お題ひねり出してみた
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鳥斉お題『仕方なく おでこにキス。』
と出題されたので、鳥斉でひとつ挑戦。
仕方なく―斉誕編―
「斉木さんおはよーっス!」 元気よく玄関を開け、元気よく挨拶しながら鳥束が入って来た。 いや入ってきたはおかしいか、ここはアイツの家でもあるしな。 じゃあ、帰ってきた。うん、帰ってきた。時刻は朝の九時過ぎで、別にこれは徹夜で遊び惚けて朝帰り…というわけじゃなく、今日までの約一週間、鳥束は実家に帰省し向こうの家業つまり寺のあれこれを手伝っていた。 出掛ける際何が何でも今日には帰ると宣言した通り、鳥束は夜行列車にごとごと揺られて帰ってきた。 ぐっすり寝たから元気なのか、寝不足だから逆に元気なのか、はたまた今日だから元気なのか理由は定かではないが、鳥束はやけに血色の良い頬をぴかぴかさせて帰ってきた。 『よし、おかえり』 思うところは色々あった。この一週間静かに過ごせてよかったが、この一週間、何もかもが物足りなかった。多分常人でいうところの風邪の初期症状みたいな状態で、もやもやすっきりしない毎日を送っていた。 それでも帰ってきたら帰ってきたで『うわ鬱陶しいのが』なんて思う始末。 とはいえ、自分もだいぶ落ち着いてきたとは思う。以前なら無駄に反発して跳ねのけていたのを、今はこうしてしっかり正面から抱きしめてやれるようになった。何事もなく無事に帰って来たか、良かったと、素直に労わってやれるようになった。 「はぁ……斉木さんただいま」 帰宅直後の元気はどこへやら、鳥束は情けない声を出しながらおっかぶさるようにして抱き着いてきた。 「それと、お誕生日おめでとうございます」 強く強く抱きしめながら、鳥束は大事そうに綴った。 それ、今日になった瞬間もう貰ったぞ。とは言わないけどな。多分絶対今年もそうするだろう、でも今年は起きてるのはやめよう、眠いし寝てようって思いつつ眠れずに、メッセージを心待ちにしていたからな。 今夜の本祝いの際にまた贈られるだろうが、何回でも僕は受け取る。出来るだけ素直に。 だってやっぱり嬉しいじゃないか。何よりも自分を最優先にしてくれる、自分を特別だと思ってくれる存在がいるって、嬉しいことじゃないか。 そりゃ、ちょっと、悪いなとは思うけれど、嬉しいなって喜んでしまう。 だから僕はありがとうを込めて抱き返す。 ああ…落ち着くな。このちょっと息苦しいのがまた落ち着く。まずいな、こりゃ鳥束を変態ってもう言えないな。でもしょうがない。腕に締め上げられて物理的に苦しいのと、満たされて更に行き過ぎて胸が苦しくなるのと二重の意味で苦しいのが、何とも言えず心地良いのだ。トリップ状態なのかもな。 なんにせよ落ち着く。精神的にいく。 しかし鳥束はこの接触だけではやはり物足りなかったようだ。そうだよな、僕でさえ欠けに悩まされたんだ、変態クズのコイツじゃ尚更だ。 いきなりのねっとり濃厚なキスも仕方ない。 それで一気に煽られる僕も仕方ない。 だってこうするのは一週間ぶりなんだ、僕もコイツも。 このままなし崩し的におっぱじめたとしても、仕方のないことなのだ。 驚きの元気一杯を見せた鳥束だが、毎日朝早くから全力で駆けまわった実家での一週間…正確には六日と少しは、やはり身体に堪えていた。 本人はまだまだ続けたいようだったが、これでぶっ倒れてしまっては目も当てられない。僕だってそりゃしたい事はしたいが、無理させてまで続行するほど溜まっちゃいない。鳥束の身を案ずるくらいの心はある。 脳内子守唄で強制的に眠らせて、僕も隣にお邪魔する。 それだけでも充分、満足出来た。 やたらに匂いを嗅いでくる鳥束ほどじゃないが、僕だって安心する環境ってものがある。 この、六日と少々、気楽で良かったしなんともいえず身体が動かしにくく何をするにも億劫に感じていたこの数日を、鳥束の隣で二度寝する事で解消する。 「………」 かー、こー。 耳を澄ますと静かな寝息が聞こえてきた。 とりつか、鳥束。 「……おかえり」 お前がずっといるのは疲れる。 いないのはもっと疲れる。 どうせ疲れるなら、ずっといろ。 そんな感傷に浸ったのが悪かったのか。 