お題ひねり出してみた
https://shindanmaker.com/392860
より、
お題は『誰だこいつを甘やかしたのは』です。
と出題されたので、鳥斉でひとつ挑戦。
誰だこいつを甘やかしたのは
事前に調べた通りの発着で、時刻通り電車は走り出した。 三号車の前の方窓側席、荷物は網棚に上げ、シートに腰かける。 始めはゆっくり、じきに飛ぶように流れていく街並みを眺めながら、オレは小さくため息を吐いた。 そこには、ここ数日で溜まった疲れと、やっと解放されたという安堵感と、いくらかの不安とが入り交じっていた。 そう、不安。 ちょっとした心配事があるのだ。 それは、一緒に暮らす斉木さんのこと。 この数日、実家の手伝いで帰省していた。今の時期は何かと忙しく猫の手も借りたいほどで、家を出た後もこうして呼び出される事がしばしばあった。 これ、寺生まれのつらいところね。 斉木さんはそこの辺とても理解があって、頼りにされるうちが花だとぐいぐい背中を押す如く送り出してくれる。 でもオレはそれはちっと不満だったり。だって、あなたがいない間寂しいわんとか言ってくれる性格じゃないのは知ってるけど、いつもの朝みたいにふつーにあっさり送り出されるのは、やっぱりちょっと寂しい。 そして、オレがいない間ちゃんと生活出来てるかな〜っていう不安。 オレの心配事とはこれである。 あの人、生活能力ない訳じゃないのに結構ずぼらなとこあって、下手すると帰宅して着替えた服の後始末から始めないといけなかったりする。 脱いだら脱ぎっぱなしでそこらに放ってハンガーにかけるとかしない。まったくしないってわけじゃないけど、思い返すとオレが拾って整えてる場面ばっかり浮かんでくるんだよね。 こらーって注意すると、後でやろうと思ってたって返ってくる。 あ、あとね、寝起きになんかぐずる時もあったりするの。 目が覚めるのはオレと同じくらいなのに、寝床でいつまでもぽやぽやもたもたしてさ、はい起きましょー、はい着替えましょー、はい顔洗いましょーっていっこいっこ誘導しないといけなかったり。 毎朝こうではないし、そもそも夜更かししたからとかでもないんだけど、なんだろ、なんでかしんないけど号令かけないと動いてくれない事がままあるのよ。 こんな人だったのって、一緒に生活して知るびっくりがいっぱい。 そんなだけど、当番制の料理とか掃除は別に全然手を抜かない。やる時は言われなくてもちゃんとやるし起きるし出来るし、ひょっとしたらオレより整頓上手かもって細やかさでさ、だから余計やれば出来るのになんでああもずぼらにするかなーって不思議。 毎日顔を合わせていてそんなだから、実家に帰る当日は前夜からあれやこれやと考えてしまってちょっと寝不足だった。 だのに当人はへーきな顔で、さっさと行けよってな感じでしれっとしてるからもう腹が立つやら寂しいやら。 そう、さびしい。 腹が立つなんてのは嘘で、…というか寂しさが大きすぎて頭混乱してるんだろうね。本当のところはさびしいよ。 今日から数日斉木さんに会えない、朝起きても夜寝る時も、いつもそこにある顔がないなんて、考えるだけで胸が痛くなる。 それに加えて斉木さんの普段の生活ぶり。 オレがいない間、ちゃんと生活出来る?…っうーん。 出来るんだろうけど、やっぱり不安は拭えない。 そんな胸の内のもやもやも、実家についてからはほとんど思い出されなかった。あまりに多忙で考える暇がないからだ。朝から晩まで目の回る忙しさで、追い立てられる内に気付けば夜になっている。 辛うじて眠る前に、愛しい人の顔や声や仕草が頭をよぎった。 今日は何してただろう、ちゃんと朝起きられたかな、ちゃんと食べてるかな、洗濯もの溜め込んでないかな、斉木さん、斉木さん。 本当はもっときちんと想いに耽りたいけれど、横になると昼間の疲れがどっと押し寄せ猛烈な眠気に襲われてしまい、切なく名前を呼ぶのが精一杯になっていた。 滞在の終わりの方は、もう、ただただ会いたい気持ちで一杯になって、出発時に胸を過った不安なんてすっかり薄れていた。心配していた事すら忘れかけていた。 あの人の待つ町へ向かう列車に乗り、走り出した頃、不安や心配はじわじわと舞い戻ってきて口からため息となって吐き出された。 ふと目を向けた空は夕焼けで真っ赤に染まっていた。 ああ、……綺麗だな。 