてた。
「おはよう、斉木さん」
 朝といったらこれだよな。これがないと始まらないよな。
 斉木さんはちらっとオレを見た後そっけなく「おはよう」と返した。
 そして完全に目線を逸らした後、おめでとう鳥束、と寄越してくれた。
 機嫌悪い人みたいにそっぽ向いて、その癖穏やかで、オレは胸がぎゅーっとなった。

 斉木さん、ありがとう。

 

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