Dominance&Submission

ある朝の風景

 

 

 

 

 

 十二月も下旬の、ある晴れた朝。
 段々と眠りから覚めつつあった桜井僚は、先ほどから聞こえてくる微弱な音が何なのか、目を閉じたままひたすら考え続けた。やや置いて、天井近くから聞こえるそれはエアコンの稼働音であったと気付き、合点がいく。
 だからそれほど寒さも感じず、ゆったり寝ていられるのだ。やっと納得がいったと肩の力を抜く。がすぐに、ある事を思い出しはっと目を見開く。
 窓の外を確かめる事。
 僚は寝惚け眼を何度も瞬いて、カーテンの隙間から見える光に目を凝らす。ぼんやりと明るい。どうやら晴れのようだ。
 ああ、良かった。
 今日は、今日こそは男と出かけるのだ。この寒い中、海へ行くのだ。本当は昨日の約束だったが、仕事の都合で今日にずれ込んだ。昨日は残念だったが、今日こそは行けるのだ。何の不満もありはしない。
 満足げにため息をついて反対側に寝返りを打つと、隣に寝ている男…神取鷹久と肌が触れ合った。僚ははっとなって反射的に身体を引いた。
 思ったよりも近くに、男の顔があった。
 寝起きでぼんやりしている頭でも、思わずどきりとしてしまうほど彫りの深い、精悍な顔付き。
 目付きはやや鋭いが、その眼差しに捕まり名前を呼ばれると、それだけで身体の芯が痺れてしまう。
 指も、唇も好きだが、何より目が好きだ。
 自分に注がれる視線はいつも熱く、真剣で、淀みがない。
 眠って今は瞼に遮られているが。
 なるべくスプリングを軋ませないよう気を使いながら離れ、ベッドからおりる。
 発育途中にある十七歳の、しなやかで瑞々しい肌が現れる。
 僚は大きく伸びをして身体を目覚めさせた。寝癖のひどい髪を両手で無造作にすき、ちらりと男を見やる。
 少し口を開き、静かな寝息を立てる様に何故だか笑みが零れた。
 しばし寝顔を見つめた後、キッチンへ向かう。冷蔵庫から、買い置きのミネラルウォーターのボトルを取り出し、一気に半分飲み干して渇いた喉を潤す。冷蔵庫は自由に使っていい、中の物は全て共用だと男は言っていたが、まだ少し抵抗があった。だから開ける際、心の中で断りを入れた。
 ふうと息をつき、ボトルを手に僚はベッドの傍に戻った。
 まだ、男は眠っている。
 とても気持ち良さそうに。
 見つめていると、自然に頬が緩んでくる。
 カーテンの隙間からは、気持ちの良い朝日が射し込んでいた。足音を忍ばせ、近付いていってそっと覗く。綺麗な、すっきりとした青空がどこまでも広がっていた。また、頬が緩んだ。
 僚はボトルを持ちかえ、片手でそっと尻に触れた。さすって確かめながら肩越しに視線を落とすと、背中から腰、尻にかけて昨日の名残がうっすらと見て取れた。痛みはもうない。最中はあんなに涙を絞り取ったのに、今はすっかり腫れも引いている。
 もっと…痛みがあってもいいと思う。
 もっと残っていて欲しい。
 それは、たやすく人には言えない性癖の跡。
 男と、自分だけの秘密。
 僚は、跡をつけた張本人…ベッドで眠る男に目を戻した。
 総ては男がつけたものだ。
 だがそれは単なる暴力ではない。
 お互いの同意があって初めて行われる、純然たる愛情表現。
 身体を痛め付けられて悦ぶといったら、大概の人間は奇異の目で見るだろう。だから、たやすく人には言えない。理解してもらいたいと思った事もない。
 僚自身、こうなる前はそういった人種をひとくくりにして「変態」と蔑んでいた。
 相手の身体を容赦なく傷付け、苦しがる様を見て悦ぶ変態だと。
 どんなに苦痛を訴えやめてくれと懇願しても、それがかえって相手の興奮を煽り満足するまで暴力は止まない。徹底的に相手をいたぶり、苦しむさまに快感を得る歪んだ人種だと思っていた。
 自分もつまるところそうだった。
 だが、この男は違っていた。
 そして、自分が出会った人間がやっていたのは単なる虐待や拷問に過ぎず、合意のもとで行われる本来のそれとはかけ離れているという事を教えられた。
 それまでされてきた事が事だけに、男の言葉を信じるのは余りにも馬鹿らしかった。
 だが、男の態度や、物語る目は真剣そのものだった。そして、恋人に向けるように熱かった。
 戸惑いながらも一歩を踏み出し、身を以って知る。だから今、僚はここにいる。
 男に逢わなければどうなっていただろうか。
 本来の意味を知る事もなく、変態と心の中で蔑みながらも身体を開き、男も女もなく相手をしていたに違いない。
 金の為でもないのに。
 自暴自棄になっていたあの頃と比べて、心は随分落ち着いたように思う。

