恋人のキライなとこ

 

 

 

 

 

「斉木さん、一生のお願いっス……」

 断られたらどうしようか、不安で不安で泣きそう通り越して吐きそうで、けど「どうしようか」のその先は真っ白で何も思い付かないまま、オレは地べたに頭を擦り付けた。
「一度でいいから、……抱かせて下さい――!」
 放課後、夕日に照らされた校舎裏で、地べたに這いつくばり斉木さんの返事を待つ。

 

 

 

 数ヶ月前、オレは斉木さんへの素直な気持ちを伝えた。
 伝えたというか無理やり吐かされたというか。
 一生隠していようと、言わないまま墓場まで持っていこうと覚悟を決めたんだけど、そうなった未来を思い描いたら風呂場でシクシク泣けちゃって、翌朝も全然元気が出なくって、中途半端な自分がほとほと嫌だと昼休みに屋上で一人ウジウジしていたら、当の斉木さんに内臓引きずり出される勢いで気持ちを全部引っ張り出された。
 正直腹が立ってしょうがなかったけど、その一方で驚くほど清々しく感じてもいた。
 せいせいしたというか、まあやけっぱちでもあったかな。
 この恋が破れたら…いい、もうどうにでもなれ、煮るなり焼くなり好きにしろって気分だった。
 そんな風に突き抜けていたから、返ってきた「よし、じゃあお試しで付き合うか」って斉木さんの言葉に、あうあうと顎が外れそうになった。
 オレの言ってる事わかる?
 言った事わかった?
 アンタが好きだよ?
 アンタの全部が知りたい、全部を自分のものにしたい、自分だけのアンタにしたい、誰にも渡したくない――って意味だよ?
 斉木さんは冷静に頷いた後、ただな、と続けた。
 ――お前の求めるものに全部充分に応えられるか保証はない
 ――キスだってセックスだって拒まないが、お前が思うような僕はきっと、出てこないだろう
 ――それでもお前は、いいか?

 つまり、コトに及んだ時いわゆるマグロ状態になるって斉木さんは言ってるのだ。
 これまでずっと人の本音に晒されてきた。
 年齢制限だのは一切なく、精神衛生上好ましくないどーのこーのも無遠慮に常に周りにあったから、すっかり麻痺してしまっている。
 情緒だとかその辺りの部分が、斉木さんは形成不全というわけだ。

 オレはそれでもいい。
 気持ちを伝え…強引に引っ張り出されたんだけど…気持ちが通じて、応えてもらっただけで充分幸せだ。
 そう思っていたら、手を繋いだり、抱きしめたり、キスしたりと触れ合う部分が少しずつ増えていった。
 ますます幸せに思う。
 その先は、……そりゃしたい。
 斉木さんの身体がどんなものなのか知りたいし、斉木さんにオレの熱を知ってほしいって欲求はある。
 その思いは日に日に強まっていった。
 悩みに悩んで、決断して、オレはついに打ち明けた。

 一度だけでいいんです、斉木さん、一生のお願い聞いて下さい。
 大事にします。
 丁寧に扱います。
 決してつらい思いさせないし痛い事はしないから
 身体に何一つ響かなくても、記憶に残るのは「そう悪いものじゃなかった」であるよう、精一杯尽くしますから!

 オレの心の叫びに、斉木さんは淡々と答えた。

『前も言った通り、僕からお前が望むものは出てこないと思う』
 それでもいいなら、お前の好きにしてくれ

 


 

 などとスカしてたあの時の僕、出てこい!
 たかが「知ってる」くらいで偉そうにしやがって、何様だあの時の僕!
 声に出さず絶叫する。

 ベッドの中で盛大に息を吐き出す。ただそれだけの動きだが全身に響いて、昨夜鳥束に抱かれた身が甘く、うねるように疼いた。
「うぅー……」
 こういう時どこへどんな感情を向けていいかわからず、唸りながら両手で顔を覆う。
 昨夜、鳥束に何度もこの手を握られた。これから始めようという時、キスしながら互いの両手を握り合った。鳥束の緊張が汗になって滲んで、少ししっとりしていた。後ろから挑まれて、声を噛み殺すのに必死になっていると、宥めるように手を握り締められた。興奮しているせいで燃えるように熱かった。いく時、やり場がなくてシールを握り込んだらそっとほどかれ、指を組み合わせて握り締められた。互いの手のひらがどくどくと脈打ってるのがわかった。
 顔から手を離し、指先で唇を弾く。数えきれないほどキスされた。舌を絡め合うキスも何度だってしてきたけど、セックスしながらのキスはまるで別物だった。身体の奥を突かれながらキスされると、まるで口の中でセックスしてるみたいで、錯覚…単なる混同だってわかってるのに切り離せなくて混乱した。
 口と言えば、他人の性器をしゃぶったのも生まれて初めてだな。行為は自発的にした。アイツ、僕から動くなんて思ってなかったから、鼻血噴きそうなほど興奮してたな。こうされたら嬉しいのだろと誰かのしたことをなぞったわけだが、する方も嬉しくなるというのは半信半疑どころか全く信じていなかったが、その点もちょっと詫びたい気分だ。嬉しいなんてものじゃない、そんなちょろっとの感情では言い表せないほど、もう…気持ちが目一杯相手に向かうというか、この身体をどれだけ好きに使っても構わないと奉仕精神で一杯になるし、自分の行動如何で相手が喜ぶのがたまらなく嬉しくて、次はどう責めて声を出させてやろうかと、さっきとは正反対の嗜虐心が湧いてきたりもして、一秒ごとに驚きがやってきてとても新鮮だった。
 向こうはこっち以上にそんな気分でいた。僕以上に全身を舐め回して、反応に一喜一憂して、純粋に喜んではまた僕への気持ちを強めていた。

