Dominance&Submission

寒い日には

 

 

 

 

 

 今月最後…今年最後の金曜日、空はよく晴れたが、夕刻ごろより強い風が吹き始め、アパートからいつもの待ち合わせ場所に向かう短い距離だからと油断していた桜井僚は、後悔しぶるぶる震えて肩を竦めた。
 助手席に、飛び込む勢いでやってきた少年に笑いかけ、神取鷹久は手を差し出した。
 なんだと訝りつつ僚も握手よろしく手を出す。
 男は両手でしっかり挿み込んだ。

「ああ、これは冷たい。可哀想に」

 思いの他温かい大きな手にしっかり包まれ、訳もなく胸がどきりとする。

「……ありがと」

 力強さは、そのまま優しさだ。僚は心から浸った。
 今日は男のマンションで、冬の定番である鍋料理を作る事になっていた。その為いつもより待ち合わせ時間は早く、車はまずマンション近くのスーパーマーケットに向かった。事前の電話であらかじめ中身を何にするか決めていたので、買い物は悩まずに済んだ。
 カゴは二つに分けた。片方は鍋用、もう一方は、例の『チェロの授業料』である菓子の詰め合わせと、僚が希望するフルーツ入れだ。
 それぞれ会計を済ませて車に積み込み、マンションに向かう。
 一人で鍋料理は味気なく、また上手く量を調整するのも面倒である為まず作る事がないが、二人ならば丁度良い。
 立ち上る湯気をはさんで向かい合い、二人は出来上がった鍋を交互につついて楽しんだ。
 もうあと少し食べたいというところで鍋がカラになる。身体はすっかり温まり、手足の先までぽかぽかしていた。
 確かめる為に男は手を伸ばした。
 僚は少し得意げに握り返した。

「もう冷たくないよ」
「よかった」

 にっこりと笑い合う。
 食休みの時間、年内はいつまでチェロの練習にあてるかを話し合う。
 僚はまず、うん、と頷き、やや間を開けて大晦日に実家に帰ろうと思っているので、と続けた。

「だからそれまでは、鷹久が大丈夫な日に練習に来たい」
「承知した。となると……」

 神取はペンを手に、壁にかけたカレンダーと向き合った。僚の指定する日時を確認し、書き入れる。僚もまたメモ帳に書き付けた。
 お互い笑って頷く。
 食休みの後、僚は張り切ってチェロのケースを背負い音楽室へ向かった。
 六月の頭から始めて半年、僚は目を見張る程の進歩を遂げていた。
 素直で飲み込みが早く、センスもいい。そして幸運にも才能を持っていた。しかし、いくら才能があっても本人にやる気がないのでは意味がない。嫌々押し付けの何かをこなしても、決して身につかない。
 僚は、チェロを楽しんだ。弾ける楽しみを心から喜んだ。その為には努力を惜しまなかった。
 喜びは才能と相まって、驚くほどの進歩に繋がった。
 一つ難を言えば、記憶にある父親の演奏が唯一最高であると強く思い込み、その為に形作られた音と違っていると、もどかしさにぴたりと手を止め演奏を中断してしまう事。
 しかしその悪い癖も、次第に消えつつあった。
 時にはつまずく事もあるが、たとえつかえても、中断せず弾き上げる事が出来るまでに上達していた。
 少しかたい音。根は真面目で礼儀正しい彼独特の音に、神取は嬉しそうに頬を緩めた。こんな音に巡り会えた事に心から喜ぶ。
 練習の後は、男が楽しみに待ちかねた反省会を兼ねたティータイムの時間だ。
 さくさくと歯応えの良いクッキーを噛み締めながら、始めはいつもと変わらぬ調子で反省を始めた僚だが、すぐに、顔を下に俯けた。気分の降下に合わせて下に向いてしまったようだ。
 テーブルに乗せた手をじっと見つめている。
 彼がしきりに視線を注いでいるのは、指先にうっすらと浮かんだたこだ。親指で確かめるように擦り合わせ、考え込んでいる。
 彼が暗く沈んでいる理由は、その仕草からそれとなく推測出来た。

「君も大分、演奏者の手になってきたね」

 神取は手を伸ばして指先に触れ、随分堂々としてきた、と続けた。人差し指で丁寧に一本ずつなぞり、確かめる。

「何度も皮がむけただろう」

 目を見合わせて訊くと、僚はためらいがちに頷いた。
「数え切れないくらい」
「演奏者の、いい手だ」
「そんなこと……ない」

 僚は自身の悩みを吐露した。弾いても弾いても上手くなったと感じない自分は、チェロに向いていないのではないか、もう止めた方がいいのではないか――ぽつりぽつりと男に語る。
 こんなに一生懸命教えてもらっているのに、応えられない自分が情けない。歯痒い。
 目には涙がうっすらと滲んでいた。
 神取は緩やかに笑った。

「上達したように感じない? それこそが、上達した証だよ」

 眼差しで問う僚に、言葉を続ける。

「技術も意識も向上したから、自分を客観的に見つめられるようになったんだ」

 以前初心者であった時は、五まで出来れば上等だった。それが十まで望むようになり、まだ足りないからと二十、三十と上がっていくようになった。いつまでも五のままで満足せず、次へ、もっと上へと望むから、今そのように少し苦しい状態に突き当たったのだ。

「君は、飛躍的に進歩しているよ。演奏の技術も、そして意識も。上達したからこそ、まだ足りないのだと気付いたわけだ。いつまでもこのままでいいと、無頓着でいられないからこそあがくようになり、悩んで、苦しむ。私も覚えがあるよ」

