一人にするなよ
「くぅっ……あ」 下腹の奥深くまで侵入した鳥束の怒張が、絶妙な角度で僕の弱点を抉ってくる。 しっかり張り出した先端で弱いところを擦られる度、びりびりっと痺れが駆け抜けて、全身から力が抜けていくようであった。 ああ快い、いい、じっとしてられないくらい。たまらない。 「ここが好きなんスよね」 僕の表情でそうと察した鳥束が、憎たらしい笑顔で言ってくる。 繋がったばかりなら僕もまだ強気で、余裕で返せただろうが、繰り返しいかされた後ではただもう喘ぎながら頷くしかなかった。 「あ、うぅ……っく」 「すなおでかわいい……」 いつもなら反発したくなる言葉も、眼差しも、強い力で抱きしめてくる腕も全部、今はしようもないほど気持ち良い。 正面から抱きしめぴったり身体を合わせて、鳥束はひたすら僕のいいところを突いてきた。 「あ、や、やっ…あぁ、う、うん、あぁ!」 もうずっと口は開けっぱなしで、そこから何かしら声を上げているのか堪えているのかわからない。行き過ぎた快感のせいで、このだらしない喘ぎが自分のものだと認識出来ない。 でも間違いなく自分のものだった。 「や、ぁ……と、りつか……とりつか……あはぁ、あ」 とりつか、とりつか 僕はそんな声を鳥束に聞かせるのが嫌で、ごまかしに繰り返し鳥束の名前を呼んだ。でも、それすら甘ったるい響きになって、余計恥ずかしい思いをする。 「だめ、……さいきさっ…そんな声だしたら、オレ」 おれが何だよ、というか抱いてるお前がそんな声出すなよ。 「あ、ぁ…とりつかぁ……っ!」 文句の代わりに漏れたのも、鳥束の名前だった。しかも溶けた蜜みたいにやたら媚びた響きをしていて、ままならない自分に自分で焦れてしまう。 そんな怒りが湧いても、いますよと呟く鳥束のキス一つで易々とほどけてしまう。 ここにいますからと髪を撫でられて忘れてしまう。 「あぁ――……」 そして、今にも破裂しそうに膨らんだ鳥束の性器に奥の奥まで暴かれ、そこに熱いものを浴びせられて、僕は我を忘れて嬌声を迸らせた。 何かもらした感覚に首筋がひやっとしたが、振り切れた快感にすぐにどうでもよくなった。 僕は達した余韻に浸り、ぼう然としたままただ荒い息を繰り返していた。そうしているとゆっくりと鳥束が離れ、繋がっていた箇所が急速に冷えていくのを感じた。 それが嫌で身じろいだら、鳥束が宥めるように下唇に口付けてきた。何でもいいから触れたかった僕は、苦しいのを堪えて舌を伸ばし応えた。 段々と波が引くにつれ、へその辺りがぬるつくのを感じた。鳥束に奥で出されて僕もいったのか。ぼんやりしながらも、これで何度目だっけと、己の性欲に呆れた。 腰がだるい。股関節もだるい。身体中汗まみれで不快だ。上に乗ったままの鳥束が鬱陶しい。キスも長くてしつこい。 次から次へと文句が湧いてくるのに、僕は抱き返す腕をほどくのも、口を離すのもしなかった。だって、まだ足りない。そんな自分にますます呆れた。 頭がおかしくなったんじゃないかとちらっと心配が過ったが、それ以上に鳥束が欲しくてたまらなかった。 思ったからには行動だ。 取っ組み合いの喧嘩よろしく鳥束をひっくり返して上に乗り、うわ、と驚く声にほくそ笑みながら、僕は顔を近付けた。 ぺったりと身体をくっつけた後、そういえば腹に出したのそのままだったと思い出す。でも、お互い相手の汗やら何やら混じりあってとうに汚れているし、今更だよな。 『……いいよな』 送ってから、言葉足らずだったとはっとなる。鳥束はそれを再開の確認と受け取ったようで、もちろんと云わんばかりに緩んだ笑みを浮かべて僕をぎゅっと抱いた。 閉じ込める腕に胸の奥がじんと痺れて、細かい差異などどうでもよくなった。 背中をまさぐっていた鳥束の腕が尻の方へ伸びる。手のひらで撫でられ中心がきゅうきゅうと疼いた。 早く触ってほしいと焦れていると、鳥束はまたも的確に心を読んできた。 そんなに何でも顔に出してしまっているのか、僕は。恥ずかしいのと甘えたいのとで、奴の肩口に顔を埋める。 「……っ、くそ」 「かわいい……すき、さいきさん」 少しかすれた声が胸に染み込んでくる。好きだ好きだと繰り返す心の声が、骨身に染み込んでくる。震えが止まらない。 鳥束は身じろいで僕に狙い定めると、待ちわびていたそこに性器を突き立ててきた。 