すごくめんどくさい

 

 

 

 

 

 僕の部屋のベッドは大体100cmのシングルサイズで、寝相はそう悪い方じゃないのでこれで充分ぐっすり眠れている。
 でも畳に布団も良いものだと思う。小学生の頃に住んでいたアパートでは畳に布団だったし、時々訪れる母の田舎でも、客用のふかふかの布団が用意されていた。
 僕は大の字になって寝る癖はないが、そうやって手足を投げ出しても宙に浮く事はなくて、しかも畳の独特の包容力はとても魅力的だし、快適だと思う。
 ただ…修学旅行の時、白目をむき爆音いびきをかく燃堂と、顔に毛布を掛けブツブツ寝言を垂れ流す海藤に挟まれてとんでもなく災難だったので、全部が全部良いとは言い難いが。

 それと、最近増えた鳥束んちに泊まる際のことも、良いか悪いかは割愛させてもらう。
 いや、寝心地は決して悪くはないんだ。布団自体もきちんと用意されてるし、きちんと干してしっかり管理してるのはよくわかるし、何の問題もないのだがしかし、寝入るまでにいちいちひと悶着あるのが、なあ。難儀で。
 何かというとアイツが一緒に寝たがるんだ。布団に潜り込んでこようとするし、ちょっとやそっと蹴ったくらいじゃ全然めげないし、大抵はナニ事のあとなので僕も抵抗がかったるくて一緒に寝てしまう事もよくあるのだが、お前の布団は横にあるんだからそっちでノビノビ寝ろよと、いつも思う。
 まあ、一緒の布団にくるまればそれはそれで、ぬくぬくしていつもより寝付きが良くて目覚めも良くて、ちっとも悪い事なんてないのだがなんというか、近さが慣れない、のだろうな。
 うんと小さい頃なら、母なりあいつなりと一緒に昼寝したりもあったけれど、長じてからはずっと一人で寝ていたので、同じ布団にぴったり二人くっついてというのに不慣れで、変に身体に力が入ってしまうのだ。
 寝相はそう悪い方じゃないし、制御装置のお陰もあって寝返りで近くの物を壊すとかはないのでその心配はしてないのだが、自分のじゃない寝息がすぐ近くにあるのは、本当に…くすぐったい。
 まあでも全然嫌いじゃないから、きっといつかは慣れていくと思う。

 

 

 

 といった感じで度々鳥束と一緒に眠る事が増え、今日もまたそのようにして朝を迎えたのだが、今、すごくめんどくさい事になっている。
 早朝トイレに行こうとした鳥束に、眼鏡を踏み潰されたのだ。
 眼鏡は枕元に置いていた。つまり、そもそも、そんな所に置いた僕が全面的に悪いのに、鳥束はびっくりするほど落ち込んでしまった。
 復元能力ですぐに戻したから弁償なんてしなくていい、悪いのは僕だとなぐさめても、回復の見込みなし。
 やれやれ参った。
 なんだよお前、普段はもっと規則やぶりひどくてヘラヘラしてるのに、なんでこれでそんなこの世の終わりみたいにしょげてんの?
 だったら普段からもっとそれ全面的に押し出せよ。
 お前のツボよくわかんねえな。

「いや、だって……物を大事にしてないみたいでヤなんスよ……」
 蚊の鳴くような声。
 お前な。お前はもっと別に気にしなきゃならんとこ一杯あるだろ。そうやって真面目に反省するのは悪い事じゃないけどな、今ここでじゃない。
「オレ……全然斉木さんないがしろにしてない……」
 ちょ、おい、そんな涙ぐむほど落ち込むとか勘弁してくれ。
 床の上に正座して、今にもぺしゃんこになりそうなほど身体丸めてぼそぼそ喋るのやめろ。
 僕は一生懸命なぐさめた。
 言葉で、全然気にしてないよーと伝えてみた。あまり効果なし。
 うーん。
 すっかりうなだれた頭を優しく撫でながら、元気出せと言ってみた。ますますへこんだ。
 うーん。
 いつまでもウジウジしてる奴は好きじゃないって言ってみた。そうですよねと儚い笑みを浮かべた。
 うーん!
 すごくめんどくさい。
 どうやったら元気になるんだコイツ。
 元通りにするツボはどこだ?
 こういうタイプの人間は、どうしたら元気出るんだ?
 これで本当に素っ気なくしたらコイツ、思い切った事しそうだしな。
 こうなったらもう、いっそ時間巻き戻したくなるな。寝るところまで巻き戻して、眼鏡かけたまま寝るを選択したくなる。

 こんな奴だとは思わなかった。
 意外に繊細なんだな。
 大抵のこと、大それたことでもヘラヘラ笑って「別にいーじゃないっスかぁ」と周りを苛つかせるとか思ってた。
 鳥束スマン。

 ということで、わかった。
 うやむやにしようとするとかなあなあで流すとか変になぐさめるとかやめるわ。
 ちゃんと向き合って済ませるべきだな。
『という事で鳥束』
「……はい」
『まずはトイレ行ってこい』
 おそらくだが、尿意を我慢してるから思考もぐちゃぐちゃになるんだ。
 せき止めてるもの出してスッキリしてこい。
『話はそれからだ』
「はい……すんません!」
 かなりギリギリだったようで、鳥束はすっ飛んでいった。