 そういった強烈で素直な心の声に晒されながらのセックスは、とてもじゃないが言葉では言い尽くせない。
 気持ち良かった…この上なく幸せだった。
 鳥束の手や、目や、心が、ひたすらに僕だけを考えて行動する。そんなものを全身で受け取って、何事もなくいられるはずがない。
 ないだろ。
 お陰で、一睡もできなかった。
 それだけ良かったんだよ。
 いままで味わった事がないほどの、頭が真っ白になるほどの時間を味わった。
 思い出すと全身が痺れたようになって熱い。身体に入ってきた鳥束の熱はもっと熱くて、燃えて溶けてなくなるかと思ったくらいだった。ああとうとう…と、少しの怖さがあって、けれどすぐにそうなってもいいって思ってしまうくらいの快感に飲まれた。
 まずいまずい、思い出すほどに身体がほてっていく。
 恥ずかしさで頭の中がかゆくなっていく。
 でも、思い浮かべずにいられない。
 覆いかぶさった鳥束の、欲望にぎらついた眼とか、低い囁きとか、息遣い…ああ、全部良かった。
 なにが…『お前の望むものは出てこない』だ、ふざけんな。
 かなり無様なものを晒したが、それについて後悔はない。こんな気持ちを知れた事は素直に嬉しく思う。

 生まれ持った能力のせいで、僕はかなり早くに色々知った。早すぎだし、知り過ぎた。
 最初は両親の行為からで、あの二人の事だから口に出すものも心の中もほぼ同じで、本当にお互いを思い合い、本当に、一つになれることを喜んでいた。
 心から喜んで愛し合い相手に心酔していた。
 だからうんと小さい頃の自分は、この世にはなんて素晴らしいものがあるのかと好意的にとらえていた。
 いつか自分もしてみたいなと、興味も湧いた。
 身体が成長するのに比例して能力も増大するにつれ、テレパシーの受信範囲も広がる。そうすると、我が家が特殊であると、否応なく知る事となる。
 セックスに限らず全てがわかっていく。失望とか絶望とか、それをそうだと自覚する前にもう精神が落ち込み、それでも理解するしかなくて、受け入れるしかなくて、充分に伸びきる事無く精神は固まってしまった。
 誰だって、多かれ少なかれ、そういった経験を持っているものだろう。
 誰だってそうやって知った物事に折り合いをつけて、順応して、それが成長するということなのだ。
 僕の場合はそれが人より少しきついだけのこと。
 そう思って気持ちにけりをつけ、物好きだなと心の中で密かに笑いながら鳥束の「一生のお願い」に応じた。
 その結果がこれだ。
 翌朝ベッドの中でこうして、昨夜の行為を思い出しては悶絶して、恍惚となって、また正気に返って青ざめて、うっとりしている。だってあんな思いするなんて、知らなかった。
 知っていたけどわかっていなかった。
 全部気持ち良かった。身体はもちろん、心も充分に満たされた。
 昨夜のことがあまりに衝撃的だったせいで一睡もできず、明け方に少しうとうとして、母の声で目を覚ました。

「お休みだからって、お寝坊さんねくーちゃんは」
 朗らかに笑う母に迎えられ、食卓につく。正面にはコーヒーをすする父さんがいた。
 目の前には、ワンプレートにまとめられたバタートーストとサラダの白い皿が置かれている。そこにウインナー入りスープとカップヨーグルトが添えられていた。休日の、いつもの朝食。
「いやでもー、若いと好きなだけ眠れるものだよな。父さんもそうだったし」
 今は寝たくても寝続けるのも体力いるから、中々思うようにいかないんだよな
 心の中でぼやく父さんは無視して、僕は焼き立てのバタートーストにかじりついた。
 ベッドの中にいる時は、食欲あまりないなと思ったが、食べ始めるとひどく腹が減っているなと気付いた。
 喉を通らないんじゃと少し心配していたのだがとんでもない、用意された厚切り二枚をぺろりと食べた後、僕は追加で更に二枚を平らげた。一枚は盛りだくさんのピザトーストにし、もう一枚はジャムをこれでもかと乗せた。
 母に珍しいとびっくりされ、父に羨ましがられた。
 たくさん食べるのは、うん、昨夜結構消耗したからな。腹も減る。
 抱かれた僕がこうなのだから、アイツはもっと腹が減ってることだろう。
 食べながら、ぽーっと顔を思い浮かべる。あんな顔、こんな顔と辿るにつれじわじわと頬が熱くなっていく。でもほとんど自覚はなかった。
 母の、小さく驚く声ではっと我に返る。

 朝食の後も、何かにつけ奴の事を思い浮かべた。
 何を見ても奴を思い浮かべるというか、勝手に浮かんできてしまうというかとにかく、ぼんやりしてばかりだった。
 今日が土曜でよかった。
 明けて日曜日も、大体同じようにぽーっとして一日を過ごした。
 あんまりにも「心ここにあらず」を体現しているからか二人から体調不良を心配された。
 でも食欲はしっかりあるのよね。
 うん、母さん、だから心配しなくていい。隣のおっさんは羨ましがってばかりだが、あんたも結構食べてるぞ。まだまだ胃腸は元気だよ嘆くのは十年早い。

 そんな感じで週末を過ごし、いよいよ明日は登校日。
 いい加減こんなポヤポヤも少しはしまわないとな。
 自分らしからぬだらしない顔をキリっと引き締めてみるものの、その端からすぐにたるんでしまうのは、心の中に未だ鳥束が居座っているからだ。
 心だけじゃない、身体にだって、まだ鮮明に思い出せるほど残っている。そりゃ、土曜の朝ほどはっきりしたものじゃなく、随分薄れてしまったけれどでも、はっきり思い出せる。
 一日二日でどうにかできる衝撃じゃないだろ、あんな、あんな…素晴らしい思い。
 噛みしめるような幸せな気持ちは、そうそう抑え込めるものじゃない。


 それだけに、一度きりという「一生のお願い」が胸を切なくさせた。


 朝食を済ませ、さあ学校行くかと制服に着替えスクールバッグに手をかけると、沈み切った気持ちもしっかり学生へと切り替わった。まだ落ち込んではいるがちゃんと切り替えることは出来た。
 そこで僕は重大な事に気付いた。
 思い出したのだ。
 金曜日に出された数学の宿題に、何一つ手を付けていない事に。
 時計を睨み一瞬迷って、僕は椅子に座り直した。

