いきぐるしい

 

 

 

 

 

「あ、チャンネル替えていっスか」
 鳥束がそう言ってリモコンを手に取る。
 単発のドラマを見終わり、コマーシャルに移ったところで軽く感想などを言い合って、ひと息ついた時だった。
 なんだ、お気に入りのアイドルが出るバラエティでも見るのかと思いながら注目すると、目に飛び込んできたのは、割と真面目系の高山植物がどうこう紹介する番組だった。
 オープニングを見ながらちょっと唖然としてしまった。
 間違ったかそれともウケ狙いか。
 などと思うもとんでもない、鳥束は至って真面目だった。
 標高の高い場所にしか生息しない小さく健気でしたたかな存在に、意外にも見入っている。
「いやね、朝新聞チェックした時、覚えてたら見ようって思ってたんスよ。絶対見たいってほどでもなかったんスけど、割と好きな方だから思い出せて良かったっス」
 僕はそんな奴の横顔に見入ってしまう。
「あ、なんスかぁ?」
 似合わないって言いたげっスね。
 続く言葉は心の中で唱えられた。
 いや、だってなあ。
 無遠慮にジロジロ顔をうかがってしまう。
 鳥束は居心地悪そうにこちらをチラチラ見ながら、寺生まれだぞとか、舐めないでほしいっスとか、心の中でぼやいていた。口先でもブツブツ零していた。
 まあ、うんわかった。何かスマン。思う存分楽しんでくれ。
 僕だって、見たい番組を邪魔されたらいい気分しないからな。テレビに顔を向ける。

「いーなー…一回自分の目で見てみたいなあ」
 今度、思い切って行ってみようかな。
 ゴロゴロとした岩だらけの斜面にへばりつくようにして、薄桃色の花畑が広がっているのを見ながら、鳥束はうっとりともらした。
 それを聞いてまた驚きがぶり返してしまう。
 コイツが女性以外で積極的になるとは!
『そもそもお前、登山とか出来るのか?』
 案内人の格好を見るに、靴とか装備とか、冬山登山ほどではないが、着ているもののシャツ一枚とっても、気温に適応する為の特殊な繊維で出来たもののようだぞ。
 運動嫌いのお前に耐えられるのか?
「えー、そこはほら、斉木さんの超能力で一瞬で、ほら!」
『ほらじゃねえよ』
 そんな事だろうと思ってたよ。
 鼻から息を抜く。
「ああやっぱダメかあ」
 がっくりとテーブルに倒れ伏す鳥束を冷ややかに見つめる。
 駄目に決まってるだろ。むしろなんで『よしわかったまかせろ』となると思ったんだよ。
 お前何年僕と付き合ってるんだ。
「へーい……でもですね、一回この目で見てみたいのは本当っスよ」
 ああそうだな。心の声もその辺りは偽りなしと僕に教えている。
『地道に一歩ずつ山を登るか、あるいはホームセンターとかで買うとか』
 母はよく、花の苗をホームセンターで買ってくる。花から野菜から、なんでも売ってるというイメージだ。
 鳥束は起き上がると、僕に微笑を向けた。
「ん−、……まあ、山野草もある事はあるんですけど」
 少し歯切れの悪い答え。
 まあそうだな、鉢に植えられ売ってるものを見るのと、実際にそこに根付いているものを見に行くのとでは、気分が違うよな。
「ええそれもありますし、植物って、育つそれぞれの環境があるんスよ」
 鳥束は説明を始めた。

 山のずっと上の方、涼しい寒い場所が丁度良いからそこでずっとずっと生き残ってる植物を、平地に持ってきても、結局は弱って枯れてしまうんです。
 日当たりがちょっとでいい、たとえば大きな木の根元で、葉の隙間からちらちら日が当たるくらいが丁度良い植物を、一日中日向に置いたら、あっというまに弱って枯れちゃう。
 他にも、川沿いの湿度が高い場所がいいとか、岩がゴロゴロしてる乾いたところがいいとか。

