特等席

 

 

 

 

 

 夜の八時を少し過ぎた頃。

 毛利探偵事務所から程近くのスーパー目指して、蘭とコナンの二人は手を繋ぎ歩いていた。

 目的は、明日のハイキングに持って行く「おやつ」を買う事。他にも細々と買う物はあり、書き付けたメモは蘭のポケットに収められていた。

 心なしかウキウキ弾む足取りで、二人はカゴを手に店内へと進んだ。

 夕刻の混雑時とは打って変わってゆったり買い物出来るまばらな人影を縫って、中ほどにある棚を目指す。

 袋入りの飴、ガムの類、スナック菓子、チョコレート菓子、和菓子類。

 二人は和菓子類が陳列された場所の前に立ち、揃って覗き込んだ。そこには、さまざまな味のひと口ようかんが並んでいた。かさばらず、素早く手軽にとれる甘味としてようかんはもってこいなのだ。

 

「えーと、わたしは……」

「ボク、この紅茶味!」

「あ!…私もそれにしようと思ってたのに」

 

 蘭は伸ばしかけた手を一旦引っ込め、うーんとうなった。以前来た時はなかった新発売の紅茶味、真っ先に目に入ったのに一瞬早く取られてしまった。

 

「同じのでもいいじゃん」

「えー、だってなんかもったいない気がするんだもん」

 

 蘭は周囲に目を走らせながら答えた。

 もったいないという感覚がコナンには理解し難かったが、答えは実に彼女らしかった。思わず笑みが零れる。

 

「あ、私このドライフルーツにしよう」

 

 蘭が、近くの棚からがさりと大袋を手に取った。中身は数種類の乾燥果物が詰め合わせになっていた。一見袋に一緒くたに入っているようだったが、よくよく見れば種類ごとに小袋に分けられており、好きな物を選んで二つ三つ持って行けるようになっていた。

 

「へえ、美味しそうだね」

 

 コナンはなるべく、レーズンを目に入れないようにして言った。レーズンをよけパイナップルだけに視線を集中させたせいか、口の中にすっぱさの唾液が溜まる。

 

「これなら潰れないし、甘い物にぴったりよね」

 余ったらうちでも食べられるし

 

 コナンは軽く頷いた。

 そのコナンの視線がほんの少し強張っているわけ…レーズンを見たくない故と察した蘭は、素早くかごに入れ「全部私が食べるから、安心してね」と笑いかけた。

 

「……ありがと」

 

 隠したつもりが隠し通せていなかった、彼女にはお見通しだった。情けなさにやや頬を引きつらせ、コナンは笑い返した。

 

「他にもおやつ買うでしょ?」

「うん、そうだなあ……」

 

 コナンは辺りの棚を見回した。蘭も同じく左右を見渡し、もう二つ三つ欲しい物を買い足した。

 その後メモに書き付けた買い物を済ませ、二人は行きと同じように手を繋いで帰路をたどった。

 

「ああ、明日楽しみだなあ。今日は早く寝ようね」

「うん」

 

 はしゃぐあまり甘くとろける女の声に自分の気持ちもとろけそうだと、コナンは笑いながら頷いた。それから空を見やって、軽く目を瞬く。

 目線を追って蘭も空を見上げた。

 ここら一帯は綺麗な星空が広がっている。見渡す限り雲はない。

 明日も全国的に晴れの予報。

 きっと目的地も、一日良いお天気になるだろう。なるといいな。蘭は祈りを込めて、ほんの少し眉間に力を込めた。

 

 

 

 特急列車、登山列車、ケーブルカーを乗り継ぎ、ロープウェイで十分ほど。

 展望台入口の駅で降りたら、ひたすら山道を進んで見晴らしの良い展望台を目指す。辺りの山々を一望でき、また近くにはボートで漕ぎだせる湖もあり、休日には沢山の観光客で賑わう観光地だ。