 予鈴が鳴り終わるギリギリに、僕は教室に駆け込んだ。
 まあな…僕ほどになれば、宿題を一瞬で済ませるなんて朝飯前なんだよ。
 何もかも遅れていたが、僕は誰に言うでもなくドヤる。
 元ヤンと燃海藤それぞれの、驚いたり心配したりホッとしたりの顔に少し動揺しつつ自分の席に着く。

 昼休みを迎え、今日は一人になりたかった僕は、誰かの目に留まるより早く速やかに、弁当を持って屋上に向かった。
 屋上には他にいくらか生徒がいて一人とはいかなかったが、海の底か宇宙にでも行かない限り本当に一人にはなれないとわかっていたし、多少の雑感がある方がかえって気が紛れていいだろう。適当な日陰に腰を落ち着ける。
 いつ教師に当てられるかとピリピリしている授業中に比べて、昼休みは皆概して穏やかだ。今日の弁当の感想とかがゆるやかに飛び交う中、僕も箸を口に運んだ。
 時々吹き抜ける風が気持ちいい。空に浮かぶ雲をぼんやり眺めていると気分が落ち着く。今日の弁当も悪くない。母さんありがとう。
 他の連中と同じく、とりとめのない事をつらつら考えながら昼休みを過ごした。
 ごちそうさまでしたと手を合わせ、チャイムが鳴るまでうたた寝でもするかと思った時、僕の名を呼ぶ心の声が聞こえた。
 ――斉木さん、今日は弁当だったか
 鳥束だと思う前に鳥束だとわかり、一気に全身が熱くなった。
 どうやら学食で牛丼をかっ込みながら、幽霊たちと会話しているようだ。その断片が届いて、たちまち僕はのぼせたように顔が赤くなった。
 こんな反応が自分にも現れるのかと驚いていると、耳の奥で名前を呼ばれた。
 金曜日の夜に聞いたものが、再び聞こえたのだ。
 ますます熱が上がり、同時に欲求が膨れ上がる。

 鳥束とまたしたい。
 抱かれたい。
 キスしたいしあいつのをしゃぶってやりたい。
 ギラギラする目で見られたい。
 いくときの声が聞きたい。

 思うごとに、その瞬間が脳裏をよぎった。
 脳天が腫れたように痺れて、ある種酔っ払った状態に陥る。
 ――一度でいいから、……抱かせて下さい――!
 そんな甘い夢見心地が、切羽詰まった鳥束の声で打ち破られた。
 そうだった。
 冷静な呼吸を取り戻す。
 そうだった、アイツは一度きりのつもりで、地べたに頭を擦りつけたんだった。
 そんな覚悟を、簡単に覆していい訳がない。

 

 でも待てよ。あの生臭坊主のことだ、一生のお願いを平気で何度も繰り返す軽薄な変態クズのことだから、僕から言うまでもなく二度目を頼んで来るに違いない。
 などと舐めてかかるが、鳥束は律義に守り一度を大事に胸にしまい今まで通りの関係を続けようとした。
 そう今まで通り。放課後寄り道しながら一緒に帰って、僕んちに寄ったりあいつんちに誘われたり。途中人けのないとこでちょっとの間だけでも手を繋いで歩いてみたり。部屋に着いたら、毎週買う漫画雑誌回し読みしたりゲームしたり他愛もないお喋りしたり。一緒に夕飯食べて、送って送られて。二人きりの時や、人目を盗んでは、抱きしめ合ったりキスしたり。
 本当に呆れるほど今まで通りだ。
 はじめこそ苛つき、プライドなんか知った事かといっそ自分から言ってしまうかと迷ったが、それもこれも全部僕を大事に思うからこその行動だというのがわかるので、軽率な事は出来なかった。
 けどな、鳥束。
 僕はそんなに、お前が思う程そんなに…実はそんなに淡白じゃないし、セックスにもちゃんと興味湧くし、二度目のお前はどんなふうに僕を抱くのだろ、僕はどんなふうに反応するのだろ、次は何をしようかなって、その事で頭が一杯になってる。そこらの男子と変わりない人間なんだよ。
 こんなの知ったら、お前、きっと幻滅するだろうな。

 

 

 

「斉木さん終わった? 帰りましょー、お供するっス」
 教室の戸口からひらひら手を振る鳥束にちらと目線を送り、僕は立ち上がった。
 ニコニコと僕の挙動を見守る鳥束は見ないまま横を通り過ぎ、そのまま、さっさと歩き去る。
 いつものこととまるで鳥束は気にせず僕の後をとことこついてくる。
 いつも通りだ。
「斉木さん、今日はちょっと斉木さん嬉しいかもっスよ」
『なんだ?……なんだと?』
「あは、オレの心視ました? そうなんスよ檀家さんからちょっと洒落た焼き菓子の詰め合わせ貰いましてね、そっくり斉木さんにお渡ししようとキープしてあるんスよ」
『いいのかお前、そんな事して』
「いいのいいのー、一番美味しく食べてもらえる人の手に渡るのが、一番いいことじゃないっスか」
 鳥束の脳内から、ぼんやりとそれの色形が伝わってくる。一つずつ透明なフィルムに包まれたマドレーヌ、パイ包み、これは多分…フィナンシェだな、それらを視るにつけ、喉の奥に唾がたまっていく。
「そういう斉木さんだってほら、もう涎垂れそうな顔になってるっスよー」
『なってないぞ、適当言うな』
「あはは、うちに着くまでの辛抱っスよ」
『だからなってないって言ってるだろ』
「はいはい、わかったっスよ〜」
 校舎を出て、軽やかに歩き出す鳥束の後ろを、少しへの字口でついていく。

 うん……そうだな。こんな、今まで通りが一番だよな。

 

 

 

