今度やったら許さない

 

 

 

 

 

 江戸川コナンは、青い顔で家路を急いでいた。といっても足取りは精々早歩き。出来る事なら全力で走り出したいが、片目を眼帯で塞がれ視界が狭まってしまっているのだから仕方ない。これで走っては無謀が過ぎる、もし転んだら、もし自転車と接触したら、もし車に…普段ならいざしらず、今の状態ではあれもこれも該当し、その『もし』が起きたなら無事では済まないだろう。

 今でさえこの瞬間でさえ彼女に余計な心配をかけてしまっているのだ、これ以上何かを重ねてしまっては、もうあわせる顔がない。

 だから精一杯急ぐ、安全の範囲内で。

 走れないもどかしさと、時間を計り間違えた自分への苛々が交互にやってくる。後者は特に腹立たしい。

 そして思い出す度血の気が引く。

 きっかけは、昨日書店で偶然手に取った一冊。目当ての小説本の発行日ではないが、探偵団の面々と共に馴染みの書店に立ち寄った際、心くすぐるタイトルが目に飛び込んだ。どうせ大した内容じゃないだろう…しかしながら『ホームズ』の文字に弱い身としては買わずにいられず、誰にともなく言い訳しながら購入した。

 どこか小馬鹿にしていたが読んでみれば中々どうして読ませる物で、軽妙な言い回しに引き込まれひと息に読み切った。否定的な言葉の類が無かったのに好感が持てた。思わず頷いてしまう箇所がいくつもあり、読み終えた後、無性にホームズシリーズが読みたくなってしまう、そんな良書だった。

 財産が一つ増えた。

 欲求は一晩経っても収まらず、父の書斎に駆け込みたい衝動が何度も湧き起こった。

 昼を過ぎても収まらないとなれば行くしかなく、言いにくいので行き先は特に告げず、帰宅の時間だけははっきりさせて居候先を後にした。

 帰宅時間の約束は、心配症の彼女の為のもの。

 左目に見事な青タンをこしらえて数日、腫れはいくらか引いたものの変色は更にどぎつくなり、範囲も広がって、学校や行き帰りで誰かをぎょっとさせない為に眼帯が手放せないでいた。そうなると行動はいささか不自由になり、階段の上り下りはおろかただ道を歩く事さえ、彼女には心配の種となった。

 正直なところ鬱陶しくもあったが、それこそが彼女…毛利蘭という人間、時に訪れる有難迷惑をありがたく受け取り、出来るだけ心配かけないよう、また自分でももうこんなのはこりごりだと、注意を払って過ごしていた。

 それが今日、とうとう、崩れてしまった。

 五時までには帰ると約束して家を出た。

 今はもう、六時をとっくに過ぎていた。

 何度目かに時計を見た時、その時は四時前だった。それからしばらくしてまたふっと時計を見た時、六時を過ぎていた。六時を過ぎた時刻の時計に、しばらく呆然となった。まさに頭の中が真っ白になった瞬間だ。あと一時間は楽しめる…そう思ってから、自分の中では、三十分ほどしか経っていない感覚だというのにもう二時間がとっくに経過していたのだ。

 把握出来ず、呆然となってしまうのも仕方ない。

 しかし何度見なおしても六時過ぎに変わりはなく、慌てて連絡すれば、第一声は心配が混ざった声も、約束を忘れただけだと知った後は、ひたすら冷たく素っ気なく、抑揚のない物に変わり果ててしまった。

 片付けもそこそこに書斎を飛び出し、江戸川コナンは青い顔で家路を急いだ。

 苛々しながらも信号を守り、しつこいほどに左右を見回し、出来る限りの早足で居候先を目指す。

 ずっと外を歩き回っていたわけではないから、心配するような事柄には遭遇しなかった、遭遇しようもない…そんな言い訳が頭に浮かぶが、実に無意味でかつ情けない。

 この程度の事も守れない、またしても不必要に心配かけてしまった自分が情けない。

 猛省するあまり、三階のドアを開けてただいまと発した声は声にもならないほど弱くかすれていた。

 リビングに行くと、小五郎がいつもの場所に陣取りビール缶片手にテレビを見ていた。

 蘭は夕飯の支度で、キッチンとリビングを行き来していた。

 帰宅したコナンをじろりと一瞥しただけで何も言わず、蘭はキッチンへと引っ込んだ。

 