 

 

 

「やーすっきりしましたぁ」
 うん、もうね、顔に書いてある。バッチリと。
 憎たらしいほど清々しくて、ちょっと笑える。
 余計ともいえる悩みを解決した分眼鏡の件に集中する事が出来るようになって、真剣ではあるが先程のような悲壮感はなくなっていた。どうやら一緒に流したようだ。はあよかった、めんどくさかったな。一歩前進だな。
「それで斉木さん、オレは、どのように落とし前つけたらよろしいでしょうか」
 きりっと、真面目で厳しい顔付きで僕をまっすぐ見つめてくる鳥束。まだちょっとめんどくさいが、さっきよりはずっといい。
 さて、なにがなんでも決着をつけたい、意外と義理堅いのはよくわかった。
 じゃあやっぱりここは定番の――。
「やっぱりここは、身体で支払うのが筋っスかね」
「……は?」
 あまりの鳥束ぶりについ声が出てしまった。お前真剣な眼差しでなにふざけてんだ。
 待て待て待て――という間もなく距離を詰められ唇を塞がれた。同時に股間を僕好みの絶妙な力加減で包み込まれ、流されそうになる。
 いやだから待てって。お前も、僕の身体も!
「んむっ……」
 力強く入り込んでくる舌に、あやうい声を出してしまったのが運の尽き。
 間近の顔がにっこり微笑む。ああくそ、なんだよその顔は。もっとあくどい顔してくれれば遠慮なくぶっ飛ばす事も出来るのに、なんだってそんな、心底ほっとした顔するんだよ。
 股間の手がゆっくりと動き出した。
 お前なりに真剣に考えた結果の「支払い」が、僕の身体をあっという間にとろけさせる。
 くそ、くそ…もういい、抵抗するのめんどくさい。
 だから鳥束、気が済むまで支払えよ。
 布団の上に仰向けになって、僕は目を閉じた。
 今日が休みだからと昨夜も身体を重ねそれなりの回数貪ったのだが、こうして挑まれるとたやすく熱が吹いて昂ってしまう。
 鳥束がのしかかってくる気配にそっと微笑む。
 まったく、どれだけ鳥束の体温や匂いに馴染まされたやら。
 そうはいっても自分から抱き着きにいくのだから、僕はどれだけたやすいだろうな。

 

 

 

 鳥束の言うところの「支払い」をたっぷり受け取った僕は、今現在鳥束のベッドでぐったり休憩中。
 最中はすっかり興奮して行為にのめり込んだが、熱が引いて頭と身体が落ち着くにつれ、流された事に対する後悔諸々がぶり返して、何とも言えぬもやもやに悩まされていた。
 あと、単純に疲れて動くのが億劫になってて、更に腹も空いてぐったりしている。
「斉木さーん、遅くなりましたけど朝ご飯出来たっスよ」
 対して鳥束は上機嫌だ。
 ガラッと引き戸を開けて入ってきた顔は憎たらしいほど清々しく、自分基準できっちり「支払い」出来た事に大変満足して…その中には最中の僕の反応も大いに含まれている…晴れ晴れとした顔をしている。実に実に憎たらしい。
 ああ確かに、ちょっとかなり盛り上がったよ。なんせ、この上なく真剣に事に及んだ鳥束にたっぷり丁寧に愛されたからな、僕重視で全力で励まれたわけだから、そりゃ良いに決まってる。
 だから鳥束、最中の僕を反芻するのやめろ。
 散々揺さぶられながら「許す、許す」ってボロ泣きしてたの認めるからもういいにしろ。いい加減にしろ。
 わかったわかった、許した、許したから、もういいだろ!
 いいにしてくれ……

 鳥束が用意した朝食は、三角おにぎりと卵焼きと焼き魚にたくあん三切れが一つの皿にのっており、そこに味噌汁が足されたものだった。
 恥ずかしくて頭がぐらぐらして、それが怒りでぐわんぐわんに変わって、でも疲れがそれらの発散を妨げ非常にもやもやしているところにやって来た見るからに美味そうな朝食に、全てがどーでもよくなってしまった。
 奇麗な見た目、いい匂い、空腹…もう、ぐるぐる考えるのめんどくさい。すごくめんどくさい。
「どーぞ召し上がれ」
 よっぽど物欲しそうな目をしたのだろう、鳥束は小さい子をあやすような顔で微笑んで促してきた。
 その顔は少し癪に障ったが、超能力者だって食欲には勝てない。
 些細な事は後回しだ、今は何も考えず、握り飯にかぶりつこうではないか。
「いただきまーす」
 いただきます。
 僕たちは手を合わせた。

 きっと今日もまた、この後もまためんどくさい事が起こるんだろうな。
 そんな予感がひしひしとする。
「どっスか斉木さん、魚の焼き加減とか。今日は結構綺麗に焼けたんスよ」
 そんな僕の密かな悩みなどお構いなしのお気楽な声が、褒めて褒めてとじゃれついてきた。
 出来るだけ素っ気なく目を合わせる。対して鳥束の眼差しは煌めきどこまでも透き通っているようだった。
 すごくめんどくさい…でも、コイツにはゲスでもなんでもいいから笑っていてほしいから、その為に出来ることはなんでもしようと思う。

 

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