 別の日、僕の部屋に鳥束の姿はあった。
 放課後一緒に本屋に寄り、それぞれ目当ての本を買って、いつものようにコンビニでコーヒーゼリーを物色して、帰ってきた。
 部屋に通すと、座ろうとする僕に絡み付いてきて鳥束は「おかえりとただいまのキス」とニコニコしながらほっぺたに唇を押し付けてきた。いつも通り鬱陶しそうに見やれば、僕の鋭さなんてまるで気にせず鳥束は自分の頬っぺたを指差し「斉木さんの番!」とせがんでくる。
『よし、そこになおれ』
「あちょっ斉木さん噛むのナシ、ナシって、ナシってば、チューで!」
 ぎゃあー
 わずかな抵抗の両手を封じ、なるべくダメージ少ないやり方で噛み付いてやった。
「……も〜ナシって言ったのにい」
 頬っぺたを押さえ、鳥束は涙目になった。
 うるさいよ。人の気も知らないで。
 ぼやきは無視してさっさと椅子に腰かける。

 今週号を読み終えてひと息ついた僕は、鳥束の読む雑誌に狙いを定めた。椅子から立ち上がって、隣に移動する。そしてすぐに、軽く念じた。
「あーちょ、こらこら斉木さん?」
 鳥束が今読んでいる記事に興味はなかったので、サイコキネシスで強制的にページをめくる。
 そんな暴挙も今に始まった事ではなく、鳥束も慣れたものなので、しょーがないで済ます。
 僕は適当にパラパラとページをめくって、出たところの記事にざっと目を通した。
 本を取られ手持無沙汰になった鳥束は、コンビニで買った炭酸のジュースをぐびっと傾ける。
『なあ鳥束』
「んー?」
『お前、僕が何やったら嫌いになる?』
「え、うう…ん?……てか斉木さん、嫌われたいんスか!?」
『嫌われたくないから聞いてるんだ』
 雑誌のとある記事を指差す。
 見出しは「彼氏・彼女のキライなところ」だ。
「ああー、これね、はいはいはい。で、……うーんと」
 二人で一緒に上から辿っていく。そうしながら鳥束はデレっとたるんだ声を出した。
「てか斉木さん、ほんとオレのこと好きなんだからー」
『ああそうだよー』
「痛い痛いつねるのダメつねるのナシ、めっスよ」
 悪い手だと、挟むようにして軽く叩かれる。
『恋人がすぐ暴力振るってくるってのは何位だ?』
「ちょっとー? ほっぺたつねった人がなんか言ってるっスー」
 あとさっきチューって言ったのに噛み付いたのもー
 それまで雑誌に向けていた目を上げ、鳥束は可笑しそうに眉尻を下げた。愉快さに転がる声も、まっすぐ向く目も、全然嫌いじゃない。胸に刻みたくて僕は何度も瞬きを繰り返した。
 僕がそうする理由を知っている鳥束は、何かを見つけた時みたいにはっとして慌てて目を逸らした。
 単純に照れで恥ずかしがってのこともあるし、見つめ続ける事で、僕にまた欲を募らせてはいけないと、自制してのこともある。

 もう…どうにでもなれと、鳥束を押し倒す。
「さっ、斉木さん?」
『うん』
「いや、うんじゃなくて、……むぅっ」
 まだ何か言いたがる唇を塞ぐ。
 しばらくはキスに応えた鳥束だが、突如慌ててもがき始めた。
「す、ストップストップ! 待って待って、ね」
 僕の下から這い出て距離を取ると、わざとらしいくらいの笑顔を向けてきた。
 僕に嫌われたくないから、この先もずっと隣にいたいから、鳥束はそうする。
 でもな鳥束……苦しいんだよ。

『……したくないのか』
「えっ……」
『この前のセックス……思ってたのと違ったか』
「ちょっと?」
『こんな身体じゃ、もうたたないか』
「な――なんすか? オレがいつそんな事言った?」
 目を吊り上げ、鳥束はきつく見据えてきた。
「オレの本音全部聞いてるアンタが、何言ってんだ!」
 本当にその通りだ。
 目を見られず俯く。
「というか、というか……それはこっちのセリフですよ斉木さん……」
 迫力は急速に失せ、鳥束は呆けたように呟いた。
「アンタはオレのことわかるけど、オレはアンタのことわかんないんスよ……言ってくれないとわからない」
 たった一度とはいえ、斉木さんの好まない行為を強要したことが、ずっと胸に引っかかっている。
 斉木さんはあれ以来普通に接してくれるけど、オレはできるだけそれに甘えないよう自分を抑えてきた。
 オレは、今まで通り斉木さんの隣にいられたらそれでいい。手を繋いで、ちょっとキスして、抱きしめ合えたら、それでいい。
 それ以上を望んだら、きっと今まで通りが全て失われてしまうだろう。
 だからこのままでいい。
 ずっと斉木さんの隣にいたいから、いられるなら、オレの欲なんてドブに捨てたっていい。

『捨てなくていい』
「え、なに……?」
『お前の欲。捨てられたら困る』
「んん……?」
『だってそうしたら、もう二度と出来ないだろ』
「え、あの……っ!」
 再び鳥束を押し倒す。さっきは勢い任せだった。今度は、頭を支えそっと丁寧に横たえる。鳥束は身を固くしながらも従った。
『嘘を言ったつもりはなかった。自分でも知らなかっただけなんだ』
「さいきさん……?」
 自分があんなに簡単に性欲に溺れる人間だったなんて、知らなかった。
 でも、おまえを振り回したのは間違いない。
『悪かったな』
 まっすぐ見上げてくる視線に耐え切れず、よそに目を向けたまま綴る。
 しばしの沈黙の後、鳥束は口を開いた。
「恋人のキライなとこ、よそ向いて謝るとこ」
「え……」
「あ、……ちょっと調子乗りすぎでした?」
 まずかったかと、おっかなびっくり笑いかけてくる鳥束に、一拍遅れて笑い返す。
『いや。ぐ……ごめんなさい』
 そしてすぐに顔を引き締め、鳥束の言う通りだと謝罪する。
「あっ……!」
 そうしたら、いきなり鳥束に引っ張られた。馬鹿、と思う間もなく奴の上にどさっと落ちる。大して距離はないといえダメージはそれなりにあるだろう、すぐにどこうとするが、逃がさないとばかりに腕に閉じ込められた。
「……よかった」
 耳に届いた声は、震えていた。