「あの……ただいま」

「……遅かったじゃねえか」

 

 入ってきてすぐ足を止め、所在なげに立ち尽くすコナンを横目に見やると、小五郎は幾分低い声で言った。

 

「ごめんなさい!」

 

 コナンは一心にそのひと言を発し頭を下げた。

 

「何かあったのか?」

「何もない…ボクが時間忘れただけ」

「そうか……ま、何もないならいい。次から気を付けろ。蘭にも、ちゃんと謝ってこい」

「……はい」

 

 コナンはおずおずとキッチンに足を踏み入れた。

 当の蘭は、ガス台の前で鍋の調味をしているところだった。

 おっかなびっくり傍まで近付き、コナンは出にくい声を何とか絞り出した。

 

「あの……――」

「結構です、聞きたくありません」

 

 しかし蘭はそれをぴしゃりと封じた。

 勢いも鋭さもない、ただ淡々とした物言いにコナンは血の気の下がる思いを味わう。

 軽い目眩すら起こった。

 

「え…蘭ねえちゃ……」

「いいです」

 

 一切受け付けないとばかりに言い放ち、蘭は冷蔵庫へと向かった。

 コナンは慌てて一歩下がると、口を開く事も閉じる事も出来ないまま立ち尽くした。

 こんなに冷え冷えとした声は聞いた事がない。彼女の怒りはいつも熱く激しく、高くて鋭くて、まさに全力で飛びかかってくるものだった。こんなに冷え切って素っ気なく、突き放したものには会った事がない。

 つまりそれだけ、怒らせてしまったのだ。

 と、目の端に何か動く物を捕える。

 そちらを見やると、小五郎が手招きしているのが目に入った。しばし迷うが、いくら待ってもこちらを見ようともしない蘭の様子に諦め、コナンは手招きする小五郎に従った。

 

「蘭、怒るのも分かるが、ちゃんと聞いてやれよ」

「イヤです、聞きたくありません」

「なあ、そう冷たい事言ってやるなって」

「いいよおじさん…悪いのボクだし」

 

 呆然とした顔でぼそぼそと呟くコナンに、小五郎は口をへの字に深いため息をついた。

 

「蘭姉ちゃん、ホントにゴメンなさい」

 

 蘭の背中に向け、コナンは声を上げた。

 しかしやはり、今の蘭には届かないようだった。

 

「しょうがねえな…あいつもかなり頑固なところあるし」

「おじさんもゴメンなさい」

「まあ、ガキは時間忘れて遊ぶのが普通だからな。けど、今日はこの前の切り札はナシな。余計怒らせちまうかもしれねーし」

 

 これ以上蘭の怒りに触れないよう小声で耳打ちすると、小五郎は笑って、人差し指を口元に当てた。

 コナンも応えて小さく笑い、頷いた。

 しかしその顔は、どう見ても今にも泣きそうだった。

 

「んなしけた顔すんなって」

「蘭姉ちゃん…心配させちゃった……」

「そうだな、今度からは気を付けろよ」

 

 小五郎は形ばかりのゲンコツをくれると、少々乱暴ではあるがコナンの頭を撫でた。悔やんでも悔やみ切れないと、こうまで子供がしょぼくれては、放っておくのは忍びない。

 

「心配し過ぎて怒ってるだけで、別にオメーを嫌いになったわけじゃねえよ」

 

 この世の終わりとばかりに沈み切ったコナンへ、小五郎は言葉を重ねた。いくら自業自得とはいえこんなに元気がないのでは調子が狂う…まったく、心配かけるのを嫌がる癖に、時々こうして手を焼かせる厄介な居候。

 

「でも……」

「次は忘れないようにすりゃいいだけだ、ほれ、そろそろ晩飯だから、手洗って支度してこい」

 

