チクロ

煙草

 

 

 

 

 

 コンビニエンスストア・YIN&YAN
 地下鉄を降りてすぐ、初めて訪れた人間でも迷わずたどり着ける、アーケード街ジョイ通りの中に位置するそこは、駅前という事もあり、一日中人が途切れる事がない。
 特に平日の朝と昼時は混雑を極め、四人がかりで対応してようやくこなせるほどである。
 また夕刻は夕刻で、会社帰りの人間や学生たちで店内は混み合う。

 

 早朝から夕刻にかけては、主にパートの主婦がレジを勤め、夕刻からは、高校生や大学生といったアルバイトの学生が主になる。
 四時で仕事を上がる三十代の主婦に代わってレジに入ったのは、四時から八時までのシフトの、片耳にピアスをした黒髪の少年だった。
「お疲れ様でした」
 やや遅れて、茶髪の少女がやってきた。少女は隣のレジを受け持つと、カウンターの整頓を始めた。
 まだ、店内には人が少ない。
 少年は一旦カウンターを出ると、目に付く棚の商品整理に取り掛かった。

 

「ありがとうございました、またどうぞ」

 買い物を終え立ち去る客の背中に、黒髪の店員が声をかける。
 出て行く中年男性と入れ違いに、墨色のトレンチコートを着た長身の若い男が一人入ってきた。

「いらっしゃいませ」

 心持ち目を見開き、黒髪の店員は声をかけた。店の奥で品出しの作業をしていた茶髪の少女が、それを受けて声を上げる。
 男はカウンター内に立つ少年をちらりと見やると、店の奥に位置する洋酒のコーナーへと向かった。
 続いて入ってきたのは二十歳そこそこの二人組みの女性だった。その後からは、四、五人ほどの学生が、楽しそうにお喋りしながら入ってきた。

「いらっしゃいませ」

 忙しい時間帯の訪れに、少年は表情を引き締めた。
 雑誌のコーナーでは三人ほどの男女が週刊誌を立ち読みしており、先ほど入ってきた学生たちはドリンクのコーナーであれやこれやと迷っている。墨色のトレンチコートを着た長身の男は、洋酒のコーナーでのんびりと好みの酒を探し、二人組みの女性は、化粧品のコーナーにあるマニキュアの新色見本を前にどれがいいかと声をかけあい、弁当一つ、ペットボトルの日本茶を一本手にした社会人風の男性は、一緒にパンも買うべきか考えあぐねていた。
 レジの周りを整頓していると、ようやく決まったのか二人組みの女性がやってきた。

「いらっしゃいませ」

 緑のかごに入れられたこまごまとした商品を、てきぱきと精算し袋に詰める。

「ありがとうございました、またどうぞ」

 立ち去る二人組の背中にそう声をかけ、続いてレジに並んだ長身の男に目を向ける。

「いらっしゃいませ」

 男はあめ色のボトルと缶コーヒー二本を差し出し、それから、と付け加えた。

「煙草をワンカートン」
「はい」

 店員は頷くと、後ろの棚に並ぶ煙草の列から一つ選び抜き、商品を揃えた。

「こちらでよろしいですね」

 男と目を合わせ、確認を取る。

「ありがとう」

 声に、双方一瞬の笑みを浮かべた。
 店員は手際よくボトルを紙袋で包み、煙草、缶コーヒーと一緒に細長の袋に入れ差し出した。
 男は精算を済ませそれを受け取ると、さっと踵を返し立ち去った。
 間際、声なく一つの言葉を残して。

 では、後で

「ありがとうございました、またどうぞ」

 自動ドアの向こうに消える背中にそう投げかけ、次の客に移る。

 


 八時まで、あと一時間。

 

目次