お題ひねり出してみた
https://shindanmaker.com/392860
より、
お題は『寂しいからそばにいて』です。
と出題されたので、鳥斉でひとつ挑戦。

寂しいからそばにいて

 

 

 

 

 

 ――寂しいからそばにいて
 賑やかしにつけっぱなしにしていたテレビから、そんなセリフが流れてきた。
 夕飯後、ベッドでくつろぎながらお宝本を眺めていたオレは、なんとなく気になってふっと目を上げた。
 一体どんなベタベタ恋愛ドラマかと思ったら、バラエティの中のショートコントだった。道理で発声がわざとらしい訳だ。
 そういや金曜のこの時間は、大体いつもこの番組見るっけ。オレは大あくびを一つ。夕飯食って風呂も入って、暖房の利いた部屋でテレビを背景にお宝本に鼻の下を伸ばす、最高だねえ。
 目の端に溜まった涙を拭って、オレはテレビの続きを眺める。画面の中で芸人たちが真面目腐った顔でギャグを連発している。大笑いとまではいかないが、顔がずっとニヤニヤしてしまう。それでいて演じている彼らは全然笑わない、よくあんな大真面目な顔で面白い事出来るよな。
 そしてまた、決め台詞のように「寂しいからそばにいて」が繰り出される。それに対して彼氏役の相方が真面目にボケる、発言した方が思いきり突っ込む、というもののようだ。ふうん、笑える。
 どういうオチだろうかと、オレは見守る事にした。寝そべっていた身体をテレビの方へどっこらしょと起こして、すぐそこにいる人物の頭にそっと手を伸ばす。
 その人はベッドに寄りかかる形で床に座り、テレビも見ずに小説本に集中している。言うまでもないけど、斉木さんだ。
 しっかりした髪質の感触が気持ち良くて、オレは繰り返し優しく撫でた。
 テレビの中で、ちょっとキレ気味に「寂しいからそばにいて!」が発せられる、でも彼氏にはいまいち届かず、頓珍漢な答えが返ってくる。くくく、可笑しいな。
 一緒に笑えないのがちょっとあれだけど、それだけ物語を楽しんでいる証拠だから、オレは出来るだけ邪魔しないようにそっとそっと撫で続けた。

 寂しいからそばにいて
 って、斉木さん、思う事あるかなあ。
 そんな事を思いながら、オレは手を動かす。
 オレは割と、ある方かな。というか斉木さんて関りが出来た瞬間から、何かしてる時にふっと過る事がある。それはもう病気かなって思うくらいに。
 オレってこんなに誰かに依存する性質だったのかって打ちのめされるほど、ひどい症状が出る。
 斉木さんに出会うまでは、なかったのに。知らなかったのに。
 オレは身体をちょっとずらし、斉木さんを後ろから抱きしめた。
 生きた人間の身体をしっかり腕に抱く。うーん、気持ち良い。
 そういやこういうの、前はすっごく嫌がられたんだよな。読書中とかに接触されるの、激しく拒絶された。集中したいから邪魔するなって、大声とかきつい口調とかじゃなく、淡々と告げられたのは結構きた。
 言い付けを守って…たらオレじゃないから、わかってはいるけど我慢出来なくてちょいちょい手を出してたら、今はここまで許されるようになった。多分諦めちゃったんだと思うけど。あるいは慣れたか。撫でたり抱きしめたり、ほっぺにチューまでなら怒られなくなった。
 それ以上は骨折られるけどね。比喩とかじゃなく、本当に骨折。この前、ちょっといたずら心でエッチな触り方したら躊躇なく腕の骨折られた。即座に復元されたから痛みを感じる暇もなかったけど、骨が折れる音が体内で響くあのぞっとする感触はもう二度と御免なので、決して致しませんと畳に頭擦り付けながら固く誓ったけど。

 寂しいからそばにいて
 なんて、斉木さんは思わないかなあ。
 何でもなーんでも一人で出来ちゃうお人だから、誰かに傍にいてほしいとか…ないよなあ。
 むしろ一人になりたいタイプだよな。その理由はオレも知ってるし痛いほど理解出来るし、能力者って本当に大変だよね。
 斉木さん、今どの辺読んでます?
 どんな展開?
 ていうかどんな内容の本?
 後ろからちょこっとだけ覗いてみる。
 頑張って文字を追ってみるが、全然興味がないので長続きしない。
 無駄に目がショボショボしただけだった。疲れを癒す為にオレは髪に口付けた。
 ああ、斉木さんいるなあ。