「うっ、ぁ……ああぁ――」 「そんな声出して…締め付けて……斉木さんのエッチ……」 馬鹿、言え。 どこまでも入ってくるような錯覚に僕はよだれを垂らしながら悦んだ。 起き上がろうとする気配に気づき、鳥束にしがみ付く。足で踏ん張って挿入を緩やかにしたい気持ちと、そのまま貫かれるのとどっちがいいと束の間悩み、僕は身を任せた。 「あぁ……かはっ…ぁ、とりつか」 「いますよ、ほら。斉木さん、ほら、わかるでしょ」 「わ、ぁっ…あぁ!……わかる……あぅ、とりつか!」 脳天を直撃する激しい愉悦に、ひたすら打ち震えた。 鳥束の膝の上でしばらく悶えた後、僕は仰向けに転がされ腰を高くした恰好で上から突き込まれた。鳥束が動く度、自分の性器もぶるぶると狂ったように揺れた。視界を占めるそれは目を閉じない限りそこを陣取る。揺れながら、時折白いものが混じった汁をまき散らしている。 見えてしまって、見るのがいやで、目を逸らしたり瞑ったりして、なんとか抵抗する。 「恥ずかしくなっちゃった?」 うるさい、違う。 「斉木さんたらほんとスケベ」 黙れ、馬鹿。 「ねえほら、好きなだけいっていいですよ」 黙れと言ってる。 「もう我慢出来ないんでしょ」 ニタニタした声、本当にムカつく。だのに、身体の芯はゾクゾク震えて感じ入っている。馬鹿は僕の方だったな。 行き場に困り、そこらのシーツを握り締めていた僕は、耳のすぐ横にある鳥束の腕に両手で掴まり、唇を震わせた。 「いきたい? いきそう?」 「うぅっ……ん、い、いく――とりつか、とりつか!」 繰り返し名を呼ぶ。 すると鳥束は雄の顔で薄く笑い、追い立てるように激しく腰を突き入れ始めた。普段はヘラヘラしてるのに、そんな顔するものだから、僕は。 はっきりと、腹の底が疼いた。 特に技巧のない、直線的な動きが僕を絶頂へと押し上げる。 「あ、ぃ……、もういくっ、きもちいい!」 「素直な斉木さん……たまんない」 鳥束の手が僕の肩をがっしり掴み、いよいよ突き込みは激しくなる。 ああきっと明日は、ひどい朝になるな。 頭の片隅でそんな事を思う。けれど、ギラギラとした欲望をむき出しにして僕を見つめる鳥束の眼差しにそれは呆気なく霧散し、僕はひたすら揺さぶられるまま名前を呼び続けた。 呼べば鳥束は「いますよ」と身体中撫でて宥め、喘ぐと「大丈夫だから」とキスを寄越し、いきたくてたまらなくなり身をよじれば「もっと気持ち良くなって」ととろけそうな快感を与えてきた。 僕は、奴のもたらす快楽にひたすら溺れ、いいところだけを狙って突いてくる鳥束の激しさに酔った。 |
目覚めは、思っていたほど悪いものではなかった。 全身重くてだるくて、動くのもおっくうとため息がもれたが、確かな充足感があった。 昨夜鳥束に晒した己の痴態には目眩がするけれど、奴も同じように醜態晒したし…そう、あいつ、みっともなく喘いだりして、カッコ悪かった。おあいこだ。 そうやって自分を納得させる。 なあ、鳥束。 僕は少しだけ頭を動かし、隣でぐーすか寝ている鳥束にそっと笑った。 真上に戻して、ため息を一つ。 ああ、良く寝た。何時だろう。 向こうの棚にある時計を見ようと頭を動かした時、テーブルに、四つ折りの紙が置いてあるのが目に入った。 昨夜はこんな物なかったなと思いながら、僕はサイコキネシスで手元に取り寄せた。 なんだこれは…「斉木さんへ」とある。 隣でぐっすり眠りこける鳥束の間抜け面を一瞥してから、僕は静かに紙を開いた。 |
斉木さんへ この手紙をアンタが読んでいるということは、オレはもうこの部屋にはいないということになりますね オレは今、台所にきてます アンタの朝食の準備で大忙しです オレは元気でやっているので心配しないでください もしもさびしくなったら、いつでも台所に来てください そこにオレはいます 鳥束零太 |
