お題ひねり出してみた
https://shindanmaker.com/392860
より
お題は『夢の君は、笑っていたのに』です。
との診断を頂いたので、ひとつ、挑戦。

夢のお前は

 

 

 

 

 

 ある、冬の日の事だ。
 その日目覚めはまあまあ良くてまあまあ悪かった。なにせ頭痛がする。
 のっそり起き上がり僕は一つため息を吐いた。ベッドサイドに置いたメガネをかけ、もう一度ため息。
 頭痛といっても、常人のような風邪の初期症状とかじゃない。
 夢を見たから頭痛がして、それでちょっと憂鬱なのだ。
 僕の見る夢は現実になるつまり、予知夢を見て、その内容がひどかったから…うーんいや、ひどいといえばひど・・・くもないか。
 見たのは、鳥束が笑った一場面。
 どうやら僕が何か贈り物をしたらしい。それで奴は喜び、大輪の花のような笑顔を見せた。
 この時期で贈り物か、はて何だろう。何も思い浮かばない。
 うーん?…うーん、さっぱりだ。
 がまあ、奴の喜ぶものといったらアレ系のブツなのは間違いない。非常に腹立たしく不本意だが、好みの傾向も知ってる。知り尽くしている。本当に腹が立つ。
 ということで、ちょっと憂鬱になっていたのだ。
 やっぱりひどい夢だな。
 あんな物贈りたくないしそもそも買いたくない、そんなのに一円だって使いたくない。
 まあ予知夢だからってその通りにしなきゃいけないって事はない、回避したって構わないのだ。
 というか断固回避すべきだ、予知出来たのだから回避する方法もわかるしな。

 よしそれでいこう――と言いたいところだが、一つ引っかかっている事がある。
 ちょっと楽になった気持ちが、その引っかかりを思い出した事で再びどんより曇っていく。
 贈り物といえば、大学の合格祝いで奴に一つ借りが…あると言えばあるんだよな。
 発表当日、その前日から奴は青ざめて飯もろくに喉を通らなくなって、たった半日でゲッソリしてしまったが、無事合格の報せを受け取るや即座に回復、ドバドバ涙を飛び散らせながら「斉木さんの指導のお陰です!」と感激、僕も僕でやっと肩の荷が下りてほっとして、よし合格祝いをしようとなったところまでは覚えているが気付いたらなし崩し的にナニの流れになった。
 受験の追い込みの辺りから、さしもの鳥束も少しは人が変わって取り組むようになって、する空気が遠ざかっていた。
 合格発表があるまではとなんとなく盛り上がりに欠け、した事もあったが不完全燃焼であった。
 そういう事情もあってな。その日の行為はやたらめったら盛り上がった。
 その後、あらためて何か合格祝いやるかって話になった時、奴はそれをきっぱり断りむしろ僕に感謝の品を送って来た。
 あの、最高級コーヒーゼリーを。
 あれは素晴らしかったなあ。
 手渡しじゃなくわざわざ冷蔵便で送ってよこしてきたのもよかった。
 ひんやりした箱を開けた時の感動ときたら!
 予告されたし中身がわかっていても感激した、それほどニクイ演出だった。
 待つ間のソワソワムズムズも含めて、いい思い出になったのは言うまでもない。

「……はあ」
 やっぱり、返すべきだよな。
 この時期つまり卒業祝いに便乗して、買うしかないか。
 金がもったいないっていうのと、嫌悪感がひどいのと、何重もの障害を乗り越えないといけないな。
 やれやれ仕方ない、たまには奴を喜ばせてやるか。
 僕は拳を握り、決意を固めた。

 

 

 

 

 

 はずだったが、結局買わない事にした。拒絶反応が凄まじかったのでな。どーしてもアレに金を使いたくなかった。
 その代わりといってはなんだが、鳥束に休日したい事を聞きその通り過ごして満足してもらおうか。