 寂しいからそばにいて
 いよいよキレ気味にセリフが発せられ、そろそろオチに向かうようだ。
 オレはラストまで見守り、スポットライトが当てられた芸人の大げさな表情に肩を揺すった。
 結局最後まで全然話が噛み合わなくて、明後日の方向に寂しさが解消されましたおしまい、だって。
 はーおっかし。
 ひとしきり笑って、オレはもう一度髪にキスしてからハグを解いた。
 お宝本の続きに戻ろうかと思ったが、何だか気分が離れたので、その場に寝転がりぼんやり天井とか眺める。
 目の端には、濃桃色の髪。

 そういや、なんというかすっかり馴染んでしまっているな。なにがって、この部屋にこうして濃桃色があること。
 考えてみたらそうだな、毎日、あるかも。本当に毎日ってわけじゃないけど、気が付くとすぐ傍にあって、こうやって手が届いて、触れて、実感出来る。
 斉木さんいるって。
 寂しくないって。
 刻む度に胸の中が幸福感で一杯になっていく。
 そうだ、オレは「寂しい」って思うけどもあんまり思わないのって、こんな風にふと見ると斉木さんがいるからだ。
 今日みたいに小説読んだり、テレビ見にきたり。
 それって、オレの寂しいを感知したから?
 それとも――斉木さんもオレと同じく寂しく思う時があるから?
 まさかねって考えだけど、だって、読書もテレビも自分の部屋で済むのに、わざわざオレんトコ来てくれるんだもの、そりゃ思っちゃってもしょうがないよ。

 寂しいからそばにいて
 ――って、斉木さんも思ったりする?
 そばにいてって思うのがまどろっこしいから、超能力者らしく、オレの部屋に飛んでくるの?

 眠気からだろうか、天井がぼんやり霞んで見える。とろんとなってくっつきたがる目蓋をぱちぱち瞬かせ、いよいよ瞑っちゃうなって抵抗せず閉じた時、更に眠気を誘う甘さで頭を撫でられた。
 はっとなって顔をやれば、こちらを向いて斉木さんがほんのりと笑っている。
 目が合うとぎゅっと口を引き結んだけど、今確かに笑ってた。何だか嬉しそうな、うん、愛おしむような顔で、オレの事を撫でていたよね。
 その思考を読み取って、斉木さんはますます表情を消して目を逸らして、オレの見間違いで済まそうと強引に押してきた。
 なんスかもう、可愛い事してくれる。
 オレはごろりと身体ごと斉木さんに向いて、全力で幸せだって空気を発した。
 不慣れで悪かったなって気まずそうな顔をするから、オレはたまらなくなってため息を吐いた。
 オレも似たようなもんです。すぐ寂しくなって逢いたくなって、わがままになって。
 でもそれでいいじゃないですか。
 好きな人にそばにいてほしいと思う、それが普通です。
 斉木さんはなんだか不満そうな顔になった後、観念したのか、オレの側に顔を寄せて、触れてきた。
 さっきの何倍もとろけるような優しさで頭を撫でてくるものだから、オレは引き込まれるように目を瞑った。
 このまま寝ちゃいそうだ。斉木さんを撫でて実感に浸るのも幸せだけど、撫でられて気持ちが満たされるのもまた幸せだ。
 胸がきゅーっとなって苦しい。腹の底までふんわりあたためられて、ああって声が出るほど気持ち良い。

 うとうとしていた意識が眠りへとゆっくり沈んでいく。その合間に途切れがちに見えたのは、オレと並んで毛布に包まる斉木さん。
 ちょっとの隙間が気にくわなくて、オレは眠気を押して斉木さんを抱き寄せた。ついでに足も絡める。お互い、眠たいからか体温は高かった。
 斉木さんは鬱陶しそうに身じろいだけど、振りほどくまではしなかった。ちょっとの間ごそごそと身体を揺すって位置を決めると、その後はもう静かに寝る体制に入った。

 斉木さん、斉木さん。
 オレはどこまでこの人を好きになるんだろう。
 どこまでも好きになるし、わがままになるし、本当に厄介。
 でもそれはお互い様ですよね、斉木さん。
 ああそうだよって確かな返事があって、オレはそれにくすくす笑って、ちょっと泣いた。
 嬉しくて暴れ出したいのをぐっと堪えお休みなさいとため息に乗せる。
 隣からひっそりと同じ言葉が届けられ、オレは安心して眠りについた。

 

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