 僚はじっと耳を傾けていた。

「君の音、私は大好きだよ。上手く乗っている時も、つまずいた時も、いつでも心に響く。君には独特のセンスがある。物心がつく前からチェロの音に親しんでいたお陰で、良い耳も持っている。今はそのせいでちょっと、過敏になってしまっているがね。それでいいんだ、自分をもっとよく見ようとする、それが次の段階へのきっかけになる」

 男の言葉一つ一つを心に刻みながら、僚はもう一度自分の手を見つめた。飛躍的に進歩しているかどうか、実感はない。だが、男の言うように、もっと上達したい、難しい技巧もこなせるようになりたいと、以前の自分とは明らかに考え方が違っているのは事実だ。

「まあつまり、もっとあがけという事だ。足踏みでも地団太でも構わない、止まらなければ、ある日ひょいと一歩踏み出せる。君は今、その寸前にいるという訳さ」
「本当に俺……上手く、なってる?」

 半信半疑の僚に、神取は大きく頷いた。

「ああ。とても良い音が響くようになった。悪い癖も、たった三回しか現れなかった。大きな進歩だよ」
「お世辞じゃなくて?」
「お世辞じゃないさ。心からそう思っているよ」

 その言葉に僚は、少し照れながら、誇らしげに口端を持ち上げた。

「……そっか」

 その目には、先ほどまで浮かんでいた悔し涙に代わって、嬉し涙が光っていた。
 若さゆえの激しさにくるくると移り変わる感情は、男にとって心底愛しいものだった。

「でも……三度も、ミスした」

 今度浮かんだ表情は、とても複雑な、熱っぽい訴えかけだった。
 何を云おうとしているか即座に掴んだ男は、握った僚の手を更に強く、握りしめた。
 幾分体温の高い手にこもった力に、僚は身を固くする。 意識して息を止め、瞬きを繰り返す。

「ああ……そうだね。たった三度とはいえ、ミスはミスだ。お仕置きをしないといけないね」

 引き攣れたため息をもらし、僚はぎこちなく頷いた。

「はい……、ごめんなさい」
「寝室へ、行きなさい」

 促す男に束の間ためらいを見せ、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
 微笑む口元に視線が引き寄せられる。
 冷酷なまでに優しい支配者の貌に、一瞬目が眩んだ。
 言葉の一つ一つ、仕草の一つ一つに息を乱れさせる自分を想像すると、それだけで力が抜けてしまいそうになる。
 射精なしの絶頂に見舞われる。
 そんな自分を悟られまいと、僚は意識して足を踏みしめ、寝室へと向かった。
 後からついてくる男の気配を背中に感じながら部屋の中央で足を止め、俯いて次の言葉を待つ。
 部屋の扉が閉まる音、しばし沈黙が続いた。
 息も密かに、耳を澄ます。

「服を、全部脱ぐんだ」

 素っ気ない言葉にさえ、背筋が疼いた。
 僚は小さく頷くと、男の言葉に従い着ていた服を一枚ずつ脱ぎ始めた。その場にしゃがみ、無造作にたたんで脇に退け、背を伸ばす。
 それを見届けてから男は、クローゼットから乗馬鞭を取り出し、窓辺に置いた椅子を手に僚に近付いた。
 背もたれの側を向けて僚の正面に椅子を置き、腰掛の部分を乗馬鞭で示す。

「ここに、手をつきなさい」

 言われた通り前屈みになり、胸と腕の間に背もたれを挟む格好で腰かけに手をつき、ぐっと息を詰める。
 神取は正面に立って、乗馬鞭の舌を僚の顎に添えた。

「三回、鞭で打つ。一度目は軽く。二度目はいつもと同じ強さで。三度目は、厳しく打つ。いいね」

 宣言に、僚はそのままの姿勢で頷いた。

「何故鞭を受けなければいけないか、分かっているかい」

 かすれた声ではいと応える。

「言ってごらん」

 わずかに顎を引き、口を開く。
 瞳に浮かんだ不安、途切れ途切れに綴られる言葉一つひとつが、男の胸をぞくぞくとざわめかせた。ゆっくり背後に回り込む。目眩を伴う陶酔の中、鞭を振り上げる。
 空を切る音が、僚の耳をかすめた。
 一度目は、軽い衝撃だった。音だけが派手で、痛みはほとんどない。二度目に備え、僚は息を飲んだ。
 二度目は一度目よりもやや強く、いつも受けている痛みと同じ衝撃だった。
 瞬間僚の背中に走った緊張に、男は思わず笑みを浮かべた。間を置かず三度目を振り下ろす。

「っ……!」

 足の付け根を狙って振り下ろされた鞭に、全身がぎゅっと強張る。飛び上がらんばかりの痛みは、すぐさま内側からじわじわと染み出し、熱と汗を伴って僚を苦しめた。
 今まで受けた事のない鞭の痛みに、切れ切れに息を吐く。少しでも気を抜くとみっともなく声を出してしまいそうで、上手く力を抜く事が出来ない。
 前屈みの姿勢のまま、僚は肩で息をついた。
 じわりと滲んだ涙を、慌てて瞬きでごまかす。
 神取は静かに鞭を置くと、歩み寄り、身体を起こさせた。
 涙を見られまいと俯く顎に指をかけ、上向かせる。