『今度の日曜、何がしたい?』
 というわけで顔を合わすなりそう尋ねると、鳥束は澄んだ目を大きく見開いて静止した。
「……デート」
 ああうん、出かけたい、結構だ。わりとしょっちゅうやってるがな。
 軽く頷くと、鳥束の脳内が猛烈な勢いで回転し始めた。
「えー、じゃあじゃあ!」
 つんのめる勢いで鳥束は息を荒げた。頬にはほんのり赤みが差して、瞳も煌めいて、おいおいなんだよ、そんなにはしゃぐな園児か。
 で、なになに…昼に待ち合わせて、ランチの後映画見て、ゲーセン寄って、それから本屋とか好きにぶらぶら回って、斉木さんと手を繋いでお月見しながら帰りたいなあ…か。ふうん。
「あ…そういうのはダメっスか?」
 僕が思考を読み取って、それについて少々顔を曇らせたのを見て、鳥束はたちまちしょんぼりして目を潤ませた。
「やっぱりあの、最後の手を繋いでってのは無理っスよね…まあそのー、そこはオレの気ままな願望なんで勘弁て事で、じゃあ修正版として、並んでお月見ってのに変えます」
 これなら受け入れてもらえるかと挙げる鳥束にすぐさま首を振る。
 そうじゃない、そこの部分が気に入らないから複雑な顔になったわけじゃないんだ。
『お前、そんなんでいいのか』
「え、そんなってこれよくないっスか? こういういかにもデートって感じの、いいじゃないっスか。アンタ、普通が好きだし、やるなら徹底的に普通にすべきっスよ」
 ふむ、一理あるな。
 肩を軽く竦めた。
『映画は何が見たいんだ?』
「んーそっスね、アクションかサスペンスがホラーかラブコメかアニメかのどれかで!」
『ひと通り挙げるな』
 ひと息に喋る鳥束に僕は軽く呆れ笑い。
「すんません、今何やってるか、調べときます。斉木さんは何が見たいです?」
『僕はいい、お前が見たいの選べ』
「いんスか、わー、今って何上映中かなあ」
 選択権くれるなんて、斉木さんにしちゃ珍しいな。
 そんな事を呟きながらスマホを検索し始めるから、ちょっと後頭部を引っ叩きたくなった。
 言われてみりゃまったくその通りなので、思うだけにとどめたが。

 

 

 

 

 

 当日、約束した時間に合わせ奴の下宿先まで向かった。
 駅前で待ち合わせようといつものように口にすると、鳥束は「いえ迎えに行きます」と鼻息荒く答えた。待ち合わせ場所にいる僕を見つけて嬉しくなりたい気持ちもあるけど、ちょっとでも長くいたいから、そうしたいのだそうだ。
 なるほど、そういう気持ちか。まあわからんでもないから、なら僕がお前を迎えに行くと返した。たっぷり一秒驚いて、すぐに鳥束はいえいえ自分がと言ってきたが、僕が行くという事で約束した。
 というわけで向かうと、テレパシー受信範囲に入った途端誰より騒がしい鳥束の声が僕の頭の中でワーワー反響し始めた。
(デート、デート! 嬉しいな!)
(そろそろ斉木さん来るなー)
(どんな格好かなー……やべ、オレこれ変じゃないかな)
(やっぱ最初の組み合わせにするべきだったかな)
(でももう来る時間だし、えどうしよ、いや今着替えれば間に合う!? あでもあっちもあんまりなんかなー、だから着替えたんだし……うわどうしよう)
 ……やれやれ。期待を裏切らないはしゃぎように、僕の顔はついつい緩む。この路地、人通りがなくてよかった。

 大騒ぎの鳥束を連れて、よくあるデートプランを実行する。
 映画も中々見応えがあって悪くなかったし、その後カフェで感想を言い合った時も気持ちいいほど似通っていて気分が良くなった僕は、立ち寄ったゲーセンでのクレーンゲームで鳥束をさりげなくアシストした。キモカワぬいぐるみ狙いだったのはちょっと引いたが、取れた取れたとあんまり嬉しそうにするからこれはこれでありかと僕も少し笑った。
 で、かなりさりげなく手助けしたから絶対ばれないと思ったのだが、ううむ、鳥束は一発で見抜いた。
 あくまでしらを切り通したが、最後に寄ったカフェのスイーツセットが思いがけず大当たりで気が緩んでしまい、あれ斉木さんがやってくれたんでしょ、という鳥束に素直に頷いてしまった。
 あ、と思った時には満面の笑みが目の前にあった。気まずい僕とは正反対の良い表情。それは、奇しくも、夢で見たのと瓜二つ。
 ちょっと差異があるのは手段を少し変えたせいだろう。僕からのはっきりとした贈り物を受け取っての笑顔、ではないから。まあとにかく、僕はうまいこと予知夢を回避したようだ。
 スイーツに喜ぶ傍ら、僕はほっと肩から力を抜いた。
 何をしたらお前が喜ぶか、見失ってなくてよかったよ。