 オレには最高の夜だった。
 それがなかったことにされてるみたいで、嫌だったし怖かった。
 オレに抱かれた事を忘れたいのか、それくらい最悪の記憶になったのかと、考えるのも怖いくらいだった。
 聞くのが怖い、聞かないのも苦しい、どうにかなってしまいそうで、斉木さんとキスする度、胸が軋んだ。

「さいきさんも…へへ、よかったんだ」
『うん。全部がひっくり返されるくらいの衝撃だった』
 鳥束の背中に強引に腕をねじ込んで抱きしめる。
「大好きな斉木さんと、またできるのかあ……」
『したいか?』
「したいっすよそりゃあ!」
『何回?』
「なんかいで……数えきれないくらい!……斉木さんは?」
 答えるのもまどろっこしくて、舌をねじ込むキスをする。
 たちまちとろける鳥束。だったが、それでも必死に頭の中で僕に回数を聞いてきた。
 だから僕は言ってやる。
『恋人のキライなとこ・しつこいとこ』
「もっ…斉木さんは」
 しばし目を見合わせ、また唇を重ねる。

 互いの舌を舐めても吸っても飽きなくて、それどころかすればするほど「もっとしたい」気持ちが強まっていく。
 鳥束はキスしながら一心に「好き」を唱えて僕をがんじがらめにするものだから、段々頭がぼうっとしてきた。
 僕は?
 僕も鳥束が?
「……うん」
「ん……?」
 何に頷いたのだろうと、鳥束はひっそりと笑ってまたキスをした。
 ペロペロ、ちゅうちゅうと口の中を舐め回した後、あらためて鳥束が訊く。
「なあに、斉木さん」
 もう知ってることだから、わざわざ聞く必要もないんだよ。
 面白がる笑みで流し、僕は唇をくっつけた。

 身体をずらして鳥束の性器にしゃぶりつく。引きずり出すので握った時も思ったが、口の中では更に強く感じた。硬くて熱くて逞しい。つい、喉がごくりと鳴った。
 聞こえてないよなと慌てて鳥束の顔を伺う。眩しそうに目を細めてこちらを見ている。届いていなかった事にほっとして、僕は大きく開けた口をそこに被せた。
 たちまち鳥束の身体がびくんと跳ねた。好ましい反応にふっと鼻から息が抜ける。
「はぁ…斉木さんが、そんなにおしゃぶり好きだったなんて」
『全然嫌いじゃない』
 顔を上下させながら、目だけでちらりと様子を伺う。
『僕のすることでお前が反応するの見るのが……』
「好き?」
 咥えたまま、素直に頷く。
「あは……はふ…それ、わかるかも。オレだってこうして」
 背中を抱いていた鳥束の手が、僕の尻の奥に伸びる。
 ん…早速そこ弄るのか。
 素直に嬉しいから、僕は自分からも服を脱ぎ去った。
 指先で窄まりをくいくい押しながら、鳥束はにんまりと笑った。
「斉木さんのイイ顔見るの、好きですもん」

 僕たちは互いに、相手のよがる顔を見ながら手と口と動かし続けた。
「あ、さっ…さいきさ……そんな吸っちゃ、んっ!」
 わざと、口に唾液を溜めてじゅるじゅる音を立てて吸う。鳥束の腿がびくびくと痙攣めいた動きを見せ、同時に、口の中にあるものも元気に跳ねた。
 ふふ…楽しいし、気持ちいいな。
「んもー……こっちだって負けてられないっスね」
 鳥束は右手にたっぷりローションを受け止め指先で馴染ませると、そのぬるぬるの指を窄まりにあてがってきた。
「!…」
「うわエッチだな。こっちもおしゃぶりしたがってるみたいにひくひくして…斉木さんのエッチ」
 くそ、遊ぶな。意地悪するな。
 鳥束の指は、入り口から入りそうで入らない。際をなぞったりちょっと押してみたりと、じれったい動きを繰り返すばかりだった。
 もどかしさについ腰を揺すってしまう。
 それでも、鳥束はねちねちと入り口だけを弄っていた。
 いい加減にしろと抗議の目線を送ると、だって、と鳥束は口を動かした。続きは心の中で唱える。
 だってオレ、しつこいですし。
 なんだよくそ、くそ、さっきの意趣返しかよ。いい趣味してるな。
 孔の中がじんじんと切なく疼いて、いよいよ涙が滲んだ。そのタイミングで、ぐぐっと力強く指が潜り込んできた。
 自分でもびっくりするほど、嬉しくて、即座に締め付けてしまった。
「うっ……」
 声が転げ出るほどに悦ぶ。
「うわ、斉木さんの中あっつ……」
 それにきつきつ
 息するみたいに締め付けてきて、なんかもう…すごい
 初めての時は気付く余裕もなかったと心の中に滲ませながら、鳥束はゆっくりゆっくり、奥までゆっくりと指を埋め込んでいった。
「あはああぁ……」
 それに押し出されるようにして、僕は震えながら長い息を吐いた。