 ロープウェイの列に並んでいた時から青白かった小五郎の顔色は、十分ほどの空中散歩の間にみるみる土気色に変わり、降りる頃にはげっそりと人相が変わるほどにまでなっていた。山登りはまだこれからだというのに、すでにひと山越えた疲労困憊ぶりだ。

 青息吐息の名探偵はしかし、平地と事なる清々しい風と空気によって幾分回復し、よくよく見渡せばあっちにこっちに散在する登山客の中の美女によってすっかり回復してみせた。

 今にも前のめりに崩れそうだった背筋が急にぴんと伸びた事にぴんときた蘭は、小五郎が目の色変えて暴走する前に右の耳を引っ掴んで釘を刺した。

 

「……お父さん」

「いでで分かった分かりました言う事聞きます!」

 

 海でも山でも変わらない二人のやりとりをそっと見上げ、コナンはやれやれと小さく肩を竦めた。

 

「さあ、じゃあ張り切って展望台に行きましょう!」

 

 蘭が先頭に立ち号令をかける。コナンは元気よく頷き、その後ろから、耳を片方真っ赤にしたご存じ名探偵が少し拗ねた顔でついていく。

 今回の予定は、昼までに展望台に行き、そこで昼食をとったら小一時間ほど自由に散策し、その後旅館に向かい一泊、翌日昼過ぎに帰宅の一泊旅行。

 展望台へと続く緩やかな上りの歩道を意気揚々と歩き始めた蘭について、コナンもまた足取り軽く登り始めた。

 傾斜はそれほどきつくはないが、途中何箇所か大きな段差に出くわした。大人なら苦もなく上がれる場所もコナンには難所で、蘭か小五郎の手を借りよじ登るのは中々愉快だったが、少々不愉快でもあった。

 本当ならひと跨ぎで済むのに。

 そんな密かな仏頂面も、蘭が歩道の脇に生える山野草の名を尋ねる時には消えていた。

 四十分ほどかけて、三人は目指す展望台にたどり着いた。

 

「わぁ……!」

 

 澄み切った空の青と遠くに望む山の青が心底清々しいと、蘭は軽やかな声を上げた。

 

「あぁ……やっとか。腹減った」

 

 よたよたとついてきた小五郎の呟きを置き去りに、蘭はコナンの手を取ると展望台の突端へと向かった。

 開けた展望台では沢山の観光客が思い思いに眺めを楽しんでいた。写真を取る家族連れ、向こうの山へやっほーと声を張り上げるグループ、揃って深呼吸する友人たち。

 

「すごねコナン君」

「うん!」

 

 しっかりと張り巡らされた柵の傍には展望所の立て札があり、蘭はその横に立つと思い切り息を吸い込んだ。

 コナンも同じように、山道で切れ切れになった息をふうと吐いてから大きく吸い込んだ。

 少し強めの風が吹き付けてくるが、歩き通しで疲れ汗ばんだ身体にひんやり心地良い。

 

「あ、あそこの湖がそうかな。たしか貸しボートがあるって」

 

 蘭が示す左前方すぐに、波の穏やかな湖が横たわっていた。コナンは岸をたどってぐるりと見渡し、案内の看板を見つけると頷いた。

 

「そうみたいだね。お昼食べたら、行ってみる?」

「うん、そうしよう!」

 

 蘭は満面の笑みで行こうと誘った。

 

「蘭……昼にしようぜ」

 

 と、後方から弱々しい声が途切れ途切れに告げてきた。

 蘭とコナンは振り返り、そこに立つ今にも空腹で倒れそうに弱った小五郎に同時に声を上げて笑った。

 広い展望台には一軒の売店と休憩スペースがあった。いくつも並べられたテーブルと椅子は半分ほどがすでに埋まっており、それぞれ思い思いに食事をしたりと身を休めていた。

 

「お、あそこ空いてるぞ」

 

 言うが早いか、小五郎は中ほどのテーブルに向かい歩き始めた。即座に蘭の顔付きがきりきりと強張る。

 小五郎が目指した場所は確かに三人並んで座れるスペースがあるが、そのテーブルにはすでに数人のグループがくつろいでいた。まだ誰も席についていないテーブルがあるにもかかわらず小五郎がそこを選んだのは、先客のそのグループが若い女性ばかりだからだった。

