似合わないこと

 

 

 

 

 

『ほら、嘘じゃなかっただろ』
 そう言って斉木さんは数冊の絵本を見せてきた。
「……あ、ども」



 数日前に、放課後斉木さんと一緒に駅向こうの大きな書店に寄ったのが事の始まり。
 お互い興味あるジャンルが違うので、いつものように入り口で「じゃあ後で」と二手に別れ、オレは雑誌のコーナーに、斉木さんは小説がずらっと並ぶ一角に各々向かった。
 その時オレの目の端に絵本売り場がちらっと映り、普段ならばそのまま素通りするところを何となくの興味で足を向けた。
 今時桃太郎とか売ってんのかな、って興味が湧いたのだ。
 ちゃんとあったし、昔教科書で読んで何とも言えぬもやもやした気持ちにさせられた物語もついでに見つけちゃったし、へえーとなったりどんよりしたり。
 そこに別行動してた斉木さんがやってきて、何か他愛ない話をしたその中で『自分も昔よく母に読み聞かせしてもらった』と聞いて、すげえショック受けたんだ。
 いや、わかるよ、わかる、生まれた時から斉木さんがこの姿じゃないって事、ちゃんと赤ちゃんで生まれて、一年ずつ成長してきたってぼんやりながらわかるんだけど、でもなんかこう…想像つかなくて。
 そこに更に、普通に絵本の読み聞かせとかしてもらってたなんて聞いたら軽く頭吹っ飛んじゃう。
 想像追い付かない。
 自分の気持ちが複雑に揺れる中、斉木さんから『失礼な奴だな』ときつく睨まれる。
 怒るのも当然だ、よくわかる、自分でもこりゃひどいなって思うし本当にすみませんだけど、中々理解が追い付かなかった。

 

 

 

 それから数日後の今日が冒頭のアレ。斉木さんはオレの下宿先に瞬間移動で押しかけると、鼻先に件の絵本を突き付けてきた。
「ほぁっは……!」
 まったく想像もしていなかった突然の訪問にオレはひっくり返りそうなほど驚き、目の前にある絵本もそれを持つ斉木さんも、まるで認識出来なかった。
 たっぷり数秒経ってからハッと我に返るが、まだどこか麻痺していた。絵本に焦点合わせて、時計見て、斉木さんの顔見て、あ、どもなんて言う始末。
 時刻はまあまあ夜で、大抵のご家庭は夕飯済んでて順次風呂入ってるかなってくらいの頃。オレの方もそうで、今さっき風呂から上がってじゃあこれからムフフタイムといきますか、ってところだった。
 なんにせよすんごく気が抜けてて緩んでる時間帯だから、間抜けな声で驚くくらいびっくりして、その結果魂の抜けた「あ、ども」だったの。
 ……はあ、ああ。斉木さんの突撃には結構慣れたつもりだったけど、まだまだだなオレ。

『そうだな。超能力者と付き合う覚悟が足りなんじゃないか?』
「うぅ……でもでも、斉木さんの方ももうちょっとお手柔らかにその、……なんでもないです」
 急いで用意した上等な方のお茶を振舞いながら、オレはちょこっと下唇を突き出した。
「あらためて、斉木さんいらっしゃいです。これが、この前言ってた絵本っスね」
 テーブルに置かれた絵本を見やり、小さくため息を吐く。
 十数年、確実に年を経ている古びた絵本。両手で丁寧に持ち上げ眺める。ジーンと感慨にふける。
「……物持ちいいですね」
『母の性分なのだろうな、ベビー服とかオモチャとかも、しっかり保管されていた』
「はあーすげー…てか、それは持ってきてないんスか?」
『……お前、何に使う気だ』
「なぁっ!? そそそ、そこまで変態じゃないっスよ!」
 ゴミ虫見る目を向けられ、心外だとオレは大慌てで首を振った。
 ちょっと興味が湧いただけで、使うとか使わないとか、そんなの全然頭になかった。
「あっ、てか使ってほしかったんスか?……がっ!」
 言い終わると同時に拳骨が降ってきた。
 オレはもんどりうって倒れたっぷり五分は悶絶した。