「あー、楽しかったなあ! たまにはこういう、ザ・デートってデートコースも、いいもんスね」
 帰り道、鳥束はいっぱいの満足とちょっとの寂しさを交えた笑顔で言ってきた。
 ああそうだな。
 ちょっとばかり疲れたが、これで合格祝いの借りは返せた。
 僕もおおむね満足している。
「にしても斉木さん、今日は一体どしたんスか? なんか凄まじく優しかったし」でもこないだまでは毎日苦虫百杯おかわりしたみたいに鬼の形相だったし「なんかあったんスか?」
『いや、ただ、合格祝いでもらったコーヒーゼリーで一つ分貸し借りあったから、これでチャラにしたまでだ』
 借りっぱなしは性に合わないのでな。
 そう説明すると、鳥束は心底驚いた顔になった。
「ええー、あれ、そんなに引きずっちゃってたんスか? よかったのにぃ」
 それから、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
『いいから素直に受け取っておけ。でないと僕の気が済まない』
「もー斉木さん……アンタってほんっとうに、義理堅くていい人ですね」
 そうかよ。
 ふんと鼻先であしらう。

 そこで「そうだ」とはっとなる。貸し借りの清算で頭を悩ませたせいですっかり忘れていたある事を思い出し、僕は鞄を探った。
 あー…やっぱり持ってきてないか、そりゃそうか。まあでも、アポートすればいいな。思い出した時に渡しておくのが一番間違いがないし。今度にしてそれもまた忘れたら面倒だしな。
 僕は、鞄の中にある適当なものと引き換えに、鳥束に渡したいものを引き寄せた。

『おい、鳥束これ』
「なんスか?」
 振り向いた奴の鼻先に、僕はそれ…鍵を突き付けた。
『ん』
「ん?」

 渡したのは、二人で暮らす為の部屋の鍵。
『来月から一緒に住むって話、してたろ』
「……はい」
『それの鍵だ。本当はもう少し前にもらってたんだが、ちょっと色々あって忘れてた、すまん。なくすなよ合鍵』
「はい……えぇっ!?」
 ええって、そんなに驚く事かよ。なんだよ、場所も、物件も、あんだけ二人で話し合って決めたしお互いの親にもとっくに報告済みだろ。今日、今初めて出した話題じゃないだろ。
 だってのになんだその驚きようは。

「……ああ、ああ、そうでしたね」
 鍵を手にして、ようやく鳥束の中で「二人で暮らすこと」が現実味を帯びたようだ。
 なるほど、それまでは夢物語のようにふわふわしてたのか。
 ふっ、面白い奴。

 斉木さんとオレとで、来月から一緒に暮らす。
 同じ部屋で、同じ玄関出入りして、おかえりってただいまって一緒の空間で、寝起きを共にして、あんな事やこんな事もし放題でグフフ、寝起きの顔も拝み放題でグフフ、やれちゃうんだ……

 なんか…ゾッとするな。
 最初はちゃんと普通にジーンと感激してたのに、後半なんだよそれは。お前全開でひどいなおい。
 僕も現実味を帯びてきたぞ、実は相当危険な選択をしてしまったんじゃなかろうか。
 人生最大の過ちとなってしまいました――でないといいのだが。

 ひとしきり妄想を回転させた後、鳥束の脳内は真っ白になった。
 どうやら容量を超えてしまい、追い付かなくなって一時的に機能が停止してしまったようだ。
「……はっ!」
 息も止まっていたようだ。思い出したように吸い込み、それから深く深く吐き出した。
 戻って来たか。ってなんで泣き出す!
 何の変哲もない銀色の鍵。高価な宝石でもなんでもないのに、大切そうに両手に包み込んで、グスグス鼻を啜っている。
 でっかい身体を丸めて泣きじゃくる鳥束に、さすがの僕もうろたえてしまう。

 斉木さん、斉木さん
 絶対幸せにします
 一緒に幸せになりましょう

 人目もはばからず…住宅街の中なのでそうそう人通りがなくてよかったが…おいおい泣きながら、鳥束はそう言葉を絞り出した。
 ああ。そうなるよう、僕も精一杯努力するよ。
 それにしても。
『いい加減泣き止め』
「はい、すんません……ずずっ…だいじょうぶっす、ずびっ」
 まったく大丈夫じゃないな。
 やれやれしょうがない、肩くらいなら貸してやるぞ。
 僕は頭を抱いて引き寄せた。本当に、人通りがなくてよかった。まあ、僕がちょっと細工して誰もこの道を通らないようにしているのだがな。
 引き寄せた頭は泣いているせいかびっくりするほど熱かった。
「あざす……あぁーひいー、斉木さんとずっと一緒に、ひっく、いられるんだ……うれしいよー」
 子供みたいにしゃくり上げて、鳥束は泣きに泣いた。

 やれやれまったく。
 夢のお前は、笑っていたのに。
 だから僕が代わりに笑う事にした。

 一緒に幸せになろうな、鳥束。

 

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