 小五郎の下心、モテモテ気分を味わいたいという願望は果たして叶い、声をかけられた瞬間は迷惑そうな顔をした女性たちも、同席を申し出たのがあの『天下の名探偵毛利小五郎』だと知った瞬間、口々に黄色い悲鳴を上げて歓迎した。

 途端にだらしなくニヤケ面になった父親に、どう雷を落としてやろうかと蘭が奥歯を噛みしめた直後、女性の一人が背後に向かって声を上げた。

 

「ねえねえタク君! ほらほら、本物の毛利小五郎!」

 

 と、他の女性達も、それぞれ自分の連れである同年齢の男性を手招きし始めた。どうやら先に自分たちで席を取り、彼らに売店での買い物を頼んでいたようだ。

 

「なんだ…みんな男連れだったのかよ……」

 

 隣の蘭が辛うじて聞き取れるほどの小声で、小五郎はしょんぼりと零した。

 それを耳にし、厳しい顔から一転、蘭は奥歯を噛みしめたままくくくと笑い転げた。

 目配せする蘭にコナンは苦笑いを一つ。

 

 本当だ、すごい、本物の名探偵だ!

 

 思惑が外れたのはがっかりだが、若者からの素直な称賛はやはり気分が良いもので、小五郎は気を取り直し一緒に昼食を取る事を申し出た。

 もちろん彼らは喜んで受け入れた。

 

「うわあ、嬉しいなあ」

「お話とか聞かせてもらってもいいですか」

「私大ファンなんです、後で写真一緒に撮らせてください!」

「娘さんですよね! 毛利蘭、さん!」

「確か関東大会優勝したんですよね、空手の!」

「え、空手、すごーい!」

「ホントすごいんだぜ。凶悪犯を一発で倒した事も、ありましたよね!」

「えー、カッコいいー!」

「カッコいいだろ、そんでこの可愛さ、すごいのなんの!」

「コナン君もすごいんだぜ、キッドキラーって新聞にも大きく載るくらい!」

「へえー…毛利さんちはやっぱりすごいなあ!」

 

 三組のカップル、六人が代わる代わる、休み無しに喋る迫力は相当な物があった。

 騒がしい昼食になりそうだと、コナンは愛想笑いの影でこっそりため息をついた。

 

「ねえコナン君、さっき言ってたボートに乗りに行こうか」

 

 椅子に座ろうかと背折ったリュックをおろしかけた時、蘭がそう声をかけてきた。

 

「お父さん、私たちボート乗りに行ってるね。二時までには戻るから」

 

 そして返事も聞かず今度は小五郎にそう声をかけた。

 続けて小声で耳打ちする。

 

「あんまり羽目外したらダメだからね。後で旅館でお説教だからね」

「お、おう…分かったよ」

 

 有無を言わさぬ物言いに小五郎は素直に頷いた。気を付けて行ってこいよと、二人に目配せする。

 

「じゃあいこ、コナン君」

「わっ……うん」

 

 手を引いて歩き出す蘭にこけつまろびつ、コナンはついていった。

 しかし案の定と言うべきか、自他共に認める方向音痴の彼女の先導は、湖に向かう道ではなく先程登ってきた山道へと向かった。やれやれと笑ってコナンは順番を交代し、彼女を先導する形で貸しボートのある湖へと向かった。

 なだらかな下りの道を五分ほどたどってついた湖岸には小さな売店があり、ジュースと菓子類がいくつか並んでいた。貸しボートはそこで受け付けており、蘭は一時間分の料金を払うと早速とばかりに一艘選び乗り込んだ。