そんな事を思う自分に小さく笑いながら、今この瞬間だけの風景を写真に撮る。せっかくだから斉木さんにも見てもらいたくて、あとどれくらいで家に付くかのメッセージをくっつけ送った。 それでスマホをしまおうとするより、早く、斉木さんからも写真が送られてきた。 うお、はえっ 思わず口の中で呟く。 画像はおそらく、部屋の窓から見上げた空を撮ったものだろう、いくらか見え方の違う綺麗な夕焼けが少し目に染みた。 しかし早いな。 電車に乗る際帰宅時間を伝える為に連絡した時もそういえば、珍しく返信が早かった。早押しクイズ並みに。まるで待ち構えていたかのように。 あの人に限ってそんな…だって見送る時すごく素っ気なかったしどうとも思ってないようだったしあの人に限ってそれはないない。 思わず手を振るくらい可能性低いけど、でも、それでもオレは、もしかしたらって思ってしまう。ちょっと思うくらいは、してもいいよな。 長い事スマホの画面を眺め続けた。出来るだけ平静を装ってるけど、わからない、ニヤニヤが漏れ出ているかもしれない。 でもいいや、気にしない。 どんな気持ちで送ってくれたのか想像しながら、飽きもせず見つめ続ける。 帰宅して、リビングに愛しい恋人の姿を見つけたオレは、自分の荷物や土産の袋をどさどさその場に落とし身体ごとぶつかる勢いで抱き着いた。 「斉木さーん、ただいま帰りました!」 『やれやれ、うるさいのが帰ってきたか』 言葉は素っ気ないけれど、振り払われないし、抱き着く腕に優しく触れてくれるし、何というかもう…久々の再会、さびしさ、嬉しさ、色々入り交じって泣きそうになる。いっぱいにたるんだ顔でぐすっと鼻をすする。 会いたかったなあ 声聞きたかった 顔見たかった さびしかった。 匂い嗅ぎたかった 『おい最後』 「うぇっへへへ……」 今この瞬間の素直な気持ちが、あんまり素直過ぎた為、斉木さんから注意を受ける。ちょっと殺気を感じたけど、そんなやりとりも恋しかったオレは、謝りながらもくんくん嗅いでしまった。 ああ…癒される〜。 「離れろ変態」 「さーせん!」 がしっと頭を掴まれ、オレは青い顔で慌てて謝った。 今夜の夕飯は、オレが帰りにデパ地下で何か買ってきますって事で、中華の総菜を何点か購入してきた。皿に移しレンジにお任せしていると、斉木さんが傍にやってきてやれやれしながら云ってきた。 『本当にお前は筋金入りの変態だな』 「だってさびしかったんスもん」 オレは当然とばかりにまた抱き着いた。 避けずに受け止めてくれる斉木さん、好き。 『嗅いだら殴るぞ』 「斉木さんは寂しくありませんでした?」 『別に』 ふーん…強がっちゃって 悔しくて、胸の中でそんな言葉を投げかける。斉木さんは聞こえない振りをした。でも、否定しないって事はそういう事だよね。 オレは更に強く、ぎゅうっと抱き着いた。 「ご飯はちゃんと食べましたか?」 「はぁ……食べたよ」 下らない質問するな、って感じのため息にちょっとむっとする。 オレはさらにぎゅうぎゅうと腕に力を込めた。 「もー、心配してるんですよ」 はいはい、食べた食べた。 降参だとぞんざいながら答える斉木さん。 「そう、良かったっス」 『しかしお前、妙に元気だな。帰宅直後は割と青い顔してたのに』 「あー、ですねー、かなりこき使われましたし。いやー、毎日朝から晩までばたばたと走り通しでしたよ。今元気なのは斉木さんの顔見たからっスかね。なんか妙にハイになってるっス。これ多分ね、飯食って風呂入ったらバタンキューだと思います」 身体も脳もかなりくたくたに疲れているが、こんなにはしゃいでしまうのはきっと斉木さんの顔を久しぶりに目にして嬉しさのあまり、だろう。 「あっちち。お待たせ、じゃ食べましょうか。いただきまーす」 テーブルに並べた青椒肉絲と麻婆豆腐、焼き豚チャーハンに手を合わせる。 うん、美味い! ひと口食べて叫ぶ。 『お前、ぶっ倒れんなよ』 「うへへ、すんません」 やっぱハイになってんな、テンションおかしいよオレ。脳も変にあったかくなってる気がするし。 あーでも、斉木さんのおかげだな。実家出る時なんか屍同然だったのに、極限まで疲れ果ててたのに、恋人の威力のすごさよ。 嬉しいなあ。こんな存在が傍にいてくれるなんて、本当にありがたいな。 しみじみと噛みしめていると、斉木さんから言葉が投げかけられた。 『一回』 はい。 