 まだ愚図つくコナンの背をぐいと押し、小五郎はもういいからと目配せした。

 しばし行きつ戻りつためらい、コナンは一つ頷くと洗面所に向かった。

 行きがけにもう一度キッチンを見やるが、やはり蘭の背には冷たく硬い壁があるようだった。

 その後コナンはどうにかして蘭との会話を試みるが、夕飯の鍋料理を美味いと言っても、テレビの話題をきっかけに口を開いても、彼女からは「はい」「どうも」といった素っ気ないひと言が返ってくるばかりで取り付く島もなかった。

 見かねて小五郎が口を挟むが、コナンはそれを引き止めた。

 一度火がついた彼女の怒りは、鎮火するその時が来るまで静かに見守るしかないと骨身に沁みて理解している男二人は、そっと顔を見合わせ遠慮がちに頷き合った。

 結局その日は、いささか重い空気のまま就寝を迎える事となった。

 翌朝、ひと晩経った事でいくらか軽減されている…はずもないだろうと覚悟して食卓に臨めば、その通りで、ひんやりとした空気漂う休日の朝にコナンはこそっとため息をついた。

 どうすりゃ許してもらえるだろう、それはもちろん、次からは絶対約束を破らなければいい…事は簡単だが、もとより嘘だらけの自分、再び彼女に信用してもらえるだろうか。

 会話らしい会話もなく、ジャムもバターも味気ない朝食の後、コナンはもう一度こっそりため息をついた。

 蘭は片付けを済ませると、久々の晴天という事もあり溜まった洗濯物に取り掛かった。

 手伝いを申し出ても、今は一蹴されるのが関の山だろう…コナンはひっそり頭を抱えた。いささか途方に暮れていると、小五郎が助け船を出した。

 

「ちょっとそこら歩いてくるが、オメーも一緒に行くか?」

 

 もう少し時間も経てば、蘭の態度も軟化してくるだろう。しかしそれまで針のむしろは余りに憐れ、気分転換を兼ねて外の空気を吸うのもいいだろう。

 小五郎は上着のポケットに煙草を収めると、コナンを見やった。

 

「うん…いいや、留守番してる」

「そうか、ま、あんま落ち込むなよ」

「おじさん、ゴメンね…ボクのせいで何か雰囲気悪くし――いて!」

「ガキがんなもん気にしなくていいんだよ。オメーは、昨日の事だけ反省してろ」

「うん……反省してる」

「なら、じき蘭も許してくれるだろ」

「……くれるかなあ」

「蘭はそこまで、意地悪じゃねえよ。オメーだって知ってるだろ」

「そんなつもりじゃ……!」

「大丈夫だって、ちゃんと反省してるのが分かりゃ、いつまでも怒ってる奴じゃねえよ」

「うん」

「ま、ヘタな事は言わず、悪かった!…って顔してろ、口は災いのもとだからな」

「……おじさんの事?」

「うるせっ! んじゃ、行ってくるからな。精々頑張れよ」

 

 先程げんこつをくれた箇所をぞんざいに撫で、小五郎は軽く手を振り出かけていった。

 行ってらっしゃいと見送り、コナンはリビングに戻った。

 座ろうかどうしようか、テレビをつけようかどうしようか、眼帯はした方がいいのかどうか、あれこれ迷いに迷ってひとまずいつもの場所に座ると同時に、洗濯物を干し終えた蘭が戻ってきた。

 つい、ぎくりと肩が強張る。

 蘭はそんな様子も見て見ぬふりでキッチンに向かった。

 昼の支度にとりかかったのか、バタン、がたごとと物音が続く。

 コナンはそろりそろりと顔を向けると、蘭の怒りの度合いを動作から読み取ろうとしばし様子をうかがった。

 乱暴な、粗雑な動きは見て取れなかったが、感じる空気はやはり冷たい物が含まれていた。

 コナンは立ち上がりかけてまた座り、ポケットから眼帯を取り出して左目にかけた。それから立ち上がり、一歩また一歩とキッチンへ向かう。

 間違った動きを取って、彼女の怒りを増幅させない為だ。

 

「ら……蘭姉ちゃん、なにか、手伝う事…ある?」

 

