チョコレート・キッズ-幕間-

 

 

 

 

 

「お――あんたたち二人、ちょっとそこ座んなさいっ!」

 

 余りの剣幕に全ての動きが止まる。今の今まであった高揚も息切れも、一瞬にして途切れた。直後、パンと破裂音が弾け、更に目を白黒させる。

 

「早く座んなさいっ!」

 

 破裂音と共に出現した二枚の座布団、並んで置かれたえんじ色のそれを不思議だとも場違いだとも思う余裕もなく、怒鳴られた二人は互いに互いの顔を見合わせた後、座れという言葉に素直に従いしずしずと正座した。そしてどちらも同じようにしゅんとした顔で、正面で怒りもあらわに仁王立ちになり睨み付ける人物…キッドを恐る恐る見上げた。

 たった今の今まで、このキッドを追っていたというのに、状況は一瞬にしてこのありさまと切り替わった。

 場所は都心の高層ビルの屋上、時間はそろそろ今日が昨日に変わる頃。

 この舞台に立つ登場人物は、月半ばの満月の夜にビッグジュエルを頂きに参ると予告した怪盗キッド、警察の精鋭部隊さえも煙に巻いたキッドを追ってここまでやってきた小学一年生と、その一年生をあらゆる場面で助ける為に付き添う高校二年生。

 怒れるキッドと子供二人…いや、三人。

 雲一つなく晴れ渡る夜空に堂々たるきらめきを放つ満月を背に、ピリピリとした空気を纏ってキッドが立っている。

 それをおっかなびっくり見上げながら、何故自分はこんなにも素直に座っているのだろうと、子供の一人…コナンは首を傾げずにいられなかった。隣に同じく正座して、しょんぼりと肩を落としている蘭を目の端でちらりと見やる。

 と、キッドが口を開いた。

 

「まず、蘭姉ちゃん!」

「……はい」

 

 叱られる子供の顔そのもので、蘭は返事をした。しかし、はい、などと大人しく応えながら、何故自分はこうも素直に従っているのだろうと疑問を抱く。隣に同じく正座して、すっかり小さくなっているコナンを目の端でちらりと見やる。

 

「こんな時間に一緒にふらふら出歩くなんてもってのほか!」

「………」

「しかもなに、怪我人をこんな遅い時間に連れ出して……ダメ!」

「……あ、それは蘭姉ちゃんが悪いんじゃなくて……」

「口答えしない!」

 

 責められるべきは自分だと口を開いた瞬間、ぴしゃりと言葉を封じられる。

 見えないちゃぶ台をバアンと叩かれ、コナンは反射的に「ごめんなさい」と肩を竦めた。

 

「目の前に謎があったら動かずにいられない性分なのは分かるけど、ギプスまでしてるんだから怪我人は怪我人らしく大人しくする! 夜中にふらふら出歩いたり走ったり階段駆け上ったりサッカーボール蹴ったり二人で息ぴったりのコンビネーションでキッド追い詰めたりしないっ!」

 

 ひと息に言い切り、キッドは深呼吸と共にがっくりとうなだれた。肺が痛い、目眩がする。そして何より腹が立つ。阿吽の呼吸で行動しやがって、見せつけてくれやがって。この二人…三人、どうしてくれよう。

 

「……すみません」

「……ごめんなさい」

 

 蘭とコナンは心底申し訳なさそうにぼそぼそと謝った。

 そしてお互いに相手をかばう言葉を続け、私が悪い、いやボクが悪かったと延々言い募った。

 

「あーあー、はいはい! もういいもういい!」

 

 放っておいたら朝まで続くだろう謝罪合戦を強引に打ち切り、キッドは大げさにため息を吐いた。まだまだ言いたい事は山ほどあったが、これ以上は付き合いきれん。これ以上当てられてたまるか。続きは家で勝手にやってくれ…疲れ切った表情

ポケットに手を突っ込み、今晩今宵の獲物であるビッグジュエルを取り出し無造作に放り投げる。もちろん計算はしてある。子供でも楽に片手で受け取れるはずだ。

 そしてその通り、薄紅がかった大粒の宝石はコナンのギプスをしていない方の手にすとんと乗った。

 

「あとこれも上げるから、それ持って早く帰んなさい!」

 

 続けてキッドが寄こしてきたのは、銀紙に包まった何の変哲もないひと口チョコだった。

 

「……はい」

「……ありがとう」

「いいあんたたち、あったかくして寝るんだよ! 風邪なんか引いたら承知しないからね! 分かったらまっすぐ帰んなさい!」

 

「はい……」

「気を付けます……」

 

 おっかないお母ちゃんの叱責を背に、二人はとぼとぼと屋上を後にした。

 階段を降りかけてはたと我に返り、屋上に戻った時にはもう、キッドの姿はどこにもなかった。

 もちろん二枚の座布団も。

 新しい芸風にすっかり飲まれてしまった事に苦笑いしながら、二人は手の中に残ったビッグジュエルとひと口チョコを前にため息をついた。

 

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