晴れる日もある
週末は予報通り、深夜過ぎから降り出した雪によって白一色に覆われた。 窓の向こうの街は過ぎる雪にぼやけ、屋根、塀の淵、植木の鉢と、あちこちに積もっていった。 通りに目を落とすと、休日であまり人通りがないせいか、そこも白く覆われていて、ほんの二つ三つの足跡が過ぎったきりなのがくっきり見て取れた。 男は、少し遅い朝食を一人でのんびり取った後、部屋の温度やクローゼットのブランケットを確かめ、湯を沸かし、間もなくやってくる客人を迎える準備をして回った。 晴れていれば今日は、二人でとある博物館を訪れるはずだった。 しかし数日前からはっきりした雪の予報で、次の休みへと変更になった。 ではどうしようかと考えたところで、彼が、ならば本を読みにきたいと希望を口にした。 男は喜んで招待した。 彼は思いの他、読書を好んだ。 マンションの書棚に並ぶのは専門書や少々退屈な実用書ばかりで、読み物として楽しめるものは数えるほどもないお粗末なものだが、知らないことを知るというのが彼をむずむずとさせるらしく、一冊一冊丁寧に読んだ。 また、英文もある程度なら理解できた。 そこで男は、実家の書庫を思い出した。本好きだったという祖父が、納戸を改造して作ったものだ。そこに並ぶ結構な量の書物を思い出し、彼が好みそうなものを見繕って、マンションに移動させた。 知識を得る手助けになればと思ってのことだ。 彼は喜びと感謝を全身で表し、以前にも増して本にのめり込んだ。 そんなに気に入ったならといくらでも持っていっていいと許可を出すが、彼はきっぱりと断った。一冊、一日さえ借りることはしなかった。 彼の生い立ちに因む何かが恐怖を与えているからだろうかと、男は推測した。 が、そういった理由ではなかった。 邪魔はしないから。 ここで静かに読むから。 付け足された言葉に、ああ、なんだそうか、と頬が緩む。 彼はただ、肩を並べて読書に耽りたいのだ。 隣の気配と熱を感じながら、時間を過ごしたい。 自分と同じく、二人でいる時を味わいたいのだ。 もう間もなくその時間がやってくると思うと、男は自分でもおかしくなるほどそわそわと落ち着きを失った。 笑いながら頭を押さえる。 気持ちを鎮める為、書棚の整理に取り掛かる。移動させた本が、棚に乱雑に並んでいるのが、前から気になっていたのだ。気にはなっていたが、毎度後回しにしてしまい結局やらずじまいのままだった。 今日はこの雪、一日家の中。 丁度いい機会だと、男は目についた棚へ手を伸ばした。 そういえば、これまで撮ってきた写真も、整理がまだ済んでいない。 二人で出かけ、彼を撮ったもの、景色を切り取ったもの、それらが結構な量になっている。 まずはそれから済ませてしまおうと、本と本の間に詰め込まれたミニアルバムを取り出す。 脇のテーブルに揃えた時、チャイムが鳴った。 |
今日邪魔する分だと、白い小さな手提げの紙袋を差し出される。 中には、昨日作ったというオレンジ風味の焼き菓子がラップに包まれ収まっていた。 いつの頃からか、相手の部屋を訪れる際は、こうしてお互いちょっとした手土産を持参する習慣が生まれていた。 彼から渡されるものは大体が彼の作ったもので、時々、クラスの女子から仕入れた今お勧めの限定の品が混じる。 どちらも男はいたく気に入っていた。 楽しみの一つにもなっていた。 今日はどちらだろう、何をくれるのだろうか。 彼の作ったものは、作り手の心がこもっているからだろう、素朴でほっとさせてくれる味の焼き菓子が多かった。 限定の品は季節感に溢れ、それを選んでくれた気持ちがとても嬉しかった。 いつもありがとう。 気にしなくていいのに。 十以上も下の彼に気遣わせてしまうのが申し訳なかった。 邪魔だなんてとんでもない。