とても寒い。寒くて、震えが止まらない。
 私はどことも知れぬ暗闇の、ここだけ丸く光る輪の中にいた。ライトを向けたように、ここだけ丸く光っている。そこで、何もわからずただ寒さに震えていた。

 

 誰かが「寒いの?」と聞く。
 私は頷いた。手が差し伸べられる。指先。指と手のひら。ほんのりと暖かい。でも震えは止まらない。

 

 誰かが「まだ寒い?」と聞く。
 私は頷いた。抱きしめられる。腕と指先。肌に、鼓動が伝わる。なんて儚い満ち引き。細い肩。私よりも小柄で、華奢な躯。この頼りなさを私は知っている。知っている気がする。知っている、思い出せない。でも知っている、肌。少年の顔。あどけない、凛とした美しい容貌。いつのまにか私は抱き返していた。

 

 誰かが「私でも、構わないというのか」と聞く。
 私は答えなかった。答えの代わりに抱きしめていた。思い出せない。でも離すことの出来ない、肌。

 

 誰かが「構わないなら、抱いて」と言う。
 言われて私は驚かない自分に驚いた。そしてすぐに何に驚いたのかわからなくなりまた驚く。わからないまま欲望が膨れ上がる。貪り食うように抱いた。とめどなく込み上げる欲望を解き放ち貪る。腕を。肌を。脚を。唇を。頬を。背中を。性器を。深奥を。思うまま貪り、啜り、抱きしめる。そして何もわからなくなる

 

 誰かが「もう寒くない?」と聞く。
 私は頷いた。頷かなかった。寒い。寒くはない。わかる、わからない。もう、どうでもいい。あなたがいればいい。名前も思い出せないのに。知っているのに。

 

 誰かが「ここにいてもいい?」と聞く。
 私は頷いた。ふと、前にもこんな事があったと頭をかすめる瞬きに満たない刹那さを振り払って、私は抱きしめた。細い肩。私よりも小柄で、華奢な躯。

 

 誰かが「ずっとここにいてあげる」と言う。
 私は頷いた。他に何も望むものはない。どうか去ってしまわないで。あなたがいれば、それでいい。それでいいと、満足する。過ちになど気付かずに。でもそこに違いはある。思い出せ…。知っている…。

 

 誰かが「いいよね?」と聞く。私は頷いた。
 なぜ聞くのだろう。こんなにもここにいて欲しいと思っているのに。あなたでなければ駄目なのに。あなたの光でなくては。私がずっと欲していたもの(おかしい)あなたが欲しい(違う)あなたでなければいけない(間違いだ)あなたの光でなければ(違いに気付け)畏怖と憧れが。わからないのか。違いが。

 

 

 

 ここに私の望む光はない。騙されるな。どうして。どうして。
 どうしてまだ呪いは解かれない?

 

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