 総てはこの男の……

 瞬きを繰り返しながら見つめていて、唐突に身体の芯が疼いた。
 男がゆっくりと寝返りを打ったのだ。
 それまで上掛けの毛布の下にあった男の腕が外に現れ、シーツの上に無造作に置かれたその指に、色気を感じ、目が眩む。
 僚は無意識の内に歩み寄り、すぐ傍にしゃがみ込んだ。
 男の顔がよく見える間近に。
 胸がずきずきと痛む。
 ただ見つめているだけなのに、息が苦しい。
 すぐ傍にある手が、指が、愛しい。
 触れていない箇所はもうどこもないほど、この指は自分を知り尽くしている。
 昨日は、散々に自分を狂わせた。
 たった十本の指で。
 穏やかに微笑み、僚は男を見つめていた。
 今鏡を覗き込んだら、どんな顔をしているだろうか。
 半年前までは、こんな顔をする事はなかった。
 目的もなく金を得る為に誰彼構わず受け入れ、時に「好き」と囁く。
 もちろん、心などこもっていない。
 偽るのはたやすい事だ。
 相手をその気にさせる偽りを囁く。
 何をされても。
 それだけ、何もかもをどうでもいいと思っていた。
 だから、たやすく嘘を吐ける。対象には家族も含まれていた。
 今は、別の事で嘘を吐いている。
 けれどそれは、純粋に、家族を安心させる為だ。何もかもがどうでもいいと構わず、また面倒だから嘘を吐いていた時とは明らかに違う。
 そして自分と、男の為に。
 好きな男の為に。
 説明のつかない激しい揺れが、胸を鷲掴みにする。
 心の中で「好き」と囁く。
 また、胸が疼いた。
 目の奥が熱い。
 ただ「好き」と言っただけなのに、何故泣きたくなるのだろう。
 何故、笑いたくなるのだろう。
 散々躊躇い、僚は思い切って口に出してみた。

「……――」

 言った途端、自分でも可笑しくなるほどのむず痒さが込み上げてきた。慌てて身体を揺する。
 心の中で言う分にはいくらでも酔えるが、実際口に出すと気恥ずかしさと照れくささで一杯になり、とてもじゃないが浸れない。
 自分には到底似合わない台詞だ。
 男が聞いていなかったのは幸いだろう。
 気持ちを落ち着けようとボトルを口につけた時、思いがけず声をかけられ、僚はぎょっとなって動きを止めた。

「もう一度、聞かせてくれないか」

 心地良い低音が鼓膜を犯す。
 僚は一瞬で頬を真っ赤に染め、男を凝視した。
 いつのまにか目を覚まし、少し寝ぼけた眼で優しくこちらを見つめている。
 柔らかな視線に絡め取られ、ますます頬が熱くなる。

「……うるさい」

 動揺を隠し切れず、僚は刺々しく言い放つとボトルをあおった。
 神取はそれをやんわりと掴み、残りをくれと目で伝った。
 素直に口を離し男に手渡す。
 身体を起こし受け取って、神取は残りの水を一気に飲み干した。喉を潤す冷たい感触にふうとため息をつき、肩を上下させる。
 僚はぎゅっと両手で膝を抱き寄せ、気まずそうに男を見上げた。
 目が合い、同じ言葉を繰り返され、同じように「うるさい」とぶっきらぼうに返す。
 そんな彼を、神取は穏やかな眼差しでじっと見つめる。
 僚の一番好きな、一番苦手な目だ。
 そんなにも熱く淀みのない目で見つめられては、たまらない。