 言ってからコナンは、その前に謝罪の言葉を口にするべきだったのではないかと血の気の引く思いを味わう。

 そうだ、今はとにかく謝らねばならない。

 何せまだ、きちんと渡していないのだから。

 

「………」

 

 やはり順番を間違えてしまったのだ、蘭からは、何の返事もなかった。

 聞こえないどころか、傍にいるのさえ目に入っていないと言わんばかりに遮断して、蘭は冷蔵庫の扉に手をかけた。

 

「あ……」

 

 こうなるともう、どんな言葉も口から出せない。コナンは小さく喉を鳴らした。

 と、冷蔵庫の中を覗いていた蘭はバタンと扉を閉めると、そこでようやく、コナンに対して言葉を発した。

 

「コナン君」

「はい」

 

 コナンは即座に応えた。

 途端背筋がすっと冷える。

 せめて何か言ってくれと待ち望んでいた彼女からの言葉だが、実際に訪れたその瞬間はまさに『血も凍る』ほどの怖さをもたらした。

 

「卵があと一個なの。買ってきてほしいんだけど」

 十個入りをひとパックでいいわ

 

 言うだけ言って、蘭はちらとも見ずに流しに立った。

 

「え…あ、はい」

 

 一瞬言い淀み、コナンは頷いた。とても彼女の言葉とは思えなかった…昨日の昼までは、何かと過ぎるほど心配して、一つ行動する度うるさく注意を促していたというのに、こうまで突き放すとは、つまりそれだけ彼女の怒りが大きいという事だ。よっぽど腹を立てている。芯から、煮えくり返っているのだ。

 

 嗚呼…ホント、オレってバカだ……

 

 悔やんでも後の祭りだと、コナンは充分反省して飲み込んだ。

 

「十個入りをひとパックだね、分かった。すぐ買ってくるね」

 

 言って踵を返し、財布を取りに寝室に向かう。

 うんともすんとも蘭は言わなかった。

 無言が怖い、悲しいが、とにかく一つずつ積み重ねて彼女の怒りを解くしかないと、コナンは玄関に急いだ。

 

「行ってきます……」

 

 これにも応えはないだろうと、半ば諦めた小声で発する。

 そこにふっと、空気の揺れが生じた。

 ドアを開けながら肩越しに振り返ると、まさか蘭がそこにいた。

 

「あれ…蘭姉ちゃんも、どっか行くの?」

 

 鍵をかける動きを邪魔しないよう一歩退いて、コナンは恐る恐る声をかけた。

 

「別に」

 

 蘭はそれだけ答えると、先に立って階段を下り始めた。

 コナンは密かに苦笑いを零すと、後に続いた。

 数段下ったところでふと気付く。

 蘭の足取りは、やけにゆっくりだった。

 まるで先導しているかのようだ。

 まさか、そんなはずはない、いくらなんでも虫がよすぎるとコナンは即座に頭から追い払うが、通りに出ると更にはっきりする物があった。

 蘭が並んで歩き始めたのだ。見えない左側をかばうように、同じ歩調で。

 

「あ、あの……」

 

 思い切って声をかけようとした時、前から、数人の集団がやってきた。

 すると蘭は自然にコナンの手を取り、端に寄った。

 

「!…」

 

 彼女にすくい取られた左手が信じられないと、コナンはまじまじと繋がれた手を見つめた。

 蘭はしっかりと握りしめていた。隣を歩く少年がつまずいて転ばないよう、見えにくい部分が怖くないよう、何かあってもすぐに助けられるように。

 コナンは驚きの抜けきらぬ顔で蘭を見上げた。

 隣を歩くその人の横顔は、いつもの通り柔和な表情を浮かべていた。

 もう怒りは、微塵も感じられなかった。

 

「なによ」

 

 じっと見つめてくるコナンの方は見ずに、蘭は口を開いた。

 

「絶対傍を離れないって、約束したでしょ」

 

 単に傍にいるその事と、もう一つの意味を込めて、蘭は言った。

 

「!…」

 

 訪れたタイミングを見誤らず、コナンは言った。

 