起きてからの鳥束の鬱陶しい事といったら! ひと眠りしたことですっかり回復した鳥束は、いつもの調子でいつも以上に僕に絡んできた。 まあ、わかっていたから余裕であしらえるけどな。 と言いつつ、何をするにもべったりくっついくるのをそのままにして、キスの要求も十回に九回は応えて、残りの一回は焦らしプレイして、何かと世話を焼きたがる鳥束のしたいようにさせて…と、あしらっているようですっかり骨抜きにされてるわけだが、見なかったことにしてくれ。 今日はこのあと夕飯の買い物に行く以外は外出の予定はなし、いわゆるおうちデートってやつで、家でのんびりダラダラ過ごすだけなのだが、今日に相応しくお互いちょっとめかし込んでみた。 「斉木さーん、今日はね、オレのいっちばん大切な人の、いっちばん大切な日なんスよー」 『そうか』 「だからほら、オレちょっとめかし込んでるでしょ。へっへー、おうちデートでも気を抜かないオレ、完璧っスわ」 『じゃあ僕は、クソコーデ夏バージョンで決めるかな』 「んもー。まあ、斉木さんは何着てもなんでか様になっちゃうんスけどね」 『そりゃどーも。じゃあこれで買い物行くか』 「行きましょーか」 ニコニコと満面の笑みで応えながらも動かない鳥束に、やっぱりこれはちょっと冗談行き過ぎたかと自分の格好を見直す。今着ているTシャツは、以前鳥束と街歩きをした際遭遇したフリーマーケットで見かけたもので、ほぼ新品で百円でクソダサいのがとても気に入り、鳥束の強い勧めもあり五十円ずつ出し合って買ったものだ。サイズも丁度良く、洗濯にもへたれず、部屋着に持ってこいなので割と重宝している。 がやはりこれはふざけ過ぎたな。すまん鳥束、すぐ着替える。そう思ったところで抱き寄せられた。 そのままでもいいっス 全部輝いて見えます そんな心の声が聞こえてくる。無理に思い込もうとしてるんじゃなく、本当に心の底から純粋に湧いてくる気持ちなのだ。 おいおい鳥束、それはいくらなんでもひいき目が過ぎるだろ。 僕はお前のこと、どこまでいっても変態クズだと思ってるぞ。 ちゃんと正しく評価出来ているのに、抱きしめる腕一つで簡単にほだされるなんてな。人間変われば変わるものだな。 やれやれ、今日はまだ半分もいってないのに。先が思いやられる。 まあ、それから夕飯の今に至るまでは特に何もなく、よくするおうちデートと変わりなく二人で過ごした。 そうはいっても年に一度の記念日なので、カッコ笑いでなくきちんとしたディナーが用意されたし、特注のケーキもあるしコーヒーゼリーもついてくる。 斉木さんの好きなものをお作りしますと夕飯のリクエストをされたので、普段おやつ作りで大活躍しているホットプレートを使ったメニューを希望してみた。 去年も一昨年もホットプレートメニューを希望していて、今年は何が出てくるだろうとちょっとワクワクしている。とはいえテレパシーで全て筒抜けなので楽しみは半減どころではないが、食べて喜ぶことは出来るし鳥束がどれだけ思いを込めて作っているかもわかるので、減った分の補充は過ぎるくらいあるのだ。 今年用意されたのは、夏野菜をちりばめたカラフルなパエリアだった。 筒抜けだろうが駄々洩れだろうが、自分の目で見るとやっぱり感激するものだ。 「おまちどおさま。さあ、じゃ始めましょうか」 プレートいっぱいのパエリアを、うちで一番良い皿に取り分けて、ちょっと洒落たグラスで乾杯して、うるうる乙女モード束の「おめでとうございます」にちょっと引いて、ふてくされる鳥束にちょっと笑って、年に一度の特別な夜は楽しく過ぎていった。 「斉木さん、相変わらず甘いものは別腹っスね」 切り分けたバースデーケーキのさらに端っこを、ゆっくりゆっくり口に運ぶ鳥束を横目に、僕はコーヒーゼリーに舌鼓を打った。もちろん、鳥束が選びに選んだ特注のバースデーケーキをたっぷり楽しんだあとだ。 僕は別に大食いキャラというわけではない。その称号は未来永劫目良さんに譲ろう。ただ、スイーツに関してはその限りではない、というだけのこと。 それに今日は、特別な日だからな。 そんな日にお前の選んだケーキと、お前の買ってきたコーヒーゼリーがある。そんなに大変じゃないっスよなんて謙遜していたが、僕をどうやって喜ばせようか考え抜いたディナーメニューは間違いなく僕の心を射抜いた。 