三夜目-バスタイム-

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあコナン君、先にお風呂入っちゃって」
 夕食後、いつものように蘭が声をかける。
「はーい」
 キッチンでてきぱきと食器を片付ける蘭にいつものように応え、コナンは着替えを持って浴室に向かった。
 いつものように飲み仲間に誘われ出かけていく小五郎と、そんな父親にきつく釘をさす蘭を見送りながら。

 

 

 

 朝は気持ちよく晴れていたが、昼を迎える頃には空はみるみる雲に覆われ、雨こそ降らないもののすっきりしない薄曇のまま日は暮れた。
 お陰で身体はすっかり冷えきってしまい、つま先で確かめる風呂の湯は飛び上がりそうなほど熱かった。
 あちー
 しかめ面で肩まで浸かり、一拍置いてからコナンは大きく息を吐いた。少しでも動くと、たちまち熱さが突き刺さってくる。身体が慣れるまで、しゃがんだ格好で膝を抱えじっとしていた。
 ようやく馴染んだ頃合に、コナンは天井を見上げもう一度深くため息をついた。
 あらためて考えれば大事ともいえる状況下でごく自然にくつろいでいる自分がふとおかしくなり、小さく苦笑いを浮かべる。
 とはいえ、物事なるようにしかならない。
 そして順番というものがある。
 半分言い訳めいた考えだが、こうしたいい加減さもたまには必要だと自ら納得する。
 三度ため息をつき、コナンは鼻に手をやった。同時に小さく声を上げ、眼鏡のずれを直す仕草がすっかり癖になってしまったことに気付く。
 眼鏡は、服を脱いだ際一緒に外していたのだった。
 一人照れ笑いを浮かべる。
 と、誰かが洗面所に入ってくるのが見えた。この家には今、自分と蘭の二人だけしかおらず、しかも片方はこうして入浴中なのだから、それが誰かは考えるまでもない。
 顔でも洗いにきたのだろうとさして気にせずいたが、それにしては様子がおかしい。
 伸び上がったり屈み込んだりといった動きは、ひょっとして服を脱いでいるからか。
 まさかと腰を浮かせ、何か声をかけるべきかと迷っていると、ついに風呂の戸がからりと開けられた。
「!…」
 浴室に一歩足を踏み入れた格好で、蘭は動きを止めた。驚きのあまり声も出せず、大きく見開かれた目は、今にも零れ落ちそうだ。
 またコナンも、かける一言が中々見つけられず、浴槽の縁に掴まった中腰のままぽかんと口を開いていた。
「あ…あ、ごめんね」
 瞳を忙しなく左右に動かしながら、蘭は声を絞り出した。
「ああ、うん……」
 そこでようやくコナンは我に返り、慌てて口を結んだ。そのまま、ぎこちなく頷く。
「あ…試験が終わって、気が緩んじゃってたから……」
 真っ赤な顔で、今にも消え入りそうな声を震わせ蘭は言った。
 いつもは、しっかり過ぎるほどしっかりしているのに、時折見せるこうしたうっかりが小憎らしいほど愛らしい。
 蘭は踏み出した一歩を元に戻すと、耳まで赤く染め俯いた。
 恥ずかしさに縮こまった肩が寒そうに見え、コナンは慌てて口を開いた。
「あ…ボクもう出るから、蘭姉ちゃんどうぞ……」
 それに、もう何度も目にしているとはいえ、惜しげもなく晒される裸体はやはり……
「え…い、いっしょに入ろうよ」
 出て行こうとするコナンを、蘭が引き止める。
「え……」
 肩を押しやられ驚いて目を上げると、照れ隠しともつかない、いたずらっ子のような微笑を浮かべた蘭と目が合った。
「いいでしょ?」
「……う、うん」
 その顔には勝てない。
 コナンは大人しくしゃがんだ。
 と、そこで初めて、蘭が手にする二本のボトルに気付いた。
 一本はラベルを剥がした空のペットボトル、もう一本は、細身の透明なガラス瓶。中身は無色透明で、ラベルにはなめらかな横文字が綴られている。
「蘭姉ちゃん、それ、なあに」
 手早く髪を纏め上げ、手桶で二度三度とかけ湯する蘭にコナンは尋ねた。
「ああ、これ」
 棚に置いたボトルを手に取り、蘭は説明した。
「園子のお姉さんにもらったの。海外旅行のお土産だって」
「ふうん」
 よく見えるように差し出す蘭の手からボトルを受け取り、背面の説明書きにさっと目を通す。
「なんでも、向こうで一番人気のあるボディローションで、お湯で薄めてマッサージすると、お肌がつるつるになるんだって」
「へえー」
 だから空のペットボトルも一緒なのかと、納得しながらコナンはボトルを返した。
「……だから、後で手伝ってね」
 受け取りながら、蘭は早口で付け加えた。不意の一言に思わず目を丸くするコナンからするりと目を逸らし、立ち上がる。
 追いかける視線をつれて、蘭は湯船に浸かった。
 じっと見つめてくる眼差しをあえて無視して、肩まで沈め大きく息をつく。
「くはー、気持ちいい。やっぱり寒い日のお風呂は格別だね」
 自分でも少しわざとらしいと思いながら、出来るだけ気にせず同意を求めて目を合わせれば、何か伝いたげにしながらもコナンはぎこちなく頷いた。
 ここで黙ってしまってはきっと気まずくなってしまうと、何でもいいから言葉を繋げなくてはと探すも、焦るばかりで中々口から出てこない。
 そうする内にすっかりタイミングを逃してしまい、蘭は込み上げてくる恥ずかしさに頬を染め俯いた。
 目の端に感じるコナンの視線に、口の中でもごもごと言い訳をして唇を引き結ぶ。
「下ばかり向いてるとのぼせちゃうよ、蘭姉ちゃん」
 そんな蘭に小さく笑い、コナンはさりげなく口を開いた。
「でも、蘭姉ちゃんでも、うっかりする事ってあるんだね」
 先の言葉には触れず、そう続ける。
 からかう口ぶりのコナンに蘭は頬を緩め、すぐに唇を尖らせた。
「あら、悪かったわね」
 つんとそっぽを向く。

