好き嫌い

 

 

 

 

 

 

 

 

 事務所の窓、良し。
 事務所のキッチンの窓、良し。
 事務所のトイレの窓、良し。
 ………
 三階の玄関の鍵、良し。

「蘭姉ちゃん、戸締り確認できたよ」
 靴を脱ぎ、キッチンにいる蘭の元へ向かいながら、コナンはそう声をかけた。
「ありがとうコナン君。じゃあ、先にお風呂入っちゃって」
 コンロ周りを磨く手を一旦止め蘭は振り返ると、にこやかに言った。
「はーい」
 返事を残しキッチンを出る。
 昨日から静かなリビング…以前事件を解決した依頼者に、お礼を兼ねて伊豆へ招待され、二つ返事で小五郎は出かけていった。帰宅予定は、明日の午後。
 平日でなければ、蘭もコナンもついて行きたいところだが、学生はやはりそう易々と学校を休んではいけない。
 渋々留守番を引き受け、いつも以上に戸締りに気遣い二日目の夜を迎えた。
 今までも、麻雀仲間に誘われたりといった理由で飲みに出かけ夜通しいない事は度々あったが、ごく近所に出かけていていないのと、遠方へ行ってしまったのとでは気分的に違うらしく、昼間はまだそうでもなかったが、夜になると、蘭は少し緊張の面持ちを見せた。
 刃物を振りかざす悪党にも怯まず挑む豪傑…いや、勇敢な彼女にも、やはり弱点はある。
 コナンは気分を和ませる為に、普段はあまり見ないバラエティ番組を選んだり、持っているゲームソフトの中で彼女が楽しめそうなものを選んで誘ったりと、夜が怖くないようあれこれ工夫を凝らした。
 間違っても、毎週木曜日に放送される特選ホラームビーなどには触れない。
 お陰で、一日目の夜は無事過ごせた。
 今日は金曜日、いつもは一時間のクイズ番組が、ゴールデンウイーク直前スペシャルという事でたっぷり三時間放映される。それを見て大いに楽しんだら、少し早いが眠りに就けば、起きたら帰宅予定の三日目の朝になる。
 これでよしと、一人頷きコナンは着替えを手に浴室へ向かった。
「行ってらっしゃい」
 途中、キッチンの前で蘭に声をかけられ、コナンは「行ってきます」と手を上げ応えた。
 自分以外に人がいる事を確認したいからだろうと、服を脱ぎながらぼんやり推測する。とすると、自分がここに来る以前の一人の夜は、相当心細かったに違いない。
 今でこそ、身内のように扱われ愚痴の一つも零されるが、それ以外の人間にはいつの時も朗らかな顔を見せていた彼女を思うと、尊敬の念が浮んで止まない。
 偉いよなあ……
 湯船に肩まで浸かり浴槽の縁に頭を乗せ、コナンは天井を仰ぎ見た。
 彼女のお陰でこうして無事に生き延びているのだと自覚すればするほど、愛しさは深く深く募り、胸を熱くさせた。
 けれどそれは一人の時でも照れくさいもので、ごまかすようにコナンはひとすくいの湯をざぶりと顔にかぶった。
 それでも笑みが浮んでくるのは、これはもうどうしようもない。
 まあ、いいか。
 大きく息を吸い込む。

 

 

 

