お菓子の長靴-ぶどう玉-

 

 

 

 

 

 口の中のキャンディがなくなったのをきっかけに、コナンはふと本から顔を上げた。

 舐めていたキャンディは、良かったらどうぞと朝食の少し後に蘭がくれたもので、どこか懐かしさを感じさせるブドウ味だった。いただきますと口の中に放り込み、出かける予定のない日曜日の午前中をのんびり過ごそうと適当な推理小説を一冊手に取った。

 それからしばしリビングで読書にふける。

 そしてキャンディがなくなったのをきっかけにふと顔を上げれば、しんと静まり返った空気が漂っていた。

 小五郎は朝から『調査』で出かけていた。午後には戻るという事で二人で留守を預かっていたが、今、その片方の姿が見当たらない。

 コナンはしばし耳を澄ませた。しかしキッチン、洗面所、蘭の部屋のどこからも、何の音も聞こえてこない。

 

 寝てるのか?

 

 コナンがリビングで読書を始めるのに前後して、蘭は、夜ごと二人で進めている勉強の復習をすると部屋に引っ込んだ。

 もし分からないところがあったら遠慮なく聞いて…その言葉に蘭は分かったと頷き、部屋の扉を閉めた。

 それ以後蘭は部屋を出ていないはずだが、はっきり断言する事は出来なかった。

 読書中はどうも集中が行き過ぎてしまうようで、紙面以外も一応は見ているが危機を感じる行動でない限りは見逃してしまう癖があった。

 単なる出入りならば用足しだろうと片付けて見逃してしまう、という事だ。

 今も恐らくそうで、いつの間にやら一人になってしまった事にコナンはやれやれと頭をかいた。

 その時、頭上から微かに物音が聞こえてきた。

 コナンは半ば反射的に立ち上がり、そのまままっすぐ屋上へと向かった。

 

「……蘭姉ちゃん」

 

 淡色の帽子を被って木箱に座り、気持ちよさそうに日向ぼっこしている姿が目に入った。

 燦々と降り注ぐ日差しを浴び、実に気持ちよさそうだ。

 コナンはほっと肩を落とした。

 

「あ、コナン君」

 

 やってきたコナンに気付き、蘭はおいでおいでと手招きした。

 コナンは応じて傍に歩み寄った。

 

「コナン君本読んでたから、邪魔しないように静かに来たの。ごめんね…もしかして探しちゃった?」

「ううん、ボクこそ、気付かなくてゴメンね」

「いいのよ。あんまり天気がいいから、ちょっと休憩」

「ホントに、いい天気だね」

「ね。嬉しくなっちゃう」

 

 半分眠っているような、とろんとした優しい声が耳に入る。なんとも愛くるしい響きにコナンは頬をゆるめた。

 

「コナン君も一緒に日向ぼっこしようよ。すっごく気持ちいいよ」

 

 言いながら、蘭は少し右にずれ場所をあけた。

 

「うん……」

 

 頷いたものの、そこに座るには蘭とぴったりくっつく事になる。嬉しいが、恥ずかしく、こそばゆいものがあった。

 戸惑いながら腰かけると、すぐさま蘭にぎゅうっと肩を抱かれ、コナンは困った顔になった。締まりのない顔ともいえる。

 頬が熱いのは、陽射しをまっすぐ浴びているせいだろうか、それとも。

 

「お日様…あったかいね」

 

 言ってコナンはちらりと蘭を見上げた。

 あたたかいのはお日様だけではない。

 

「でしょう。気持ちいいね」

 

 甘い声、甘い匂い。

 一気に心臓が騒がしくなるが、同時にゆったりした気分になって、そのまま眠りたくなる。

 

「今日は風もないから、特に気持ちいいね」

 

 頷き、コナンはゆっくりと空を見上げた。雲一つない清々しい晴天がどこまでも広がっている。

 快活な彼女によく似た青空、よく似た陽射し。

 外に出たくなるのも、よく分かる。

 そんな事をぼんやり思っていると、頬の辺りに顔を近付けられる。

 小さく驚き、コナンは身を引いた。

 

「な、なに…どうしたの?」

「コナン君、美味しそうな甘い匂いするから何かなって思って」

 

 くすくす笑いながら、蘭はポケットから何やら取り出した。

 

「あ…多分それはさっきの……」

「これでしょ」

 

 蘭が取り出したキャンディの袋にぎくしゃくと頷く。

 

「あ……じゃあ私も結構匂いしてるかな」

 

 自分では分からないけど…小さく口を押さえる蘭に心の中で頷き、コナンは目尻を下げた。

 

「よかったらもう一個どうぞ」

 

 袋の口を開けて、蘭は差し出した。

 

「……ありがと」

 

 コナンは迷いながらも手を伸ばし、一つ摘まんだ。

 蘭も同じく一つ摘まみ、口に入れた。

 その様子をただじっと見つめ、コナンは大きなキャンディを右の頬にころりと入れた。

 

「……こっち」

 

 と、蘭は人差し指でコナンの右頬をちょんとつついた。キャンディの分だけ丸く膨らんだ頬がとても可愛らしくて、触れずにいられなかった。

 頬をつついて無邪気に楽しむ女がたまらなく愛しくて、コナンはゆるむ頬にまかせて笑った。指先が触れた頬から、むずむずと幸せが身体中に広がっていく。

 

「じゃあ蘭姉ちゃんはこっち」

 

 同じように手を伸ばし、人差し指で彼女の左の頬をつつく。

 

「ふふ、あたり」

 

 二人は同じ顔で笑い合った。

 

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