一度も思ったことはない。 彼と過ごす時間は楽しさに満ちている。 「早速いただいてもいいかい」 尋ねると朔也は、少し不安そうな、期待するような目を瞬かせ、頷いた。 どうやらいくらか自信があるようだ。 男はケーキ皿を用意した。 彼本人はそれほど甘いものを好まないのだが、作るのはまた別で、それはもちろん、喜んでもらえるからというのが最大の理由だった。 男には最高の誇りだった。 思えば彼は、ずっと最初の頃からそうしてくれていた。 あのレシピ帳の折り目を思い出し、男は心中そっと笑った。 そして自分もまた、喜んでくれる人をもっと喜ばせたいから、作る手間を楽しむ――去年のことが思い出され、男は半ば無意識にテーブルのアルバムを見やった。 そのそばを通り過ぎて、朔也が窓辺に立つ。 窓の向こうは、先ほどと変わらぬ勢いで雪が降り続いていた。 「昼過ぎには止むって」 さっき見たテレビで。 朔也は振り返り、軽く肩を竦ませた。 「綺麗に晴れてくれると、嬉しいね」 頷く朔也に笑いかけ、男は紅茶を振る舞った。ふくよかな香りが部屋いっぱいに満ちる。 頷いたあと、何かを言い含んだ目で朔也は男を見続けたが、その時男の視線は紅茶のカップに向いていた。 どうぞと目を上げて再び目が合い、ようやく男は気付く。 すると今度は朔也の視線がよそへ流れた。 たどると、先刻テーブルの端に並べたアルバムを見ていることに気付く。 「ああ、本棚の整理をね、しようと思って。その前にまずはこれからだ」 写真の保存法を見直そうと思っているのだと、男は、今度アルバムを買いに行くのに付き合ってほしいと申し出た。 朔也は軽く頷いた。 「見ても、いいか」 「もちろん。どうぞ」 一番上の一冊を手に取り、朔也は静かに腰かけた。 男も向かいに座って少し身を乗り出し、朔也の回顧に寄り添った。 表紙をめくって現れた去年の春の一枚を目にした時、二人はたちまち当時へと引き戻された。 朔也の頭に真っ先に浮かんだのは、皆で花見に行こうと提案した人間が、一生懸命自分にある頼みごとをしている場面だった。 昼食時、いつもの面々でこれから昼という時に、いつものように朔也の前の椅子に座った彼が、こう言い出したのだ。 ――ちょっとあったかくなってきたし、桜も綺麗に咲いてることだし、今度の週末晴れたらさ、皆でお花見とかどうよ。 昼ごろに集まり、美味しいもの食べてお花見をして、その後近くのボウリング場で遊んで、そして解散という流れを、彼は提案してきた。 楽しそう、悪くない、と全体の意見がまとまり、続いて花見弁当を誰が作るか、みなで分担しようかと盛り上がってきた頃、彼は朔也に向かって土下座の勢いで机に頭を擦り付け、お願いがあるんですけど、と言ってきた。 ――サクちゃん、一生のお願い! ――材料費も手間賃も出すから、当日のお弁当を作ってほしいって頼んでくださいお願いします! あの瞬間全身を駆け抜けた、何とも言えぬ衝撃を今でもはっきりと覚えている…朔也は男へと目を上げた。 「あの時は、本当にありがとう」 男も写真から朔也へと目を映し、どういたしましてと笑って返した。 あの日の昼間、朔也からかかってきた電話は、今でもはっきりと覚えている…朔也をサクちゃんと呼ぶ人間と会話した一字一句、くっきりと思い出せる。 花見の発案者の提案に、他の面々は非難の声を上げたそうだ。 そんなの悪い、一人に押し付けるなんて失礼、常識というものがないのかと、かなり責められたという。 しかし彼はめげずに言った――みんなだっていつもすごいね羨ましいねって言ってたじゃん、一度くらい食べてみたいって言ってたの、オレ様ちゃんとこの耳で聞いたから! 非難の勢いが少し緩む。 みな、多少の差はあるが、興味があったのは事実だった。 