 後に入る彼女に時間を譲って、コナンは手早く入浴を済ませリビングに戻った。
「おかえり」
 テレビをつけ空間を賑やかにし、リビングで待っていた蘭がそう声をかける。
「ただいま」
 応えてコナンは、おやと首をひねった。彼女の傍に、着替えが見当たらないのだ。いつの間にか決まった順番で、自分の後すぐに入れるよういつも着替えを用意して待っているのに。
 今日は入らない…体調が優れないのかと心配して見上げるコナンの視線を、蘭はさりげなくかわし俯いた。
「………」
「ねえ、コナン君」
 コナンが口を開くより一瞬早く、蘭は目を逸らしたままどこかつかえたような声で名を呼んだ。
 わざと逸らされた視線、強い作り笑顔、様子がおかしいのは一目瞭然だった。
「ちょっと……見てもらいたい物が…あるんだけど」
 蘭はテレビを消すと、言いにくそうに言葉を綴った。
「……なに?」
「あ……部屋に、来てくれる?」
 いつも耳にする子供の声とは明らかに異なる低音に、蘭はびくんと肩を弾ませた。萎えそうになる気持ちをどうにか奮い立たせ、部屋へと誘う。
 何を見せようというのか。コナンは見上げる背中に眼を眇めた。
 静かに扉を閉める。
 蘭は、机の上に置いた茶色の小さな紙袋を手に取ると、その場に座りおそるおそるコナンに目を向けた。
「これ…なんだけど……」
 コナンは傍まで近付き足を止めると、立ったまま、蘭が手にする袋を見やった。袋は無地、どこにでもあるようなごくありふれたもので、中身はまだ分からないが、推測するに小さな箱状のもの……
 受け取ろうと、コナンが手を差し出す。
 渡そうと手を伸ばしかけて、蘭は動きを止めた。
「…?……見せて」
「あ……」
 訝り首を傾げるコナンに顔を背け、口ごもる。
「……蘭姉ちゃん」
 静かに呼びかけると、わずかに蘭の肩が跳ねた。しかし、待っても動く素振りはない。
 ならばと、コナンは有無を言わさず袋に手をかけた。
「……だめ!」
 蘭は鋭く制し、咄嗟に袋をかばった。
 コナンは淡く笑みを浮かべた。今の反応で、大方の予想はついた。
 本当は見せたいのに、恥ずかしくてどうしても見せられないもの。
 迷っているのなら、自分の取る行動は一つだ。
 コナンは軽く息を吸うと、口を開いた。
「じゃあ、蘭姉ちゃん。ぬるくならない内にお風呂どうぞ」
 殊更に明るい子供の声で言って、くるりと背中を向ける。
「待って……!」
 ドアノブを掴んだところで、蘭は白旗をあげた。
 密かに笑みを零す。
 振り返ろうとする耳に、袋の中身を床に落とした音が届いた。
 がさりと、ごく些細な物音。
 コナンは目を向けた。
 直後、わずかに目を見開く。
 これはさすがに…予想出来ない。
 コナンは引き返すと、床に落とした箱を前に硬直している蘭の傍で立ち止まり、さっと拾い上げた。
「!…」
 声にならない声を上げ、蘭はびくりと肩を震わせた。
 動けないでいる彼女にちらりと目をやり、コナンは箱を開けた。
「や……」
 蘭が微かに声をもらす。すでに、頬はおろか首筋まで真っ赤に染まり、瞳は潤んで見えた。
「……確かにこれは、恥ずかしいよね」
 取り出した白い小さなチューブ…細いノズル、丸い容器に入った浣腸薬を目の高さに掲げ、その向こうに蘭を見据えてコナンは言った。
「い…いつも……気になってたから……」
 泣きそうに顔を歪め、俯いたままかすれた声で蘭はこたえた。
 ……なるほどね
 先端のキャップをちらと見やる。名前はよおく知っているが、実物を目にするのは初めてだ。
 コナンは笑みを零すと、一歩踏み出し、チューブを摘んだ手ともう一方の手で蘭の頬をはさみ込み、強引に自分の方を向けさせた。
「んっ……」
 抵抗も束の間、蘭は大人しく顔を上げた。
「自分で買ったの?」
 静かな問いにぎゅっと目を瞑り頷く。
「今日?」
 もう一度、頷く。触れている頬は、火傷しそうに熱くほてっている。
「どこで?」
「み、緑台駅の…傍の…お店……」
「一人で?」
「……そ、そう」
 執拗に続く質問に段々と蘭の声はか細くなっていく。
「どんな気分だった?」
「っ……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
 鼓膜にすべり込む低い囁きに、蘭はぶるりと身を震わせた。
「目を開けて、蘭姉ちゃん」
 言って、コナンは一旦口を閉じた。そのまま、蘭が目を開くまでじっと待つ。
 二人の間に、じりじりしたと無音が続いた。
 一秒…二秒……五秒……十秒
 やがて、震える睫毛がゆっくりと持ち上がった。
「あ……」
 予測したままの眼差しで見据えられ、蘭は眦を潤ませた。
「ねえ、どんな気分だった?」
 びくびくと左右に揺れる瞳を真っ向から見つめ、コナンは同じ質問を繰り返した。
「…う……」
 答えるまで繰り返される事を悟った蘭は、ついに諦め、何度もためらいながら途切れがちに言葉を綴った。
「す…ごく、は、は……恥ずかしか…た」
 言い終えると同時にひくりと喉を鳴らす。
 にやりと口端を緩め、コナンは更に質問を続けた。
「それだけ?」
「やだ……許して……」
 今にも泣きそうに顔を歪ませ、懇願する。
「答えて」
 穏やかな声音でコナンは言った。
「いや……」
 かすれた声で蘭は首を振った。
「だめ。答えて蘭姉ちゃん。恥ずかしかった、だけ?」
 俯こうとする顔を強引に持ち上げ、優しく追い詰める。眉根を寄せ、眦に涙を溜めた表情は、何度見ても胸を高鳴らせた。
「あ……コナン君」
 決して声を荒げず、けれど決して追及の手を緩めない少年に蘭はついに涙を零した。
 辛さに流れたのか、それとも欲深い歓喜に突かれてなのか、自分でもわからない。
 観念して口を開く。
「は、恥ずかしかった…けど……興奮、して……た」
 嫌々答えている自分に、腹の底がぞくりと疼いた。
 コナンは取り出したハンカチで丁寧に涙を拭ってやると、口付けほどに顔を近付け言った。
「泣くくらい……?」
 唇の上で囁かれた言葉に、蘭は目を閉じて頷いた。
 嗚呼……だめ
 もっと、もっと。
 もっとがんじがらめに。
 支配されたい――
 深奥から欲望が這い上がってくる。
「そう……コナン君」
 濡れた睫毛を震わせながら、そっと呟いた。
「そうだよね。中を綺麗にしたら、もう心配はいらないものね……」
 囁き、コナンは楽しげに口端を緩めた。

 

 

 