 自分たちは、奇妙な矛盾と、絶妙なバランスの上に成り立っている。どちらかが迷えばもう片方が手を差し伸べる。そんな関係が、今も助けた。

 二人…三人にしか出来ない事に、お互いを感謝する。

「別に、悪いなんて言ってないよ」
「もう、コナン君のいじわる」
 取り戻したタイミングに二人は笑いながら目を合わせた。
「はぁ…温泉もいいけど、自分の家のお風呂も気持ちいいね」
 浴槽の縁に頬杖をつくと、蘭はほうっとため息混じりに言った。
「うん……」
 湯船に浸かり上気した頬と、纏め上げすっきりしたうなじが、なんとも言えず色っぽい。
 知らず内に感じてしまった自分に慌てて首を振り、コナンは一歩後ろに下がった。
 いや、もちろんこのまま出るわけは無いが、一度水をかぶってからの方がいいかもしれない。
 そんな事を一人ぐるぐる考えていると、タイミングよく蘭の方から離れてくれた。
 洗い場にしゃがみ込んで、蘭が髪を洗い始める。
 コナンは内心ホッと息をついた。
「そうだ、今日ねえ……」
 長い黒髪を左に零して顔をコナンに向け、蘭が今日あった他愛無い出来事を紡ぎ始める。
 彼女のお喋りは、選ぶ言葉のせいかとても楽しく軽快で、時折混じる女子特有の甘ったるい話題に辟易してしまう事もあったが、つい耳を傾けたくなってしまう魅力を持っていた。
 鼻腔をくすぐる甘いシャンプーの匂いに包まれ、二人は笑いながらお喋りを続けた。
 髪を洗い終えると、入ってきた時と同じように簡単に纏め上げ、今度は身体を洗い始めた。
 耳の後ろについた泡も丁寧に流し終えると、蘭は棚に置いたボトルを手に取り、少し口ごもりながら言った。
「じゃあ、手伝って…くれる?」
「……いいよ」
 ふと笑って、コナンは湯船から出た。
 蘭は空のボトルに半分ほど湯を入れると、瓶の中身をボトルの七分目になるまで流し入れ、きつく蓋をして上下に振った。
 そしておっかなびっくり、ボトルの中の二つをじゃぶじゃぶと振り混ぜる。
「このくらいだって、園子に教わったんだけど……」
 洗面器にあけた中身を、指先で確かめる。
 特に匂いはない。
 親指と人差し指の間でなめらかに馴染む感触に、蘭は笑顔のまま小首を傾げた。手のひらにすくい、思い切って左腕に塗りつける。思ったよりするするとのびて、思いのほか気持ちいい。
「大丈夫そう?」
 端で様子を眺めていたコナンに笑いかけ、蘭はこくりと頷いた。
「じゃあ、まずは腕からだね」
 コナンはそう言って蘭の腕を取ると、指先から丹念に撫でながら腕の付け根へとたどった。
「……くぅー、コナン君マッサージ上手ね」
 絶妙な力加減と的確な刺激に、蘭は心底気持ち良さそうに声をもらした。
「うん……新一兄ちゃんに教わったんだ」
 少し考え、そう答える。
「そっかぁ……新一もね、部活の後とかによくこうして、ツボ押ししてくれたんだ」
「へ、へえー」
 向けられた柔らかな微笑みに、コナンはわずかばかり照れた顔で俯いた。
 記憶を辿り、蘭は目を瞑った。
 かすかにほころんだ唇が、しょうもなく愛しい。
 ひかれるまま、コナンは顔を寄せた。
 間近の気配に気付き、蘭の睫毛がぴくりと震える。
 重なった唇に、どちらからともなく笑みを浮かべ、やがて触れた時と同じく静かに離れた。
 蘭がそっと目を開けると、すぐ傍に、深く青い怜悧な瞳があった。
 視線がぶつかる。
 途端に目の奥がじわりと熱を帯び、今にも滲む涙に蘭はふと目を伏せた。何か伝いたげに口を開き、口を結ぶ。
 笑みをのぼらせ、蘭は再び目を上げてコナンを見つめた。