その後、頼んでみなくちゃ良いか悪いか分からないとなり、ならば自分で連絡しろと、朔也は携帯電話を渡した。 その時の心境について彼は後にこう語った。 自分たちに対して偏見やわだかまりがないことは嬉しかったし、自慢にも思ったけれど、その向こうで、あの…上手く言えないけれど、無性に苛々とした。 だから、出だしの声が少し不機嫌に染まっていたのかと、男は遠く回想する。 幼稚なことをしているのはよくわかっているが、どうしても抑えきれなかったのだ。恥じながらそう続けた朔也を男は笑って抱きしめた。 そして発案者との会話。 電話越しでも、どれだけ緊張しているか手に取るようにわかった。 もっと耳を澄ませば、今にも弾けそうな鼓動が聞けたに違いない。 初めはひどく口ごもった彼だが、一度喋り出すと勢いが止まらなくなり、お願いごとについて真剣に頼み込んできた。 ある意味、熱烈な愛の告白だった。 そこまで思ってくれるとは正直嬉しくもあったが、どうにもおかしくて、笑いを噛み殺すのに必死だった。 向こうは向こうで必死なのだからとどうにか飲み込み、喜んでと承諾する。 そこで彼は、少なくとも三回は本当かどうか聞き返してきた。 そして少なくとも五回はすみませんと叫び、十回以上、ありがとうございますとまるで怒鳴る勢いで感謝を伸べてきた。 電話をもつ手をうんと離しても聞こえる程の大声に苦笑いが零れたが、まるで悪い気はしなかった。 思い出して緩む頬を軽く抑え、あの時は楽しかったよと男は言った。 「みんな、本当に喜んでくれた」 その瞬間を思い出しているのか、朔也の目がきらきらと輝く。 男はそれを見て、苦労した甲斐があったと、改めて思った。 どういった内容にするか、まず悩んだ。 作るのはやぶさかではないが、花見の弁当となれば見栄えもそれなりに必要だ。 その上期待もされている。 ボリュームがあって、見た目が美しくて、食べやすい弁当に四苦八苦した。 「お陰で料理の幅も広がったし、君の弁当作りにも役立ったし、あの経験はいい事尽くめだったよ」 「そう言ってもらえると、俺もほっとする」 男は微笑で返し、紅茶をどうぞ、いただきますと、ひと息つく。 以前、一時期南条邸に身を寄せていた時から始まった習慣、昼の弁当は男の担当は、その後もずっと続いていた。 今日まで続けてこられたのは、朔也に喜んでもらえるからというのが一番の理由だ。 こういうところも、お互い似ているのだなと、男はそっと笑った。 |
焼き菓子を頬張ると、途端に口いっぱいにオレンジの風味が広がり、男を更に幸せな気持ちにさせた。 甘さがまた絶妙だ。 好みにぴったりと合う。 男はしみじみと噛み締めた。 その顔を朔也はじっくりと見つめていた。 もうひと切れ味わってから、男は顔を上げた。 あのお陰で玲司と話もできたからね…紅茶を啜る。 男の言葉と記憶とに食い違いがあるのを見逃せず、朔也は訝る顔付きになった。 表情に軽く肩を竦めて応え、男は言った。 確かにまだ、あれとはきちんとした話し合いはしていない。 朔也は控えめに相槌を打った。 ひと呼吸おいて、男は続けた。 「花見から帰ってきたあと、君はとても嬉しそうに報告してくれたろう……みんなとても喜んでいたよ、誰がこう言ってくれた、誰がこう言ってくれたと、一つひとつ丁寧に教えてくれたね」 今度ははっきりと頷く。 「それから――城戸も、美味かったって……と、そう言ったね」 もう一度頷くのを見ながら男も頷き、自分たちはそれでいいのだと続けた。 「私たちも、色々と、面倒なものを抱えているからね。だから、まあ……そう、美味いと言ってもらえたのは上等なんだよ」 いくらか眉根を寄せ、朔也はしばらく考え込む沈黙を守った。 それから静かに言った。 「本当に、美味しかった。幸せな気持ちになったよ」 男は嬉しげに笑んで、ケーキ皿を胸の高さまで持ち上げた。 「このケーキも最高に美味しくて、私を幸せな気持ちにさせてくれる」 本当に最高だと感謝する。 どこかくすぐったいような顔で遠慮がちに笑う朔也に目を細め、男は心から安堵する。 |