 コナンの指示に従い、蘭は服を脱ぎ下着のみになると、ためらいがちにベッドに横たわった。
 やはり怖いのか、手も足もひどく強張り震えていた。
「一回こっち向いて、蘭姉ちゃん」
 背中を向けた蘭に呼びかけ、コナンは肩に手をかけた。向きを変える動きに合わせて、ゆっくりと引き寄せる。
 怯えと、羞恥と、恐怖、申し訳なさ、様々な感情がないまぜになった心もとない困惑顔に、コナンはそっと手を触れた。
「無理に、しなくていいんだからね」
 わずかに青ざめ冷たくなった頬をさすりあたためながら、そう言って聞かせる。
 その言葉に、蘭は迷う素振りを見せた。しかしすぐに目を上げコナンを見つめ返すと、弱々しい声で「して」と呟いた。
「コナン君がいるから…大丈夫……」
 頬に触れた小さな手を、握りしめる。
 応えてコナンも握り返し、手の甲に軽く口付けた。
 責任は重大だ。
「じゃあ、ショーツを脱いでむこう向いて」
 蘭は微かに頷くと、ショーツを脱ぎ左肩を下にした。
「右足を胸に抱くように折り曲げて……そう」
 顔が見えないのが、少し怖い。蘭は震える唇をぐっと引き結んだ。
 触れた手が、ぐいと尻を押し上げ奥にある口を露わにする。
 見られる羞恥と、初めての行為に、自然と息が乱れた。食いしばっても、奥歯がカチカチと音を立てる。
「大丈夫。力を抜いて。身体を楽にして」
 背後からの静かな声は、不思議と緊張をほぐした。蘭は詰めていた息を吐き出し、恐々と四肢を緩めた。
 それでも、ノズルを差し込まれた瞬間は身体に力が入ってしまう。小さく「ごめんなさい」と声を零し、蘭は何度も瞬きを繰り返した。
「大丈夫、ゆっくり呼吸して」
 言って、コナンは薬液を注入した。
「う……」
 不快感を伴い流れ込んでくる異物に、蘭はじっと耐えた。少し重く、少し冷たい。
「もういいよ」
 コナンの声に蘭は恐る恐る顔を向けた。差し込まれたノズルはとっくに抜かれているのに、まだ何か挟まっているような気がする。
「起きられる? ゆっくりでいいから」
「……うん」
 コナンの手を借り、蘭はぎこちなく上体を起こした。今はまだ違和感はないが、奥が少し、濡れているように感じる。
「少し苦しいかもしれないけど、五分間我慢して」
 不安げな顔で蘭が頷く。
「足の付け根が熱くなったり、少し血の気が下がる感じがすると思う。これは薬のせいだから、何も心配いらないよ」
 心配事が一つでも少なくなるようにと、コナンは思い付く限り言葉を重ねた。
 蘭は腕を交差するように腹部を庇うと、俯くように前屈みになった。
「寒い?」
 聞きながら、あらかじめ用意しておいたバスタオルを肩に羽織らせる。
 蘭は小さく「大丈夫」と首を振り、戸惑いながら言った。
「お腹が……すごく……動いてるの」
「薬が効いてきた証拠だよ。心配なら、トイレに行こうか」
 コナンの提案にしばし考え、顔を伏せたまま頷く。
 立ち上がろうと足を踏みしめるだけで、身体に大きく響いた。
 少しでも力を抜くと漏れ出てしまうのではないかと、蘭は怯えを色濃くし、先を行くコナンの手を強く握りしめた。そろそろと、一歩ずつ慎重に踏み出す。
「うっ……」
 数歩進んだところで、突然鋭い痛みが襲ってきた。
 瞬間びくんと力んだ手にコナンは振り返り、励ますようにそっと声をかけた。
「大丈夫。ゆっくり歩けば心配ないから。慌てないで」
 苦痛に顔を歪ませ、蘭はこくりと頷いた。
 部屋からトイレまでほんの十数歩の距離が、今はひどく遠く感じられた。
 握りしめたコナンの手だけが、望みの綱となる。
 大丈夫……コナン君がいるから大丈夫……
 時折軽い目眩が襲うたびそう言って聞かせ、やっとの思いでトイレにたどりつく。
「時間まで立って我慢出来そう?」
 問いかけに蘭は頷いたが、すぐに「……わからない」と不安そうに声をもらした。
「じゃあ無理しなくていいから、だめだと思ったらすぐに座って」
 念を押すコナンに何度も頷く。
「じゃあ、お風呂場で待ってるから、済んだら来て」
 言って出て行こうとするコナンを、蘭は握った手を更に強く掴む事で引き止めた。
 驚いて振り返ると、蘭自身も自分の反応に戸惑い混乱しているのがはっきり見てとれた。
 この後何が起こるか、何をするのか分かっていないはずがない。
 けれど、それらを見られる羞恥よりも今は、一人になる恐怖の方が勝っているようだった。
 排泄行為を覗く嗜好は持ち合わせていない。
 彼女だって、冷静であれば決して引き止めはしないだろう。
 けれど今は別だ。
 頼るなら、形はどうあれ、応えるべきだろう。
「辛かったら掴まって、蘭姉ちゃん」
 手は繋いだまま、コナンは前屈みになった蘭の身体を支えるように背中に腕を回した。そして、ポケットから取り出したハンカチを小さく折りたたむと、足の間に差し入れ向こうにある小さな口にあてがった。
「な、に……」
 びくんと弾む背中をなだめるようにさすり、抱きしめたまま言う。
「大丈夫。蘭姉ちゃんは何も心配しなくていいから」
 繰り返される「大丈夫」の言葉に、蘭はおずおずと頷いた。
「っ……コナン……君」
 片方の手でぎこちなくコナンにしがみ付く。
「ああ……」
 痛みに頭が朦朧として、ものがうまく考えられない。なんでこんなに苦しい思いをしているのか思い出せない。口からもれるのは、痛い、苦しいの言葉だけ。
 ああ…そうか……わたし
 はっと我に返る。
 こんな状況で引き止めてしまった自分自身にぞっとし、またも混乱に見舞われる。
 気を抜くとばらばらに崩れそうになる思考を奮い立たせ、蘭は必死に腕を離そうと努めた。
 けれど、こんなに力強く抱きしめてくれる腕を離すなんて、出来そうになかった。
 思考がまた、痛みに霞んでいく。
「あぁ……コナン君…お腹……いたい……」
 歯を食いしばり、蘭は必死に言葉を紡いだ。
「もう少し、我慢して。辛かったら声出していいから」
「うぅ…ふぅ、う……痛い……コナン君――いたい…いたいよ……」
 しゃくり上げ、力んだ息継ぎの合間にもれる悲痛な喘ぎが少しでも和らぐようにと、コナンは抱きしめた背中を何度もさすってやった。肩から落ちかけたバスタオルを引き上げ、とんとんとあやす。
「もう少しだから頑張って。でも、どうしても辛かったら出していいよ」
 ぐっと奥歯を噛み締めた強い顔で蘭は首を振った。内股が焼けるように熱い。
「もう少し…く、う……もうすこし……」
 額に脂汗が滲む。首の後ろから血の気が下がっていくようで、おぞ気に身震いが止まらない。
「うん、もう少しだから」
 そっと背中をなだめる。
「う…もう……だめ……」
 涙まじりの声を震わせ、蘭は限界を伝えた。
「あともう少しだけ我慢して。それでもだめなら、出しちゃって構わないよ」
「や…手を…はなして……」
 手は離れない。
「おねがい…コナン君……手を……」
「ダメならこのまま出していいから」
「いや…はなして……」
 早く出してしまいたいと、それだけに囚われた頭で尚抵抗し、今にも破裂しそうに震える小さな口にぐっと力を込め拒む。
「洗えばいいんだから、出して」
「いやぁ……」
 小さな身体にぎゅっとしがみ付き、朦朧とする意識の中踏みとどまる。一秒ずつが長い。
 ひっひっと小刻みに肩を弾ませる。
「……五分経ったよ」
 一瞬の空白を挟み、コナンの声が鼓膜に届く。
「手を離すよ」
 コナンの声に半ば無意識に頷き、蘭は力を抜いた。
 限界まで追い詰められた心は、本来隠すべき場面を他人に晒す羞恥も忘れ、一刻も早く楽になりたいとだけ願い目的を果たした。
「うぁあ……!」
 目の前の小さな身体にしがみ付いたまま、蘭は排泄を始めた。
 見られている、聞かれていることに構っている余裕などなかった。
 早く楽になりたい。この苦痛から逃れたい。
 頭にあるのはそれだけだった。
 どっと吹き出す感触が、二度、三度、起こる。
 しかし、痛みは一向に引かない。
 ひどい食中りとさして変わらない毒々しい痛みの中、蘭は泣き叫んだ。
「いたい……! おなかいたいよ……コナン君……いたい…うぅ……くるし…い……!」
 眦から涙を零し泣きじゃくる蘭の背中を優しくさすってやりながら、コナンは言った。
「大丈夫、すぐに治まるから。全部出しちゃえば痛いのはなくなるから。もう少しの辛抱だよ、蘭姉ちゃん」
「うぅ、ん…あ、ぅ……い、いたい……」
 味わった事のない痛みに翻弄されすすり泣く。
 やがてコナンの言葉どおり、あれほど下腹を苦しめていた痛みは嘘のように消えた。
 排泄欲はほとんどなくなり、出すものがもう何も残っていないのをぼんやりと感じ取る。
 必要以上に強張っていた身体から恐る恐る力を抜き、蘭は大きく、肩で息をついた。
 幾分楽になった呼吸から察して、コナンはそっと声をかけた。
「まだ苦しい……?」
 コナンの肩の上、ひどく疲れた様子で、蘭は首を振った。
「もう……大丈夫」
 そこでようやく蘭は腕をほどいた。途端にどっと後悔が押し寄せる。
「わたし……」
「じゃあ、お風呂場で待ってるから、全部済んだら来てね」
 何か伝う蘭をあえて遮り、コナンは「大丈夫だから」と残して出て行った。
 視界の端で、静かにドアが閉まる。
 唇を噛み締め、蘭は深くうなだれた。