「……好き」

 笑みを絶やさない男に、むくれた顔で僚はぼそりと言った。この時もやっぱり、言った途端身体中にむずむずとしたざわめきが走った。

「どうか、もう一度」

 だのに男は、繰り返し要求する。

「お――俺にばっか言わせんなよ」

 拗ねた表情で唇を尖らせる。
 こんな恥ずかしい台詞を、腕の中で熱に浮かれ言う時でさえ恥ずかしいと思う台詞を、そう何度も口になんて出来っこない。

「なら、私が言うよ」

 にこりと笑って、神取は至極自然に「好きだ」と口にした。
 耳をくすぐる低音に、僚は今にも泣きそうに顔を歪めた。

「好きだよ、僚」
「う……うるさい、変態」

 素直に嬉しいと言えず、つい汚い言葉を口にしてしまう。
 神取は穏やかに頷いた。

「そうだね。でも、違うよ」
「……知ってる」
「おいで」

 ますます笑みを深め、座っている僚の腕を掴み優しくベッドに引き上げる。
 困った表情を浮かべながらも、僚は引かれるまま乗り上げた。ほぼ同時に男の腕がするりと背中に回り、胸の辺りに顔を埋められる。
 安心しきった様子で、男が大きなため息をつく。
 僚は膝立ちのまま、男の頭を両腕に包み込んだ。
 少し苦しいくらいの抱擁が、何ともいえず心地好い。
 そうして浸っていると、男が悪戯を仕掛けてきた。
 着ていたシャツを捲り上げられ、ちょうど目の前にある胸に唇が寄せられる。

「はッ……」

 舌先で乳首を舐められ、僚は思わず息をついた。

「私の上へ」

 僚の胸を優しく舌でくすぐりながら、神取は自分の身体を跨ぐよう足を掴んで引き寄せた。
 わずかに躊躇し、僚は引かれるまま男の上に乗った。下部に硬いものを感じいくらか頬が熱くなった。

「起きたばっか…なのに」
「したくない?」

 紅い顔をして見下ろす僚に微笑みかけ、神取は乳首を軽く摘んだ。

「ん……」

 じわりと広がる甘い疼きに、素直に声をもらす。

「駄目かい、僚」

 下腹の膨らみを手のひらで包まれ、僚は真っ赤になって顔を背けた。
 返事をしないでいると、やおら手を突っ込まれ直接握られる。

「んっ……」

 僚は小さく呻いた。
 随分前から主張を始めていた自身を、そうなった原因に触られていると思うと、それだけで目眩がするほどの快感に貫かれる。

「別に、だめじゃ……」

 したいと頷き、言われるままに下着を脱ぎ捨てる。
 昨日あれほどお互いを貪り合ったというのに、少し触れただけでこの有り様だ。僚は男をベッドに押し倒すと、しなやかに背を丸め首筋に吸い付いた。そのままついばむような口付けを繰り返し、ゆっくりと身体をずらしていく。
 優しく肌を這う唇にうっとりと酔い痴れ、神取は僚の下腹を柔らかく愛撫した。

「ん、ん……」

 自ら腰をくねらせ、男の手に自身を擦り付ける。

「あぁ……」

 先端から括れにかけてゆるゆると扱かれ、僚は背を反らせて甘く鳴いた。特に、先端の淡い窪みを刺激されると、声を抑えられない。
 神取は片方で僚自身を慰めながら、もう一方の手で滑らかな双丘を撫で回した。昨日、散々叩いて朱く腫れた肌をいたわりながらそっと撫で、幾筋も残る背中の鞭の跡へと這い上がる。