特別な意味は何重にもなって、今日だけしか味わえないものになっている。 そんな、ひとかけらだってもらさぬ心構えで口に運んでいると、鳥束の方から黒ずんだ心の声が聞こえてきた。 斉木さんがコーヒーゼリーモニュモニュしてる してますが、なにか? 構わず味わっていると、声は更に続いた。 お淑やかに動くあのお口にキスしたいなあ、したいなあ、早く食べ終わらないかなあ ……ふん、冗談じゃない。 僕の最高にして至高の安息をなんでそんなに早く切り上げなきゃならんのだ。 鳥束め、思ったら思ったでもう一秒だって我慢出来なくなって、早く早くと呪文のように繰り返し始めやがった。 さすがにむっとして、僕は殊更ゆっくりコーヒーゼリーを味わうことにした。 自分でもさすがに意地悪だなと思うが、わざと大きな口を開けて煽ってやった。 赤い舌エッロ! 白い歯エッロ!! なんスかもう! 煽るのやめてください! やめてほしいのはこっちの方だ変態クズめ 「や、オレはただ、キスしたいなって思っただけでぇ」 わざとらしく声を震わせながら、唇に手を伸ばしてきた。 そいつを大げさに身体ごと避ける。 「やだー、キスしたい、今すぐ!」 『すればいいだろ』 「どーやって!?」 『口は今忙しい。コーヒーゼリー以外は受付できません』 「んなことわかってますよぅ! 見りゃわかるわ……ぐぬぅ」 唸りながら、鳥束は上目遣いに見やって来た。そして思案を始めた。 ほっぺた…も拒否されるだろうな口に近いし 食べるのに邪魔だって睨まれる未来がはっきり見える! そうか、視えたならきっぱり諦めろ。とはいかないのが鳥束だったな。 ふがふが鼻息荒く考え抜いた末、鳥束は動き出した。狙いはぼくのおでこ。 ちょっと動いては僕の反応を確かめつつ、じわりじわりと近付いてきた。 どこだろうが「顔」だから間違いなく邪魔なのだが、まあ仕方ない、したいようにさせてやるか。 少しずつおでこに接近する鳥束の顔は真剣そのもので、呆れるやら笑えるやら。 長い時間をかけ、ようやくおでに唇が届いた。 よしよし、結構きつい体勢だろうに、よく頑張ったな。 謎の達成感がそこには確かにあり、脳内で何故かロッキーのテーマが高らかに流れた。なんの共通点もないのに何故その選曲なんだと自分に笑えた。 それから、キスが思いの外はまった。うるさいから仕方なく黙認したに過ぎないが、コイツの体温が触れてきた時、なんというか?…うん、ほっとした。 その気持ちが顔に出ていたのは一瞬にも満たないと思うのに、鳥束は見逃さなかった。 「なーんだ、斉木さんもキスしてほしかったんスか、もー可愛いなぁ」 デレデレとたるんだ顔するものだから、つい、勘違いするなと睨み付けてしまった。やれやれ、これでどこが落ち着いてきたのだか。 けれどさすが鳥束、そんなものじゃめげやしない。 「んもぉ、素直じゃないなあ。そこがまあ、可愛いんスけど!」 デレデレにたにたと僕を見つめるばかり。 くそ……やれやれだ。 コーヒーゼリーはまだあと二つあって、つまりあと二回鳥束にキスを許さなければいけなくて、二回も!…さっきの顔を見られることになるかと思うと憂鬱で仕方なかった。 対して鳥束は僕と正反対に舞い上がっていて、あと二回もあの顔が拝めるのかと天にも昇る気持ちになっていた。 やれやれまったく、誕生日だというのにこんな鬱々とした気持ちにさせるなんて、さすが死んでほしい一号の鳥束だな。 本当にやれやれだ、仕方なく許した唇以外のキスで自分でも気付いてなかった自分の本意を暴かれることになるなんて。 こうなったらさっさと食べ終えて奴の唇をおかわりするしかない。 そうでないことには、この気持ちは収まらない。 せっかくの大好物、ここ最近で五本の指に入るほど上質なコーヒーゼリーだというのに、それよりも食べたいものが出てくるなんて信じられない。 この僕が。 この僕が! 特別な日、僕の誕生日。プレゼントは、家でゴロゴロ派の僕に合わせた着心地の良い部屋着。 特別なディナー、特注のケーキ、コーヒーゼリーも抜かりなし。 どれも最高に嬉しかったが、いつでもゲスを絶やさない鳥束がいる事が、一番心が喜んだ。 なんてこった鳥束め…まったく始末に負えないよ。 |