「反省出来るまで、ここに立っていなさい」
「……はい」

 返事にふっと口端を緩め、頬に軽く口付ける。
 自分だけの妄想かと思える一瞬の接触に、僚はひくりと喉を鳴らした。
 戸惑い強張る表情からやっとの思いで視線を外し、男は椅子を手にその場から離れた。ベッドの脇に立つ僚が見える位置、隅に椅子を置くと、そこに腰かけ軽く足を組む。
 視界の端に映る男の姿…視線が、僚を揺さぶる。
 無言で見られ続けるのが、恥ずかしい。といって、今更隠す相手でもない。これまで散々、とても口では言えない姿をも晒しているのだ。
 けれど、堪える。
 正面にある小さな出窓の白いカーテンが、やけに眩しい。
 じりじりと滲み出す焦りと羞恥に、いっそ消えてしまいたくなる。
 男はまだ、こちらを見ていた。
 はっきりと確かめられないせいで、脳裡に浮かべるその視線に自ら追い詰められる。
 心の中で小さく、ごめんなさいと呟く。
 何度も、何度も。
 耳に響く時計の秒針の音と少しずれた、足の付け根に疼く痛みの脈動が、殊更に心を打ち沈ませた。

「……鷹久」

 堪えきれず口を開いた途端、わっと涙が溢れた。
 零れ落ちる透明な雫に、男の目がかすかに揺れる。

「今度から…もっとちゃんと……一生懸命練習する…から……だから…ごめんなさい」

 お願い、チェロを続けさせて下さい、ごめんなさい。
 ぽろぽろと溢れる涙に声を詰まらせながら、僚は訴えた。
 嗚呼、なんて一途で、激しい子だろう
 愛しさに胸が一杯になる。

 今すぐにでも抱きしめて、慰めてやりたい
 気の済むまで励まし、口付けてやりたい

 けれど、そんな自分とは別の自分が、彼をもっと泣かせてやりたい、彼の隠された本当の望みを叶えてやりたいと頭をもたげる。
 恥じらい拒む素振りの向こう側にある、息も詰まるほどの支配を望む彼を、存分に……
 神取はゆっくりと椅子から立ち上がった。
 張り詰めた空気を揺らす僚に一瞥をくれ、クローゼットに歩み寄る。中から一組の赤い革枷を取り出すと、泣き顔を背けて立ち尽くす僚の横に足を止めた。
 彼は自分の肩口を見つめたまま、微動だにしない。
 神取は構わず僚の右手を掴むと、まずそこに革枷を巻き付けた。次に左手、そして飾りの枷を左右の上腕部に固定する。
 顔を背けながらも時折ちらりちらりとかすめ見る僚の視線に気付いていながら、神取はあえて無言のまま作業を続けた。
 最後に深紅の首輪を心持ち緩くはめると、神取はポケットからハンカチを取り出し、僚の瞼にそっと押し当ててやった。
 戸惑いながらも、僚は素直に顔を上げた。

「悲しくなってしまったのかい」

 静かな男の声に、微かに眉根を寄せ小さく頷く。
 目を閉じている時の彼が、どこか幼く見えるのは、それだけ力強い眼差しを持っているからだろう。
 ほんのわずか紅潮した頬や、くるりと上を向いた睫毛に留まった涙を、神取は丁寧に拭ってやった。

「その割には、君のここは……」

 その先はあえて息を顰める。
 僚はぎくりと身を強張らせた。見ないで、とかすれた声で訴える。自分でもわかっているのだ。自分の身体がどうなっているか、何に反応してこうなってしまったか。
 枷を巻かれ、支配される者の自覚をするだけで、ひどく興奮してしまっている。
 悲しい、悔しい気持ちは確かにある。
 それでも、枷の感触を肌に感じるとどうしても止められないのだ。

「見るな……」

 再び僚は訴えた。
 神取は言われた通り、目は決してそちらへは向けず、僚の顔を見つめたまま、片手でそっと掴んだ。

「あっ……」
「じっとして」

 逃げるように腰を引く僚に言い付け、逆手に包み込む。そのまま軽く上下させ、更に熱を煽る。
 びくびくと腰を引く動きが、いつの間にか男の手に擦り付ける動きに変わる。上下に扱く手に合わせ、僚は腰を揺すり始めた。

「いいよ……欲張りの君が出てきた」
「ご…ごめんなさい」
「謝る事はない。もっと欲しがってごらん」
「たかひさ……」

 熱を帯びた吐息ごと飲み込み、ゆっくりと口内を舐める。

「んっ…」

 驚きを含んだ声に、背筋がぞくりと騒ぐ。
 神取は接吻しながら手淫を続けた。すっかり硬くなった熱を指先でさすり、それに合わせて跳ねる吐息を飲み込むようにして口内を貪る

「んう…、やっ……!」

 僚は身震いを放った。
 歯列を割って奥へと進む男の舌が、僚のそれを優しく持ち上げ裏側を何度も舐める。

「あぁ……」

 舌先で付け根を突付かれると、なんともいえぬ甘い痺れが全身に走り、その度に僚はこらえきれずに声をもらした。
 何度もためらいながら手を持ち上げ、ようやく男の肘を掴む。押しのけようとするが、どうしても身体に力が入らず、ともすれば膝から崩れてしまいそうなるのをこらえるのが精一杯だった。

「や…だ……」

 目眩にも似た強烈な浮遊感に、僚は途切れがちに拒絶の言葉を綴った。
 不意に足下の感触が失せ、視界が不鮮明になる。

「!…」

 驚きに何度も瞬きを繰り返す。
 いつの間にか、ベッドに横たわっていた。
 頭の横に手を付き見下ろす男の顔をしばらく眺めてようやく、状況を理解する。
 慌てた様子で口を覆う僚の姿に神取はゆっくりと口端を持ち上げた。
 恥ずかしそうに視線を揺らす様は、男の胸を存分に熱くさせた。
 しばし様子を愉しむと、神取は静かに身体を起こし、
口元を隠す僚の手をそっと掴んだ。そして、彼の目が眩まないようゆっくり抱き起こし、しっかりと胸に抱きとめる。
 肩を抱いていた手を徐々に下へ這わせ、慎重に探る。足の付け根に届く寸前、僚の身体がびくりと硬直した。
 なるべく触れないよう、周りを優しく、労わるようにさすってやる。