 昼食を取ってから行こうと言っていたはずだが…順序が入れ替わった事への疑問を抱えたまま、コナンも後に続いた。

 湖にはすでに何艘かボートが漕ぎ出していたが、波はほとんどなく、辺りは静けさに包まれていた。ただ、蘭の力強く漕ぐ櫂のしずくと風の音が、時折耳を通り過ぎる。

 涼しさが心地良いと、コナンは深く息を吐いた。

 岸から余り離れていない辺りで蘭は漕ぐ手を止めた。

 

「ここでお昼にしよう」

「……うん」

 

 蘭は膝に乗せたリュックから、二人分のおしぼりと弁当を入れた巾着を取り出した。小五郎の分は本人のリュックに収めてあり、今頃はあの六人と楽しく、自慢話を交えながら昼食を取っている事だろう。

 コナンのリュックには、自分と蘭二人分のおやつが入っていた。

 コナンは彼女の分のおやつを手渡すと、弁当の巾着とおしぼりを受け取った。

 

「ボートの上で食べるのも楽しいね、コナン君」

「そうだね。わあ…美味しそう!」

 

 コナンは目を輝かせた。

 少し深めの弁当箱のふたを取ると、そこにはころんと小さなおにぎりが六つ、収められていた。隅にちょこっとたくあんが詰め込んであるのが小憎らしい。

 

「今日はひと口おにぎりにしてみたの。美味しそうでしょ」

「うん、あ、サッカーボールだ!」

 

 六つの内の一つは、五角形に切った海苔をはってサッカーボールを模して作られていた。

 

「蘭姉ちゃんすごいや!」

 

 これは楽しいと、コナンは笑顔で顔を上げた。

 

「昨日の内にね、準備しておいたんだ」

 喜んでもらえて嬉しい

 

 少々苦労して作った甲斐があった、蘭は喜色満面で見つめ返した。

 

「私のは普通の海苔おむすび」

 

 言って蘭は自分の弁当箱を開いた。俵型の握り飯に少ししっとりとした海苔が巻き付いている。

 

「わ、蘭姉ちゃんのおにぎり大きいね」

「やだ、コナン君のと変わらないわよ」

 

 ほら、と、蘭は弁当を並べてみせた。もちろんわざと言ったもので、コナンはすぐにごめんなさいと笑って肩を竦めた。

 頂きますと手を合わせるが、何とも食べるのがもったいない可愛らしさ。それでもひと口かぶりつけば空腹も手伝って、コナンはあっという間に六つのおにぎりを平らげた。

 

「ごちそうさまでした。すっごく美味しかった!」

「お粗末さまでした」

 

 コナンの元気な声に蘭はニコニコ顔で頭を下げた。自分が今食べたおにぎりと、彼が心底美味そうに食べていた姿と、称賛の言葉とで、いつもの三倍腹が膨れる。胸がいっぱい、実に満腹、大満足だ。

 少し苦しいと笑って、蘭は辺りを見回した。いつの間にか、湖に漕ぎ出しているボートは自分たちの一艘だけになっていた。

 波はなく、風はおだやか。時折微かに船べりが、とぷん、たぷんと音を立てる。

 

「静かだね、コナン君」

 

 静寂を壊してはならない気がして、蘭は自然小声で話しかけた。

 

「ホントだね」

「私たちの特等席だね」

 お父さんはあっちが特等席

 

 蘭は展望台の方に目を向け言った。

 それからコナンに目を戻し、微笑みかける。

 

「せっかくだし、コナン君と二人で食べたかったんだ」

 

 コナンは視線を受け取るとむず痒そうに笑って俯き、昨日二人で買いに行ったおやつを一つ取り出した。紅茶味のひと口ようかんだ。

 と。

 

「あーん」

 

 向かいに座った蘭が前かがみになって、食べたいと大きく口を開けた。

 

「え……え!」

 

 素っ頓狂な声でコナンは目をむいた。思わず手の中のようかんを握りしめる。

 

「あは…ダメ?」

 

 図々しさを恥じながらも、蘭は期待半分コナンの目を覗き込んだ。

 

「……いいよ」

 

