晴れる日もある

 

 

 

 

 

 彼が良くないことをして負った火傷の跡や痣は、腿の内側につけられた噛み跡も含めて、綺麗さっぱり消えた。
 けれどそれ以前につけられた古い傷跡は、一生彼の身体に残るものだった。

 

 

 

 正面からしがみつき、足までも絡めて喘ぐ朔也を、男は幼子をあやすように抱いた。
 彼はこの抱かれ方がとりわけ好きだった。
 背後からこられたり、強く手や肩を押さえ付けられるのは好まないようだ。
 初めの内は気付かなかった。
 ある時ようやく、悦びながらもその実不自然に緊張している様が見てとれ、それからは男はなるべくその体勢にならぬよう避けた。
 とろけきった声で名前を呼ばれ、男は目を眩ませる。
 激しく突き上げられるのも悦ぶが、ゆっくり揺さぶってもらうのが、朔也は本当に好きだった。
 甘い喘ぎとともに耳たぶに接吻され、深い官能が背筋を駆け上がる。

 ひどいことをされるのは……嫌いなんだ

 嫌い、恐れることを無理やり笑顔で押し隠して、そうまでして、朔也はほしいものがあるのだ。
 わかる部分とわからない部分とがある。
 しがみつく朔也を支えて男はゆっくりベッドに横たえた。
 手を組み合わせると、彼は押し付けられてもそう怖がらなかった。
 手首を掴まれる時と違い、自分の意思も表せるから、好きなのだろう。
 男も、手を組み合わせるのは好きだった。
 力強く握ってくる朔也の手の熱さを感じられて好きだった。
 押し付けられた時とは違う緊張を一瞬両目に過ぎらせるのも、好きだった。

 あんたなら、自由に扱っていい。

 そう言うように無防備に身体をさらけ出す朔也を、手を組み合わせて押さえ付け、思う存分深く抉る。
 もちろん朔也は抵抗する。
 それは、逃げる為ではなく強過ぎる快感にのたうつ為だ。
 絶え間なく送り込まれる強烈な愉悦に高く喘ぎ、何度も首をふり立て、朔也は甘い拘束に酔い痴れた。
 息を乱しながら、男は再び朔也を膝に抱えた。
 ぴったりと肌を寄せて抱き合って、彼の身体のあちこちに残る古い傷跡が目に入らないようにする。
 目に入ると、どうしても泣いてしまいそうになる。
 朔也はそういうことに敏感だった。
 人が何を見ているか、よく見ている。
 少しの眼差しの差異で気付いてしまうに違いない。
 そしてまた自分も、あまり憐れみの目で見たくなかった。
 彼のほしいものは少なくとも、安易な同情ではない。
 自分がそうされるのが嫌いだからというのも理由の一つ。
 だから、気取られないように、朔也の望む行為に没頭する。
 彼が良くないことをして負った火傷の跡や痣は、腿の内側につけられた噛み跡も含めて、綺麗さっぱり消えた。
 けれどそれ以前につけられた古い傷跡は、一生彼の身体に残るものだった。
 いつ、どんな風につけられたものなのだろう。
 それは彼の心のどのくらい深くまで、食い込んでいるのだろうか。
 こうして抱き合うことで、彼はほしいものを手にできているのだろうか。
 彼のほしがるものをほんの少しでも、自分が与えることができていたらいいと男は願った。

 何が足りない?
 朔也、何がほしい?
 自分があげられるものは、何でもあげよう。

 彼がほしがってくれることで、自分が慰められるように、彼もまた、自分を糧にしてほしいと、男は心から願う。
 ひと際高い声で名前を呼ばわって、朔也は全身を震わせた。
 それから少しして身体の力が抜ける。
 眠るように目を閉じて深い余韻に浸る朔也をベッドに寝かせると、嫌でも古い傷跡が目に入った。
 顔付きが険しくなるのが分かる。
 彼が目を閉じていて良かったと男は思った。
 きっと今、見るに堪えないひどい顔をしているに違いない。

 

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