 

 

 

 身づくろいを済ませ、トイレを出る。
 このまま消えてしまいたい……
 肩にかけたバスタオルの端で目尻を拭い、蘭はゆっくり浴室に向かった。
 どんな顔をすればいいのか
 胸に重く圧し掛かる後悔が、歩みを遅くさせた。
 ふと、急に、下半身に何も身につけていないのが恥ずかしくなり、今更と蘭は自嘲気味に笑みを零した。今更隠しても、もう遅いのだ。
 蘭は半ばやけになってブラを脱ぎ去ると、再び歩き出した。
 けれどどんなに開き直っても、見上げてくる心配そうな眼差しを見た途端脆くも崩れ去ってしまう。
「大丈夫?」
「……うん」
 覗き込んでくるコナンと出来るだけ目を合わせないようそっぽを向いて、蘭はぼそりとこたえた。
 手にした下着とバスタオルを洗濯かごに押し付け、振り返りもせず浴室に足を踏み入れる。
「………」
 その後ろ姿を、コナンは黙って見送った。
 全裸のままやってきたのはさすがにぎょっとしたが、彼女の態度からおおよそ察しはつく。それにはなるたけ触れず、後に続く。
 さっき長湯しないで正解だったな
 心の隅でこそっと思う。
 蘭は洗い場にしゃがみ込むと、手桶に汲んだ湯で肩をあたため、そこそこに湯船に浸かった。
 コナンも同じく、そして出来るだけ目立たぬよう、そろそろと浴槽をまたいだ。
 いつかのように右と左に別れ、二人はじっと押し黙っていた。
 静かなまま、しばし時が過ぎる。
 はっきり顔は向けず、視界の端でコナンはさりげなく蘭の様子を見守っていた。と、その視線が不意にはっと揺れ動いた。
 強い顔のままじっと正面を見据えていた蘭の瞳から、突然大粒の涙が堰を切ったようにポロポロと溢れ出したのだ。
 コナンは何か伝いかけて口を噤み、ゆっくり傍に近付いた。
「汚いところ見せてごめんね……」
 ちらりとかすめ見てすぐに片手で顔を覆い、蘭はしぼり出すように言った。
「あんなになるなんて…わたし……」
 繰り返し胸を苛む、瞬間の羞恥。どんな言葉で謝っても足りないと、嫌悪が後から湧いてくる。
「……蘭姉ちゃん」
 混乱し、泣きじゃくる蘭を優しく抱きしめ、コナンはあやすように背中を撫でた。
「あれだけ苦しかったんだもん。しょうがないよ」
 大丈夫、大丈夫
 腕の中で震える彼女がたまらなく愛しい。
「ボクは何とも思ってないから、もう泣かないで。ね、蘭姉ちゃん」
 様子を伺いながら顔を覗き込み、頬に零れた涙を手のひらで拭ってやる。
「っ………」
 恥ずかしさと申し訳なさがないまぜになり、どう返事していいのか、蘭はただ唇を震わせコナンに身を委ねていた。
 そんな蘭に何度も口付け、身体から強張りが抜けるのをコナンは辛抱強く待った。
 顔を隠す手や、指や、鼻先、おでこ、片方の瞼、頬、眉尻、頤。
 繰り返される柔らかな接吻にようやく気持ちもほぐれたのか、まだ少し涙の混じる声で蘭は呟いた。
「ほ、ホントに……?」
「うん、ホントだよ。だからもう泣き止んで」
 ねえ。
 蘭はそっと手を退かすと、上目遣いで恐る恐るコナンを伺い見た。
「ホントだから……」
 囁き、触れるだけのキスをする。
 コナンはにこりと笑みを浮べると、言葉を継いだ。
「それに、辛かったら無理してしなくていいんだから。ゆっくりあったまって、身体を休めて」
「……してよ」
「……え?」
「して……してよ。せ、せっかく…準備したのに……コナン君のいじわる……きらい」
 言うだけ言うと、蘭は強い顔で俯きそっぽを向いた。
 今泣いてたくせに。拗ねるなよ……ったく。止まらなくなるだろ
 口端の笑みを深め、コナンは両手で蘭の顔をはさみ込んだ。
「大丈夫?」
「……うん」
「もう苦しくない?」
「……うん」
「じゃあこっち見て」
 逸らされたままの瞳を優しく誘う。
「ボクを見て」
 言葉に眼差しはぎこちなく揺れ、やがてゆっくりと、正面を向いた。
「もう大丈夫……」
 囁き、コナンは唇を寄せた。
 何か伝うように唇をわななかせ、蘭は口付けを受け止めた。
 触れるだけのキス。
 それはすぐに、熱い吐息を伴う深いものに変わった。
 蘭は寸前に閉じた目をそろそろと開くと、視界を占めるほどに近付いた彼の青い眼差しに自分を映した。
 小さく、くっきりと浮ぶ自分の姿…貪りねだる己の痴態にますます熱が上がる。
 蘭は何度も唇をついばみ、ためらいながら舌を伸ばし吐息ごと絡めた。
「ん…ふうぅ……」
 段々と激しさを増す互いの口付けに目の奥がじわりと熱くなる。
 夢中になって舌を吸えば、湿った音が殊更大きく浴室に響き、喉に流し込まれる内側の快感とあいまって身体中をより敏感にさせた。
 覆い被さる小さな身体に腕を回し、蘭は更に深く舌を求めた。
 合間に時折思い出しては息を吸う。うなるように。
「あっ、はっ……んぅ…う……はうぅ!」
 もはや接吻なんて生易しいものじゃなく、互いに噛み付き合っているようだった。
 まだ足りない。
 もっと欲しい。
 腰の奥が疼く。
 乳房の頂点が疼く。
 首筋がゾクゾクする。
 頭の芯が痺れる。
 涙が出そう……
「あぁ……コナン君――!」
 はちきれんばかりに膨れ上がった欲望に突かれるまま、蘭は悲鳴まじりの叫びを上げた。
 じっとしていられないと、湯船の中で膝を立てる。湯を波立てながら何度もこすり合わせ、目の前の少年に強要する。
 応えるように、小さな手が乳房を強く鷲掴み指を食い込ませた。
「あぅ……」
 ずきんと染み込んでくる痛みはすぐさま快感にすりかわり、熱を煽った。
 痛いのが気持ちいい……私は……
 きつく揉みしだかれるたび、全身に強烈な痺れが走る。蘭はそれに合わせて身を打ち震わせ、突き出すように胸を反らせもっととねだった。
 応えて、コナンは下からすくうように揉み上げると、湯船の際に顔を出した乳首に向かって顔をずらした。
「あ…はっ……!」
 首筋をなぞり這いおりていく唇に興奮が高まる。
 早く…早く…蘭は何度も深く喘ぎながら、少しずつ欲しいところに向かうコナンの唇を凝視していた。
 視線に気付き、コナンはちらりと目を上げた。困ったように眉根を寄せ、期待と、少しの怯えに歪む蘭の表情ににやりと口端を持ち上げる。