「鞭は、痛かったかい」
「……いつもよりは。でも、俺が悪いんだ。それに――」

 鷹久のは痛いけど、痛くない。
 ほんのりと喜びを含んだ声が、少年の口から零れる。
 小憎らしいほどの愛らしさに、胸がずきずきと疼いた。

「チェロを、続けたい?」

 僚は二度三度、強く頷いた。お願いします、と言いかけた声が突然高く跳ねる。
 男の手が、むき出しのそれを握ったのだ。ほんの軽く、柔らかく。待ち侘びた刺激に僚のそこは素直に喜びに震え、扱く男の手に素直に応えた。
 僚は慌てて腕で押しやろうとした。
 神取はさせまいとより抱きとめ、片手で追い上げた。

「あっ…だめ――!」
「駄目じゃないだろう?」
「で、も……もっ…出る……」
「いいよ……このままいってごらん」

 駄目、と詰まった声を上げ、びくびくと悶えながら僚は白濁を放った。

「あ、ぁ……」

 男の手を汚した事はもちろん、あっけなくいってしまったのが恥ずかしいのか、僚はひどくうろたえた様子でおろおろと顔と手とを見やった。
 おかしさに男は小さく笑った。

「ご、ごめんなさ……」

 僚はすぐさま男の手を取り、口に持っていこうとした。せめて、舐めて綺麗にしようというのだ。
 男は寸前で一旦制した。彼の身体に巻いた枷を見やり、それから顔へと目を向ける。

「君は私のものだよ」
「……はい」
「そして私は、君のものだ。どちらも同じ位置だ。だから、君が望まない事は、決してしない。君も、したくない事は一切しなくていい」

 独りよがりの楽しみを追及している訳ではない。

「それは、君が本当にしたい事かい」
「……うん。してもいい?」

 恐る恐る聞いてくる少年に、男は小さく頷いてねだった。
 僚は口を開け、一本ずつ男の指をしゃぶった。
 貰うだけでは申し訳ないので、男もお返しに僚の身体を愛撫した。唇で触れ、指先をすべらせる。

「私も、君とチェロを続けたいと思っている」

 キスの合間に告げる。指先が時折彼の感じる場所を過ぎって、彼の身体が敏感に震える。
 好ましい反応に男は口端を緩めた。

「そして、こうして楽しむ事も」

 神取は一旦手を引き、人差し指と中指を揃えると、再び彼の口の中へ含ませた。僚はすぐに意図を読み取り、男にするように唇を窄ませて吸った。

「……いい子だ」

 神取は呟き、指先で彼の舌をくすぐり、強く押す。たちまち僚は苦しげに声を上げたが、抵抗は見せなかった。
 潤んだ目で熱心に見つめ、見立てた口淫を続ける僚がたまらなく愛しい。
 神取は指を含ませたまま、再び僚を横たえた。寝転んだ弾みで指が喉へいってしまわないよう十分気を付ける。
 優しい気遣いは僚にも伝わっていた。だから、何もかも預け、快感に没頭出来るのだ。
 この男とだから。
 何も心配する事はないのだ。

「あぁっ……」

 熱い吐息が零れる。男の指をしゃぶっているだけで、また、熱が膨らみ始めたのだ。
 男は変化を見止めると、指を引き抜いた。力み続けて疲れたのか、唇が小刻みにわなないていた。労わりを込めてそっとなぞる。
 それすらも刺激になるのか、僚は淡い喘ぎを零した。
 と、男の視線がすっと下方にずれる。つられて僚も目をやった。
 間を置かず、男の手がそちらに伸びる。
 頬から首筋をたどり、脇腹へと向かう手の動きに、自然と息が乱れた。
 わずかに上下する胸にひたりと手を当て、男は再び僚を見やった。
 はっと目を上げる。
 視線はそのままに、男は指先で乳首を探り当てると、根元から先端にかけて摘み上げた。

「んっ…」

 途端に僚の顔が小さく歪んだ。
 びくんと強張る感触を愉しみながら、尚も捏ね回し刺激する。
 しなやかに伸ばされた四肢が、小さなそれへの刺激で一瞬の緊張を見せるのが楽しいのか、男は繰り返し摘んではさすり、指先で押し潰すように撫で回した。

「ふぅ…んっ……」

 こらえきれずもれる微かな呼気が、鼓膜を甘く犯す。
 シーツに押し付けるようにして顔を背け、僚はいやいやと首を振った。男の手から逃れようと、身体をくねらせ抵抗する。

「嫌なのかい」

 逃げるのを執拗に追いかけ、爪の先でそっと弾く。
 ぶるぶると身体をわななかせ、僚は唇を引き結んだ。
 神取は笑って、視線を下部へと向けた。

「こっちは、嬉しそうに震えているよ」

 途端に僚は頬を強張らせ、慌てて膝で隠す。
 神取はまた笑みを零した。

「ほら、気持ち良いだろう」

 穏やかな口調で問い掛ける男に、しきりに瞬きを繰り返しながら小さく頷く。

「どんな風に?」

 全てを言わせようと誘導する支配者の声に、目の奥がじわりと熱くなる。
 僚は口に出来ない代わりに、わずかに膝を開き、揺れるそれを見える位置に晒した。
 男が喉の奥で笑う。かすかな音を聞き分け、僚はぐっと奥歯を噛み締めた。
 その直後、熱を帯びた肌に触れた冷たい金属の感触に、驚き目を見開く。
 男が常に身に付けている懐中時計の鎖だと気付くと同時に、散々指で弄られた乳首がねっとりとした粘膜に優しく包み込まれる。