 回復した後、改めて絵本を手に取る。
 図書館とか誰かんちにあったら、ただの古びた絵本だけど、これを昔斉木さんが読んでた、物語を聞きかせてもらっていたと思うと、たちまち古びて痛んだ端角のよれまでも愛しく思えてきた。
「よく読んでくれたのはパパさん? ママさん?」
『どちらもだ。母の声は気持ち良く眠れたし、おっさんの方は雑念まみれで逆に眠れた』
「あ、ふふ、っははは」
 肩を揺すりながら、お二人の声を脳内で頑張て再現してみる。どちらの声も聞いたことがあるので、こんな感じだったのだろうかと想像したら、ちょっと目の奥がツンとした。
 慌てて絵本から目を上げて斉木さんを見る。
 うんとずっと小さい頃、この絵本を読んでいた斉木さん。
 また絵本に目を落とす。
 オレもこの絵本は知ってる。懐かしい、懐かしいな!――思い出した、幼稚園で確かこの劇やったんだ。
 赤い魚の一匹だったけど、ちゃんとセリフ一個あった。いや、もっとたくさん喋った気がするけど覚えてるのは一個だな、「かくれんぼしよう!」って言ったのは鮮明に覚えてる。
 客席は保護者で一杯だった。用意された席が大人たちで埋まってたのも覚えてる。それと、オレの晴れ舞台を見にきた幽霊たちでぎゅう詰めの光景も。
 ああそうだ…オレがさっきのセリフ言ったら、みんなして拍手してくれたっけ。嬉しくて興奮して、得意げになってたっけ。
 懐かしい、懐かしいなと、表紙を見つめながら思い出に浸ってると、静かに声が流れ込んできた。
『それが今じゃ、こんな立派な変態クズに成長して』
 はっと我に返り、ムッと顔をしかめる。
 なにさ。斉木さんこそ、昔はパパさんママさんに絵本読み聞かせしてもらうそれはそれはさぞかし可愛いボクちゃんだったでしょうけど、今じゃこんなに立派に成長して…エロくなって――苦笑いがもれる。

 さすがオレの脳みそ、すぐにそっち方面にいくんだな。

「……おいなにしてるっ!」
 圧し掛かり、服のボタンに手を伸ばすオレに斉木さんは強い視線をぶつけてきた。オレは構わず顔を寄せた。抵抗する片手を何とか外して、唇を重ねる。
『やっぱりそこまでの変態じゃないか、このクズ野郎』
「違いますよ、ちゃんと今の斉木さんに興奮してますもん!」
『もんじゃねえ!』
「んっ……ぷぁっ」
 やめろと顔を背ける斉木さんを追って、更にキスする。昨日今日の付き合いじゃない。深い仲になってもう随分経つ。この人の好きなとこ、弱いとこは色々掴んでいるのだ。抵抗を完全に取り払う為、オレは順繰りにそこへ愛撫して回った。
 耳の付け根とか首筋とか、うなじをそっと撫でられるのも弱いんですよね。
『いい加減にしろ』
「ねえいいでしょ…斉木さん、いいことしましょ」
 全身を撫でながら耳元で囁く。斉木さんは頑なに『しない』と抵抗するけども、股間を確かめるとしっかり硬くなってるのが伝わってきた。
「なんだもー、んもうんもう、斉木さんだってその気じゃないっスか」
 いそいそとズボンを脱がせる。斉木さんはもう抵抗はやめていた…どころか脱ぎやすく動いてくれたりするが、それでも頑なに『その気じゃない』なんて言ってくる。
 パンツ脱がすのに合わせて動いてる人間が、何言ってんだか。
 この〜と拳を震わせたくなったが、確かにちょっとムードなかったですよね。
 そこは素直に反省します。
 オレはあらためて目を見合わせ、優しく唇を重ねた。
『そういう意味じゃない』
 とか言いながら、素直に受け取ってくれる斉木さんかわいい。
 オレはちゅっと唇の先を触れさせた。
「好きですよ斉木さん。かわいい。きれい。大好き」
 今日もかわいい。
 とても素敵。
 思った事を素直に告げながら、唇へ頬へ首筋へ鎖骨へ、キスして回る。丁寧に頭を撫でて、いたわりながら身体をさすって、時に目を見合わせ、優しく優しく愛撫を重ねる。
 好きです。
 好きです。
 すき…斉木さん好き。
『いいよ、もう!』
「――!?」
 壊れ物を扱う丁寧さで片手をすくい上げ、五本の指の先に順繰りにキスをしていたら、力士の張り手かってくらいの威力で横っ面を押しやられ、オレは一瞬くらくらっとなった。
 何すんのもう、人が一生懸命――!
 さすがに腹立って睨むと、真っ赤になった斉木さんの顔が目に飛び込んだ。
「!…」
『に……似合わないことしなくていいから、さっさとやれよ』
 頬はもちろん喉の方までうっすら赤く染めて、目も少し潤んで、すっかりのぼせた顔になっていた。
 え。え…なにこれ?
 なんでそんなエッチで可愛いお顔になってるの?
 もしかしてこれオレがやったの?
 似合わないことってひどいけど、でも…これ、オレのせいで、斉木さん、恥ずかしくなっちゃったんだ――
「……かわいー!」
 オレはがばっと抱き着いた。赤くなってるだけあって、斉木さんの身体、熱い。
 オレの腕に包まれしばし静止していた斉木さんは、少ししてもぞもぞと動き出し、なんとオレの下腹に手を伸ばしてきた。
 あひんっ
 軽く握られるだけで腰が跳ねちゃった。
『似合わない前置きはいいから、……早くこいよ』
「ふっ……いいじゃないスかたまには。オレにもたまには似合わないことさせて」
「もう……充分しただろ」
 唇の先でもごもご呟くのが可愛くてたまらなくて、オレは深く深く口付けた。
 んじゃあ、ここからはオレ全開で行かせてもらいますね。
 にっこり笑い、ベッドへと誘う。

