お菓子の長靴-寒い夜には-

 

 

 

 

 

 キッチンの流し台の前に踏み台を置き、乗り上げる。

 ボウルにざるを重ね、たっぷり水を入れる。

 その中にちょうど落ちる位置にごぼうを構え、コナンはごぼうのささがきに取り掛かった。

 隣では蘭が、まな板の上に大根のいちょうをたくさん作りだしていた。

 蘭の向こう、ガス台では、ごぼうのあく抜き用の湯が片手鍋の中で沸騰寸前に湧いていた。

 と、正面の小窓が、強い風を受けてかたかたと音を立てた。

 

「今日も、すごく寒かったね」

 

 いちょう切りの手を休める事無く蘭は言った。

 

「うん、特に風が強くて…耳たぶちぎれそうだったよ」

 

 コナンは答え、軽く窓に目をやった。

 すっかり暗くなった窓の外では、今も北風がびょうびょうと吹き荒れている事だろう。

 風は朝から強かった。吹きすさぶ風の音で目が覚めたくらいだ。

 出来るだけあたたかくした居間で朝食をとっている時、小五郎が、今日は寒いから鍋にでもしようと提案した。

 蘭とコナンは揃って賛成し、さて何の鍋にしようかと案を出し合った。

 順繰りに発言している中、小五郎が「豚汁が良い!」と声を上げた。

 またも二人は賛成した。

 

 じゃあ今日は豚汁ね。という事でコナン君、ごぼうのささがきお願いね

 うん、まかせて!

 ようし、今日は豚汁に決まり!

 

 三人は揃ってにっこりと笑い合った。

 そして夕刻、蘭とコナンは並んで調理に取り掛かった。

 

「うわあ、コナン君のささがき綺麗ねえ。どんどん上達していく…その内私の出番なくなりそう」

「えー、蘭姉ちゃん作ってくれなくなっちゃうの?」

 

 それは大変ショックだと、コナンは手を止めて見やった。

 

「うーん、だってもうコナン君、ひと通りのもの作れるじゃない。頭に入ってるでしょ」

「えー! ボク、蘭姉ちゃんの作ったものしか食べたくないー!」

「なーに言ってるのよ、しょっちゅう私と外に食べに行ってるじゃない」

「蘭姉ちゃんと一緒だから食べるんだもん!」

「えー……」

 

 お父さんと二人で食べに行く事もあるじゃない…そんな言葉が喉まで出かかったが、蘭はすぐさま飲み込んだ。

 そしてじっくり噛みしめる。

 彼の言葉は、その場限りの適当なものではない。

 本当に、心から、大切にしてくれているのだ。

 自分と過ごす時間というものを。

 その気持ちを。

 私の事が好きだという気持ち。

 蘭はその深い愛情をじっくり噛みしめた。

 途端ににやにやと、頬がゆるみ始める。

 わあーっと大きな声で叫んで、足を踏み鳴らして、走り出したいほど、歓喜が込み上げた。

 身体がむずむずうずいたが、蘭はどれもぐっとこらえ、代わりにまな板の上のにんじんを目にもとまらぬ速さながら綺麗に丁寧に切り始めた。

 

「わあ……ほら、やっぱり蘭姉ちゃんにはかなわないよ」

「うふふ……だってうんと美味しく食べてもらいたいもん」

 褒められたから張り切っちゃう!

 

 コナンはしばしまな板の上のきれいないちょうをじっと見つめた後、蘭の顔を見上げた。

 思わずため息がもれるほどの幸いがそこにあった。

 

「……じゃあボクも張り切ろう、褒められたから!」

「じゃあ今日のは最高に美味しいね」

「うん!」

 

 二人は笑顔で見合わせ、それぞれの作業に取り掛かった。

 

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