とろけるくらい愛してる
お昼時だよ。
羽目を外して好きな物食べまくる斉木さんと、面倒見の良い鳥束君。

うたた寝日和

 

 

 

 

 

 ピンポンと鳴ったチャイムに、家の人間ではないオレが対応する。
 予約していた通りの時間ぴったりに玄関までお届け、宅配はまったく便利だ。
 オレは注文の品が揃ってるのを確認して受け取り、代金を払った。
 しっかり鍵をかけて、リビングまで運ぶ。
 ピザの箱二つに、ドリンクとデザートの入った袋を提げていると、ドアを開けるのもひと苦労だな。
 そう思っていたら、中にいた人間が開けてくれた。
 よほど待ちかねているのだなと、オレはちょっと笑ってしまった。
 礼を言いながらドアをくぐり、お待ちかねの品を運んだ。
「来ましたよ、斉木さん」
 片方は斉木さんのデザートピザ、片方はオレのシンプルなマルゲリータ。
 デザートピザは、到着後に自分で好きなだけイチゴソースをのせ、ホイップクリームを絞るのだ。
 箱をテーブルに置くと、斉木さんは早速蓋を開け、何ら躊躇せずソースを全部流し入れれた。
 程よい焼き色のついたピザ生地が、たちまち真っ赤に染まる。
 続いてホイップクリームだ、周りに点々と絞って、最後に真ん中にこんもりと山に盛る。
「全部っスか?」
『全部だ』
 子供みたいに無邪気な顔で笑い、斉木さんは袋に残ったクリームを全部使いきるぞと最後までぎゅうぎゅうに絞り出した。
 楽しそうだな、可愛いなぁ。ああもう斉木さんてば可愛いよ、好きだよすごく。
 盛り付けが完成する。
 鮮やかなイチゴソース、真っ白なホイップクリーム、とても綺麗な見た目で、そして迫力がある。
「チラシもすごかったっスけど、実物はもっとすごいっスね」
 完成したデザートピザにオレは目を見張った。
 対して斉木さんは上機嫌だ。

 

 テーブルに、オレと斉木さんのピザ、そしてセットにするとお得だからと一緒に注文したチキンナゲットとポテトの盛り合わせ、コーラのボトルが所狭しと並ぶ。
 それぞれ取りやすいようオレがあちこち置き場所を調整している間に、すでに斉木さんは食べ始めていた。
 ちょっとも待つ気のない斉木さん…そりゃいただきますってのは聞いたけどさすがにせっかちすぎ。
 まったく、おかしくてしょうがない。
 それぞれのコップにコーラを注ぎ、オレもいただきますと手を合わせた。
 斉木さんは頬をほんのりピンクに染めて、至福の表情でデザートピザを頬張っていた。
 なんとこの人、ピザだけでも充分だろうに更にパフェ(大)まで頼んでいるのだ。
 あの身体によく入るよな。超能力者って、やっぱり違うな。
 甘いものが一杯で、さぞ幸せだろう。
 ぴかぴか光り輝く正面の顔に、オレも同じく幸せになる。
 感心しながら、オレは自分のピザを頬張った。
『そっちはどうだ?』
「ええ、美味いっスよ。生地がもちもち歯応えあって最高っス。斉木さんもひと切れどうです?」
『貰う、ひと口でいいぞ』
 ナイフでも中々切り分けの難しい熱々ピザを超能力でスパッとひと口分切り取り、斉木さんはあーんと口を開けた。
『ふむ……そうだな。悪くない』
「でしょ」
 満足そうで良かったとオレも笑顔になる。
『お前も食べるか?』
 公平にと、斉木さんは自分のピザを示した。
 貰いたいが、ひと切れはさすがに多い。甘いものは好きだがそんなにたくさんは食べられないのだ。
「イチゴソースとクリームのとこ、ちょっと貰えますかね」
『いいぞ』
 すると斉木さんはパフェについてきた使い捨てのプラスチックのスプーンを使って、オレにひと口分差し出してきた。
『このくらいでいいか?』
「ええ、ちょうどいいっス」
 嬉しさと照れくささで、ちょっと頬が熱くなる。いただきますとオレは口を開けた。ぱくりといって、オレは目を見開いた。
 色のせいか、イチゴジャムのようにくどい甘さを想像していた。とんでもない、イチゴをそのまま齧ったような瑞々しい甘酸っぱさが口一杯に広がり、頬が嬉しさできゅうっとなった。
(あ、これ美味いっスね!)
『だろ』
(うわやべ、やだもう…斉木さんの笑った顔マジ天使)
 直後、まだ口に入っていたスプーンで唇の端を引っかかれた。
「いたっ!」
 もうー斉木さん、照れ隠しにしても痛いっス。
『すまん、うっかり手が滑った』
 そんなわけないでしょうが、もう。
 オレは口元に手をやった。
「まったく、切れてませんよね?」
『切れればよかったのに』
「ちょっと、斉木さん!」
『わかったわかった、もうひと口やるから黙れ』
「え、いえいいですよ」
 もうひとすくい寄こしてくる斉木さんに、オレは慌てて手を振る。
 斉木さんの大好物をこれ以上奪うのは忍びない、食べて下さいよと手で示す。
 しかし、斉木さんにそんな上っ面は通用しない。
『僕には聞こえてるんだから、無駄な抵抗するな』
 本当のところ、あとひと口食べたいなって思ってしまった事など、この人には筒抜けなのだ。
「あの、その……」
『遠慮するな』
 もっとこの美味しさに魅了されろと、斉木さんは手を伸ばした。
 斉木さんの言う通り無駄な抵抗はやめて、素直に口を開ける。
「……あざっス」
 甘い、甘酸っぱい、良い香り。
 斉木さんのいい笑顔。
 オレは胸が一杯になる思いだった。