 コナンははにかみながら承諾した。

 何と言っても、彼女もこれを食べたがっていた。取られてしまうのはいささか悔しかったが、それ以上に、無性に嬉しくもあった。

 そしてまた、気恥ずかしくもあった。

 自分の手で、彼女の口に運ぶ。

 食べさせてあげる。

 この状況は。

 

「やった、あーん」

 

 ありがとうと、蘭は無邪気に目尻を下げた。

 

「おいしい」

 

 輝くほっぺたのなんと可愛い…コナンは半ば無意識に見惚れた。照れくさくて、むず痒くて、幸いが胸を満たすこの感覚がたまらない。

 

「コナン君には私のおやつ上げるね」

 

 蘭は持ってきたドライフルーツの小袋をいそいそと開けた。

 取り出したのはリンゴのスライス。

 ほんのり黄金色に染まった、甘そうなリンゴ。

 

「え……いいよ」

 

 気持ちのこもらない口先ばかりで、コナンは言った。

 もちろん蘭は聞いていない。

 

「はいコナン君、あーん」

 

 ウキウキと弾む声で蘭は手を伸ばした。

 顔が熱いな、今日は暑いな…そんな事を頭の片隅に、コナンはぎくしゃくと口を開けた。

 が、食べようとすると持ち上げていじわる、鼻先に当てていじわる、引っ込めていじわる。

 いたずらっ子の顔で笑いながら、他愛ないいじわるを繰り返す蘭に、コナンは焦れた声を上げた。

 

「ちょ…もー、蘭ねえちゃん」

「さっきこーんな顔してたからお返し」

 

 言われた瞬間コナンはぎくりと頬を強張らせた。

「……ボクしてないよ」

 出来るだけ平静を装って言い返すが、わずかに声が震えた。彼女がいつ何を見たか、心辺りに肝を冷やす。

 見られていたのだ。

 あんな一瞬、ほんの一瞬を。 

 自分でさえ、顔に出したか定かでないほど一瞬を、彼女はしっかり目にしていたのだ。

 

「してたもん、私は探偵じゃないけど、見る時はちゃんと見てるんですからね」

 全部お見通しよ

 

 コナンは気まずそうにもごもごと何か言いかけた。

 蘭はすかさず、その口にリンゴを押し込んだ。そして自分も一つ口に放り込む。

 噛みしめるとシャリシャリと、リンゴの歯応えと甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。

 

「うん、美味しいねこれ」

 

 蘭の朗らかな声を聞きながら、コナンはばつが悪そうに菓子を噛みしめた。

 

「実はちょっと嬉しかったんだ」

 

 蘭は屈託のない笑顔で言った。驚いて顔を上げるコナンの双眸をしっかり見据えて、嬉しかったと繰り返す。

 コナン…新一は気まずい時そうするように、よそへ目を逸らした。

 蘭はいつだってこうしてまっすぐ見てくれるというのに、分かっているのに、ほんのちょっとの間に嫉妬する自分など。

 

「……カッコ悪いじゃん」

 

 風に紛れるほどの囁きを聞き取りすかさず蘭が言う。

 

「コナン君のカッコいいとこ、私いっぱい知ってるもん」

 見てるって言ったでしょ

 

 女の誇らしげな声が、萎れかけた心をガツンと一発。

 

 嗚呼、だめだ、この女には敵わない

 

 そう思うと途端ににやにやと頬がむず痒くなってきた。

 

「蘭姉ちゃん、紅茶味もう一個あるけど食べる?」

「え、ホント! 嬉しい、じゃあ今度は半分こしようか」

 

 コナンは驚きに一拍置いて頷いた。彼女に何か礼をしたくて思い付いた事を、彼女はいとも簡単に半分返してくる。心にどこまでも沁み込んでくる優しさに小躍りしたい気分だ。世界中に自慢したくなる。

 ひと口を半分に分けあい、揃って頂きますとかじりつく。

 

 紅茶の味美味しいね

 美味しいね

 

 二人…三人は自然と浮かぶ笑顔で見合わせ、特等席で味わうゆったりした時間を楽しんだ。

 

目次