乾杯しましょ |
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帝丹高校からほど近いコンビニエンスストア横にある自動販売機の前で、蘭と園子が他愛ないお喋りに花を咲かせ楽しげに笑い合う。 園子の口から出る話題は大半が今日の蘭の様子で、朝顔を合わせた直後から、どんなにコナンの登校を喜んでいたか、どんな風に顔を輝かせていたか、一つひとつをやや大げさに再現しては蘭を慌てさせた。 だってホントに、嬉しかったんだもの。 親友の再現劇に照れ笑いしながら、くすぐったい声で喜ぶ彼女を、コナンは穏やかに見守っていた。頬が心なしか熱く感じられるのは、気のせいという事にしておこう。 蘭と園子に続いて最後の一口を飲み干した時、コナンはある事をはたと思い出した。肩の辺りまで持ち上げていた左手にちらりと目をやり、蘭を見上げる。 「あの……蘭姉ちゃん」 お喋りの合間を見て、コナンは恐る恐る呼びかけた。 「なあに?」 「あの……ちょっと博士の家に行っても…いい?」 帰り際、元太が呼びかけていたのを思い出したのだ。確か彼は、今日皆で博士の家に寄ると…そう言っていた。自分の中で、優先させるべきものを優先させたが、無碍に断ってしまった事が今になって急に申し訳なくなり、せめて少しだけでも顔を出すべきだという気持ちになったのだ。 単に友達を大事にしたいというだけの事。 「実はね……」 誘われた事を蘭に説明する。 「ありゃ、それは悪い事したわ…ゴメンね」 片手を上げ、園子は済まなそうに謝った。続けて、行ってらっしゃいよと背中を押す。 まさか彼女の口から謝罪の言葉が出るとは思っていなかったコナンは、少し呆けた顔で目を瞬いた。 だからこそのまっすぐなひねくれ者。 「蘭姉ちゃん……?」 コナンはぎくしゃくと笑みを浮かべ、厳然たる保護者に伺いを立てる。 「いいわよその代わり!」 始め優しく終わり厳しくひと息に言い、蘭は付け加えた。 「五時になったら、帰ってくる事。遅れたら…分かってるわよね?」 「え、うん……」 ひとまず頷くが、何をしようというのか分かりかねコナンは恐怖で竦み上がった。 「わあ、蘭……何すんの?」 「ふふ……ちょっと言えないような事」 おっかなびっくり尋ねる親友に含み笑いで返し、蘭は目の前の少年を妖しく見下ろした。 ますます震えが走る。帰宅時間が遅くなったからと、何か罰らしい罰を受けた事はない。駄目でしょうと叱られるか、せいぜいげんこつをもらうくらいだ。あんな妖しい微笑を浮かべるとは一体…皆目見当がつかない。 たじたじといった様子で見上げるコナンにふふんと鼻を鳴らし、直後蘭はぱっと顔を輝かせた。 「びっくりした?」 「……うん」 力の抜けた声でコナンは頷いた。からかわれた事に怒りも湧くが、安堵する方がより強かった。ほっと肩の力を抜く。 「なーによ、蘭も結構演技派じゃない」 園子が肘でつつく。 「あら、だてにハート姫やってないもん」 蘭も軽くつつき返し、自慢げに鼻先を上向ける。 「じゃあコナン君、あんまりはしゃぎすぎて疲れないようにね」 「うん、気を付けるよ」 「五時になったら、帰ってくるのよ」 「分かった」 「じゃあ行ってらっしゃい」 「ありがとう蘭姉ちゃん。園子姉ちゃんも、ありがとう、ごちそうさま!」 「はいはい、どういたしまして。車に気を付けなよ」 「うん!」 手を振る二人に見送られ、コナンは博士の家へと向かった。 |