「ん…あっ……」

 はっと息を飲み、うろたえた様子で身を捩る。本当は思ってもいないのに、口から咄嗟に言葉が零れる。

「嫌だ……」
「嫌じゃないだろう? 君はここをいじられるのが、大好きなはずだ」
「んんっ……」

 ねっとりと熱い舌と硬い歯、更には肌をかすめる衣の感触にさえひどく感じてしまい、引き攣れた喘ぎをしとどにもらす。

「あ、ん……」

 男はもう片方にも口付け甘噛みを繰り返した。

「んぅ……」

 乳首と前立腺を同時に弄られ幾度も射精を強制されたいつかの場面が、脳裡に鮮明に甦る。
 身体の芯に刻み込まれた強烈な快感は、それ以後どちらか一方を責められる度浮かび上がっては、僚を追い詰める素材となった。
 それを知っている男は、しかしあえて自分からは口にせず、彼が言い出すまで責め続けた。

「おねがい…やめっ……」

 嗚咽に喉を震わせながら、僚は途切れ途切れに懇願した。痛いほどに勃起した自身が、内股をも引き攣らせる。

「答えてくれたら、やめてあげるよ」

 そう告げ、一旦動きを止めて僚を見やる。
 しゃくり上げるように息を飲み、僚はおどおどと男を見上げた。

「いじられるのは、好きかい」
「んっ……好き……」

 眦を赤く染め、僚は今にも消え入りそうな声で告げた。
 今にも泣きそうに顔を歪め俯く僚に、神取はそっと唇を重ねた。
 柔らかな口付けに、胸に詰まった羞恥がみるみるほぐれていく。
 おずおずと瞳を上げる僚の視線を引き連れて、男はベッドからおりると、懐中時計の鎖を外しベッドサイドのテーブルに乗せた。
 続いてジャケットを脱ぐと椅子の背にかけ、ワイシャツの袖のボタンを片方ずつ外す。
 胸ポケットにしまった銀の懐中時計を外した瞬間から、僚の視線は男の動作に釘付けになっていた。
 襟元のボタンを一つ、また一つと外す手の動き、目線、息遣いまでもが、これから行われるそれへと繋がっていく事に、激しい興奮を覚える。
 ずきずきと、痛いほどにこめかみを打つ脈動に、息が出来なくなる。
 あらわになった無駄のない綺麗な四肢に、僚は目を細めた。
 まるで、光源を見つめるかのように。

「………」

 服を全て脱ぎ去り、近付いてくる男の顔を見上げ、ためらいがちに小さく呟く。
 聞き取れず、もう一度と言う男に、僚は顔を真っ赤に染めぎゅっと目を瞑った。

「……舐めさせて」

 閉じた瞼の裏に、驚く男の顔が浮かぶ。
 恥ずかしさに縮こまりながらも、僚はもがくようにして横向きになって、恐る恐る目を開いた。
 ほぼ同時に頬に手が触れ、ほんのりとあたたかい手のひらに目を上げれば、微かな笑みを浮かべる男の顔がそこにあった。

「あ……」

 僚はすぐさま目を逸らした。
 束の間の沈黙の後、男の下腹へゆっくりと顔を近付ける。
 それに合わせて男はベッドに乗り上げ、ぎこちなく顔を寄せる僚に目を向ける。
 自身のそれに唇が触れる寸前、一瞬の緊張が背筋を走った。

「ん……」

 熱を帯びた唇に包み込まれ、思わず吐息をもらす。
 顔をよく見たいと、神取は手を伸ばし僚の前髪を梳き上げた。
 綺麗な顔立ちの少年が自身のものを咥え、無心に口淫を続けている。そう思うだけで、身体の芯が熱くなった。
 顔を見れば、尚更だった。
 淫蕩に緩んだ僚の表情に、嗜虐心がとめどなく沸き起こる。

「いいよ。とても……」

 頬に触れそう告げると、僚は上目遣いに見上げ嬉しそうに口端を持ち上げた。微笑みを返し、指先で彼の唇をなぞる。
 一杯に開いた口で頬張り、少し苦しげに頬を赤く染めながらも懸命におしゃぶりを続ける様は異様な興奮を産む。
 神取はわずかに喉を引き攣らせた。
 不意に僚は顔を離した。いくらか忙しなく息を継ぎながら男を見上げる。

「もう……入れて」

 鷹久のでいきたい…濡れた声が男の鼓膜を犯す。
 寸前まで男もその思いで一杯だったのに、ねだられるとどうしても少しばかり意地悪をしたくなってしまう。彼がまた、それによく応えてくれるものだから、どうにも止められなくなってしまう。
 支配者の貌で笑い、神取はゆっくり組み敷いた。

「……おねがい、鷹久」

 僚は訴えた。苦しげに顔を歪める。身体中が張り詰めて痛くてたまらない。早く解放してもらいたい。
 そして同時に、自分の中でいってもらいたい。
 息も出来なくなるほどの拘束と、服従に縛られて、訳が分からなくなるほどの思いを味わいたい。
 直後はもう二度としたくないとさえ思うものを、与えてほしい。
 頬を赤く染め、不安げに見上げる濡れた瞳に、男の胸が熱く滾る。
 嗚呼、もっと声が聞きたい
 神取はもう一方の手を僚の頬に添えると、答えを待って震える唇に親指を押し当て、軽くなぞった。

