UFOを見送って

 

 

 

 

 

「では、お願いします」

 目暮警部との通話を終了し振り返ったコナンは、ふうと息をつきながら地べたにしゃがみ込んだ。

 これですぐに奴らが追える。満足げな、勝気な笑みで海原を見渡すコナンを、キッドは心底呆れた視線で見やった。

 これは来る

 間違いなく来る

 わざわざ訪ねるまでもない問いを口にするのは実に馬鹿馬鹿しかったが、言いたくもなる。

 言わなければ気が済まない。

「おいー…どーこに工藤新一がいるんだよ。オメーだろ工藤新一はー」

 じろりと横目に見やると、つい先刻予想したばかりの場面が現実となって繰り広げられた。

「だーかーらぁ!」

 当然とばかりに指さすコナンに大げさなため息をひとつ。

 まったくもって、消しゴム貸してくれほどの気軽さだ。

「ついにきたか」

 キッドは口の中でぼそりと零した。

 こちらが勝手になるのは駄目で、自分が言い出したならいいとは。

 確かに無許可はまずいだろう、それは分かる。まあ当然だ。勝手に自分になり済まされて好き勝手動かれて、許す奴はいないだろう。とはいえ、それにしても、この気軽さはなんだ。

 オレは助手か!

 下っ端か!

 彼女に蹴られ、殴られ、それでも献身的に尽くすオレ……

 青い海がほんの少し目にしみた。

 マントの下でこっそりと、あばらの下あたりを確かめる。あの時殺意はなかったが、存在を消す勢いだったのは確かだ。

 

 可愛い時はホント、めちゃくちゃ可愛いのにさあ

 

 自分が密かに想いを寄せる誰かに似ている彼女の、普段の顔を思い浮かべる。

 特にこの、小さな名探偵といる時の顔を。

 手のかかるやんちゃな弟を見る姉の顔、いたずらが過ぎた彼を叱る時の顔、そして、何より大切な人を見守る柔らかな顔。

 いつの時も愛くるしい笑顔を、浮かべている。

 同一人物とは思えないほどに。

 彼の命を守る為憤怒に染まった顔を思い出し、ごくりと喉を鳴らす。

 しかし彼が選択するならそれに委ねるとそう言ったのだから、今度の『工藤新一』は容赦してもらえるはず。いや是非にでも容赦してもらわなければ、生きて帰れない。かもしれない。

 可能性は十分ある。

 大丈夫、大丈夫。

 こいつが無事なら大丈夫…なはず。

 ちらりと横目で見やると、もうすでに事は決まったとばかりに、晴れ晴れとした顔でこちらを見ている小憎らしい名探偵と目があった。

 ……よし、決めた。

 手を貸す代わりに、ちょっとどころではなく大いに困らせてやる。

 ほくそ笑むとまたしても骨の髄がきりりと痛んだ。

 

 死なない程度にどうにかしよう……

 

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