「……マッサージすると、いいんだよね」
 見合わせ、しばしの間を置いてそう囁くコナンに、さっと頬を赤らめ小さく頷く。
 コナンは両手を洗面器に浸すと、すくい上げたローションを肩に零し首筋へと伸ばした。
 優しく撫でる手に蘭はびくっと肩を弾ませ、俯いた。
 コナンは背後の回ると、うなじから貝殻骨へと指先を滑らせ、うっすらと浮き上がった背骨を数えるように一つひとつたどった。
 鍛えられ美しく張り詰めたきめ細かな肌は、この先の行為に緊張してか、幾分強張って見えた。
 小さく笑い、肩口に軽く接吻する。
「っ…」
 突如触れた薄い皮膚に、蘭はひくりと喉を震わせた。
「な、舐めても平気なの?」
 心配そうに振り返る蘭にふっと笑みを零し、答える。
「大丈夫だって、書いてあったよ」
 だから安心していいと、もう一度唇を寄せ、同時に腕を回して女の肩を抱きしめる。
「!…」
 腕に込めた強い力で愛情を表す新一に、胸の奥からじわりと熱い喜びが込み上げてくる。震えながら、蘭は受け取った。
 やがて両手は静かに這い出し、晒された二つのふくらみをすくうように揉み始めた。
「……あ」
 途端に全身に広がる甘い疼きは、ぬるぬると滑らかなローションと相まってより強い官能をもたらした。
「ひっ…あぁ……!」
 戯れに乳首をくすぐられ、それだけでどうしようもなく身体が竦み上がる。
「や……なに」
 いつにも増して過敏になった自らに、蘭は驚きの声をもらした。
「気持ちいいの?」
 指先に捕らえた乳首をこりこりと捏ねながら、コナンが問う。
「うん…、うん……」
 じっとしていられないと、蘭はわずかに前屈みになって身をくねらせた。
 コナンの手が動く度首筋にぞくぞくと這い上がってくる妖しい愉悦が、熱い吐息となって唇から零れる。
「あ…コナン君……お、おっぱい……気持ち良い……」
 かなり気分が高まっているのか、普段は中々口にしない言葉を呟き、蘭は膝に置いた手を震わせた。
 それに気付いたコナンは、密かに笑みを零すと言った。
「我慢できなくなったら言ってね」
 言葉に蘭は、は、とため息をもらし、乳房を揉みしだく小さな手に自分の手を重ねた。
 力なく添えられた手が拒む為のものではないと分かると、コナンは殊更に大きく円を描いて揉み上げた。同時に、うなじから耳の後ろへと軽くついばむ口付けを与える。
「あぁあ……」
 呼応してもれた微かなため息を笑みで受け、耳元にそっと囁く。
「……もう我慢できない?」
 耳朶に触れるやけどしそうな吐息に蘭はひくりと身を震わせ、おずおずと頷いた。
「あはぁっ……」
 直後音を立てて首筋に吸い付かれ、ぞくぞくっと走ったざわめきに大きく仰のく。腰の奥にまで疼きは響き、痛いほど熱く滾った欲望に、蘭は息を引き攣らせた。
「コ…ナン君…だめ……我慢できない……」
 俯き小さく首を振る蘭の顔を肩越しに覗き込み、コナンは尋ねた。
「どこが我慢できないの?」
 意地悪く問い掛ける眼差しをうっすらと横目で見やり、蘭はぎこちなく瞳を揺らした。
 ためらいがちにコナンの手を取り、下へと導きかけて思いとどまる。そして、今にも消え入りそうな声で「お願い」と呟く。
 幾度奥の方まで曝け出しても、尚恥じらいを残す彼女には勝てず、コナンは一人小さく笑う。
「じゃあ、立って蘭姉ちゃん」
 不安げに振り向く蘭に笑いかけ、立つよう促すと、浴槽の縁を掴み前屈みの姿勢を取らせる。
 戸惑いながら言われた通りの姿勢を取り、蘭は一度振り返った。寄り添い立つコナンと目が合う。
「そんな顔しないで。大丈夫だよ」