「欲しい……」

 唇を優しく撫でる指に敬意をもって接吻し、もう一度告げる。
 答えたのは男の指だった。

「あっ……」

 驚きの形に開かれた唇に、神取は口端を持ち上げた。

「いやだ…どうして……」

 眉根を寄せ、何故と見上げる僚を微笑のまま見つめ返し、男は後孔に二本の指を咥えさせ抜き差しさせた。
 内側からもたらされる強烈な刺激に、硬く張り詰めた僚のそれがびくびくとわななく。
 先端から零れた透明な雫が、根元まで流れ落ちシーツに滴った。
 焦れたように身悶える僚を見下ろし、神取はなお強く深奥を抉った。

「やだ…、鷹久……あっ――!」

 逃れようと腰をうねらせるが、それよりも早く手中に捕らえられ、僚は息を跳ねさせた。

「こんなに硬くなっているのに、嫌なのかい」

 後孔に埋め込んだ手と、熱塊を握る手を同時に動かしながら、神取は覆い被さって耳元に囁いた。
 鼓膜を震わす心地好い低音に、僚はぶるぶるとわなないた。
 ひくりと喉を鳴らし、小さく嫌じゃないと返す。

「でも……」
「でも、どうした」

 指を根元まで埋め込み、さらにぐいと突き上げる。

「あぅっ…!」

 脳天に響く快感に、僚は短い悲鳴を上げた。
 内部から押されて溢れた先走りの雫が、陰茎を扱く男の手指をしとどに濡らす。
 下腹から聞こえてくる粘ついた水音に恥じ入って首を振れば、内側を弄る指がより一層激しさを増し追い詰める。

「いやだ……、入れて…鷹久の、で…いきたい…」

 身体の芯から沸き起こるとめどない射精欲に、僚は腰をくねらせた。額をシーツに擦り付けるようにして首を振り、悲鳴まじりに泣き叫ぶ。

「お願い……い…れて……」
「そんなに入れてほしいのかい」

 硬く反り返った熱塊の先端を親指でくじりながら、意地悪く聞き返す。表面上は余裕を見せるが、実際のところは自分も入れたくてたまらなくなっている。彼の奥深くの感触を、思う存分貪りたい。

「ふ、う……」

 敏感な箇所への刺激に、僚は反射的に後孔を締め付け身悶えた。そうする事で内襞を奔放に捏ね回す指の存在を嫌というほど思い知るのだが、自ら溢れさせた粘液を塗り付けるように扱かれると、どうしても力を抜く事が出来ず、結果自分を追い詰めてしまう。

「たか…ひさ……もっ……」

 きつく扱く動きに合わせて腰を揺すり、僚は息を詰めた。

「いったら、入れてあげるよ」

 左の耳に優しく噛み付き、神取は囁きを流し込んだ。

「うぁっ……!」

 ピアスのせいか、右よりも敏感になった左の耳朶を唇でなぞられ、襲い来る強烈な疼きに僚は全身を強張らせた。

「ああ……い、く……」

 男の言葉がきっかけとなり、激しい射精欲がうねりとなって襲いかかる。

「あ、あぁ――あ……たかひさ!」

 かすれた吐息をもらしながら、こらえていた熱い滾りを断続的に放つ。
 最後の最後まで搾り取ろうと執拗に扱く手に喘ぎながら何度も腰を弾ませ、僚はやがて力を抜いた。
 神取もそっと手を離す。後孔に埋めていた指を引き抜くと、僚の口から懇願が零れた。

「も……入れて」
「入れてほしい?」

 覆い被さり、己のもので小さな口をつつきながら聞き返す。
 少し潤んだ目で男を見上げ、僚は早くと訴えた。
 神取は薄く笑みを浮かべたまま、先端をゆっくり押し込んだ。 
 焦らし焦らし内部に入り込む熱塊に僚は不満の声を上げる。

「やだ、あぁっ……もっと…おく、まで……」

 自ら足を開き、男に手を伸ばす。
 神取はその手を自分の首に回させ、彼の望む通り腰を進めた。それにつれて僚の身体が大きく反り返る。根元まで埋め込み、一旦動きを止める。

「ああぁ……ああぅ――きもちいっ…ああ!」
「……私も、気持ちいいよ」
「ほんと、に……」
「ああ……いい締め付けだよ。たまらない」

 少し恥ずかしそうにしながらうっとりと浸る少年の顔に目が釘付けになる。上気した頬が何とも艶めかしい。引き寄せる力に逆らわず、神取は唇を寄せた。
 僚は淡く喘ぐと、キスを求めた。
 舌を吸う。舌を絡める。互いの熱い吐息を飲み込みながら、神取は腰を使って彼の奥深くを力強く抉った。
 たちまち僚の口から、甘くしっとりとした喘ぎが零れる。
 そこが好き、お願いもっと、と腰をうねらせる僚に煽られ、神取は尚一層内奥を責めた。

「君の好きなところだね」

  一度目から、彼はここでとてもよく反応した。
 もっとよくしてあげよう。
 たまらないとばかりに身悶え、僚は高い声で鳴いた。
 大きく広げられた足が、痙攣めいた動きを見せる。