 震えながら、それでも目を逸らさない彼女に見せつけるように、わざと舌を伸ばし、軽く乳首を突付く。
「あぁっ……!」
 舌全体で、味わうように乳首を転がし、ねぶり、舐め上げる。
「う、く……」
 殊更ゆっくり行われる愛撫に蘭はひくひくと喉を引き攣らせた。硬い歯に挟まれ引っ張り上げられる乳首、形、快感……
「はっ……!」
 きつい一噛みにしゃくり上げる。鋭く刺す痛みにぐっと息を詰めたのも束の間、一転してねっとりと絡み付くあたたかい粘膜に包まれ、ついていけず蘭は軽い混乱に見舞われた。
「い…あぁ、あ……いい…の……」
 絶妙のタイミングで繰り返される緊張と弛緩が、彼女をより深い快感へと誘う。
 はあはあと息も絶え絶えに喘ぎながら、蘭は霞む目でコナンを見やった。小さな手が這い回る箇所から、全身へ妖しい快感が広がっていく。広がって、腰の奥に集まる熱い疼き。
 まだ直接触れられていないのに、下腹が腫れたように重い。
 早く慰めて欲しくて、ひくひくと蠢いているのが分かる……
「お…おねがい……コナン君」
 我を忘れ、恥知らずにも自分でしてしまいそうになる衝動を辛うじて飲み込み、蘭は縋る眼差しでコナンを見た。
 長く湯船に浸かったせいもあって、しっとりと汗ばみ上気した頬が、艶めかしい匂いを伴いコナンを誘惑する。
 目尻は赤く染まり、わずかに上向く瞳は、この先の行為に期待してか濡れていた。
 潤む双眸に笑みを向け、コナンは一旦湯船を出るよう促した。
 軽くのぼせてしまったのか、蘭は洗い場に立った途端くたくたと膝を折った。コナンはすぐさま肩を支えゆっくり座らせると、呼吸が整うまでしばし待った。
「ごめんね……」
 まだ少し覚束ない声の蘭に大丈夫と笑みを向け、手にした石鹸を泡立て彼女の身体を洗う。
 首筋から指の先まで、身体中をあまさずすべる小さな手のひらが、曖昧なまま放り出され燻っていた蘭の欲望に火をつける。
 熱く滾る何かが奥から迫り上がってくる錯覚に、蘭は何度も唾を飲み込んだ。気を抜くと、甘い声をもらしてしまいそうになる。
 こらえにこらえ、それでも我慢できない欲求に腰の深いところが疼く。疼いてたまらない。じっとしていられない。
「コナン君……」
 唇だけで呟く。恨みがましく。きっと、煽るだけ煽って楽しんでいるに違いない。わかってるのに……
 けれどそうして追い詰められ苦しんでいる自分の姿が、より深い快感に繋がっていく事も、蘭はわかっていた。
 否定ながら、官能に浸る。
「膝立ちになれる?」
 目を閉じて心地好さに委ねていると、控えめなコナンの声がはっと意識を呼び戻した。
「あ……うん」
 反射的に頷き、蘭は腰を浮かせた。
「やっ……!」
 直後、双丘の奥にするりと手がすべり込んできた。突然の事に蘭はびくんと肩を弾ませ振り返った。
「そ、そこは自分で洗うから……!」
 頭がついていかず、軽い混乱に見舞われる。
「いいから、力を抜いてて」
 コナンは静かに、有無を言わさぬ声音で言い付けると、奥にある小さな口の周りを丹念になぞった。襞の数を数えるように、じっくりと。
「う…あ……」
 ぞわぞわと肌を這う妖しげな感触が、続け様に刺激を送り込んでくる。蘭はぎこちなく顔を正面に戻すと、半ば無意識に両手を抱き寄せ俯いた。
「ひっ……!」
 折り重なった襞を執拗に撫ででいた指が、ついに内側に潜り込んできた。
「力を抜いて」
 力んでかたくなった蘭に再度言い、コナンはゆっくり指を埋めていった。
「な、なんで……中まで…するの?」
 びくびくと身体を緩ませながら、蘭は訊ねた。
「なんでだと思う?」
 背後からの意地の悪い声に、一拍置いて首を振る。
 指はゆっくりとした抽送を繰り返し、時折内部を軽くこすっては、思いがけない刺激を与え蘭を鳴かせた。
「今に分かるから、少し待ってて」
 答えを隠すコナンに唇を噛み、蘭はこれ以上声がもれないよう息を詰めた。
 しかしそんな抵抗も、いつ終わるとも知れぬ抜き差しのじれったい刺激に容易く崩れた。
「う…あぁ……はっ…あんん……!」
 際限なく膨れ上がっていく欲望はどろどろとした熱い滾りとなり、ついには下腹から溢れ内股を濡らした。
 いや……もっと強いものが欲しい……
 渇望に蘭は大きく胸を喘がせた。
「あ………」
 浅ましいと嫌悪しながらも、指を締め付けてしまうのを止められない。気付かれぬはずがない、すぐに分かってしまうのだから…頭では理解していても、もう我慢出来なかった。
 コナンの名を呼ぼうとした瞬間、まるで見計らったように、指はあっけなく内部から退いた。
「…あぁ……」
 かすかに残る感触に縋り付くように、蘭は身を震わせた。
「中を洗っただけなのに、そんなに気持ちよかった?」
 わずかに嘲りを含んだ声が耳を穿つ。
 咄嗟に蘭は首を振ったが、彼の指に伝わった感触を消す事は叶わない。羞恥に頬を染め、ぐっと唇を噛む。
「本当に? 少しも感じてない?」
 手桶に汲んだ湯で洗い流しながら、コナンは再度問いかけた。分かっていて聞く、今にも笑ってしまいそうになるのをぐっと飲み込む。
「あ……」
 喉の奥でもつれた声を零し、蘭は沈黙した。
 答えに迷う。どちらを選べば、より強く彼の支配を感じられるだろう……
 しばしの沈黙の後、蘭はゆっくりと頷いた。
 ためらいがちに頷く様に、コナンは笑みを浮かべた。
「じゃあ立って」
 促し、浴槽の縁を掴んで前屈みになるよう言う。
「確かめるから、足開いて」
 背後の声に蘭はぎこちなく従った。ようやく訪れた瞬間、限界まで膨れ上がった期待が目を眩ませた。
「み……見て……」
 もう我慢できない。一秒だって抑えておけない。
 かすれた声で懇願する。
 逸る心を抑え、コナンは目の前の白い肌にひたりと手を当てた。
「あ……」
「っ……」
 滴るほどに蜜を含んだ下腹は女の匂いに溢れ、辛うじて冷静さを保っているコナンを妖しく誘った。
 思わずため息がもれる。普段は慎ましく閉じている花弁はいまや熱を帯びてぽってりと腫れ上がり、開いて、朱く色付いた内襞をわずかに覗かせている。