 なだめるように言って、コナンは足の付け根に軽く口付けた。
「……うん」
 少し強張った笑みを浮かべ、蘭は向き直った。
 幾度奥の方まで曝け出した相手でも、姿が見えないのは思いの外強い不安を生む。それでも、触れてくる手は唇は紛れもなく彼のものだと繰り返し思うたび、不安は次第に薄れていった。
 コナンは再び洗面器に手を浸すと、すくったローションをあまさず両足に塗りつけた。そして腕と同じように、要所要所に適度な刺激を与える。
 まだ微かに湯気をあげるローションに包まれ撫でられて、心地好さに蘭はうっとりと声をもらした。
「あぁ…気持ちいい」
 自然ともれた呟きに、ほっと嬉しくなる。
 けれどそれ以上に欲求は強く募り、ついに耐え切れなくなったコナンは目の前の獲物に口を開けた。
 軽く歯を当てる。
 ぽってりとしたふくらはぎに三度、美しく引き締まったふとももに四度。そして内股にも一回歯を当て、接吻する。そのたびに張り詰める肌に、しょうもなく愛しさが募る。
 足の付け根から脇腹にのぼって双丘に向かうじれったい甘噛みに、蘭は切れ切れに言った。
「も、う…、なんで……食べないでよ……」
 言ってからはっとなる。自分の声と、口にした言葉がどうしようもなく恥ずかしい。
 ひどくうろたえた様子で、蘭は何度も瞬き視線をさまよわせた。
 コナンはゆっくり顔を上げると、そんな彼女の背中に小さく笑い言った。
「ごめんね……すごくおいしそうだったから」
 返事は、ない。もう一度口端を緩め、腰のくびれに指を這わせる。ぷるんと形良い丸みに何度も指を行き来させ、ついばむような口付けを繰り返す。
「あ……あ……」
 薄くあたたかな唇が触れるたび、そこからじわりじわりと淡い痺れが広がっていく。指の先まで包み込む甘い愉悦に、蘭はしゃくり上げるように喉を鳴らした。
 普段は服に隠し、人の手が触れない場所に、手と唇が触れてくる。
 身の竦む恥ずかしさと、そんな場所さえも気にせず愛撫をくれる嬉しさに、どうしていいのかわからず溶けてしまいそうになる。
「あ…はぁ……、んん……」
 意識がぼんやりと霞んでいく。
 柔らかな唇と、硬い歯の感触。
 こらえ切れずに蘭はしきりに身を震わせ、白い喉を晒して喘いだ。とろけそうな愛撫に頭が霞み、奥から溢れてくる痛いほどの熱が意識を引き戻す。
「あ…そんな……ところ、まで……だめぇ!」
 徐々に窄まりの際にまで近付いていく唇に、慌てて首を振る。
「舐めてもいい?」
「や、だめ……!」
「いいでしょ?」
 言って、コナンは会陰の辺りをぺろりと舐めた。
「くぅ、ん……!」
 鼻にかかった甘い声をもらし、蘭は仰のいた。ぶるぶるとわななきながら何度も首を振る。
「やめて…しないで……お願い」
「じゃあ、指ならいい?」
 言うが早いか、返事も待たず人差し指を押し当てる。
「やっ…ダメ! コナン君!」
 鋭い声を上げ慌てて力を込めるが、ローションのぬめりのせいであっけなく侵入を許してしまう。
「いや、ああぁぁ……」
 少しずつ入り込んでくる細い異物に、蘭は大きく胸を喘がせた。じわじわと迫り上がってくる無視できない嫌悪感に、おこりのように身を震わせる。
「まだダメ?」
 根元まで埋めた指で慎重に深奥をこねながら、コナンは言った。
 初めても二度目も、最後には指を受け入れ極まりを迎えた。
 今日で三夜目。
 既に身体は、慣れ始めている。
「あっ……くぅ、んん……」
「ねえ、蘭姉ちゃん」
 こね回し更に抜き差しを加え、再度問う。
 少しじれったい、試すような指の動きが、確実に身体を昂ぶらせていく。
