晴れる日もある

 

 

 

 

 

 遮るもののない、広い広い荒野に少し強い風が吹き渡っている。
 頭上の空は高く、どこまでも真っ青に澄み渡り雲一つない。
 吸い込まれそうに静謐な青空に太陽は黄金に輝き、空の中心たる太陽目がけて一羽の鷹が悠然と飛ぶ……。
 そんなイメージを彷彿とさせる、小さな丸い飾りのついたネックレスを、男は瞬きも忘れて見入った。

「おかしいか?」

 少し不安を含んだ朔也の声でようやく我に返る。
 大きく首を振る。

「とんでもない」

 おかしいことも、似合わないことも、まったくない。
 ただ余りに不意打ちで、彼の中にもそういった感情があった事に正直驚きを隠せなくて、つい言葉を失ってしまっただけだ。

「とても良く似合うよ。ただ、少しばかり照れ臭いがね」

 そう、照れ臭い。
 正直に述べる。
 こんなにまっすぐに気持ちをぶつけられるなんて、本当に照れ臭くて、どうしてよいやら分からない。
 どちらかといえば彼は服装や装飾品にはあまり頓着しない性質だと思っていた。
 それは完全に間違った思い込みなのだが。
 事情が事情だけに、朔也はあまり物を持っていなかった。身の回りの品は必要最低限で、所有する服も靴も、ごく少ない。
 さすがに見かねて、買い物に出かけひと通り買い揃えた。
 物欲が全く無いという訳ではなく、好みもそれなりにあった。が、相変わらずの態度は頑として横たわり、買わせるのに少々苦労した。
 そんな彼の胸元に、目を引く鮮やかなブルーの飾りのネックレス。
 いつものように事前に連絡を入れ、チャイムを鳴らしてしばし待ち、少し開いた扉から彼の姿が見えた時、真っ先に目が引き寄せられた。
 リビングに落ち着いてから尋ねると、朔也は少し強張った眼差しで言った。

 鷹と太陽。

 委員会の備品を買いに行くのに付き合った先で、見付けたのだという。
 男は口端を緩めた。

「君の好きそうな、綺麗なブルーだね。長さも丁度いいし、本当に良く似合う」

 そう言うと朔也は嬉しそうにした…というのは都合のいい錯覚かもしれないが、穏やかな顔付きになった。

「よく見せてもらってもいいかい?」

 朔也は頷いて、飾りの部分を手に歩み寄った。
 その仕草がおかしいのと、微笑ましいのとで、男は思わず口端を緩めた。
 まるで、どうだいいだろうと言っているように見えて、しようもなく可愛らしかった。
 同時に、取られない為の対策にも見えた。
 誰も取りはしない。
 もう誰にも、君を。
 思いを込めて、頬を撫でる。
 それから男は飾りに視線を注いだ。
 ブルージルコニアだろうか。
 カットは施さず、丸く仕上げてあった。その緩やかな丸みが、青空の表現によく合っていた。彼の大好きな青い空。
 そこに鷹と太陽を配し、一つの風景を作り上げている。
 その風景を、名前から連想した彼は買い求めた。
 これが愛情表現でなくてなんだろう。

「ありがとう」

 見せてくれありがとう。
 愛してくれてありがとう。
 たくさんの意味を込めて口付ける。
 唇が触れる寸前、朔也は何かを呟いたが、零れたそれは音になる前に曖昧に消えていった。
 相変わらず彼は、あと一歩のところで言葉を飲み込み、はっきり好きだと口にすることはなかった。
 まだ、言うことは怖いもののようだった。
 その代わりに、目線や仕草や行動で好意を示す。
 たとえばそれはひと工夫がなされた好物だったり、細やかな気配りだったり。
 そしてこのような、思いがけない主張。
 晴れ渡る青空と、その中心に輝く太陽。
 朔也の大好きな風景。
 そこに、名にちなむものを一つ加える。
 いつも、喉元でつかえて出せないひと言の代わりにする。
 彼が内に秘める熱は本当はとても激しい。
 こんなにも激しい。
 焼かれてしまいそうだと思ってふと、なるほどと得心する。
 太陽目指して飛翔する鷹。
 彼が偶然選んだものは確かに正しい。
 無慈悲に踏みにじられても生きる為の戦いをやめず、欲するものの為に歩き続ける朔也はとても眩しく、そんな彼だからこそ自分は恋焦がれる。
 鷹と太陽。
 まるで。
 まさに。

 

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