 二本の指を咥え込んだそこが、ねちょねちょと卑猥な音を立てている。ささやかだがやけに耳に絡み付くそれをかき消すように、僕は殊更激しく鳥束のものを唇で扱いた。
「や、ちょっ…さいきさ……さすがにこれは、もう、はなしてぇ……」
 自分でも情けない声と思いつつも、鳥束は上擦った声を上げて腰をガクガクさせた。
 引きはがそうとする手に一瞬逆らった僕だが、思い直し素直に口を離す。でも、やはり未練があって、鳥束のそこに目が釘付けだった。
 見続けていると視えてくる。どくどくと激しく血を巡らせて腫れ上がって、今にも破裂しそうにピクピクわなないている。透けてもなお、僕はそれが愛しく思えてならなかった。瞬きで戻すと表面上もまたグロテスクで、浮き上がった血管とかよく張った亀頭とか長さとかに慄いてしまうけれど、愛しく思う気持ちは薄れなかった。
 これが、この前、僕の中で散々に暴れて善がらせてくれた元凶。
 僕にもちゃんと人並みに性欲があって、快感を受け止められて、普通にセックス出来るのだと教えてくれた塊。
 あの夜を思い出すと息が乱れ、目が眩むようであった。
 目を瞑る。くらくらするのを逃したいのもあるし、透けていない形をはっきり脳に刻みたいからというのもある。そうやって目蓋の裏に思い浮かべると、気のせいでなく後ろが疼いた。腹の底がゾクゾクした。
 浅ましいな僕は。
 それでもやめられない妄想に耽っていると、熱っぽい声で「斉木さん」と呼ばれた。目を開けて見やる。
「ね、こっちきて……」
 正面から抱き合いたいと、鳥束が両手を広げる。僕は倒れ込むようにしてしがみついた。お互い少し汗ばんでいてとても熱い。でも嫌な、不快な熱さじゃない。興奮してるってよくわかる熱っぽさがたまらなくて、僕は隙間なく肌をくっつけた。
『お前の身体、嫌いじゃない』
 こうやってくっつくと、鼓動が直に響いてくる。血の巡る速さとか、動きとかも伝わってきて、腕の強さや息遣いや肺の動きや…とにかく全部が、全然嫌いじゃない。
 自分より十センチ大きいのは、正直ムカつくけど。
「はは…恋人のキライなとこ?」
「っ……」
『うるさい』
 楽しげに笑う口をキスで塞ぐ。
「ん…ちゅっ……」
 好き
 斉木さん好き
 オレも斉木さんの身体好きです
 キスで喋れなくても喋る、うるさい奴。
 一度目と変わりないが、二度目はもっと強烈だった。

「斉木さんて…んちゅ……結構敏感なんすね」
 乳首をちゅうちゅう吸う傍ら、鳥束がそんな事を呟く。
『……そうか?』
「う、っふぅ……あん!」
 まあ…そうか。
 でもしょうがないだろ、お前がねちねち吸うのがいけない。まさか自分のそこがこんなに過敏に反応してしまうなんて、お前に弄られるまで知らなかった。
 知った途端お前は嬉しげに弄りまわして、醜態を晒せと迫ってくる。
「迫ってません、気持ちよくなってもらいたいだけ」
『充分……なってる』
「……もっとです」
「うぅ……ああ、ん!」
 唇で乳輪を食みながらより強烈に中心を吸われ、力が抜けていくような快感に見舞われる。鳥束はそれだけに留まらず、先程のように指を二本後孔に押し込み、同時に刺激を与えてきた。
 僕はまた、細い異物を締め付ける。
「ああ、く…両方、は……あぁ」
「どっちもきもちいいでしょ、もっとしてあげますね」
「いいっ、あ、あああ…ん、は、はっ!」
 鳥束は体勢を決めると、より熱心に愛撫を重ねてきた。身体の内側を指の腹で柔らかく引っかかれ、それだけでもぞくぞくするほどの快感に翻弄されるのに、口と舌とで乳首を舐るのも続けられては声を抑えきれない。
 しかも鳥束の手はもう一本ある。その手は僕のもう片方の乳首を弄るのに夢中だ。
 僕は両手をただわななかせて、無様に泣き狂うしかなかった。
「い、いいかげんにしろっ…ああぁ、ん、んん!」
「あは…いいかお、とろけてる…斉木さんかわいい」
「かっ……かわいくなっ…あ、あひ、ああ、あぁあ!」
 悪態ついてやりたいのに、口を開くとみっともない喘ぎになってしまう。蹴りの一つもくれてやりたいのに、鳥束の喜ぶ反応しか出来ない。
 追い払うように頭を振りたくる。
「と、とりつか……」
「なあに、いますよ、ほらね」
「な、なぁ……」
 気持ち良いけど、後ろ弄られるの切ない、指でされるの気持ちいいよ、でも、鳥束のがほしい。欲しい。
 ここに入れてほしいと、自分から大きく足を広げる。
 鳥束はうっとりと目を潤ませた。
「すっげうれしい……でも、もうちょっとだけ」
「うひぃっ……ぐぐ…あん!」
 三本目の指を潜り込ませぐりぐりと内部を刺激しながら、鳥束は飽きもせず乳首を蹂躙する。

 お前、自分の見てみろよ。ほらそれ…痛いくらい勃起してるのになにやってんだよ。
 くそ、くそ…早くほしいよとりつか
「かわいい…おれ、その顔だけでいきそ」
 だめだからな、そんなの許さないからな

「い、いれたくないのか?」
「はっ……そんなわけないでしょ」
 鳥束の手が、殊更優しく頬を撫でる。
「もうぜんぜん……我慢出来ないくらいですけど、あのね……」
 言いにくそうに口ごもるが、僕には筒抜けだ。
 入れた途端、即座に爆発するのが怖くって、躊躇しているのだ。
「ぷふっ……」
 可愛いと思えて、つい笑ってしまう
「もお……アンタのそういうとこ……」
「恋人のキライなとこ?」
「ばか…だいすきっす」
 一緒にいるのがすごく嬉しいのに、突然すごく怖くなったり苦しくなったり、不安でたまらない気持ちがまた好きで塗り替えられていくところ…大好きです。
 鳥束の唇が重なってくる。
 僕は抱きしめて応え、自分も同じように怖くて苦しい、そして大好きだと気持ちを込める。