「あの――ゴメンなさい!」

「なにが?」

「昨日…遅くなった事、ゴメンなさい。心配かけてゴメンなさい」

「反省してるの?」

「うん…はい、本当に、あの……!」

「今度やったら」

「はい」

「許さないからね」

「はい。でも、蘭ねえちゃん……オレ、これで何度目……」

 

 今までの悪行の数々を全て白状する顔付きで新一は口を結んだ。

 

「そしたらまた言ってあげるわ。今度やったら許さないって」

 

 それから蘭は顔をコナンに向け、言葉を続けた。

 

「言っとくけど、これ『コナン君』だから許すんだからね。新一がやったらみてなさい、思い知らせてやるんだから」

 

 そこで蘭は一旦繋いだ手をほどくと、その場でぎゅう、ぎゅうと握りしめた。 

 そこに何を溜め込んだのか…コナンは怯えきった目で、再び繋がれる自分の手を見つめていた。

 思いの他優しいのが、かえって恐ろしい。

 

「その時はコナン君、私の味方してね」

 

 絶対よ、もし新一に味方する事があったら…含む表情で蘭が微笑む。

 彼の大好きなそれとはほんの僅かにずれた、強い微笑。

 

「うん……」

 

 コナンはごくりと唾を飲み込んだ。それからもう一度、すぐに『はい』と頷いた。その場の勢いや、恐怖に飲まれてのいい加減なものではない。

 約束として、返事をする。

 どんな時でも、自分…この二人は彼女の味方だと。

 そこでようやく、蘭はふっと表情をゆるめた。

 

「それで、昨日は何してて遅くなったの?」

 

 とうとう訪れた追及にコナンはもごもごと口ごもり、むにゃむにゃと曖昧に答えた。

 

「家で……本を」

 

 どこの、誰の家とは言わないが、彼女にはそれで充分伝わった。

 

「本読んでたの?」

 

 途端、蘭の目が大きく見開かれる。

 浮かんだ表情は紛れもなく呆れだ。

 

「もーう……推理オタク」

 誰かさんそっくり!

 

 ため息交じりに蘭が言う。

 

「ごめんなさい……」

 

 コナンは申し訳なさに縮こまった。いくらか反論したい気分ではあるが、彼女の怒りがようやっと収まった矢先そんな事をしては、せっかく取り戻したものをまた手放す事になる。

 心して受けるべきだ。

 芯から反省していると、小五郎のアドバイスをもとにコナンは神妙な顔付きになった。

 態度の分は、言葉の代わりに蘭の手をしっかり握りしめる。

 と、蘭の顔がほんのりと明るく変わる。

 

「結構握れるようになったね、良かったねコナン君」

「蘭姉ちゃんが、いっぱいおまじないしてくれたお陰だよ」

「……あら、上手い事言っちゃって」

 

 柔らかな声と共に表れた慈しむ眼差しを、コナンはしみじみと受け取った。

 

「そうよ、私のおまじないすっごくよく効くんだから。だから、コナン君」

 早く良くなりますように

 

 唱えて蘭は、しっかり握ってくる小さな手を優しくしっかり握り返し笑いかけた。

 降り注ぐ極上の笑顔をとろけた眼差しで見上げ、コナンは締まりのない顔で頷いた。

 

「そうだ、お昼何が食べたい? ついでに買って帰ろう。今日は私サンドイッチにしようと思うんだけど、コナン君は?」

「ボクも同じの、食べたい」

「じゃあ、いつものパン屋さんに行こうか。お父さんの分もそれでいいかな。コナン君は何サンドにする?」

「そうだなあ……」

 

 少しずついつもの会話に戻っていくのをゆっくり味わいながら、コナンは言葉を重ねた。

 

 

 

 昼近く、買い物を済ませ戻ってくる二人を、事務所の窓から小五郎が目にする。

 手を繋ぎ、買い物袋を提げて、いつものように楽しげな様子の二人にやれやれと肩を竦め、小五郎は煙草に火をつけた。

 ちょうどサンドイッチが食べたいと思っていたんだ…偶然の重なりに小さく笑んで、ふうと煙を吹き出す。

 

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