「植物だってそうそう枯れたくないから、頑張って適応するのも結構いますけどね。でも出来るなら、自生地の環境に近付けてあげた方がよく育ちます」
 ふうん。ちょっと、勉強になった。
『……鳥束の癖に』
「あっはは、もー。人間だってほら、暑い方がいいとか寒い方がいいとか、賑やかなの好き、静かなの好き、色々じゃないっスか」
『ああ確かにそうだな。僕は静かな方がいいんだが、お前みたいに騒々しい奴の側ですっかり――』
「ちょおー! 言わせないっスよ!」
 途中で言葉の続きを察した鳥束は、大声でかき消そうと躍起になった。
 馬鹿だな、テレパシーはどんなものより強力だというのに。
「!…」
 と思ったらキスされた。ほうこれは中々、とごく近い顔を伺うと、非常に必死の形相。
 馬鹿だな。
 やれやれ本当に…馬鹿だな。
 そんなに悲しそうな顔しなくたって、僕はお前ごときじゃ弱らないし枯れてなくなる事もない。
 だからそんなにしがみついてくるな。
 くしゃくしゃと頭を撫でてやる。
 そこでようやく鳥束は顔を離した。
 真剣なあまりおっかない顔をしている。お前が怖い顔したって全然迫力ねえよって言いたいところだが、ちょっと圧されてる。
「オレは、斉木さんの側が一番居心地がいいんスから」
 涙声やめろよ、大げさだな。
 笑いかけてやると、泣きそうな顔で笑い返してきた。

 斉木さんの側が一番気が楽。
 そりゃ今までも寂しくはなかった。
 いきぐるしいって感じたことはなかった。
 どこでも幽霊たちは優しくて賑やかで、穏やかだったし。
 周りの声も大したことなかった。
 自分がこんな性格で良かった。
 もしいちいち考えちゃうヤツだったら、絶対病んでたな。
 これで良かった。
 そうやってやってきて、斉木さんに会った。
 オレの見る世界を知ってくれた初めての人。
 斉木さんに会って、色んな事が変わった。
 知らなきゃ比べようがなかったこと、比べようとか思ってもなかったこと、全部が変わった。
 いきぐるしいと感じたことはなかったけど、斉木さんに出会った事で ちょっと、少し、歩きにくかったんだなって知った。
 だから、斉木さんの側が一番居心地がいい。

「………」
 おいこら、いっぺんに考えるんじゃない。受け取るこっちの身にもなれ。
 あんまり熱烈だから血が上りそうだし、あまりの情報量に血の気が下がりそうだし、どっちいったらよいやら拮抗して大変なんだぞ。
 もう少し超能力者に優しい物の考え方をしてもらいたいものだ。

 僕はいきぐるしかった。
 こんな呪われた力、捨ててしまえたらっていつも考えていた。
 何度も失敗して、ならせめて静かにひっそり歩く事ばかり考えていたところに、お前が現れた。
 恐ろしいほど欲望にまっすぐで、その部分は人間として最低だなとうんざりするが好きじゃないにしろ嫌いに位置づけるほどでもなかったけど、生まれ持った能力を否定もしないものだから、僕は遠慮なく大嫌いに押し込んだ。何日も何日も、何ヶ月経っても、その位置は揺らがなかった。
 大嫌いだし、こちらのこと知ってるから遠慮する事なく力を使って懲らしめたりした。
 そんな事を何ヶ月も繰り返していて、ある時ふと気付いた。
 あんまりいきぐるしくないって。
 僕もコイツに出会って、色んな事が変わったんだなとわかった。
 自覚した途端あれよという間に執着心が膨れ上がって、ずっと傍にいたいなどと考えるようになってしまった。
 まさか、自分が。恋愛感情などずっとわからないままで終わると思っていた自分が、こうもあっさりと誰かのものになるなんて。
 そりゃ葛藤はした。コイツにも自分にも言い聞かせた。単なる気の迷いだ勘違いだ、一時的なもんだからすぐに醒める、とっとと目を覚ませと、振り払おうとした。
 振り払った先の事を考えた時…そうしたらもうコイツはいないんだと想像した時、深い穴の底に落ちていくような怖さを感じた。
 ここにいるのも怖い。そりゃ。失敗が思いの外堪えているから。でもいないのはもっと怖くなった。
 考えて考えて認めたら、怖さを上回る安心感があった。怖さは消えていないが、その時はその時だってある意味開き直ることができた。
 だから、コイツといるのが一番居心地がいい。


 エンディングまで一緒に静かに視聴し、スタッフロールが流れる中、僕は伝える。
『今度、気が向いたら連れてってやるよ』
「え……北海道っスよ?」
 ふん、北海道だろうが地球の裏側だろうが。
「あ、オレの為ならひとっとびっスか!」
 わかったぞ、と満面の笑みで見てくるな。
 そんなに目をキラキラさせるな。
 やれやれ無邪気な顔しやがって。
「やったあ嬉しい、約束ですよ斉木さん。やったあ!」
 もー大好きっ
 感情のまま鳥束はぎゅーっと抱きしめキスしてきた。

 いきぐるしくなるからやめろ

 

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