お菓子の長靴-3種×3個- |
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12:36 米花商店街をそぞろ歩く小五郎の姿があった。 たまには昼をポアロ以外でとろうかと、少し足を伸ばし商店街までやってきたのだ。 古くから商店街にある洋食店、チェーンのラーメン屋、カレー専門店、オムライス専門店、牛丼屋…ひと通り見て回る前に腹の虫がひどく騒ぎ立てたので、ちょうど目に入ったカレー専門店に飛び込んだ。 値段も手ごろで充実したランチメニューを適当に選び、満足して店を出た後、事務所に戻りがてら腹ごなしを兼ねて商店街を散歩する事にした。 昼時という事もあって、飲食店以外はまだ人もまばらで、ゆっくり見て歩く事が出来た。 しばしゆったり歩いていた小五郎の足が、ある店の前でぴたりと止まった。 そこは『昔ながらのケーキ屋さん』という風情漂う洋菓子店で、置いているケーキの種類もそう多くないが、古くから商店街に店を構え三代目が味を受け継いでいるそこには、長らくのファンがたくさんいた。 小五郎もその一人で、大酒飲みの癖に甘いもの好き…という事で、たまにはいいかと店内に足を踏み入れた。 そう広くない店内には、どこか懐かしい甘い匂いが漂っていた。 この店のこの匂いと、この店に置いてある大の好物であるサバランの味は対になって記憶に染み付いている。そのせいでついつい緩んでしまう頬を慌てて引き締め、小五郎はショーケースを覗き込んだ。 いらっしゃいませと迎える若い女性店員に顔を上げ、自分用にサバランを一つ、蘭にはショートケーキを一つ、そして居候の為に林檎のケーキを一つ注文する。
わあ、珍しい事もあるものね へえ…おじさんがねえ
白い箱に丁寧に詰められた三つのケーキを受け取った時、二人分のそんな声が聞こえた気がした。特に居候の声は癪に障ったが、その一方で、嬉しそうに美味しいものを食べる顔も浮かび、何とも複雑な気分になりながら小五郎は店を後にした。 |
14:36 米花商店街を小走りで進むコナンの姿があった。 目指すは顔馴染みの書店、今日発売のシリーズものの推理小説。しかも下巻という事で、今日は朝からそわそわし通しだった。 珍しく忘れ物をしそうになり、担任の小林にあてられても話を聞いていなかったせいで注意を受け、休み時間に探偵団とのおしゃべりにもろくに参加せず…。 下校と同時に教室を駆け出し、学校の正門前で探偵団の面々と別れ、一直線に書店を目指した。 見た目に見合った声で元気よく挨拶しながら飛び込むと、丸眼鏡をかけた、人のよさそうな小太りの店主が迎えてくれた。 毎度心待ちにしているシリーズものの推理小説を、毎度そこで買うようにしていたせいか、すっかり顔を覚えてもらっていた。お陰で時々、正式に頼んでいなくても取り置きしてもらえるようになったのはありがたい事。 何度も礼を言いコナンは書店を後にした。手にした真新しい小説本を前に満足そうに笑い、家路を急ぐ。 足は軽く、心はもっと軽い。調子っぱずれの鼻歌の一つでも歌ってしまおうかと弾む足取りで商店街を進んでいて、ふとコナンは足を止めた。 今すれ違った親子連れの手にあった白いケーキの箱を目にし、二人の会話を耳にしたからだ。 お父さん、モンブラン大好きだもんね…聞き取れたのは娘の方のそのひと言だけだが、耳にした途端、小五郎の好物であるサバランが頭に思い浮かんだ。優作の好物ではなく小五郎の方が真っ先に浮かんだ事に内心複雑な気持ちになるが、好物を前にした人間は本当に幸せいっぱいの顔になるもので、とろけんばかりの笑顔でサバランを頬張る小五郎を想像するのも、そう悪い気はしなかった。 待ちかねた本が無事手に入って、浮かれているのもある。 コナンはその気持ちに素直に従い、すぐ先にある洋菓子店へと足を向けた。 そこは『昔ながらのケーキ屋さん』で、この商店街で長い事店を営んでいた。 自分が小さい時…今も小さいがとにかく昔からずっと変わらずここにあった。 いつだったか蘭が、ここのショートケーキが一番おいしいと目を輝かせ言っていたのを思い出す。 どんな時でも美味しそうに食事する彼女。 たまには自分からその笑顔を見たいと、少しむず痒い気持ちを抱えながらコナンは店内に足を踏み入れた。 いらっしゃいませと迎える若い女性店員に伸び上がるようにして注文する。 蘭の分のショートケーキ一つと、小五郎のサバラン一つと、自分にも林檎のケーキを一つ。
うわあ、ありがとうコナン君! 珍しい…こりゃ明日は豪雨だな
自分に都合のいい甘い想像をしたその直後、小五郎のからかう声が全てを台無しにする。 苦笑いを噛み殺し、白い箱に丁寧に詰められた三つのケーキを手にコナンは店を出た。 |
16:36 買い物袋を手に米花商店街を歩く蘭の姿があった。 今日の夕飯は切り身魚の照り焼きと豆腐の味噌汁…それぞれの買い物を終え、家路を急いでいた。 普段のショッピングと違い、こういった買い物の際は行きも帰りも寄り道をしない性質だが、今日は違った。ある店の前を通りかかった際、偶然そこから出てくる客があり、そのせいで、甘い誘惑に絡まれてしまったのだ。 蘭の歩調が見事に崩れる。 三歩ほど行きかけて、短い葛藤の末蘭は引き返した。 そこは古くから商店街にある『昔ながらのケーキ屋さん』で、味も見た目も特にお気に入りの洋菓子店だった。 コナンと二人で、何度か訪れた事がある。 店内に足を踏み入れた瞬間迎えてくれた、うっとりするような甘い匂いについにっこりとなって、蘭はショーケースを覗き込んだ。 真っ先に目を引いたのは、見るたび感心してしまうほど綺麗にカットされた三角のケーキ、一番の好物であるショートケーキ。 淡色のスポンジケーキと、白い生クリーム、赤いイチゴ。 たったこれだけがいいのだ。味は日本一、いや自分の中では世界一の絶品だ。 二つ隣にある林檎のケーキも捨てがたい。 素朴な見た目、素朴な味ながら病み付きになる美味しさで、こちらはコナンが特に気に入っている。 一度目はただ何となく選んだものだが、魅力に気付いてからはこればかり食べている…美味しそうに頬張る様を思い出し、心の中で微笑んだ。 いらっしゃいませと迎える若い女性店員に顔を上げ、蘭はまず林檎のケーキを一つと告げた。それから、父の好物であるサバランを一つ、自分用にショートケーキを一つ注文する。
お、こりゃ美味そうだ ありがとう、蘭姉ちゃん!
そう言ってもらえたらいいなあと思い浮かべながら、白い箱に丁寧に詰められた三つのケーキを受け取り、蘭は店を出た。 |
17:02 居間の座卓に並んだ三つの白い箱、九つのケーキを前に、三人は最初控えめに、徐々に声を上げ、ついには腹を抱えて笑い転げた。 声を揃えて大笑いした後は、お互い感謝しながらケーキを頂く。 最後は少々苦しかったが、それがまたおかしくて美味しくて、三人は笑顔でご馳走さまを言い合った。 |