 徐々に引いていく指を逃すまいと、半ば無意識にそこを締め付けてしまう自分の浅ましさに唇を噛むが、一度覚えてしまった快感から目を背ける事はもう出来そうもなかった。
「っ…は、あぁ……う」
 全身を小刻みに震わせながら、蘭はぎこちなく首を振った。恥ずかしさと気持ちよさが入り混じって、自然と涙が滲む。
 応えにコナンは満足げに口端を持ち上げた。根元まで埋め込み指先まで引いて、ねじりを加え何度も抜き差しを繰り返す。
「じゃあ、気持ちいい?」
「……ひぁっ!」
 言葉と同時に窄まりを大きく押し広げられ、瞬間背筋を走ったおぞ気にも似た痺れに、蘭は引き攣れた吐息を切れ切れにもらした。
 おさまる頃、おずおずと頷く。
「なら、気持ちいいって言って」
 促す静かな低音が、鼓膜を甘く犯す。瞬間軽い絶頂に見舞われ、蘭はぶるぶると身体をわななかせた。
「あ――コナンく…ん……、こ……」
 尾を引く余韻の中、かすれる声で名を呼ぶ。
 コナンは小さく「うん」と応えた。
「……い、い……気持ちいい…の……、あ、あ……ごめんなさい……ごめん…なさ……」
「なにがごめんなさい?」
 聞き返すと、蘭は途切れ途切れに言った。
「はっ…あ、おしり……気持ちいい…の……ごめんなさい……」
 ごめんなさい
 ため息にも似たささやきを零し、蘭は顔を伏せた。
 まだ残る羞恥に苛まれ、それでも求めてしまう貪欲な自分を許して欲しいと訴える蘭に、目も眩むほどの愛しさを覚える。
「そんなにお尻が気持ちいいの?」
 問われ、蘭は素直に頷いた。
「ごめんなさい……」
 今にも消え入りそうな、涙まじりの声をもらす。
「わ、わたし……」
 抗えない愉悦に、ついに涙が零れた。
「!…」
 直後、放って置かれたままだった花唇を指でなぞられ、突然の刺激に蘭は驚きの声を上げた。
 全身がびくりと強張る。
 思ったとおりの反応に口端を緩め、コナンは更に指を潜り込ませた。
「ひぁっ……ああぁぁん!」
 慣れた動きで花弁を割り開き、頂点の突起を中指で優しく撫で転がす左手に、たまらずに蘭は腰をくねらせた。
 その動きに合わせ、コナンは手のひら全体で覆い揉み込むように愛撫をくわえた。後ろを弄られすっかり昂ぶっていたそこは、すでに溢れんばかりに蜜を含み、少しの動きで手のひらにまで滴ってくるほどだった。
「こんなになるほど、気持ちいいんだね」
「やあぁ……ごめんなさい……!」
 必死に謝る蘭にそっと笑みをもらし、コナンは二本の指で花芽を左右にこすり立てた。手首にまで伝う粘ついた蜜をわざと音を立ててかき回し、ぴちゃぴちゃと叩く。
「いひぃぃ…いやっ……やああぁぁぁ!」
 その間も後ろの指は動かし続け、思う存分、蘭の嬌声を紡ぎ出す。
「いやぁ――!」
 二本の指で花芽をはさみ、そのまま揉み込むと、たちまち蘭の口から少し高い悲鳴が迸った。
 自然荒くなる息にコナンは肩を上下させ、三本の指をまとめて前に埋めた。ローションとのぬめりも相まって勢い付いた手は、はずみで小指までが中に滑り込んだ。
「あぁうっ……!」
 思いがけない圧迫に、蘭の背がぐんとしなる。
「あ、く……」
「つらい?」
 ぶるぶると内股を震わせ息を整える蘭に、静かに問い掛ける。
 ややあって、蘭はゆっくり首を振った。
「きつい…けど……、いいの……すごく」
 切れ切れに息を吐く事で身体を弛緩させながら、蘭は続けた。
「ゆっくり……動かして」
 頷き、コナンは四本の指を咥え込みひくひくとわななく花弁をいたわるように静かに押した。見た目にはつらそうに見えたが、驚くほどの柔軟性を秘めたそこは難なく奥まで指を受け入れ、どころか、もっと欲しいとさえ思える震えをコナンに見せ付けた。
