お菓子の長靴-好き嫌いをぶっとばせ-

 

 

 

 

 

「はい、コナン君、お裾分け」

 

 よく通る明るい声と共に小さな紙袋を手渡され、コナンは輝く顔でありがとうと受け取った。

 今日、日曜日、蘭は朝から園子の家に数人の友人と集まりお菓子作りをしに行っていた。

 誰か大切な人に渡す為…ではなく、単純に、自分たちが食べたい為。もちろん贈り物の意思が全くないわけではなく、重要なイベントの時、まごついてしまわないよう予習も兼ねてだ。

 作ったのはマフィン各種。

 チョコチップを入れたもの、クルミを入れたもの、ドライフルーツを入れたもの、ヨーグルトを混ぜたもの。どれも上々の出来に仕上がり、お茶会は大いに盛り上がった。

 そして蘭は帰宅後、コナンの為に取っておいた三つのマフィンを袋に詰めお裾分けした。

 プレーン、コーヒー、チョコチップ入り。

 自分で言うのもおかしいが、ちょっと自信がある。

 

「すごく嬉しい。食べてもいい?」

 

 ずっしりと詰まった袋入りの愛情を手にコナンは聞いた。

 

「どうぞ。お父さんの分も持ってきたから、今渡してくるね」

 

 その言葉にコナンの息が一瞬詰まる。が、真っ先に三階にいる自分に届けてくれた事でよしとして、ちんけなプライドを満足させる。

 出ていく扉の音を聞きながら、コナンは袋の中に手を入れた。自分でもおかしいくらいわくわくしながら手探りで一つ掴み取り出す。

 見ないで選んだのは、チョコチップ入りのマフィン。

 

「…じゃねえ……」

 

 笑顔は一瞬にして凍り付き、目眩さえ襲う。

 コナンは必死に手の震えを止めようと努めた。

 綺麗な焼き色がつき、丸く膨らんだマフィンのそこかしこに浮かぶ濃い色の粒は、それは、どう見てもレーズンだった。

 どんなに頑張って目を凝らしても、チョコチップではなかった。

 

 何かの嫌がらせ?

 仕返し?

 オレ何か悪いことしたか?

 よく思い出してみろ…思い付かない

 

 混乱の極みに立たされ、呼吸もままならない。

 コナンはマフィンを手にごくりと喉を鳴らした。

 

 ……毒じゃねえんだ、食っても死なない

「だよな……」

 せっかく蘭が作ってくれたものだ、残すなんてとんでもない

「よし……!」

 

 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせ、コナンは決死の覚悟で口を開け…かじりついた。

 直後、青ざめた顔で蘭が飛び込んできた。

 

「まっ……コナン君待って! ストップ!」

 

 しかし時すでに遅く、ひと口とはいえレーズン入りのマフィンは彼の舌の上…目に涙まで浮かべながらも、コナンはマフィンを噛みしめていた。

 蘭はこの世の終わりとばかりに悲鳴を上げた。

 コナンの手にレーズン入りのマフィンが渡ってしまったのは、嫌がらせでも仕返しでもない。ただ単にえり分ける際、間違えてしまっただけの事。慎重になるあまり、小五郎に渡す分と取り違えてしまったのだ。

 蘭は叫びながら水を汲みにキッチンへと走った。

 ただの好き嫌いだが、誰にでも一つや二つ口にしたくない物はある。それは充分理解しているし、許容している。時にそれで意地悪を働く事もあるが、好き嫌いを治そうとか、騙して食べさせようと思った事は一度もない。

 単に勘違いしてしまっただけだと、苦しめるつもりはなかったと、蘭は涙ながらに訴えた。

 震えるコナンの手からレーズンマフィンをもぎ取り、見えない場所に置く。

 

「ごめんねコナン君…ごめんね!」

 

 そして今にも倒れそうな瀕死のコナンを腕に抱き、何とか水を飲ませる。

 

「ボク…何か悪い事したかなって…でも何もやってねえし…ら、蘭がせっかく…作ってくれたものだから……」

 

 コナンは苦しい息の下から言葉を綴った。意識は朦朧とし、そのせいで新一が混ざってしまう。

 

「いや…コナン君しっかりして!」

「お…美味しかったよ……ホント、美味かった……あ…ありがとな……らん…ねえちゃん・・・」

 

 感謝の言葉を最後にコナンはがっくりと首を垂れた。

 

「コナン君ー!!」

 

 三十分もしないで意識は戻ったが、蘭はもう二度と、コナンにレーズンを近付けまいと固く心に誓った。

 

 

 

 そしてコナンは、この好き嫌いを治すべく努力しようと、固く心に誓った。

 

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