ソファーに座った朔也の肩にブランケットをかけ、男は隣に腰を落ち着けた。 それから、あらためて先ほどの写真を手に取る。 映っているのは、ほんの二輪の桜の花と、朔也の右手だけだった。 どういう経緯でこの写真が撮られたか、以前朔也から聞いた。 大好評を博した花見弁当で満腹になった後、彼らはしばらく自由時間を設けたそうだ。 ボウリング場に予約している時間になるまで、一旦解散、待ち合わせは再びここで。それまで、公園内の池でボートを楽しむもよし、屋台をめぐるのもよし、引き続き花見を楽しむもよしと、各自それぞれに別れて散策を開始した。 朔也も、ボート競走に誘われたそうだが、断って、桜めぐりを続けた。 公園の裏手の方、あまり人通りのない方へ向かっていくと、去年見かけたのと同じく、幹の途中から一輪二輪だけ飛び出して咲く桜の木を見つけた。 思わず近寄って手を差し伸べた時、近くでシャッターを切る音がした。 見ると、以前から写真に興味があったという女子が、カメラを構えて立っていた。 ――手の表情がとっても良かったから、無性に撮りたくなって。 それが、男が今手にしている一枚だった。 顔は映していないけど、どうしても嫌ならフィルムごと処分するから遠慮なく言って、と、彼女は言ったそうだ。 現像された写真を見て、朔也は照れ臭く思ったものの気に入って、買い取りを希望した。 彼女は、気に入ったならあげるよと笑って、譲ってくれたそうだ。 寄り添って咲く二輪の桜、その花びらに優しく添えられた指先。 まるで、愛しい人の頬にそっと触れているようではないか。 確かにいい表情だと、男も頷いた。 この時、朔也がどんな顔をしているか。 男は知っていた。 彼らとの約束の数日前、前回と同じように近所の川べりを散策して、目にしている。 去年以上に表情豊かに熱心に桜を見つめ、優しく頬を緩めていた。 来年も、その次も、桜は咲く…あんたの言う通りだね。 安心しきった顔付きで、朔也は笑った。 そのひと時は、宝物として胸に残っている。 自分は決してこの人から離れてはいけないのだと、男は思った。 もちろん、離れるつもりなどさらさらないが。 風が出てきたのか、窓がかたかたと鳴った。 写真をテーブルに置く。 隣に座る朔也が心配になり、寒くはないかと尋ねる。 平気だと、本から目を上げて朔也は首を振った。 「寒い日は、あの頃を思い出すから、嫌いだった」 辛い記憶の一つを見つめ、朔也は小さな声で呟いた。 少し声音を変えて続ける。 「でも今は、好きだよ。鷹久とこうしていられるから」 どんなに寒い日でも、今日みたいに雪が降っている時でも、並んで座ると、本当にあったかい。 男はしみじみと頷いた。 思い出すのは、彼が初めて自分の隣に座ってくれた夜。 遠く眺めていると、朔也の口から、同じ瞬間が零れ出た。 あの時、嫌な夢を見たんだ…朔也はそう切り出した。 「冷たい水の中で、もがいている夢。出たいのに出られない」頭を押さえ付けられて、どんどん沈んでいく「もう死ぬんだと思った時、誰かが手を差し出してくれたんだ」 時々朔也が見せる癖――早く伝えたい故に言葉が前後してしまうせいで、始めは何がなにやらわからないが、聞く内に段々と形が組み上がってゆく。奇妙な爽快さが弾ける朔也の語りに、男はしばし黙って耳を傾けた。 「無我夢中でしがみついた時、目が覚めた」そこにはあんたがいて「隣においでって、優しく言ってくれた」 そんな夢を見ていたのか…なんて恐ろしい夢だろうと男は痛ましく思い、ようやく繋がり始めた断片にもっと目を凝らす。 