晴れる日もある
深い、貪るようなキスの後、頬からたどって胸元へ、胸元からたどって薄くへこんだ腹へ、愛撫を続ける。 唇が肌を吸う度、たまらないのか、朔也は全身を震わせ淡く甘く鳴いた。 鼓膜を犯す熱い喘ぎをもっと聞きたくて、男は何度も接吻を繰り返した。 「あ……」 うっすら浮き上がった肋骨をかじるようにして甘食みすると、くすぐったさに身をよじる。 その様が何ともいえず可愛い。 朔也が男の愛撫に溺れるように、男も朔也の上げる声に溺れた。 少し苦しい中息継ぎをして、もっと、もっとと二人で潜っていく。 唇と手のひらと指先で散々肌を撫でまわしたが、まだいいところには触れていないせいか、朔也が少し焦れたような声を上げて身悶えた。 どうしたと男は尋ねる。 早く、と急かして朔也はまた身を揺する。 もう一度、意地悪をして聞こうとする。 それより先に、鷹久の手が欲しい、とねだられる。 呆気なく降参する。 こういう時だけ、彼はとても滑らかに言葉を綴る。 いつもはあんなに隠すのに。 怖がるのに。 この時ばかりは―いつも抑えている反動か―素直に、強欲さをむき出しにする。 「鷹久のが……」 言葉と同時に手が伸びて、性器を掴まれる。 男は思わず身を跳ねさせた。小さく苦笑いを漏らす。 「……朔也」 慣れた手つきで扱かれ自然と腰が動く。これを自分以外の誰かも味わった事があるのかと思うと胸が軋む。痛む。 それでも目を見合わせてキスを交わすと呆気なく吹っ飛んでしまう。 もう一回、と舌を吸われて、気分が良くなる。 都合の良さに心の中で笑いながら、男は朔也の脚を撫でさすった。 外側と内側と、指を滑らせる。 「だめ、入れて…もう……」 疼いて、我慢出来ない。 自ら足を開いて誘う朔也に、男は素直に従う。 あなたが欲しいと言われて、どうして無視できるだろう。 先端をあてがい、少しずつ中に押し込む。 ああ、と安堵に似たため息を漏らし、朔也はゆっくりと飲み込んでいった。 男は片足を大きく持ち上げ、根元まで埋め込んだ。 朔也の身体が大きく震える。 男も、腰から蕩けてしまいそうな快感に震えを放った。 片足を抱えたまま、ゆっくりと内部を貪る。一回ずつ、奥深くまで押し込み、丁寧に味わう。 ふと目に入った腿の内側は綺麗で、噛まれた痕跡など、どこにも残っていなかった。 痛々しい痣や火傷の跡など、身体のどこを探しても残っていなかった。 男は胸を撫で下ろして、行為に耽った。 |
先にシャワーを済ませた男は、髪を拭いながら出てきた朔也をソファーに招き隣に座らせ、来週の日曜日買い物に付き合ってほしいと告げる。 彼は硬い声でわかったとだけ頷いた。 すっかり熱が鎮まった彼はいつも通りで、渋る事もない代わりに訊ねる事もしない。 何を買うの、なんて、そんな言葉を期待してはいない。 といって諦めている訳でもない。 辛うじて目に見える程度の些細なものだが、確実に自分たちの間には変化があった。 変化は起こっていた。 時に誤った道に入り込んでしまう事もあったが、間違いなく前に進んでいる。 だから、今は、まだ。 それで充分いい。 「時計の調子が少し悪くてね。修理に出すついでに、新しいチェーンを買おうと思っている」 それを選んでほしいと言った時、朔也の顔に一瞬嫌悪が過ぎった。 男はそれを見逃した。 「この時計に似合いそうなのを、見付けてほしいんだ」 美しい装飾の施された、蓋付きの懐中時計を手に乗せ、朔也はじっと視線を注いだ。 「君に選んでもらったものを、身に付けたくてね」 どこか浮ついた声で喋る男を、朔也は何か云いたげに見つめた。 その目にはっきりと嫌悪が浮かんでいる。 今度は見逃さなかった。 「……あんた、おかしい」 呻くような低い囁きが朔也の口から漏れる。 男は幾分身を強張らせた。 頭のいかれた汚い子供…自分を徹底的に卑下する彼の心からくる、少しばかり恐ろしいことになる予感が、胸に過ぎる。 話を切り出した時から、覚悟はしていた。 しかし予感は外れる。 朔也は俯いてじっと考え込む…何かを抑え込むように顔を伏せ、息を潜めた。 数秒そうしてから、静かに時計を返した。 時計を受け取って、男は肩から力を抜いた。 時計を壊される事も覚悟していた。 予感は外れた。 ほっとして、少しばかり恐ろしいことになった後いつも口にしていた言葉を静かに綴る。 「それでも君が好きだよ」 そして、いつもしていたようにそっと頭を撫でる。 言葉と手は、恐ろしいことが終わった合図としてお互いの間にあった。 幾度かの失敗の末、ようやく獲得したもの。 気のせいではないくらいに、朔也の顔が穏やかになる。 以前なら、信じられぬと突っぱねる無表情でただ身を固くするだけだった。 充分、変化は起こっていた。 嗚呼…早く、彼の選んでくれたものを身に付けたい。 男は浮かれるまま朔也に口付けた。 |