 早く、早くと急かすように蠢くそこへ、コナンは顔を近付けた。
「あうぅ……」
 吐息が触れただけで、蘭は腰から崩れそうになった。震える膝で辛うじて踏みとどまり、この先に続く愛撫に期待を込めてしゃくり上げる。
 コナンは両の親指でそっと花弁を割り開くと、焦らし焦らし舌を進めた。
「ひぁっ……!」
 ぬるりと割り込んでくる舌の熱さに、蘭は大きく仰け反った。軽く達してしまう。
 待ち望んだ末の刺激に身体が震えて止まらない。
「……や…あぁっ……く、は……い、い…いいの……ああぁあ……!」
 ようやく与えられた快感に、蘭は高い悲鳴を続け様に迸らせた。
「はぁんっ……あぁ…あ、あ…あ――あぁ……!」
 声を出していなければ、絶え間なく突き上げてくる快感に頭がおかしくなってしまいそうになる。
 ぞくぞくと肌の内側を走る強烈な疼きに促されるまま、蘭は繰り返し嬌声をもらした。
 とめどなく零れる享楽の声に煽られ、コナンは何度も強く花弁の際を吸い、なぞり、舌先でくすぐった。
「はっ……そこ……そこぉ……あ、んぅ……」
 より奥へ入り込もうとする舌の動きに、蘭は繰り返しねだりながら腰をくねらせた。そんな浅ましい自分を恥じながらも、もっと見て欲しい、いっそ蔑まれてもいいとさえ思ってしまうのを止められなかった。
「ここがいいの?」
 コナンは一旦顔を離すと、代わりに指で刺激しながら蘭の反応を伺った。二本の指で内側をなぞり、くちゅくちゅと蜜をかき回す。今しがた舐め取ったばかりだというのに、もう手のひらにまで伝うほど熱い雫で溢れかえっている。
「あぁ…ああ……そこ……」
 粘ついた水音を立て蠢く指に何度も全身を強張らせながら、蘭は鼻にかかった声で甘く頷いた。
「……蘭姉ちゃんのうそつき」
 手は止めずに、コナンは薄く笑って言った。
 浴槽の縁を掴んだ手が、その一言にびくんと震えた。
「あ……ごめんなさい」
 蘭は唇をわななかせ繰り返し「ごめんなさい」と謝った。
「どうして嘘をついたの」
 それだけでは許さず、コナンは更に問い詰めた。
 ……もっと欲しいんだろ
「それは……あぁっ!」
 言いかけた声が不意に高い悲鳴に変わる。
 ごく浅い箇所をなぞっていた指が、突如強い突き上げをみせたからだ。
 ずうんと腹に響く、重苦しい一撃が脳天を直撃する。
 鈍痛はたちまち強い快感に変わり弾け、蘭を絶頂へと近付けた。
「ひぃ…んっ……く…はぁ…あぁ…ああ……!」
 奥へ誘うように指にねっとりと妖しく絡み付いていた内襞が、強い締め付けへと変化する。極まりが近い事を知ったコナンはふと笑みを浮かべると、追い上げるように二度三度指を突き入れた。指先を折り曲げ内部を抉りながら、とめどなく溢れる蜜液をぐちゅぬちゅと縫って内奥をかき乱す。
「あぁっ…は、んん……や…だめ……あ、ああぁ……」
 緩慢に首を後ろに反らせ甘ったるい喘ぎを紡ぎながら、蘭は全身で歓びに浸った。
「どうしてダメなの? いきたかったんでしょ?」
 熱に浮かれてもれる声を、コナンは意地悪く拾い上げ追い詰めた。その間も指は止めず、浅い箇所での激しい抜き差しから、一転して根元まで突き入れ、更に奥を目指してこね回す。そして時折指を抜き、花弁の頂点にあるぷっくりとした突起を摘みくりくりと揉み転がしては、また中に指を埋め膣内を激しくこすり上げた。
「で、でも…あぁああ……い、や…いや、ぁ……」
 どろどろに熱く滾った欲望の中心をあまさず愛撫され、蘭は息も絶え絶えに首を振った。痺れるほどの強烈な快感に頭が朦朧として、何に首を振っているのかもうわからない。全身を支配する愉悦に突かれるまま、自らの乳房に手を伸ばし強く揉みしだく。
「ああぁっ!」
 摘み上げた乳首を押し潰すようにこね、下肢とひと繋がりになった目も眩む歓喜に蘭は甲高い悲鳴を上げた。たまらずにいやいやと髪を振り乱す。
「我慢しないでいって……」
 卑猥な水音に混じる背後からの低い囁きに、蘭はひくりと喉を引き攣らせた。
「……何度でもいかせてあげるから」
 続く低音が鼓膜を甘く犯す。
 耳にした途端、蘭の中で何かが白く弾けた。
「あぁ……いくっ…いくぅ……!」
 上ずった声をもらし、蘭は四肢を突っ張らせた。
 締め付けが一層きつくなる。それはただ無遠慮なものではなく、不規則にヒクヒクと内襞を蠢かせ、搾り取るような動きをみせた。
「いっちゃう…コナン君……コナン君――!」
 手のひらでぎゅうっと乳房を握り込み、蘭は絶頂の訪れにびくびくと全身を波打たせた。
 極まりを迎え急激に狭まった膣内に逆らって、コナンは更に強く指をねじ込んだ。拳を打ちつけるように抉るたび、奥からさらりとした熱い蜜液が溢れ手首を濡らした。
「あっ、はぁ、はっ……あぁ……」
 針が振れたままの状態がしばし続く。それを知っているかのように、繰り返し億を抉り全てかき出そうと動く指に、蘭は何度も胸を喘がせた。
「ああ……ん……ん」
 少しずつ息を整えながら、蘭は強張った身体から徐々に力を抜いていった。
 浴室を満たしていた激しい息遣いが、次第に静かなものに変わっていく。
 見計らい、コナンはそっと指を引き抜いた。名残惜しそうに絡み突いてくる内襞が、微かに音を立てる。
 余韻に浸りうなだれる蘭に密かな笑みを向けると、コナンは再び手を伸ばした。
「あっ!」
 今度は、奥の窄まりへ。
 前に受けた刺激に呼応するように、そこは息づくようにひくひくと蠢いていた。
 躊躇せず指先を埋める。
「んん……!」
 喉の奥で鳴き、蘭はびくんと肩を竦めた。
 すっかり濡れた指はたやすく侵入を果たし、更に奥へと突き進んだ。
「あ、あぁ……」
 困惑気味の声が、蘭の口から零れた。慣れたつもりでも、挿入の瞬間はむず痒いようなおぞ気に見舞われる。しかしそれを越えてしまえば、すぐにあの目も眩むような快感に包まれる。
 すぐに……
「ん…あ…ふ……」
 眉根を寄せ、蘭はしばし耐えた。
 根元に到達した指が、今度はゆっくり、引き抜かれる。そしてまた奥へ。また浅く。何度も行き来を繰り返す細く長い異物に合わせて、蘭は絶え間なく身体を打ち震わせた。