「う……」

 直接触られるのはやはり痛いのか、僚の口から低い呻きが零れた。

「ひどく、痛むか?」

 心配そうに顔を覗き込む男に、僚は微笑んで首を振った。

「……何ともない。鷹久のは痛いけど痛くないから……好き」

 こういう時に「好き」と言うのは、抵抗なく口に出来る。
 それでも、繰り返し言わされるのは御免だ。

「好き?」

 言葉に詰まる。

「もう一度言って。僚」

 首筋を愛撫され、喘ぎながら首を振る。

「あッ……だ、から…俺にばかり、い……言わせんなよ……」

 そう返してから、僚ははっと口を噤んだ。これではまるで、自分が言った分だけ言って欲しいとねだっているのと変わらないではないか。
 気付いた途端恥ずかしさが込み上げてくる。
 そんなつもりではなかったのに。
 困った顔を見せる僚にそれ以上は何も言わず、神取は幸せそうに微笑みながら身体中を愛撫した。

「ん、ん…はっ……あ……」

 大きく仰け反り途切れがちに鳴いていたかと思うと、弾かれたように身体を跳ねさせ高い声を上げる。
 僚の熱を撫でていた男の手が更に奥へと進み、恥ずかしそうに震える柔らかな肉を手のひらに乗せる。
 視線をそこに向け、僚は大きく胸を喘がせねだるように腰をくねらせた。
 男の手が、捕らえた柔肉をゆっくりと揉みしだく。感じやすいところを刺激され僚は熱い吐息と共に背中をぐんと後ろに逸らせた。
 倒れてしまわないよう回された男の手に安心して体重を預け、仰のいてかすれた声を上げる。

「あ…はっ……ぁ……」

 男の胸に置いたままだった手を下腹に寄せ、熱くいきり立つ男のそれをきゅっと握る。
 はちきれんばかりに硬い怒漲に、脳天が痺れる。
 先端からは既に雫が溢れ、握った瞬間卑猥な音を立てた。
 また、身体が震える。
 僚はわずかに腰を上げ、受け入れる意思を見せた。
 一瞬、目を合わせる。すっかり慣れた身体でも、やはり恥じらいはあった。
 神取にはそれがとても愛しく、また抱く時の弱点として大いに活用していた。
 自ら足を開き、甘い声を上げても時に初心な反応を見せる。
 僚がそうするのは、男の前でだけだ。
 今はもう身体を売る真似をしていないが、きっと、どうでもいい相手の前ではそうはしない。
 割り切って振る舞うだけの強かさをもっていながらも、時折見せる恥じらいは、男をより強い官能に誘う。
 痴態を見咎められたせいで動けなくなった僚の腰を掴み、神取は誘導した。

「んんっ……」

 慎ましく息づく小さな口に男の熱が触れ、僚はたまらずに鳴いた。
 昨日は何度、ここでいかされただろう。
 膝を持ち上げられ、腰を掴まれ、足を抱えられ、幾度も幾度も打ち付けられた肌の感触が鮮明に蘇る。
 呼応して、僚の下腹がぴくんと震えた。

「楽にして」

 抱き寄せながら身体を起こし、僚の腰をしっかりと支える。
 間近になった男にしがみつき、言われた通りに息を吐く。
 途中までは自ら招いていたが、男に見られた途端恥ずかしさが募り、自分で入れられず膝立ちのまま身体を支えていたが、不自然な姿勢は思いのほか辛く、少し気を抜くと男の先端が小さな口を突付いてくる。
 先走りの雫に濡れた先端で何度も突付かれ、じれったい刺激を受けたせいで、僚の方もわずかな潤いを見せ始めていた。
 互いの粘液が擦られ、耳に残る卑猥な音を立てた。

「おいで」

 鼻先にあたる僚の耳朶を甘噛みしながら囁く。

「あっ……」

 ぞくぞくするような快感が、背筋を駆け抜ける。
 もう一度胸を上下させ、僚はゆっくりと腰を沈めていった。
 憤り勃ち上がる男の熱塊が、慎ましく閉ざされた口を力尽くで開きゆっくりと進んでいく。

「あ、あ……」

 強い圧迫感に悦びを感じ、僚はふるふるとわなないた。入ってくる動きに合わせて、少しずつ腰をおろしていく。
 徐々に、狭い口を拡げて熱塊が埋め込まれていく。
 目を閉じ、僚は内側を圧迫される快感に浸った。すでに膝は萎え、身体を支えきれなくなった状態は自らの重みで内部に男を導く。
 それを、男は途中で阻んだ。