「い…入れますね」
「……うん」
 ちょんと、先っぽが触れた。ただそれだけではぁふぅと息が引き攣った。
 鳥束の先端がぐぐっとめり込んで、更に息が乱れた。
 どんな顔で僕の中に入り込んできているのか見てやりたかったが、とてもそんな余裕はなかった。
 腰が抜けそうな強烈な痺れに翻弄され、浅ましい声を抑え込むので必死だった。
 孔を一杯まで拡げて、鳥束が根元まで潜り込む。
「ああぁあ……っ!」
「も……、ぜんぶ……はいった」
「お、う…ほんとか?」
 鳥束は小さく頷き、僕の手を掴むとそちらに導いた。ちょっと怖かったけども、ちゃんと確かめたい気持ちの方が勝って、僕は引かれるまま素直に触れてみた。
「うわ、ぁ……」
 本当に入っていると、指先でそれを感じると、ぞくぞくっと背筋を快感が駆け抜けた。勝手にがくがくと顎が震え、いった時のような心持ちになる。そうと自覚するとより強い快美感が込み上げてきて、ただ寝転がっているだけが耐えられなくなり目の前の鳥束にがむしゃらにしがみ付いた。
「なか…なかきもちいい……!」
「オレもいっすよ……斉木さんの中、とけそ……」
 詰まった声で訴えれば、鳥束もまた同じように呻いて伝えてきた。
 ああ、ああ…しばらくこのまま、浸っていたい。鳥束のが入ってるの…たまらない。
「だからごめんなさい斉木さん……」
「な…に……?」
 だのに、鳥束に片足を高く持ち上げられ邪魔される。
「動きたいっ……!」
「あ?……あっ!」
 持ち上げた足を肩にかけ、鳥束がぐうっと身を寄せた。それによって深まる結合に思わずと慄きの声を上げ、僕は半ば無意識にずり上がった。
 鳥束の手が両肩をがっしりと掴みベッドに押し付ける。
「逃げないで斉木さん……」
「ひ、あ、…あっ……あぁっ!」
 鳥束はゆっくり腰を引くと、今度は強く打ち付けてきた。
 突如始まった激しい突き込みに僕はただただ叫ぶしかなく、鳥束の好きに揺さぶられながらみっともない喘ぎ声をまき散らした。
「ああ、あっ、あひ、いぃ……ぐ、い、い、いいぃ!」
「ああすき…すきだよさいきさんっ……すき、ねぇ!」
 激しくすればするほど自分の気持ちが正確に伝わる…なんて思っているのか、鳥束は一切の容赦なく僕の孔を穿ち続けた。
 身勝手な行為ではあるが、そこにあるのは紛れもなく僕へのまっすぐな感情で、だものだからどんなに苛烈でも僕は痛みや苦しさを感じる事はなかった。
 ただひたすら、鳥束の大きすぎる恋情に飲まれ溺れもがくばかり。
 独りよがりだったらどんなに僕を思っていようがこれほど狂う事もなかっただろう。それどころか冷めていくばかりだ。向こうが僕に向けるのと同じだけ僕もコイツを愛しく思っているから、だからこそ、恥ずかしいほど燃え上がってしまう。

「さいきさん…ぐすっ……すきぃ」
 なに泣いてんだ、ばか
 摩擦で火を起こすつもりかって言いたいほど猛烈な抜き差しに翻弄されながら、僕は懸命に舌を伸ばして溢れた涙をすくい取った。あー…おかしくなってるんだな。涙が甘いなんてはずがない。でも実際に甘い。花の蜜のように、すっと溶ける甘さが舌に広がった。
「と、とりつか……あ、はぁっ…とりつか、もっとぉ」
「すき…さいきさん…さいきさん……」
「い、いっ…いく、もういく……!」
 音がするほど身体をぶつけられ、急速に射精欲がせり上がってくる。目の端で自分のそれをそっと伺うと、鳥束の動きに合わせてぶるぶる踊り狂いながら白い涎をまき散らしていた。
 ああいく…いってる。いってるのもわからない。もうわからない。
 よすぎて身体おかしくなる
 鳥束、とりつか、とりつか――!
「も、もお……おかしくなるっ……!」
「おれも…おかしいの……斉木さん出すよ…出る、いい?……出していい?」
 不意に声を潜めて鳥束が囁く。普段滅多に聞かない這うような低音に震えが止まらない。
 そんな中、奥に熱いものが浴びせられる。
「くぅっ……!」
「あぁっ……あ、あー……」
 鳥束は目を瞑り、震えながら声を絞り出した。
 すぐ間近でそんな風に恍惚に浸る様に、僕はじっと注目した。
 両手は少し乱暴に僕の肩を抱いてる、離さんぞと言わんばかりに力がこもっていて、痛くないけど、痛いくらいだ。
 鳥束の頭の中は「気持ちいい」と「幸せ」とで一杯になっている。それがどんどん僕に流れ込んでくるものだから、僕も錯覚して、思わず、涙ぐんでしまった。
 泣くなって言った自分が泣いてしまうとはとうろたえる。
「だめっすよそんなこすっちゃ……」
 慌てて擦り取っていると、鳥束の手がそれを掴み何の躊躇もなく自分の口元に持っていった。
 舐めるのかとギョッとなる。
 それとはまた別に手袋のもろさが気になって、少し血の気が引いた。
 僕の不安が伝わったのか、鳥束は思いの外そっと唇を押し当てると、甘いとうっとりしながら呟いた。
「ばっ……!」
 ばかじゃないか、ばかじゃないか!
 引いた以上に血が上り、一瞬息が乱れた。
 同じことするな、同じこと思うな!
 僕は衝動のまま握り拳で鳥束の肩と言わず腕と言わず何度も叩いた。
「いた、いたいよ斉木さん、もぉ……めっ」
 子供をあやすように言って、鳥束は両の手首を掴み頭上へと引っ張った。また殴り足りない僕は抵抗したが、鳥束の再びの猛攻に半ばで力が抜けてしまった。そうだったコイツ、一回や二回いったくらいじゃ、萎えないんだった。一度目もそうだったよな、達した端から回復して、抜かないまま何度も挑まれて、全身指の先までとろける思いを味わったっけ……。
「あうぅ……んん!」
「きもちいいの?」
「あ、いい、うん……おく、に……もっと」
「苦しくない?」
「へいき、あ…あっ……いいから、とりつか!」
 じれったさに身をよじり、自ら腰を押し付ける。
 その反応に鳥束は一瞬驚き、嬉しげに目を光らせた。妖しい、ぞっとする輝きに、僕はひゅっと息を飲んだ。
 鳥束は腕で僕の頭を閉じ込めるようにして、口付けてきた。唇を重ねべちゃべちゃといやらしいキスをしながらがつがつと深奥を抉るものだから、僕はなりふり構わず叫びをあげた。