「もっとしてぇ……おれだって…あっ…鷹久のかたち、おぼえて…あぅ!」

 言葉に男は目を眩ませた。まるで射精のない絶頂。脳天にまで響く快感に震えを放つ。

「本当に…君は……」

 気付けば呟いていた。
 その半分を聞き取り、僚は問いかけるように男を見上げた。
 神取は笑いかけると、身体を起こし、大きな抽送に切り替えた。同時に胸元をまさぐる。
 手探りで乳首を摘まれ、またも僚の息が跳ねる。
 きゅっと締め付けを増した後孔にふっと笑みを浮かべ、神取は腰を前後させた。内奥へと埋め込み、またゆっくりと引き抜く。

「ふぅ、ん……んん……あっ」

 男のものが最奥に達する度しなやかに背を反らし、僚は鼻にかかった甘い喘ぎをもらした。
 ゆったりとした動きに腰が蕩けそうになる。
 硬く凝った乳首の感触を愉しみながら、神取はもう一方の手で僚の熱塊を包み込んだ。

「あ…ん」

 悦びの声を上げ、男の手に擦り付けるようにして腰を揺する。

「気持ちいいかい」

 耳郭を唇で食みながら、男が囁く。
 僚は素直に頷いた。
 既に彼の漲りは、熱く濡れそぼり張り詰めていた。
 それをゆるゆると扱きながら、男は同じ速度で抜き差しを続けた。
 同時に乳首を捏ね回すと、よほどたまらないのか、先走りの雫がとめどなく溢れ見る間に男の手を濡らす。

「気持ちい……いい……」

 ため息とともに享楽の声をもらし、湿った吐息に唇を震わせる。男と触れ合う場所全てが一つに繋がり、互いに熱を煽って高みへとのぼっていく。喉の奥で甘えた呻きをもらし、僚は自ら腰をくねらせ男のものを存分に味わった。
 男は僚を這わせると、ゆっくり腰を前後させた。
 しなやかで張りのある背中が、眼下で艶めかしく蠢く。引き寄せる力に素直に従い、神取は唇を寄せた。
 首筋に接吻され、僚は淡い喘ぎと共に緩やかに顎を上げた。
 ついばむような口付けは、痺れとなって身体中を包み込み、僚を尚深い快楽の渦へと誘う。
 それは、強烈な疼きと共に不満をもたらした。
 いつまでも変わらないじれったい動きに、じわじわと苦しめられる。

 ……いきたくてもいけない

 散々恥ずかしい思いをしたのに、もう一度同じ思いをしなければならない
 きつく眉根を寄せ、僚はうなだれた。
 いきたいのにいけない
 身体はこれ以上ないくらい高まっている。
 後一撃が欲しい。

 いきたい
 どうして――

 焦れて頭が真っ白になる。僚は半ば無意識に自身のものを掴むと、解放に向けて扱いた。
 男の笑う声が聞こえた気がした。ほどなく、男の動きが止まる。

「あ、やっ……なんで」

 肩越しに振り返り、背後の男に訴える。

「いきたい?」

 耳元に吐息がかかり、それすらも快感なのか僚はぶるぶると震えを放った。小刻みに頷く。そしてすぐに首を振る。

「どうして?」
「い、いっしょがいい……自分だけは、やだ」

 名残惜しそうにしながらも、僚は自身のそれから手を離した。

「たかひさもぉ…いっしょに……お、俺の中で……」

 僚の手が後方へと回る。何をするのかと見守れば、後孔を一杯に占める男のそれに、触れようとしていた。
 神取は手を誘導し、指先に触れさせた。
 一瞬、僚の手がびくりと震える。思いがけない熱さに触れて驚いたのだ。すぐに積極的に指先で探り、挟むようにして刺激する。
 たまらずに男は動きを再開させた。

「ああぁ……!」

 僚の口から甘い悲鳴が上がる。聞くだけで身体がとろけそうになる。
 二本の指に挟まれ扱かれるのもたまらない。しかもすぐ眼下にある。興奮に息も出来ない。
 神取は背に覆いかぶさり、僚のもう片方の手を取ると、彼の下腹へと誘った。
 お互いに快感を与え合う。
 奔放に身悶え、隠さずよがり声を上げる僚に紛れて、男も愉悦を唇から零す。

「おく…あぁ、そこっ……きもちいい」
「そう、ここは君の好きなところ……こっちは?」
「あ、うん……ぜんぶ、いい……」

 最奥を力強く抉りながら、神取は一緒に手にした僚の熱塊を扱き上げた。僚は涎を垂らさんばかりに悦び、どこを触られても感じると腰を揺すった。

「鷹久の、手……あぁっ…気持ちいい…いい…すごく……んんぅ」
「私も好きだよ……君の身体がたまらなく――」
「あ、たかひさ……んっ…うぅ」

 やがて僚の声が変化する。限界が近付いているのを感じ取り、神取は焦らさず追い上げた。

「ああ、も…いく、い……もっ――……」

 強すぎる愉悦に涙を流し、僚は息を詰めた。直後白い快楽を吐き出し、びくびくと身体を震わせて余韻に浸る。
 見下ろす先の緩んだ痴態に触発され、男も程なく彼の中に熱いものを放つ。

「う、あ……」

 感じ取り、僚はうっとりと目を細めた。男の手が優しく仰向けに横たえる。
 神取は引き寄せられるように唇を重ね、深く舌を貪った。少し疲れた様子で、それでも熱心に僚は応えた。
 舌を舐め合う内に、男はまた昂りが舞い戻ってくるのを感じた。彼を前にすると底なしになってしまう自分に苦笑する。