 自然笑みが零れる。
 ならばと、少し抵抗があるのも構わず左右にねじり、四本の指をそれぞれに蠢かせた。
「うあぁ――ああぁ、ひっ……い、……」
 凄まじい勢いで駆け抜ける悦楽に、蘭は鋭い悲鳴を上げた。
 下肢で起こる猥雑な水音が、鼓膜をも犯す。
 内部の絶妙な圧迫は不意に重苦しい突き上げに変わり、膣全体で受けるずうんとした響きは脳天をも痺れさせた。かと思えば軽快な抽送に切り替わり、短い抜き差しに身体が慣れた頃また不意に強烈な突き上げを食らわされ、自在に蠢いて翻弄する左手に蘭は絶え間なく喘ぎ続けた。
「あぁ…! ああぁあ! んんっ……くふぅ!」
 前の動きを追うように後ろの右手も奔放に動き回り、薄い肉襞を隔てて左右の指がこすれあう。満足に息もできぬまま瞬く間に絶頂へと引き上げられる。
「もっ――だめぇ! だめ、あぁあ……!」
「何がダメ?」
 じゅぷっぐじゅっと前後の指で蜜をかき回しながら、コナンは声を挟んだ。
「ああぁっ……腰が抜けちゃう……、いく…もういく……、コナン……君……もう、いっちゃうのぉ……!」
 甘えた声で縋り、蘭は全身を大きくわななかせた。
 前に埋めた指に強い締め付けが加わる。同様に後ろもきつい収縮を繰り返し、極まりが近い事を教えた。
 そこであえてコナンは、後ろの指を一本増やした。
「あっ…いやああぁ――!」
 ひどくうろたえ蘭は腰を揺するが、それより早く指は埋められ、激しい抜き差しをくわえられる。
「うあぁっ……!」
 とどめの一撃となったきつい突き上げに、蘭は大きく背を反らしぶるぶると身を震わせた。弾みで、花弁の奥から熱い迸りが放たれる。
「!…あぁ――!」
 今まで以上の力で指を締め付けられ、砕かんばかりの収縮にコナンは目を閉じた。
 両手の動きを止め、そのまま波が引くのを待つ。
 不意に声は途切れ、代わりに女の忙しない息遣いだけが浴室に響いた。頭上から降り注ぐ息遣いは徐々に鎮まっていき、やがて深い呼吸に変わった。
 同時に強張っていた身体から力が抜ける頃合に、コナンは止めていた後ろの手を再び動かし始めた。
「い、やっ!」
 まだ充分に整わない息に喉を震わせ、蘭はすぐさま抵抗した。しかし満足に力の入らない足ではたたらを踏むのが精一杯で、逃げる事は叶わなかった。
 構わずにコナンは、下向きに押し込んだ指で、薄い肉襞の向こうにある前の指を探り内部を揉みしだいた。
「やだ…やめて……コナン君……それ…、いやっ……いやぁ! おねがい……!」
 泣きじゃくって訴える蘭に「やめない」と返し、尚もコナンは押し引きを繰り返した。次いで左手も動きを再開し、小指から順に折り曲げ内部を刺激する。
「うああぁぁぁ……!」
 続け様の愛撫に、身体が瞬く間に上り詰めていく。
 仰け反り、よだれを零さんばかりに嬌声をもらしながら、蘭は激しく首を振った。
「ダメ……だめなの――!」
 何かをこらえる詰まった声に喉をひくつかせ、全身を波打たせる。拒んでお尻に力を入れれば余計感じてしまう事になり、慌てて力を抜くも、なす術なく受け入れるしかない板ばさみに、涙が零れ頬を伝う。
「ふ…くうぅ……」
「我慢しないでいって」
 優しく促すコナンに首を打ち振る。勢いに髪がもつれ、はらりと一束肩に零れた。
「――いやああぁぁぁ!」
 直後、一際高い声を迸らせ、蘭は絶頂を迎えた。
「やっ……だめ――ごめんなさい……!」
 何故謝るのかと、蘭の切羽詰った声に胸の内で疑問を抱く。その答えはすぐに出された。