 正面から何度も挑まれ、ひっくり返され四つん這いで後ろから抱かれ、また仰向けにされて、僕たちは飽きもせず相手の身体を貪った。
 ゴムを変える際に、僕はまた鳥束のをしゃぶった。散々抱かれて息も絶え絶えで、だのに更に苦しい思いを自分からしにいくなんて頭おかしいと思いながら迎えにいく。でもだって、純粋に愛しい気持ちがあったし、鳥束は嬉しがってくれるし、いい事尽くめじゃないか。
 ただ、少し疲れているせいでちゃんと満足させてやれるか自信がない。
「もういっすよ」
「よくないか……?」
 だから、あっさり身を引く鳥束にひどく不安になってしまう。
「ちがいますよ、逆です、よすぎて斉木さんの顔汚しちゃいそうで……へへ」
「……うん」
 心の声もそう言っていた。いいのに。お前の好きなやつの一つだろ、それ。だから僕はいいのに。
「また今度ね」
「……うん」
 また今度があるなら、今はいいか。酸欠で上手く頭が働かないせいで、もう少し色々言いたいその色々が思い浮かばず、鳥束の微笑でごまかされた気がするが、今度があるならいいにする。
「今日は全部、斉木さんのこっちでいかせて」
 鳥束は優しく仰向けに寝かせると、後孔に先端をあてがった。

 入れた瞬間から鳥束は激しく動いて、その癖僕の敏感な個所を的確に責めてくるものだから、僕はあっという間に絶頂へと押し上げられた。
 腰の奥に重い塊が落ちていくような奇妙な快感に翻弄され、僕は髪を振り乱して甘ったるく啼いた。
 その様をまっすぐ見下ろし、鳥束は嬉しげに目を細める。
 余裕ぶった顔しやがってと腹が立ったが、それ以上に愛しさが募り、かき抱くようにして引き寄せ口付けた。
 初めはこちらから、すぐに鳥束主導になり、いやらしいキスに酔いしれる。

 塞がれた口の中で何度も叫び、間近に迫った極まりに身を固くした。
 ああこれ…だめ…だめだとりつか、だめになる…なる、いくいくいく――!
「ぐぅ、ううう! あうぅー!」
 濁った悲鳴を上げてもがきながら、訪れた解放になりふり構わず腰をうねらせる。互いの腹に挟まれた性器がびくびく脈打ちながら、白いものを吐き出す。
「あ、締ま…って――!」
 間を置かず鳥束も射精し、僕の奥に熱いものをぶちまけた。
 それをそうと感じ取れるまではあっても、気持ちいいとか幸せだとかは信じちゃいなかった。でも身を持って体験したのだから、これで二度目なのだから、僕はいい加減認めなければいけない。それに実際の回数で言ったら数えるのも恐ろしいほどだしな、観念するか。
「はぁ――、はぁ……はぁあ……」
 身体中、頭の中までとろとろに溶けそうな思いに呆然となって、僕は針の振り切れた瞬間に酔いしれた。
 二回…三回…四回。
 鳥束の性器から熱いものが放たれるのを、僕は無心で数えた。身体の奥にあって見えるはずないのに見える気がするのは、超能力のせいだろうか。
 なんでもいいや。
 しあわせだ。
 鳥束に力一杯抱きしめられて、たくさん気持ち良くしてもらえて、苦しくてたまらないほどしあわせだ。
 それに合う表情になって、僕は静かに目を閉じた。

 


 

「はい、あーん……気を付けて」
 口元に運ばれるコーヒーゼリーに、僕は素直に口を開けた。
 コーヒーゼリーは嫌いじゃない。全然嫌いじゃない。申し分ない味だ。ただ、この状況がな。
 なんか…病人か高齢者の介護みたいだな。
 ベッドに寝転がり、背中に枕やクッションをいくつも重ねて頭高くして、その状態で僕は鳥束に甲斐甲斐しく世話されていた。
 あの後、確かにすぐには起き上がれなかった。あれだけ激しく抱かれた後だ、そんなすぐにひょいひょい身軽に動けるわけがない、が、だからといって何から何まで鳥束の手を借りなくたって、ゆっくりであれば風呂場に行けるし自分で身体を洗う事も出来る。
 だというのに。
 鳥束はとにかく先んじて動き回った。
 風呂に入る時。
 身体を洗う時。
 上がった身体を拭く時。
 まるで王様に仕える従者のように振舞ってくれて、お陰で僕は非常に居心地が悪い。
『お前って、意外と過保護なんだな』
「あ、え?……そうすか? ん−、自分じゃちっともそんな事ないと思うんスけど」
 僕の希望したぶどうジュースのコップを寄越しながら、鳥束は首をひねった。自分じゃいまいちピンと来ない、そんな顔だ。
「斉木さん、お嫌でしたこういうの」
『うーん』
 嫌だ、とはっきりしたものではないが、むず痒くて落ち着かないぞ。
 ぐびっとコップを傾ける。丁度良い甘酸っぱさにほっと息が出た。僕は一気に飲み干し、サイコキネシスでおかわりを注いで鳥束に渡した。
「どもっス。あの、あんま構うのいやっすか? 恋人のキライなところ?」
 鳥束はコップの中を見つめたままぼそぼそと喋りかけてきた。急に不安になったようで、心の中で色々言い訳している。

 オレは別に全然嫌じゃない、苦じゃない
 斉木さんを甘やかしたい、甘えてもらいたい
 とても良い思いをさせてもらったから、そのお礼みたいなもので
 たくさんたくさん、斉木さん構いたい
 だってそれが一番嬉しいから
 しあわせだから

 やれやれ、幸せだというなら仕方ないな。
 ひと口も飲まず持て余しているぶどうジュースをサイコキネシスで取り上げ、僕はすかさず鳥束の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「おわっ、あわわ!」
 あたふたするさまが可笑しくて、小さく笑いながら口付ける。
「いや、好きなところだ」
「!…」
 斉木さぁん
 しょげていたのがたちまち回復して、元気一杯に抱き着いてきた。
 そうだよ、お前はそうやって無邪気に笑ってろ。
「大好きぃ」
 満面の笑みで首筋に顔を埋め、クンクンスーハー匂いを嗅いできた。それだけでは飽き足らず、両手で尻まで揉む始末。

 やれやれ…調子付いて煩悩全開になるのは、ちょっとキライなところだ。

 

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