晴れる日もある

 

 

 

 

 

 それは、先日懐中時計のチェーンを選んでもらったお返しだった。
 似合うよ、と言う男に、朔也はただ素っ気なくそうかと答えただけだった。
 全く何の興味もない、どうでもいい、あってもなくても変わりない。そんなやや乾いた声。
 それでも男は、朔也がそれをとても気に入ったというのは分かった。
 つけ終えた瞬間からずっと、指先でなぞったり弾いたり、触って確かめている。
 表情こそ変わらないが、その眼差しはいつもと違っていた。
 指先の感触に集中し、そこから得られる何かを掴もうと熱心に一点を見つめている。
 いつも見せる自己抑制の幕が取り払われた朔也の瞳は、ともすれば少し潤んで、まるで感動に打ち震えているようだった。

「こちらは、どうする?」
「いらない。捨てていい」

 差し出す手も見ず朔也は答える。
 そして一心に、左耳を飾る新しいピアス…白金のリングを確かめる。
 何か云いかけて、男は口を噤んだ。
 自分の手のひらに目を落す。
 ずっと前、名も知らぬ誰かが戯れに穴を開けてつけたという、ちゃちなピアス。
 忌々しげに見やり、男はティッシュに包んで即座に捨てた。
 そして朔也を振り返ると、いましがたゴミとなったピアスが捨てられた屑籠を、じっと見ていた。
 やはり何らかの思い入れがあったのだろうか。
 男は屑籠を見ようとした。
 同時に朔也の顔が自分に向けられる。
 引き付けられ、朔也と目を見合わせる。

「これで、鷹久のものだよな」

 背筋を伸ばし、妙に行儀よくソファーに座って、朔也は呟いた。

 俺は。

 寒さに凍える手を懸命に伸ばすような、そんな必死さに満ちた震える声に、男は隣に腰掛けてそうだよと応えた。
 全身全霊を傾けて応える。

「……ああ、そうだよ朔也」

 頬を撫でる手で自分の方に向かせ、そっと口付ける。
 ピアスを確かめていた手が首に回され、肉欲が疼いた。

「ん……」

 激しさを増したキスに朔也が鳴いて、更に熱が昂る。
 少し癖のある黒髪をまさぐりながら口内を貪っていると、偶然小指がピアスに触れた。
 途端に朔也の手が動き、まるでピアスに押さえ付けるように握られる。

「もっと……」

 熱い吐息と共に、唇の上で囁かれる。
 なにを、もっと、なのだろう。

「朔也……」

 直に触れて、いいところを探ると、また、もっとと囁きが漏れた。
 行為に及ぶと、彼はひどく積極的に…貪欲になる。
 この上ない程の興奮にかられ、男は我を忘れて深く貫いた。
 悦びの声を迸らせ、朔也はしがみついた。
 肩や耳元にかかる熱い吐息が、男の動きに合わせて変化する。
 何をかはわからないがもっとと言われるまま、男は昂ったもので散々に内部を貪った。
 手も唇も舌も全部つかって、触れるところを残さず愛撫した。
 喘ぎの合間にとろけきった声で名前を呼ばれ、男も喘いだ。

「たかひさ……もっ、と……おねがい」

 甘くねだる声は、こんな時しか聞けない。
 胸が少し痛み、別のところは大いに高鳴る。
 激しく揺さぶる動きに痙攣めいた震えを繰り返し、ひと際高い声で叫び朔也は達した。
 仰向けになった腹の上に自分の熱を飛び散らせ、深く喘ぐ。
 それでも尚腰をくねらせて余韻に浸る朔也を抱きしめ、男はしばし酔った。
 少しして、また、甘い声で鷹久と呼ばれる。

「もっと俺を……ほしがって」

 熱っぽい囁きが耳をかすめる。
 男は少し驚く。そして喜ぶ。
 恍惚に打ち震える。
 いくらでも求めるとも。
 ソファーからベッドに移って、また朔也を抱く。
 その夜はお互いに、息も止まる程の絶頂を味わう。

 

 

 

 朝、目覚めた時、隣で眠る朔也の安心しきった顔を見て、男は唐突に悟る。

 もっと俺を……ほしがって

 あの言葉の意味そして朔也の心に気付き、絶望する。
 穴だらけの拉がれた心に、深く嘆く。
 思わず涙を零しそうになった時、朔也が寝返りを打ってそれから目を覚ました。
 寝起きの少しぼんやりとした眼差が、男の姿を捕らえた途端きらりと光った。
 男はそこに嬉しさを読み取った。
 たちまち男は自分が恥ずかしくなる。
 自分勝手に感傷に浸り、彼の強さを否定した自分が情けなくなる。
 踏みにじられ、穴だらけの拉がれた心でも、朔也は生き伸びる戦いに打ち勝ってきたのだ。
 だからここにいる。
 ここでこうして、一緒に朝を迎えているのだ。

「……おはよう、朔也。今日もいい天気だ」

 閉じた遮光カーテンの隙間から見える眩しい白光をさして、男は言った。
 飛び起きて、いつものようにカーテンを開けて確認する行動を予想していたが、朔也はそうしなかった。
 小さく頷くだけだった。
 横になったまま目だけで男を見上げ、小さく頷く。

「……おはよう」

 気のせいかと思えるほど小さな声だったが、唇は間違いなくそう動いた。
 今の朔也には、見つめる眼差しにそう応える方が重要だった。
 そこではっと思い出したように、朔也は左耳に手をやった。
 指先に触れた冷たいものに、目を閉じて深呼吸する
 その仕草は、男の胸もあたたかくさせた。

 

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