手を繋ぎ歩く道の先に |
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心地好い風と、和らいだ陽射し…すっかり涼しくなり、昼間も過ごしやすくなった初秋のある週末。 通りなれた道を、いつもと変わらず手を繋ぎ歩く蘭とコナンの二人。 行き交う人は皆すっかり落ち着いた色の装いに変わり、空の色も風の匂いも、一日ずつ深まっていく秋を感じさせた。 二人の行き先はべいか百貨店、目的は、コナンの冬の衣服を買いに。 提案したのは、もちろん、蘭の方だ。 コナンにしてみれば、本当は断りたかった。しかし、了解を取り付ける前から行く気満々、心底楽しみにしている顔で聞かれては、うん、と答えるしかなかった。 とはいえ、今更でも、往生際が悪くても、今すぐに逆方向に歩いて帰りたい気持ちで一杯だった。 何故こんなに気が重いのか。 一番の理由は、自分の子供の姿。 実は蘭とこうして服を買いに行くのは今日が初めてではない。今日で二度目だ。 一度目の時にひどくしょげ返る出来事に遭遇したせいで、二度目を拒んできたのだが―― 子供の服は、MやLの表記ではなく身長で分けられている。七歳児なのだから身長があれなのは仕方ないが、改めて目の前に突き付けられるのはきつい。散々にへこまされ、それ以来何だかんだ理由をつけて避けるようになった。 が、夏の間はそれでどうにかしのげたが、一日ずつ秋が深まっていくのを止められないように、蘭の買い物好きを止める事は出来なかった。 先の件もある。 頑固に拒んで、怒るならまだしも悲しい顔をするのは目に見えていたから、渋々でも、了承した。
服なんて、着られればなんでもいいのによ……
適当に選んでもらっても構わないのだ。今持っているもので事足りるのだから、買ってもらえるだけでありがたい。充分感謝する。なのにどうして、女という奴は一緒に買い物に行きたがるのだろう。 蘭の横を歩きながら、気付かれぬようひっそりこっそり、長いため息を吐く。 彼女と歩くのは、いつだって、なんだって楽しい。 朝のパンを買いに。 夕飯の買い物に。 たまには外でご飯を食べようと誘われ行ったり、小五郎の使いで出かけたり。 どんなに些細な目的でも、歩くだけが目的でも、そしてこの姿であっても、彼女と並んで歩くのは、なんだって楽しい。 だがどんなものにも例外はある。 自分の場合は…… 連なるビルの向こうに見え始めた目的地が、段々と近付いてくる事にコナンは再度ため息をついた。 |
「やぁだ、こっちも可愛い!」 蘭のはしゃぐ声に、コナンはぎくしゃくと笑みを浮かべた。 不自然の極みともいうべきぎこちない笑みは、ともすれば今にも泣きそうに歪んでいた。 しかし、正面の蘭はそれには気付かず、中腰になって、彼の身体に当てたシャツがいかに似合うか、そしてそれを選んだ自分のセンスがいかに優れているかに酔いしれ、頷きながらきらきらと目を輝かせるばかりだった。 背中を伝う冷や汗に喉を引きつらせ、コナンは苦行ともいえるこの時間が一秒でも早く過ぎ去る事を心の中で懸命に願っていた。 そして、二度とこの建物の五階を訪れる事がないように、とも。 けれど願いは届かない。 「じゃあこれも買いね!」 蘭は気付かない。 身体に当てていたシャツを手早くたたみ傍のかごに入れると、立ち上がり、次に目をつけていたオレンジ色のシャツに手を伸ばした。 罰…罰ゲーム…嫌がらせ… 泣きながら笑って、コナンはじっとその場に立ち尽くしていた。 「青い方がいいかな、緑の方がいいかな……」 同じデザインで色違いの二枚を交互に見比べながら、蘭はああでもないこうでもないと真剣な顔でより似合う方を見据える。 おいおい、なんでそんなにはしゃいでるんだよ。目まで潤ませて……一体誰を見てるつもりだ?
オレか? それともコナンか? ……いや、違うな
もしかして……別の三人目? |
「早速明日から着ていってね」 嬉しそうに弾む蘭の声が、頭上に降り注ぐ。 「う、うん。ありがとう蘭姉ちゃん」 一瞬引っくり返った声に内心焦りながらどうにか笑顔を作り、コナンは元気よく頷いてみせた。 「今日の夜は、さっき買ったジャックランタンの着ぐるみパジャマ着てほしいな」 「……うん!」 ほとんどヤケッパチだ。 誰が着るかよ! 喉元まででかかった言葉を何とか飲み込んだ自分を褒めてやりたい。 まったく、誰が着るか、である。どこのどいつだ、日本にハロウィンなんてものを持ち込んだ奴は。お陰で、要らぬ苦行を…しかし、決める時に曲がりなりにも承知した事実は今更変えられない。以前の、パンダのパジャマの悪夢が頭の中にありありと甦ったが、眩しいばかりの笑顔で「着てくれるよね!」なんて言われては、誰が断れるだろう…… 「この前のパンダのパジャマも似合ってたから、今度のもきっと似合うよ!」 好きにしろ。写真でも何でも撮ってくれ。 どうにでもなれとばかりに笑顔になって、コナンは相づちを打った。 目の端にちらりと、蘭の肩に下げられた大きく膨らんだ大きな紙袋を見やる。一体どれだけ買った事か。消費した時間も含め、出来ればこの先思い返したくない記憶だ。 ……と言い切るのも難しい。 彼女が見せた飛び切りの笑顔まで、切り捨てる事になるのだから。 それに。 やはり例外はなかった。 軽やかな足取りの蘭に合わせて急ぎながら、ふと思う。 リズムに乗って揺れる手に引かれ、こうして二人歩くのはなんだって楽しい。 通い慣れた道でも、気の進まない誘いでも、こんな風に真新しい喜びに変えてくれるのだから。 いつか時がきたら、今度は自分が、真新しい喜びを贈ろうと思う。 したたかな彼女の為に。 |