 

 

 

「ねえ斉木さん」
「っ……なんだよ」
「今、指何本入ってるかわかる?」
 仰向けになった斉木さんの足の間に陣取り、ローションたっぷりの指で後ろを丁寧にほぐす。段々と柔らかくなっていくから、二本から三本に増やして、静かに根元まで押し込んだ。
 斉木さんは両腕で顔を隠し、浅い呼吸を繰り返している。指一本はまだ少し余裕があって、二本目を入れる時びくんと腹が引き攣った。大丈夫だとお腹をさすって宥めつつじっくり慣らしていくと、静かだった呼吸が次第に浅く忙しないものに変わっていった。
 三本目ともなるとさすがに苦しいのか、ひっと息を飲む音が混じるようになった。詰まった声をもらしたりしながらも拡げられる感覚にも徐々に馴染んでいって、相変わらず呼吸は浅いけれど身体はだいぶリラックスしていた。
 だからオレは、ちょっとからかってみたくなり聞いてみた。
「……知るか」
「うそ。わかるでしょほら、こうすると……」
「ふっ…ん、ん、んん――やっ!」
 埋め込んだ指先を、一本ずつ動かす。人差し指で背中側を、薬指で腹側を、そして中指で前立腺を押しこくる。たちまち肩にかけた足がびくんと痙攣し、逃げるように腰がのたうった。
「ほら、逃げない逃げない」
「う、ぁっ…とりつか、い、ひぃ」
「良すぎで腰跳ねちゃうのかわい……斉木さん、何本?」
「く、そ……あ、あぁ…さん、んっく、さんぼんだ!」
 はあはあと熱い息を吐きながら、斉木さんは叩き付けるように叫んだ。依然として顔を隠しているが、見えている口元の表情…少し悔しそうで、その癖気持ち良さに唇がわななくのを止められなくて、余計悔しくなってる、それを見るだけでオレはにんまりしてしまう。
「正解っス。ご褒美にいっぱいよくしてあげますね」
「い、らなっ……あひ、あ、あ、あ、あん……!」
 そう言うだろうってのは予測してたから、オレは笑って聞き流し埋め込んだ指全部でもって斉木さんの泣き所を徹底的に可愛がる。
 あまりに強過ぎる快感に激しく首を振り立てながら、斉木さんはしきりに嬌声をもらして身悶えた。
 オレの下で喘いでる。斉木さんが。
 相変わらず口元だけだけど普段は噤まれてる口が開いてるって、それだけでなんかもうエロく感じる。しかも、ぎゅっと歯を食いしばったり、逆に閉じきれなくなったり、くるくる移り変わるからさらにエロイ。
 オレの目を引くのはそこだけじゃなかった。狭い中を弄るたびに斉木さんの×××がびくびく反応して、先っぽから途切れ途切れに透明な汁が溢れるのもエロイ。
 引き攣るんじゃないかと心配になるほど張り詰めた白いお腹にも目が釘付けになる。
 まじまじとは見ないけど、高い悲鳴の時に思わず跳ねてオレの肩を打つ踵も可愛い。エロイ。
「あ、ああーっ、あ、ひ……も、い、いつまで……あっ!」
「いつまで弄るのかって?」
「あ、うっく…ん、あんっ」
「指じゃなくてオレの入れてほしいの?」
「うぅー!」
「……がっ!」
 肩じゃなく首をどかっと蹴られた。あんあん善がってるのに重い蹴りだね、頭にずしっと響いたよ。
「もう……いくまでしますよ」
「あ、あっ?」
 足を抱えたまま、オレは覆いかぶさった。
 自身の表情を隠す強固な砦の腕をそっと掴み、囁く。
「ね、ほら、いつまでも顔隠してないで見せて」
「い…や、うっ……」
 一瞬抵抗したものの、斉木さんは促されるまま万歳の姿勢になった。想像していたよりもその顔はずっとエッチで、蹴られた恨みなんて一瞬にして吹っ飛んでしまった。
 見るだけで頭朦朧としてきた。
 睨もうとしてるのはわかるんだけど、快感のが強いせいでとろんとした目付きになってるのとか、やばいくらい腰にくる。
「斉木さん…舌出して」
「やだ……」
「ねーキスしましょ」
「いやだ……とりつか」
「なんです?」
「………」
 え…なんで黙るの?
 でも何かを訴えてるのは目線でわかる。何かを求めてるのは強くわかる。
 え、わからない…けど。
「好きですよ、斉木さん」
 見つめていると自然と目の奥からじわっと涙が込み上げてきて、気持ちが込み上げてきて、口から溢れた。
「…ひっ……――!」
「……んん?」
 直後、指を締め付ける強さが一気に増した。え、と思うと同時に斉木さんの身体が小刻みに震えを放ち、え、え…となる。はっとして斉木さんの股間を逆さに覗き込むが、出した形跡はない。でも、この締め付けはいった時の――えええ。
 さっきよりずっととろけて、脱力してる顔を見て、胸がきゅうっと甘く疼いた。
 オレもいっちゃいそうです斉木さん!