 

「良い天気っスね斉木さん。食べたら、何しましょうか」
 リビングの大きな窓から入る気持ちの良い日差しを眺めながら、オレは訊いた。
 斉木さんは、イチゴソースたっぷりクリームたっぷりのデザートピザをぺろりと食べ切り、その合間に食べていたパフェももう残り僅かになって、少し寂しそうである。
 気を紛らわそうと、ポテトをすすめつつ何をしようかなと声をかけた。
 パフェの最後のひと口をじっくり味わいながらしばし考えた後、思い付いたと小さく目を見開いた。
『そうだ、お前を練習台に、新しい関節技でも会得するかな』
 また物騒な事言い出したよこの人は。
 聞けばママさん譲りだとか。冗談にもほどがある、あの温和なママさんがすごい技巧派だなんて、そんなバカな。
 斉木さん、そんなマジな顔しても、オレは騙されませんよ。
 怒らせたら怖いってのは信ぴょう性はあるけども。
『まあ、お前がうちの母さんを怒らせる事は、まずないだろうけどな』
(あのママさんを怒らせるなんて、よっぽどだろうな)
 おっとりした見た目通り優しくて、話し方も明るく柔らかで、とても家族思いのママさん。
 たとえ怒ったとしても、怖いところなんて想像もつかない。
 どんな事で怒るのか見当もつかない。
 そんな事をつらつら考えていると、斉木さんに呼ばれた。
『鳥束』
「はい」
『後片付け、頼んだぞ』
 え、なんですって?
『食べたら眠くなった』
 ああもうほんと自由だなこの人は。
 冗談かと見やるオレに後は頼むとひらひらと手を振って、斉木さんはソファーにまっすぐ向かいそのまま横になった。
 別に後片付けはいいですよ、朝やってもらいましたし、今度はオレの番だと自分でも思っていたのでそこは問題ないっス。
 問題はうたた寝する場所だ。斉木さんなら超能力で部屋まで一瞬なのに、とんだ横着者だな。
 傍まで行って顔を覗き込むと、気持ち良さそうに目を閉じていた。
「こんなとこで寝たら、さすがの斉木さんも風邪引きますよ」
 もう、斉木さん。
 いくら超能力者だからって、何もかけずに寝るなんて身体に毒だ。
 部屋に行きましょうよ。
 声に出せなかったのは、もう寝てしまっていたからだ。
 しょうがない、斉木さんのとこから毛布を取ってこよう。
 オレは階段を行き来して運んだ毛布を斉木さんにかけ、言われた通り後片付けに取り掛かった。
 途中斉木さんの様子をうかがうと、すっかり安心しきった寝顔がそこにあった。
 これがあの、天下の超能力者サマかね。
 好きなもの腹一杯食べて、幸せになって、眠くなったからはいお休みなさいって?
 まるで子供だな。
 傍に座ってじっくり寝顔を眺めていると、鼻先を甘い匂いがかすめた。
(なんだろ……ああ、さっきのイチゴだ)
 わかった途端、胸の奥が熱くとろけるようであった。
「アンタって、いつも甘い匂いさせてますね」
 オレはおかしくなってちょっと笑い、そして泣きたくなった。
 猛烈な勢いで込み上げる愛おしさに唇が震えた。
 そっと手を伸ばし、ちゃんと触れる人の頭を静かに撫でる。
 片付けが済んだら、オレも一緒に昼寝しようかな。

 

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