 執拗にこすられるにつれ、一旦はおさまった欲望が瞬く間に燃え広がっていく。
「う、く……ふぅ……はっ……」
 とめどなく込み上げてくる疼きに、蘭は我慢しきれず腰をくねらせた。これが欲しくて、あの苦痛にも耐えた…恥知らずなお願いをした浅ましい自分にかっと頬が熱くなる。けれど膨れ上がった羞恥は、すぐさま度を越えた快感に変わり、脳天を白く痺れさせた。
「あ…コナン君……いいの…気持ちいい……」
 目の前で妖しく揺れる様に、コナンは喘ぐように息を吸った。もっと鳴かせたいと、顔を近付ける。もう片方の手でぐいと押し開き、更に奥へ。
「ひぁっ……!」
 突如触れてきた舌に驚き、蘭は鋭い悲鳴を上げた。
「やっ…そんなとこ……だめ……あ、だめぇ!」
 しかしコナンは聞かず、指を咥えてひくひくと息づく小さな窄まりに舌を這わせた。
「いやああぁ!……いやぁっ……コナン君――だめ、だめっ……お願い…やめて!」
 激しく泣き叫ぶ声を無視して抽送を早め、同時に舌先でぐりぐりとこじる。
「ああぁっ……!」
 腰が抜けてしまいそうなほどの強烈な刺激に、蘭はぐっと息を詰め何度も首を打ち振った。眦から涙が溢れ、止まらない。
 まさかそんなところまで責められるとは、思ってもいなかった。指でさえ、ようやく慣れたばかりだというのに、舌でなんて。
 恥ずかしさと申し訳なさに頭が混乱する。
 汚いと思うのに、どうしてか身体は敏感に反応してしまう。際どいところを吸われ、舐められて、崩れてしまいそうになる。今にも境界を越えてしまいそうになる自分を奮い立たせ、蘭は震える手をコナンに差し伸べた。
「い、や…だめ…だめぇ――コナン君……だめ……もう、な……舐めないで……」
 泣き喘ぎながら、押しやろうと必死に手を伸ばす。
 弱々しく肩を押す手にコナンは一旦顔を離し、低く問い掛けた。
「……気持ちよくない?」
 耳元で囁かれているような錯覚に身震いを放ち、蘭はひくりと喉を鳴らした。
 迷うような沈黙。
「中も全部舐めたいから、きれいにしたんだよ……」
 コナンは静かに指を引き抜くと、縋り付く蘭の手を掴み後方へと導いた。
「あ…いや……」
「いやじゃないでしょ」
 微かな抵抗をそう強引にねじ伏せ、中指をそこへ沿わせる。
「自分でしたら、怖くなくなるかもね」
「だめっ……!」
 口ばかりの抵抗、蘭は、強制される自分に無意識に酔いながら指を埋めた。
「もっと奥まで、入れてみて」
 促す声に、恐る恐る指を進める。
「ほら……怖くないでしょう?」
 あやすようなコナンに小さく頷き、ぶるぶると全身をわななかせる。
 心の片隅では、まだせめぎ合っていた。
 けれどもう、どちらに傾くかは決まっているようなものだった。
 実のところ否定も、彼の前に奥まで曝け出す為の通過点にしか過ぎない……
 本当は、浅ましく欲しがる自分を見て欲しくてたまらないのだから。
 いやらしくねだる自分を、もっと見て欲しい……
「おねがい……」
 今にも消え入りそうな声で、蘭は言った。
「もっと……して――」
 いまだ残る羞恥に身を竦めながらも、欲しいと求める蘭にコナンは口端を持ち上げた。愛しさと隣り合わせの嗜虐心が大きく脈打つ。
「……いいよ」
 いっそ食い尽くしてしまいたい。滾る欲望に笑みを深め、コナンは白い肌に唇を寄せた。丸みを帯びた尻についばむような口付けを繰り返し、徐々に中心へとずらしていく。
「……ゆっくり、指を動かしてみて」
「ん……」
 言われるまま、蘭はそろそろと手を引いた。
「中はどんな感じ? 教えて……」
「あ……熱くて……すごく…柔らかい……」
 指先まで引いた手を、再び押し込む。初めて触れる自分の内部に、蘭はうっとりと声をもらした。
「気持ちいい……?」
「うん……気持ちいい……気持ちいいよ……」
 陶酔しきった様子でこたえ、蘭は抽送を続けた。
 ねっとりと包み込む快感の奥へ、深く沈んでいくようだった。
 他の事はもう何も考えられない。
 こんなに恥ずかしいことをしているのに、それが気持ちよくて、頭がどうにかなってしまいそう……
「ひゃっ……!」
 より敏感な箇所を責めてくる舌に、一際高い声を上げる。
「もっと声を聞かせて。もっと気持ちよくなって。もっと……」
 胸に染み込んでくるコナンの声が、鼓膜を甘く犯す。半ば我を忘れてがくがくと頷き、蘭は指の動きを早めた。途端に襲いくる、目も眩む快感。
 煽られるままに内奥を刺激する。
「いや…いやぁ……ああぁ――だめ…コナン君……だめぇ…止まらないの……!」
 涙混じりに叫び、蘭は激しく指を蠢かせた。
「いや…あ、あ、あ……いやぁっ……変に……」
「変になりそう?」
 聞き返すと、蘭はがくがくと頷いた。
「変なの…か、身体が…変なの……あぅ…あぁあ…」
 口端から涎を垂らさんばかりに喘ぎ、指の動きに合わせて腰をくねらせる。突き入れた指で奥を抉れば、新たな快感が薄い膜を破って沸き起こり、絶え間なく背筋を駆け抜け脳天を痺れさせた。
「うそ……いや……いくっ…いきそう……やあぁ!」
「お尻だけでいきそう?」
「いやっ……!」
 後ろだけでいってしまう自分の身体が信じられないと蘭は激しく首を打ち振った。けれど、確実に絶頂は間近に迫っていた。
「あんなに嫌がってたのが嘘みたいだね……」
「いやぁ! 言わないで――」
 否定してもとめどなく込み上げてくる凄まじい愉悦に、蘭は泣きそうに顔を歪めた。
 鏡に映せば、止まらない官能に溺れ緩みきった女の表情が見えただろう。
「……我慢しないでいって」
 密かに笑みを零し、コナンは再び小さな口に顔を寄せた。
「あっ…だめ……!」
 鋭い制止の声を無視して、指に沿ってぬるりと舌先を滑り込ませ、同時に唇で窄まりを刺激する。
「くうぅ……うああぁぁぁぁ!」
 とどめの一撃に、蘭はぐんと背を反らせた。埋め込んだ指で内襞をめちゃくちゃにかき回し、深奥を抉り穿つ。
「ああぁ! コナン君……! いく…いっちゃう……や…ああぁぁ!」
 訪れた解放の瞬間、蘭は我を忘れ高く細い悲鳴を迸らせた。