 少しの間、こことどっかの狭間にいっちゃってた斉木さんの意識が、段々とオレの目の前に戻ってきた。
 呆けたようだった眼差しがはっきりと意思を持ち、きつくオレを睨み付けてきた。
 でも。
「……とりつかのくせに」
 睨んでも悪態ついても、いつものような鋭さはない。それどころかむしろかわいい。いとしい。たまらなくいとしいよだって、オレにもっと好き好き言ってほしいとねだるとか、言えなくて黙っちゃうとか、全部全部たまらない。
 胸がズキズキするほど疼く。
 そんなオレからふいっと目を逸らし、斉木さんはよそを見たまま顎を上げ、おずおずと舌を伸ばしてきた。
 仕草の一つひとつがきゅうきゅうと胸を打ってくる。いや腰か。直撃だ。見てるだけでいきそうになる。
 アンタ、どんだけオレのこと好きなんスか。
 せっかく出てきてくれた舌が引っ込まない内にと、オレは優しく噛み付いた。
「んぶっ……む、うぁ」
「はぁ……」
 声たまんない。熱い舌べろたまんない。
 オレはべちゃべちゃといやらしいキスをしながら静かに指を引き抜き、代わりに自身のものをあてがった。
「あふぃっ……」
「熱い?……怖くないですよ」
 反射で斉木さんがびくっと緊張するから、オレは舌を食みながら静かに言い聞かせた。
 もう数えきれないほどこうして身体を繋げてる。でも最初はどうしてもちょっときつい。斉木さんの方はきっと、苦しい思いをしているだろう。
 表情を見守りながら、オレは慎重に腰を進めていった。
 少し寄った眉とか強張った頬とか、あと目付きに表れてる。苦しい、息が詰まるって。悪いなって思うと同時に、そんな思いしてまでオレを受け入れてくれるんだと、深い愛情が込み上げてきて胸が熱くなる。
 斉木さんの中はもっと熱い。さっきオレに熱いって言ったけど、アンタの方がずっとずっと、熱くてとろけてる。
「うっ…っ、……ぐ!」
「はいった……全部」
 熱くてきつくて、容赦なく締め付けてくるのに時々ふっと緩んで、びっくりするほど優しく包み込んでくれる。そのとろけ具合といったら。自分の苦しいのも斉木さんの苦しいのも全部忘れてどこかに吹き飛ばして、気が狂ったように突きまくりたくなる。