 強すぎる快感に身体が混乱したのか、びくびくと痙攣を繰り返しながら蘭は熱い雫を放出し始めた。
「あぁっ……みないで――!」
 叫びを上げ深くうなだれる。
 浴槽の側面を打ち放たれる雫は、浴室の中思いがけず大きな音で響いた。
「いや……やだぁ……」
 それをかき消すように悲痛な声で泣きじゃくる蘭からそっと身を離すと、コナンは汚れた両手を洗い清め、石鹸を手に再び蘭に歩み寄った。
 ようやく放出を終え、泣き崩れた彼女の肩に手を差し伸べる。
「いや…きらい……コナン君なんか……」
 その手を拒み、蘭は身を捩った。うなだれ、両手で顔を覆い隠す。
 とめどなく涙は溢れ、頬を伝って膝に幾粒も滴った。
 俯いたまま頑として動こうとしない彼女の足もとだけでも流そうと、コナンは手桶に汲んだ湯を静かにかけた。
 もう一度、そしてもう一度湯で流すと、石鹸を泡立て蘭の身体を優しく洗い始めた。
「触らないでよっ……」
 恥ずかしさに混乱し、蘭は身体を揺すってコナンの手を拒んだ。それでも触れてくるコナンに、諦めて大人しく身を委ねる。
 そこでコナンは口を開き、静かに言った。
「……ごめんね、蘭姉ちゃん。もう泣かないで」
 ごめんね
 啜り泣きに肩を震わせ、くす、くすと鼻を鳴らす蘭に何度も謝る。
「気持ちよすぎると女の人はおもらししちゃう事もあるんだって」
「!…ばか」
 顔を背けたまま蘭は呟いた。
「うん、ごめんね」
「コナン君なんか……きらい」
 力ない声音にどこか甘えた響きが混じっている事に気付き、嫌悪ではなく、拗ねているのだと気付きほっとする。と同時に、これ以上彼女の機嫌を損ねないよう言葉を選び謝罪を繰り返す。
「ごめんね、嫌いにならないで」
「だって……はずかしい」
 耳まで真っ赤に染め、蘭はぼそぼそと呟いた。
「おもらししちゃうほど気持ちよくなってもらえて、ボクは嬉しいよ」
「コナン君のばか……」
 刺は抜け、少し甘えたような声。
「うん……ごめんね」
 まっすぐ目を覗き込まれ、蘭はおどおどと瞳を揺らした。そんなに真剣な目で見られては、いつまでも拗ねている自分が悪いように思えてくる。
 でも、あんな事まで……
 また一つ、隠していた姿を見られてしまった。
 そこに嫌悪感がかけらも残らないのは、彼といるからだろうか。
 想像をはるかに越えていとも容易く導いていく。
 半ば強引に。
 それでもかけらも嫌悪感を残さない。
 そしていつもおしまいには、ほんの少しの恥ずかしさと幸福感をくれる。
「もういいわよ……」
 膝に湯をかけるコナンに、ぽつりと返す。
「身体、冷えちゃったでしょ。もう一度あたたまろうよ」
 促す手に俯いたまま頷き、蘭は湯船に身を沈めた。
 抜け切らない気まずさからか、二人は浴槽の右と左に分かれ無言で湯に浸かっていた。
 そしてお互いに、さりげなく相手をかすめ見ては話し掛けるタイミングをうかがっていた。
 と、膝を抱え俯いていた蘭が不意に顔を上げ、何をと思う間もなくコナンに詰め寄った。
 ざぶりと湯が波立つ。
「……え」
 勢いにコナンは反射的に立ち上がった。押し付けられた壁の冷たさに目を瞬かせながら、険しい眼差しで見上げてくる蘭を見下ろす。
 何を伝うでもなく見つめるばかりの蘭に、瞬きも出来なくなる。数秒の沈黙の後、蘭は顔を下に向けた。
「!…」
 咄嗟に急所を庇ったコナンの手を強引に引きはがすと、噛み付かんばかりの勢いで顔を近付け、抵抗する間も与えず口に含む。
 睾丸ごと舌で性器をすくわれ、そのまま吸い付かれコナンは声を上げた。
「うわっ……!」