オレは顔を向け、続きの言葉を待った。斉木さんが、オレの視線をキッチンへと誘導する。ドアの向こう、壁付のキッチンを思い浮かべる。 『前に作ってくれたあずき白玉が食べたくなって、一回作った』 「へえ。美味しかったスか?」 斉木さんは無言で首を振った。 「ありゃま」 『そこそこの出来だったし、悪くはないんだが、美味くなかった』 それはそれは残念な。 同情しつつ、オレは内心にやっとしていた。やっぱり、オレの作ったのじゃないと斉木さんの口に合わないのね、なんて、図に乗る。 「じゃあ、明日お作りしますよ」 オレ休みだし、斉木さんも休みだし、山ほど白玉団子作ってあずき乗せて、極上の和スイーツをご馳走しましょう。 それにはえーと、何がいたかな。 考えるオレを遮って、信じられないひと言が浴びせられる。 『うん、今から作れ』 「はぁ……!?」 『食べ終わってからでいい。材料は買ってあるから、作れ』 「いやいやちょちょ…もう夜遅いっスよ?」 目線は斉木さんに合わせたまま、顎で置時計を指す。まあすごく遅いって時間じゃないけど、それにしたって無茶言うね。 だというのに、斉木さんは全然聞かず妙に嬉しそうに言葉を続けた。 『お前、あの時バニラと抹茶アイスを足してくれたろ。あの組み合わせは最高だったから、アイスもちゃんと用意してある』 「いやだから、もう九時過ぎ……話聞いてよ……はぁ」 やれやれしょうがない、言い出したら聞かないお人だし。 残りわずかとなった青椒肉絲をかっこみながら、オレは段取りを頭に思い浮かべる。 「はい、おまちどおっス」 出来立て、ぷにぷにツヤツヤのあずき白玉二種のアイス添えを、斉木さんに振舞う。 斉木さんは白玉とあずきを仲良くスプーンにのせると、ゆっくり口に運んだ。そして。 もにゅもにゅ、むにゅむにゅ。 ふふ、味わってる味わってる。 一生懸命に動く口が可愛くて、オレは眉尻を下げた。 「斉木さんがお作りした時、水が足りなかったか多すぎたか」 あるいはゆで時間が甘かったか。 『わからん。全部、お前が作ったようになぞったつもりだったがな』 出来上がりの見た目は大差なかったものの、全然、味気なかった。 大変満足そうなお顔で、斉木さんはあずきと抹茶アイスをぱくりといった。 「食べたら、ちゃんと歯を磨いて寝るんスよ」 『わかってる。母さんか』 むすっとオレを見て、でも食べるとふんにゃり和らいで、ああもう可愛い人だこと。 『うん、全然違う。お前が作ったのじゃないとやっぱり駄目だな』 「そりゃ、嬉しいお言葉で」 夜のわがままも、それでちょっとは報われる。 そのあとは二人並んで歯を磨いて、二人一緒に寝床に入る。 暗くした部屋で横になった途端、案の定どっと疲れが襲ってきた。身体がどこまでも沈んでいくような錯覚に見舞われる。 くたくただけどでも、気分はいい。帰って来たって実感が確かにある。だって、斉木さんの匂いがする。 気配があって、熱があって、実体があって、本物はオレの妄想よりずっと辛辣でわがままでしょっちゅう困らせてくる。こんなに疲れて帰ってきたというのに白玉作れとか無茶言ってさ。 でもそれが、オレの大好きな斉木さん。 斉木さんの事だからオレが作った通りをちゃんと再現出来てただろう。 それでも美味くなかったのはきっと、一人で食べたからじゃないかなって、オレは思う。 少なくともオレはそうだった。何を食べてもなんだか美味くない。飲み込んでも味気なくて、力が出なかった。 毎日斉木さんと顔付き合わせて飯食ってたから、一人じゃ全然調子出ないんだ。 だから、斉木さんもオレと同じ症状患ったんじゃないかって思った。 だから斉木さん、無理言ってこんな時間に作らせたんじゃないかって思った。 一人で飯食っても味がしなくて、身にならなくて、心が痩せたから取り戻したくてわがまま言ったんじゃないか。 オレと同じように寂しさに心が細って、それで。 もしそうだったなら――胸が締め付けられそして、愛おしさに息が出来なくなる。 ああ、あと…斉木さんが意外な甘えんぼなのって実は…… いいから早く寝ろ、これ以上聞かされるのは御免だとばかりに、斉木さんの腕が背中に回る。 抱きしめられ、オレの思考は綺麗に吹っ飛んだ。 オレも充分甘やかされてるな。 そんな事を思いながら、ゆっくりと眠りにつく。 また明日から、頑張って斉木さんを甘やかそう。 |