 衝動をなんとか抑え込み、せめて斉木さんの引き攣った呼吸が落ち着くまでと自分に言い聞かせる。目を閉じるかよそ見して気を紛らすかすればより効果的だろうけど、どうしても斉木さんの表情に吸い寄せられてしまう。
 だって。だって片時もオレから離れず、うっとり幸せそうに見上げてくるんだもの。さっきまでの苦しそうなのがすっかり溶けて、エッチに緩んだ、甘えるような目付きで見つめられたら、無視なんてできない!
 一秒だって表情を見逃したくない。
 オレは…変な顔してないかな。
『してるよ』
「ぇうっ……」
 突然の返事にギョッとする。
『似合わない我慢なんてしてないで、こいよ』
「あ、あ……」
 駄目です斉木さん、そんな事言われたらそれだけでいっちゃうから。
 そんな自分を想像して情けなくなる。
 斉木さんはオレの背中に両手を回すと、面白がるように唇を緩め、キスしてきた。
 もうなんで煽るの――アンタって人は。
「……どうなっても知りませんよ」
 でも、幻滅だけはしないでね…ああほんと情けない。
『大丈夫だから、鳥束』
「……早く動けよ。がまんできない」
 焦れた声で、斉木さんが腰をよじる。拗ねた顔を見て、オレは一気にのぼせた。
 斉木さんをしっかり腕の中に閉じ込めて、ゆっくり腰を引いていく。面白いように、手に取るように内襞の蠢きがわかった。引き止めるように絡み付いてくる粘膜を擦ってギリギリまで腰を引き、一気に突き入れた。
「あっぁ!」
 たちまち斉木さんの背がしなやかに反り返る。目の前に晒された白い喉に躊躇わずしゃぶりつき、ちゅうちゅう吸いながらオレは抜き差しを繰り返した。
 右耳から続く首筋が特に弱いから、もっともっと気持ち良くなってもらいたくてオレはガンガン突きながら舐めたり吸ったりを繰り返した。
「あ、ひっ…や、ぁ…だ……んんっ!」
「ふ、ふ……かわい」
 嫌いじゃないのについ「やだ」って言っちゃうとこ、かわいくて好き。オレはより熱心に愛撫を加えた。首筋だけじゃなく、他にも斉木さんの好きなとこ…乳首は両方とも、よく感じてくれる。
 そこに狙いを定めると、斉木さんはうろたえたように大きな震えを放った。
 また「やだ」って投げかけてくるけど、期待にぎらついた目を向けながら言われても聞けませ〜ん。
 そんな気持ちを込めて、ちょっと意地悪く笑いかける。でも斉木さんも負けてなかった。悔しそうに歪む目付きを視界の端でちらちら見ながらオレは、殊更大きく伸ばした舌で乳首を嬲る。たちまち上がる甘ったるい嬌声と美の震えで、オレは負けを確信した。乳首を弄るたび内部もきつく収縮するから、そこを行き来させてるオレの方が先にまいってしまった。
「ごめっ……で、ちゃう……!」
「あ、あっ、いい、い、いい……とりつか!」
 射精欲に衝かれるままオレは単調な突き込みを繰り返した。ぐねぐねと蠢く内襞と善がり声とに更に快感を煽られ、ぐっと息を詰めたところで名前を呼ばれて、白い光が目の奥で閃くを見る。
 孔の奥一杯まで埋め込み、更に奥を目指してぐいぐい突きながらオレは精液を吐き出した。
 意思に反して情けない声が漏れ出てしまう。あーとかはーとか、自分の口から出てるのに自覚出来なくて、それとは別に斉木さんの激しい息遣いもあるから、これオレの声なのか…って、ぼんやり霞む頭で他人事のようにとらえる。