博士の新作ゲームはいつにもまして面白く、初回ではクリア出来ないものの二度目以降への挑戦をかきたてる絶妙なバランスにもう一度もう一度と引き込まれ、大いに熱中してしまう出来だった。 しかし…とふと過ぎる何かに無意識にため息がもれる。 そんな時、玄関のチャイムが鳴った。 対戦していた元太と光彦、応援していた歩美は、同時に振り返るや立ち上がり、玄関先へと向かう博士をぐいぐい押しながら共にドアの前に立った。 「こ、これこれ……」 苦笑いしながら博士がドアを開ける。 果たしてそこに、軽く右手を上げたコナンが立っていた。 「よお」 「コナン君!」 「来てくれたの!」 「コナン、もういいのか!」 途端に三人は歓声を上げた。 「ああ、用事が早く済んだからちょっと顔出そうかな……お、おい!」 説明する間もなくはしゃぐ三人にぐるりと取り囲まれ、コナンは困惑の声を上げた。 しかし三人はお構いなしに腕を掴み背中を押しやり、少しは怪我人をいたわりながらもほんの少しだけの勢いで部屋の奥へと連れて行った。 「今、博士のゲームやってたところなんです!」 「今日のもすっごく面白いよ!」 「ちょっと見てみろよ!」 「あ……ああ」 ジャケットを脱ぐ間も与えられず座らされ、すっかり勢いにのまれたコナンはおっかなびっくり頷いた。 左に元太が、右に歩美が座り、光彦はすぐ後ろに腰を下ろした。 「なあ、オメーら…ちょっと……」 しかし三人ともやけに近いのだ。コナンはおずおずと声をかけるが、誰一人聞いてはくれない。 「今、歩美と対戦してたところなんだ」 「いくわよ元太君!」 「頑張れ歩美ちゃん!」 「あ、あのさ……」 博士のゲームは、面白いよな…合わせながら、コナンはもう一度声をかけてみた。やはり、誰一人耳を傾けるものはない。 「あの…ちょっと……」 ぴったりくっついているどころではない。 そうこういう間にゲームが再開される。 仕方なくコナンは画面に目をやった。 「あ、ずりーぞ歩美!」 一拍ずらした歩美の攻撃にやるなと感心した直後、元太がぐいっと身体を押しやった。 それはコナンを通しそのまま歩美まで伝わる。 「ああ……元太くんこそ!」 突進と見せかけてジャンプに切り替えた元太にやるなと感心した直後、歩美がぐいっと身体を押しやった。 それはコナンを通しそのまま元太まで伝わる。 「な、なんだよオメーら……」 間に挟まれ、なす術もなく右に左に押しやられる。 「いけ、歩美ちゃん! そこです!」 その上背中には光彦がのしかかり、手を振り上げて歩美を応援する。 コナンにとって、窮屈極まりない状況。 「ははは、大人気じゃのう」 コナンの分の菓子とジュースを手に、博士がのんびりと声を上げて笑う。 「助けてくれよ博士……」 すっかり三人にはさまれ身動き出来なくなったコナンは、必死に首を伸ばして振り返り博士に泣き付いた。 その間も、三人は右に動き左に動き、お構いなしにのしかかってくる。 「い、痛い痛い……」 慌てて左手を持ち上げ、コナンはとほほと力なく笑った。 「君が来るまで、みんな何となく元気がなかったからのう。嬉しくて、はしゃいでおるんじゃろ」 「そりゃまあ、分かるけどよ……」 それはよく分かる。とてもとてもありがたい事だと、心から嬉しく思うのだが、正直もう五分ともちそうにない。 潰されるのは時間の問題だ。 がくがく揺れる頭で天井を振り仰ぎ、コナンは力なくため息をもらした。 近くて、暑くて、鬱陶しくて、その上重たい。 なのに嬉しくてたまらないとは、おかしなものだ。 ふと口端を緩め、コナンは画面に目を戻した。 すぐ傍に菓子皿があるが、三人に阻まれ中々手が届かない。右に左に翻弄されながらもようやく摘まんだそれを口に運び、こんなのも悪くないとコナンは笑う。 「ここからが難しいんだよコナン!」 「そうそう、右から突然…きゃ! もー、今の見たコナン君!」 「次は左です左…ひだりぃ!」 三人のはしゃぐ声は、まだまだ止まりそうにない。 |