「まって……」

 うろたえる声を聞きながら仰向けに組み敷いて、緩んだそこに自身を飲み込ませた。間を置かず前後させる。

「まだ――あぁっ!」

 続け様に腰を噛む大きすぎる快感に、僚は悲鳴まじりの叫びを上げた。お願い、動かないで、押さえ付ける男をのけようと腕を突っ張らすが、まるで効果はなかった。思うまま身体を揺すられ、僚は激しく首を振った。
 内襞を捏ね回し時折前立腺を抉るしなやかな熱塊に、意識がかき乱される。

「あああぁぁ――!」

 翻弄される。
 僚はあっという間にのぼりつめ、再び絶頂を迎えた。
 白液を飛び散らせ、二度三度と大きく身体をわななかせながら、喉も枯れんばかりに叫びを上げる。
 それでも男は腰の動きをやめない。
 角度を変え、深く浅く内壁を抉る熱塊に、際限なく高みへと持ち上げられる。

「あっ…あぁ…たかひさ…い、やだ――!」
「大丈夫、もっとよくしてあげるよ……」
「やっ…まって、やだ…あぁ……」
「休みなく抱かれるのは好きだろう?」
「だめ、苦しい……あ、ああっ……」

 頂点に引き上げられ、立て続けにいかされ、更に上へと追いやられる。
 これまで何度もそうして抱かれ、身体に刻み込まれた。
 適応しつつあるが、最中はあまりに激しい官能に飲み込まれ、考える余裕すらない。
 この身体はどこまでのぼりつめるのか、果てなく高みに持ち上げられ、ちらつく恐怖に、僚はもつれる舌で何度も嫌だと訴えた。
 神取は片手を腰に、もう片方を僚の首に回すと、半狂乱になって泣き叫ぶ唇を塞ぎ何度も舌を絡めた。逃げようとする頭をしっかりと抱き、深く貪る。

「んぅ…あぁっ……!」

 散々煽られた末の快楽に身体は底なしに乱れ狂い、一突きごとに絶頂を迎えるほど貪欲になっていた。射精もなく襲い来るすさまじい絶頂感に身体が弾けそうになる。
 絶え間なく駆け抜ける愉悦は脳天を直撃し、僚の羞恥心を残らず奪い去った。

「いや――だ…狂っちゃう…もっ…、おかしくな……ああぁっ!」

 余韻に浸る事も許さず快感を与え続ける男に、我を忘れて張り叫ぶ。

「……かまわず狂うといい」

 そう囁く自分の方こそ、彼に狂っている。溺れている。頭の片隅で自覚しながら男は尚も深く沈んでいく。
 途切れかけた意識で、肌に伝わる男の体温だけに縋り僚は鳴き続けた。

「また…いく…いく…あ――!」

 少し高めの、張りのある叫びを幾度も迸らせ、目も眩む続け様の絶頂感に酔い痴れる。
 仰のいたままひくひくと喉を震わせ、僚は何事か呟いた。

 欲しい――

 吐息で綴られた声にならない声は、男の耳の奥へと滑り込み、胸を焦がした。

「……あげるよ、僚……私にあげられるものなら、何でも――」

 恐らくは届かない声をそっと投げかけ、男は目を閉じた。
 腰の奥から込み上げてくる凄まじい射精欲に、一瞬目の前が白く閃く。
 僚を抱く手に力を込め、神取はその悦びを存分に味わった。

 

 

 

 ぬるめだが、身体が冷えているせいか少し熱く感じる湯船に肩まで浸かり、僚は全身から力を抜いた。
 見届けてから、神取も向かいに同じように身体を沈めた。たった一度とはいえ、今日はいつもより強く彼を打った。それがどれほど響いているか心配だったが、沁みて痛む様子は見せなかった。彼がどこまでの強さに耐えられるのか、よく頭に叩き込む。
 自然とため息が口から零れた。
 それを見て、僚はくすくすと笑った。
 仲間、仲間と笑う僚に頬を緩め頷く。
 僚はもう一度大きく、ふうっとため息をついた。

「寒い日は、やっぱり風呂……いいよな」

 心から同意すると、男は笑った。
 僚は、男のマンションの大きな風呂がいたく気に入っていた、二人でも足を伸ばしてゆったり入れる、一人で浸かれば、贅沢気分を味わえる、そんな広々とした浴槽が、実に羨ましい。大きな窓も気持ちがいい。当然と言えば当然だが、アパートの小さなプラスチックの箱とは大違いだ。まああちらはあちらで、汗を流すには十分設備が整っているが、冬の日、ゆっくり温まれる大きな風呂はやはり魅力的だ。
 湯上り、まだほかほかとあたたかい身体をソファに沈め頭を背もたれに乗せて、僚はぼんやりと天井を見上げていた。視線はそのままで、脇に置いた手の指先を、親指で一本ずつ確かめる。
 長めに湯に浸かった名残りでまだ少しふやけていたが、以前と比べて格段にかたくなった指先が感じ取れた。微笑んで目を閉じる。

「嬉しそうだね」

 着替えを済ませ寝室から戻ってきた男が、微笑む僚に気付き声をかけた。
 僚は目を開けて、逆さから覗き込んでくる男になんでもないと応える。
 なんでもないと言いながら、どこか楽しそうな表情に、つられて男も笑みを浮かべる。

「なんでもないけど――」

 ソファにもたれたまま僚は手を上に伸ばすと、男の頬を包み込み、引き寄せた。

「良い事かい」

 僚の手に自分の手を重ね、神取は顔を近付けた。

「うん。ちょっとね」

 間近に迫った眼差しに少し照れた笑いを浮かべ、僚は唇を重ねた。

「教えてほしいな」
「どうしよっかな」

 くすくすと笑いながら、二人は口付けを交わした。

 

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