 少し落ち着いてきたところで、さっきからずっと斉木さんに見つめられていた事に気付く。ちょっと気まずいもんだから笑ってごまかそうかと思ったら、それより早く頭を抱き寄せられ唇を奪われる。
 ああもうわかってんだ、この人…ああ好きだな。こういうとこ好きだな。惚れる。敵わない。好き、好き。
 悔しいも恥ずかしいも情けないも全部消え去って、ただただ愛しさに満ちる。キスに耽りながらオレは思いに溺れる。
 そうしていると、斉木さんに飲み込まれたものに芯が通っていくのがわかった。
『またすぐかたくして』
「だって……」
 だって、一回じゃ足りないくらい斉木さん好きだし。舌の先も奥も、上あごも唇もなく舐め回しながら、止めていた腰の動きを再開する。
 斉木さんの顔がたちまち緩んで、とろけた蜂蜜みたいな甘ったるい声をもらしながらオレの下で悶え始める。
 泣きそうに眉根を寄せているけど、口元にはうっとりと微笑が浮かんでいる。閉じられなくなった口からはひっきりなしに嬌声を上げて、仰け反ったり見悶えたり片時もじっとしていなくて、オレは目が奪われっぱなしだった。
 オレは腰を据えて内部をごりごり抉りぬいた。
「あーぁあっあ、あっああっ、ん、く、や…だ、そこいい…やだ、やあぁ」
「やじゃなくてきもちいいでしょ」
「ううー…ん、っぐ、く、うぁっ! やだ!」
「もーお……」
 頷きながら「やだ」なんて言うものだから、あまりの可愛さにオレの目尻は下がりっぱなしだ。

 時々重い突き込みを交えながら単調な抜き差しを繰り返していると、それまでオレの耳と目を楽しませていた斉木さんの反応がふっと、どこかぼんやりしたものに変化した。
 あ、と思う間に、今度は声もなく背を反らし発作めいた痙攣を幾度か繰り返した。
 痛いくらいに張り切った斉木さんの性器から断続的に白いものが放たれるのを、オレはうっとりと目を細めて見守る。動きは止めていた。斉木さんはどっちも好き。いってる間中突かれまくるのも、オレが全然動かなくなるのも、どっちも。絶頂のさなか突かれまくるのはもちろんつらくて苦しくて息が止まりそうだけど、訳が分からなくなるほどの快感を他でもないオレに与えてもらってると思うとたまらなく幸せだって、前に重い口を開いて教えてくれた。あんまり愛しくて、鼻血噴くかと思う程だった。でも、とすぐ付け足される。本当のところはやはりしんどいから、それはたまににしてくれ。そう言われたから、オレは大抵の場合波が静まるまでじっとする。
「……もっと」
 どこかうつろな瞳でオレを捉え、斉木さんが両手を伸ばす。二度三度と瞬きを繰り返すうちに段々はっきりしてきて、強い目で見つめられるだけで腹の底がぞくぞく疼いてしまう。
 オレ殺し。
 顔中で一杯に笑って、オレはしっかり抱きしめた。腰の方までしっかり支えて抱え起こす。
「あっ、うん……ぁ」
「斉木さん顔とろけてる、深いのいいの?」
「うるさ……みるなよ」
「いたいいたい」
 まじ本当に痛い。
 緩慢な動きでオレの顔を押しやるんだけど、その力は結構強い。もしも斉木さんに両手で「ポカポカ」されたら、たとえ戯れであってもオレの身体がベコンベコンに波打つだろうな。
 しょうもない想像は追いやって。
 間近に見つめ合う形になった体位にオレはだらしなく笑い、うーっと唇と尖らせた。いつかのタコ口よりはましだろうけど、あれに近い間抜けな顔を思い浮かべている。
「お前にはお似合いだ」
「う?」
「そういう顔のが、お前らしいよ」
「まあひどい」
 別の意味で唇を尖らす。そんなオレに小さく笑いかけ、斉木さんはオレの目にかかる前髪をちょっと乱暴な手つきで払いのけると、右と左と純振りに目蓋に口付けてきた。
 手はぶっきらぼうだったけど、この接吻は泣きたくなるほど優しかった。オレは目を閉じたままじーんと浸る。
 最後に、唇同士が重ねられた。
『うごいて』
「……とりつか」
 まぼろしのような囁きがオレの鼓膜を震わせる。
 斉木さんの声、すごく好き。
 たくさん聞きたい欲求に突き動かされるまま、オレは抱えた斉木さんの身体を激しく揺さぶった。