 思ってもいない行為に全身が総毛立つ。身体は既に壁際に追い詰められ逃げ場はなく、引き離そうにも、両手はしっかり掴まれて力の差を思い知らされるばかりでなす術もない。
「ら、ん……」
 全体を優しく転がされ、それだけでもたまらないのに、同時に唇で付け根をくすぐられる。
 中身はともかく、外見は髪の先から指の一本に至るまで完全に十年遡ってしまった。今彼女が触れている部分も例外ではなく、仕方のない事と割り切りなるべく考えぬようにしてきた。
 それでも見られるのは屈辱でしかなかったが、全身を包む未知の快感に、考えが百八十度逆転する。
 ちゅるんと音を立てて唇が何度も吸い付き、その度ごとに脳天を直撃する白い閃きに腰が砕けそうになる。
 もしも今自分の身体が彼女に相応しい年齢であったなら、味わう事もなかっただろう。
「つ、あ……」
 気を抜くと、うっかり情けない声を出してしまいそうになる。せめてもの抵抗に何度も息を飲み込んでこらえるが、見た目に不釣合いな腰の動きは止められそうもなかった。
 ねっとりと絡み付く熱い粘膜と巧みに動く舌が、久しくなかった生々しい絶頂へとコナンを導く。
 きつく閉じた瞼の裏に弾ける白く激しい衝撃に、コナンはぐっと奥歯を噛み締めた。
「らん……!」
 喘ぐように名を呼び、口中に白液を飛び散らせる。どろどろに溶けた滾りを放つ瞬間、全身が砕ける錯覚に見舞われる。
 喉を打つ熱い迸りに蘭は肩を弾ませ一旦動きを止めるが、すぐにまた舌を絡め、最後の一滴までも吸い尽くす。
 荒い息に肩を上下させながら、コナンはその様子をただ茫然と見下ろしていた。急速に引いていく熱の勢いに頭がついていかず、今の出来事は夢だったのではないかと軽い混乱に目が眩んだ。
 しばし沈黙。
 やがて、ゆっくりと蘭が離れる。
「あ…やだったら、吐き出した方が……」
 後じさる彼女に、コナンは恐る恐る声をかけた。
 何言ってんだ、この間抜け。
 もっと別の言葉があるだろうと、混乱した頭で必死に考える。
 そんなコナンを尻目に、蘭は水をひとすくい口に含むと、とっくに飲み込んでいた白液の残りごと嚥下した。ごくりと喉を鳴らし、少し怒ったような複雑な顔でコナンを睨み付ける。
「……これでおあいこだからね」
 呟き、ふいとそっぽを向く頬は赤い。
 それを見つめる少年の頬も、同じく真っ赤に染まっていた。
 お互い、嬉しいのか恥ずかしいのかよくわからないまま、時折視線を絡ませては幸せを感じ、やがてどちらからともなく笑いあって、近付いて、ごく自然に唇を重ねた。

 

 

 

 風呂上り、すっかりのぼせた赤い顔で、二人はコタツにも入らず並んで壁に寄りかかり、ぼんやりと天井を見つめていた。
 外は冷たい風が吹き荒れ時折窓をガタガタと鳴らすが、今ならパジャマのまま出てもかえって心地いいかもしれない。
「なんだか疲れちゃったね……」
 寄り添うコナンにくすくすと笑いかけ、蘭は目を瞬いた。
「うん……ごめんね」
 繋いだ手をぎゅっと握り返し、コナンはちらりと見上げた。
「コナン君のせいじゃないよ」
 蘭も顔を向ける。
「ねえ……」
 視線を逸らしたまま続ける蘭に、コナンは小さく頷いた。
「今度、また一緒にお風呂入ってもいい……?」
 戸惑う上目遣いに口端を持ち上げ、キスで応える。
「……いいよ」
 唇の上で紡ぎ、もう一度、深く、口付ける。

 三夜目の終わり…触れ合う肌からは、石鹸の微かな香りがした。

 

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