僕は紙片を持った手を、ベッドの外に放り出した。 ひどい朝を迎える予感はあったが、まさかこんな風に「ひどい朝」を迎える事になるとは。 「……はぁ」 寝起きに僕は何を見せられて……。 大きくため息を吐いてから鳥束を見やる。きっと夢の世界でいい気分なのだろう、全く起きる気配がない。 「……っはあぁ」 もう一度ため息。 おそらく、僕が寝入った深夜にでもこれを作成したのだろう。 昨夜はこれに関する心の声は聞かれなかったから、よっぽど巧妙に隠していたか、あるいは夜中トイレとかで目が覚めた際突発で思い付いたかのどちらか。 まあどちらにせよ『下らない』のひと言だ。 しかも計画大失敗とか目も当てられないな。 何がやりたいんだコイツは。 「を? 零太起こすか、を?」 僕が放り出した手紙を読んだ燃堂父が、そう提案してきた。 僕はすぐに人差し指を口元に当てた。 いい、いい、起こさなくていい。もうずーっと寝かせとけ。 コイツの間抜けな場面は見慣れてるとはいえ、これはさすがに恥ずかしい。 こっちまで恥ずかしくなってくる。 せめて計画が成功していれば、そう、僕より先に起きて、手紙の内容通り行動出来ていればまだ様になるが――。 だから僕はもう一度寝る事にした。狸寝入りでもなんでも決め込んでやる。 「なあ、僕が起きて手紙を見た事、内緒に出来るか?」 ダメ元で燃堂父に頼み込む。 出来れば、目撃した全ての幽霊に口止めをお願いしたいのだが。 「をー……を! 大丈夫だぜ相棒、まかしとけ!」 自信満々の燃堂父。 不安しかないが、信じて任せよう。 僕は紙片を元通りテーブルの上に戻すと、そっと目を閉じた。 それからすぐに、鳥束は目を覚ました。 僕は少しどきどきしながら目を瞑ったままじっと過ごす。 うわ、やべ、とか呟きが聞こえる。やべぇなんてもんじゃないぞ鳥束、全部バレバレだ。でも頼む燃堂父、頼んだぞ。 心の声からも色々わかるから、僕はそっと成り行きを見守った。どうやら、幽霊たちはうまく口を噤んでくれているようだ。 鳥束は静かに全速で着替えると、部屋を出ようとして戻って来た。 何がしたいのか僕にはわかる。 チューっと頬っぺたに熱烈なキスを受け、僕は辟易する。いいから早く行けよ、この間抜けめ。 内心で叱責していると、鳥束の思考は昨夜のことに及んでいった。 馬鹿やめろ。そう思う間に、昨日の斉木さんは最高に可愛かった――ずっと抱いてたかった――と展開していく。怒りと恥ずかしさとがぐるぐる渦巻く。 奴は更に、好き、大切にしたいと、たっぷりの気持ちを注いでくる。 本当にやめろって。 まずい、もうまずい、顔に出る。今にも赤面しそうで困り果てる。 じゃ、あとで 鳥束はため息のように囁き、それから大急ぎで台所へと駆けて行った。 どうやら気付かれずに済んだ。危ないところだった。 「はぁ……」 まったく、なんてひどい朝だ。 鳥束が部屋を出てから五分。 さて、僕もそろそろ起きていいかな。 目を閉じて横になっていたのに、なんだかひどく疲れた気がする。 やれやれ。 間抜けな恋人を持つと、何かと苦労するな。 燃堂父がどうだとばかりの笑顔でこっちを見ている。はいはい、助かったよー。 テーブルには四つ折りの手紙が一通。 僕は改めて読み直した。 馬鹿馬鹿しくて、下らなくて、とてもあったかい。 笑いかけた時、昨夜のお互いが突如脳裏によみがえってきた。 うわ、やめろ、奴とする気持ち良い事は嫌いじゃないが、自分の恥ずかしい場面は出来ればあまり思い出したくないんだ。 鳥束に甘えた事とか、自分らしからぬ声とか、顔から火を噴きそうになる。 何とか追っ払おうと抵抗していると、自分を抱きしめる鳥束の力強い腕が感じられた。 「っ……」 完全に錯覚だが、うなじの辺りがゾクゾクして、一瞬で全身が熱くなった。 そして急速に身体は冷め、後には、何とも言えない寂しさが残った。 「え……」 思いも寄らない揺れ動きに、つい声が漏れ出た。 「はぁ……」 思い出したように息を吐く。 鳥束の匂いがする奴の部屋。 そこかしこに気配は残っているが、今はいない。 今奴は台所にいる。僕の朝食の準備で大忙しなんだそうだ。 台所は、廊下を少し行った先にある。 だから今はこの部屋にいない。 えぇ……。 たったそれっぽっちなのに、僕は、なんで。 なんでこんなに、居ても立っても居られない気分になっているのだろう。 「を、相棒、早く零太んとこ行こうぜ! を!」 燃堂父が急き立てる。 理由がわかって笑いそうになるのを、わざとへの字口にして堪える。 そうだな、一人はさびしいから、台所に行くかな。 僕を置き去りにした報いはしっかり受けてもらうからな。覚悟しろ鳥束。 燃堂父を従え、僕は部屋の戸を開いた。 |