「あぁっ…だ、ぇ……だめぇ……あぁ!」
「斉木さん、顔エロイ……」
「ぐぅ…あ、ん、あぁ…あぁー!」
「声もすき…すき……」
 もっと。もっと聞かせて。
 我を忘れて突きまくりたいのをぐっと堪え、オレは必死に技巧を駆使した。持ち上げた腰に小刻みに突き込んだり、奥までねじ込んで腰をうねらせたりして、色んな嬌声を引っ張り出す。
 オレの意図を察して斉木さんは口を覆って隠そうとするんだけど、それがもつのはほんのわずかで、すぐに忘れて可愛く喘ぎをまき散らしてくれた。
 とろんとした目付きで喘いでいたかと思うとはっとなって飲み込んで、でも我慢は続かなくて、行ったり来たり揺れる斉木さんの表情にオレは夢中になって見入った。
「く、……っそ」
「うわっ……!」
 にたにた顔たるませて愉しんでいたら、斉木さんに反撃を食らった。突如思いきり押し倒され、真上から注がれる勝ち気な目付きに腹の底がぞくぞくっと騒いだ。
「おまえ…うごくな」
「ええ、さいきさん、だいじょうぶ?」
 答えの代わりに肩を押さえ付けられ、うわこれなんか斉木さんに犯されてるみたい、なんて悦んだのも束の間、超能力者の本気に泣く事に。
 決して侮ったつもりはないけどもだって、斉木さんはあんまり積極的に動く事がないから、たまにこうして逆襲されるとマジ泣きしてしまう。
 あんまり気持ちよくて脳天が痺れっぱなしになる。
 それくらい斉木さんの腰付きは強烈だった。ただ上下させるだけじゃなくて、なんかもうわかんない、訳が分からないくらい腰砕けになる。絶妙な力加減で扱かれてるんだけど、手でするのだってこんなに微妙な動きはないだろう。
「あ、あっ…さいきさんのからだ……すげぇっす」
「ふ…ふふ、ぼくも、きもちいい」
「おれもいい……あーいっちゃうー……」
 やべ、気持ちよすぎてよだれ垂れそう。頭吹っ飛びそう。熱い粘膜で×××扱かれるだけでもたまらないほど気持ち良いのに、いやらしい顔をかくしもしないでオレの上で腰振ってる斉木さんとか、破壊力凄まじいよ。
 だらしなく開いた口から、赤い舌が覗いている。少し突き出した舌の先端からよだれが垂れて、オレの胸に滴るのを、どこか夢見心地で眺めていた。
 身体も気持ち良いけど頭の中はもっといい。煮えたぎるくらい気持ち良い。
「だめ…いく、あー」
「あ、あ、ああっあー、とりつか、ぼ、ぼくもいく、いく……いぐぅ!」
「いいよ、オレの腹に出していいよ」
「や、う――ぐ、……っうぅ!」
 お互い競うようにして中に腹に熱いものをぶちまけた。
 斉木さんの身体がきつく強張り、今にも後ろへ倒れそうに揺らぐから、オレは大急ぎで腕を掴み抱き寄せた。脱力しきった身体がどさっと上に覆いかぶさる。

「はぁー…はー…はーっ」
 息をしてもしてもまだ苦しい。けれど、身も心もすっかり満たされていた。
 今にも破裂しそうに心臓が脈打ち、肌越しに伝わってくる斉木さんの脈動も似たようなもので、聞いているとなんだか笑えてきた。
 オレの肩口でぜいぜい息を継いでいた斉木さんが、ほんの少し身じろいだ。起き上がる素振りを感じたので、背中に回していた腕を緩める。
 斉木さんはオレの顔を覗き込むようにして身体をずらすと、さっきみたいに、無言でじっと見つめてきた。
 え、え、これはまた難題だな。
 今度は何を求めているのだろう。
 キス?
 愛の言葉?
 それとも――
「もう一回してほしいの?」
 恐る恐る尋ねると、斉木さんは むすっと眉根を寄せて睨んだ後、バチンと額を叩いてきた。
 いたい、ひどいっ!
 表情から察するに当たりのようだ。
「……もー、正解なのにひどいっス。平手じゃなくてご褒美のキスくださいよ」
「……そんなの僕じゃない」
「いいじゃないっすか、たまにはしてくれても」
 たまにはそういう、似合わないことも大事っスよ
「ギャップ萌えっス」
 軽くうーっと唇を尖らす。再び平手を構えるのが見えたので、オレは慌てて顔を避けた。しかし避けた先を正確に読まれ結局ペチンと平手を食らう。さっきよりは軽めだったのが救いだけど。やれやれ困ったお人だと内心笑っていると、飛び切り優しいキスを寄越された。
「……うっ!」
「これで、もう一回するよな……」
「するうーもー斉木さんだいすきいー」
「……うるさい」
「かわいい……すき」
 抱きしめてほっぺにチュッチュキスしまくってると、斉木さんがじっと見つめてきた。
 また問題かと頭使う準備をしていると、おずおずと口が開いた。
「……ぼくも」
「!…」
 たった一言がこんなに威力あるなんて。
 ああ斉木さん、もう一回なんて言わず、何度だって愛してあげますよ。
 上に乗る斉木さんを丁寧に寝かせ、顔を近付けた。
 斉木さんの腕がするりとオレの首に回るから、オレはにんまりして口付けた。
 控えめな喘ぎ声と共に、幸せな時間がまた始まる。