 

 

 

 蘭は洗い場に置いた椅子に腰掛けると、背後に立つコナンに向かって、防湿鏡を通して笑いかけた。
 背中に零れるたっぷりとした黒髪を丁寧に洗っていたコナンは、気付いて顔を上げ笑い返すと、シャンプーの泡に包まれた髪で奇妙なオブジェを作り彼女の頭に乗せた。
「ちょっと、やだぁ!」
 鏡の中、得意げな顔を見せるコナンに声を上げて笑い、蘭はもうと頬を膨らませた。
「コナン君の方から言ってきたんだから、ちゃんと洗ってよね」
「はぁい、ごめんなさい」
 素直に謝り、コナンは丹念に泡を洗い流した。次にリンスを手に取り、満遍なく髪に伸ばす。辿っても辿ってもまだ長い髪は、ちょっとした感動だ。
「ああ……気持ちいい。コナン君の力加減て絶妙だから、すごく気持ちいい」
「良かった」
 嬉しそうに言う蘭に、コナンはほっと笑みを浮かべた。軽く洗い流し、タオルに包んで水気を拭う。
「ありがとう、コナン君」
「どういたしまして」
 頃合を見計らい、コナンは口を開いた。
「……もう怒ってない?」
「!…さっきのは、別に…怒ってたわけじゃ……」
 尻すぼみに蘭は答えた。はっと上げた目が、恥ずかしそうに左右に揺れる。
「コナン君に嫌な思いさせちゃったのが…申し訳なくて……どうしたらいいか…わからなかったから……」
「ボクはなんとも思ってないよ」
「うん…だけど……」
 歯切れ悪く綴る蘭に、コナンは言った。
「ねえ、じゃあ、もうあれは捨てようか」
「………」
「嫌なものを無理して使うことないんだから」
 黙って聞いていた蘭は、しばし間を置いて首を振った。
「……また…使いたい」
 そして鏡越しではなく振り返って目を見合わせ、おずおずと続けた。
「また……してくれる?」
 驚きを瞬きでやり過ごし、コナンは薄く笑みを浮かべた。
「蘭姉ちゃんが嫌でないなら」
 言葉に蘭は一旦目を伏せ、ゆっくり持ち上げ返した。
「コナン……君が……してくれるなら。でも……」
「でも?」
 軽く首を傾げる。
 蘭は恥ずかしそうに瞳を揺らしながら続けた。
「いじわるなコナン君は…嫌い……」
 少し拗ねたような響き。
「いじわるなボクは嫌い?」
 聞き返すと、戸惑うように蘭は瞬きを繰り返した。
「……嫌い?」
 間近に瞳を覗き込む。
 蘭はそっと視線を絡めると、小さく囁いた。
「好き……大好き」
 淡い笑みを浮かべ、間近にある顔に唇を寄せる。
「……良かった」
 寸前零し、コナンは唇を重ねた。
 とろけるような甘い香りが、二人を包み込んだ。

 

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