朔也の言う『あの時』がいつのことなのか、次第にはっきりしてゆく。 「でもそれも、夢かもしれないって、怖かった。隣に座ったら、その瞬間に消えてしまうのではないかって」 多分、寝惚けてたんだな。 少し恥ずかしそうに肩を竦め、朔也は続けた。 男は、だからあの時彼はあんなに怯えていたのかと頷く。 「それから」 そこで朔也は一旦言葉を切り、ややしかめっ面になった。 「俺が隣に座ったら、鷹久まで汚れるんじゃないかって、本当に怖かったんだ」 そんなことはないと、男は笑顔で首を振る。けれど彼の呪縛もよくわかる。巻き付いた見えない鎖の重さも。 「あの頃は、本当に、そればっかりが頭にあったから」 よくわかるよと男が応えると、朔也はほっとした顔になった。 「鷹久は、わかってくれる。でもあの時の俺はまだわからなかったから、本当に怖かったから」 消えるかもしれない。 汚れるかもしれない。 嫌われるかもしれない――。 様々な葛藤が渦巻いて、あの凝視になっていたのだ。 今も目に焼き付く、探るような眼差しを思い出し、男はゆっくり頷いた。 鷹久、と、彼の口が静かに名を呼ぶ。 「隣に座れた時……言葉にできないくらい、嬉しかった」 本当にあったかくて、声も出せなかった。 教えてくれてありがとうと、朔也は続けた。 礼を言われることなどしていない、男は少しおかしくなって、口端を緩めた。 「鷹久の隣にいると、本当に安心できる」 それから朔也は、肩にかけたブランケットを軽く撫でた。 これのお陰でもあるけれど、と。 いたずらっこの顔で笑う彼がたまらなく愛しかった。そんな顔を見せてくれるのがたまらなく嬉しかった。男は思わず肩を抱き、眦に接吻した。 君を決して一人にはしない。 どこにも行かなくていいから。 朔也の眼差しが一瞬泣きそうに狭まり、それからあの、花の蕾がほころぶかのような心からの笑みが顔いっぱいに広がった。 唇が、俺の世界、と淡く綴る。 胸を締め付ける愛しさに男は喘ぐ。 「ただね、朔也……それは君にとって、とても厳しい道になるだろう」 とっくに覚悟はできているだろうが、言わずにおれなかった。 彼を手放す気はない。 離れるつもりもない。 それがいつか彼を苦しめることになるだろう。 「全ては私の弱さが招くもの」 苦しげに男は吐き出した。 朔也は真っ向から男を見つめ、じっと視線を注いだ。 怖いくらいの気迫に、男は半ば無意識に息を止めた。 やがて静かに朔也は言った。 「鷹久は、いつも俺の傍にいて、俺の怖いものを残らず追っ払ってくれた」 俺の命の恩人だ。 朔也の手が頬に伸べられる。 控えめに触れてくる指は、写真の中と同じ。 手のひらが触れた途端不思議と息が楽になった。 男は細く吐き出した。 「今度は、俺がそうする番だ。何度来ようと、何度でも追っ払ってみせる。鷹久の中から、怖いものが一つ残らずなくなるように」 俺がペルソナを残したのはその為だ。 彼の内なる力が黄金の輝きとなって双眸に宿る。 なにものをも跳ね返す力に照らされ、男は安心しきった顔で微笑った。 朔也の瞳が熱く潤む。 「おかしい者同士、うまく、いくんだろう?」 言葉に男はふっと笑いを零した。 その通りだと何度も頷く。 ありがとう朔也。 愛しているよ。 抱き寄せ髪を撫でる。先日はいかにも整えたばかりだったが、少し落ち着いた。 卒業式まで、あと少し。 彼の決意は、もう整っただろうか。 髪を撫でながら、男は、心を込めて愛していると告げた。 俺も。 言葉と共に、身体が預けられる。 二人でこうしていられる時間に感謝し、男はしっかりと抱きしめた。 窓の雪は少し勢いが弱まったようだ。 午後には青空が広がることを願って、男は静かに目を閉じた。 |