 

 

 

 もう一回を、三回くらいした気がする。すごく絞り取られた気がする。
 さすがのオレもヨレヨレのヘロヘロになり、斉木さんと肩を支え合うようにして風呂場に向かった。一回で収まり切らなかったのはひとえに斉木さんの魅力というか魔力というか…によるところが大きくて、普段のお澄ましからは想像もつかないとろけようにすっかり引き込まれ気付けば限界まで抱いていた。
 それだけ斉木さんはオレを骨抜きにする。
 でもいい。されてもいい。
 あんなに気持ちよくて最高の時間を過ごせるなら、擦り切れるまで使い果たしたって構わない。
『それは僕が困る』

 風呂上り、二人して肩を並べてベッドに寄りかかり、心地良い気怠さに浸っていると、隣からそんなテレパシーが寄越された。
「え、あっ…困る?…よねえ、オレもっス、ふぐふぅ」
『変な笑い方すんな』
「だって、斉木さんが可愛いこと言うからぁ」
 人のせいにすんなって顔でオレを睨むと、斉木さんは各々の前に置いた麦茶のコップを取りゴクリとひと口。
 それを見てオレも手を伸ばす。喉カラカラだ。ひとくち、ふたくち。はーうまい。
 そしてまた、取り留めなくものを考えてはぼうっとする時間に浸る。
 今はまだ静かな方がいいから、テレビはつけてない。この辺りは滅多に車も通らないし、今の時間は人通りもなくて、とても静かだ。もしもオレ一人なら、よく見る幽霊たちがたむろしてお喋りしたりするけど、斉木さんが来るとみんな気遣って二人だけにしてくれる。なんだかちょっとむず痒い。
 あー、静か。

 そこでふと、テーブルに置かれた絵本に目がいった。
 斉木さんはどの本がお気に入りだったんだろう、今読むならどれが好きだろう、とかそんな事をさらさらーっと思い浮かべたら、口が勝手に動いていた。
「斉木さん、その絵本どれか読んでくれません?」
 そしてあとから、斉木さんの声が聞きたいなという思いが込み上げてきた。
 当然といえば当然だけど、斉木さんの返答はノー。
『めんどくさい』
「えーうー…ざんねん。じゃあまたこんどにでも」
『それもめんどくさい』
「けちぃ」
 そういう自分の声が、少し間延びして聞こえる。どうやら、静かな環境で静かにしていたからか半分眠りに入り込んでいたようだ。
 眠い、なんかふわふわする、そんな心地でオレはへらへらと顔をたるませた。
 立てた膝に頬杖ついて、正面にいる愛しい人にぼんやり視線を注ぐ。
 ああ…幸せだなあ。
『おい鳥束、寝るならベッド入れ』
「ん−……読んでくれたら…ベッド入る」
 そんな返事に斉木さんは『アホか』って呆れ切った顔になったけど、オレはそれすらも愛おしく感じられて、幸せで、このまま寝ちゃってもいいやなんて思っていた。でもどうせなら、せっかくなら、斉木さんの朗読聞きたかったなあ。
『やれやれわかったよ』
 とうとう観念して、斉木さんは絵本を一冊手に取った。
 眠気がゆったり渦巻く中、オレはぱちぱちと拍手した。



 少しして、オレの耳に優しい声音が届き始める。
 ああ、声に出して読んでくれるんだ。情感たっぷり…とはいかないけど、穏やかで優しくて、心地良い声だなあ。
 ふふふ…あの斉木さんが絵本読んでる。全然似合わないけど、すごく様になってて、いい気持ち。

 

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