「んっ……」

 先端を飲み込んだばかりの状態で動きを止められ、僚は薄く目を開けて男の顔を見た。
 口元に緩く笑みを浮かべて受け止め、神取は先端だけで抽送を始めた。
 程よくきいたベッドのスプリングが、男の動きをより滑らかにする。

「あ、うぁ……あ……」

 短く喘ぎながら僚は首を振った。
 今にも抜け出てしまいそうに浅い箇所を擦られるのは、正直物足りなかった。
 身体が覚えた奥深くまで、一杯に満たして欲しい。
 力強く突き上げて、頭が真っ白になるくらいに犯して欲しい。
 そうは思っても、口に出して言うのはためらいがあった。
 これまで何度も、そうしなければ許してもらえない状況に追い込まれてきたが、いくら繰り返しても慣れる事はない。どうしても、恥ずかしさが先頭に立ってしまうのだ。
 今更、そんな事を気にする間柄ではないのだが。
 男が、自分自身が驚いてしまうほど淫らに快楽を貪るくせに、僚は時に痛々しいほど羞恥に身を染め懇願する。
 もう、何もかもを晒した相手なのに。

「あ、あッ…た……鷹久……」

 男の思い通りに揺らされながら、僚は小さく名を呼んだ。
 言いたいのに言えない。
 これ以上恥ずかしい気持ちにさせないでほしい。
 喘ぎを噛み殺して名を呼ぶ僚の声に含まれた思いを読み取り、神取はいっそ残酷な笑みを見せた。

「どうした。ひどくつらそうだ」

 わざと気付かぬ振りをする。
 自分から口にするように仕向ける男の意地の悪さに、焦れた腰が妖しくくねる。
 僚のそれはすでに、触れた途端破裂してしまうのではないかと思えるほど成長しきって、身体の芯まで教え込まれた後孔での愉悦によって達する事を望んで揺れていた。

「僚」

 彼が何を訴えているか、とっくにわかっていた。
 それでも神取は、支配する者に容易には快楽を与えない。
 カーテンの隙間から射し込む陽光が、焦れて首を振る僚の耳に輝く白金に反射して、きらりと閃く。
 光を捕らえようと、神取は唇を寄せた。
 僚の、服従の証に。

「う、あぁ……」

 唇で挟んだ白金を軽く引っ張ると、僚の口から熱い吐息がもれた。
 下腹で受けるそれとは別の快感に襲われる。
 この身体は髪の毛一本に至るまで男のものだ。
 自分を尊重し、傷付けず、更なる快感を与え守るこの男の。
 熱を帯びた目で、僚はじっと男を見つめた。自分は今、ひどく浅ましい淫らな顔をしているだろう。
 男がそれを望んでいるのは知っている。
 ただ屈辱を与える為にやっているのではない事も。
 この、身の置き場もないほどに膨れ上がった羞恥の中にある愉悦を、見出す為だと知っている。
 息も出来ないほど拘束され、淫らな要求に応えるのは屈辱と紙一重だ。
 だからより強い快感を得られる。
 ただのセックスでは、一生知る事のない感覚。

「言いたい事があるなら、はっきり言いなさい」

 優しい表情のまま男は言う。それまで弾むような動きだったのを、ゆっくりと擦り上げる動きに変えて、僚の返事を待つ。

「………」

 内側の感触を確かめるかのようにゆっくり蠢く熱塊に、更に息が上がる。
 伝いかけては口を噤み、僚は男にしがみついた。耳元で、辛うじて聞き取れるほどの小声で訴える。

 奥まで入れて欲しい

 と。
 男はにこりと笑い、同じように僚の耳元で囁いた。

「奥まで、欲しい?」

 腰の動きを止めずに聞き返す。

「あ…あッ……ほ、欲し…い……」

 男の思うままに鳴かされ、身体中にじんじんとした快感が広がっていく。
 ともすれば気を失ってしまいそうな、限界まで膨れ上がった愉悦の中、僚は力一杯男の首にしがみついた。そうでもしないと、身体がどこか遠くへ飛んでいってしまいそうになる。
 苦しいほどにしがみつき耳元で絶え間なく嬌声を上げる僚に、胸が一杯になる。
 僚の望むまま、満足するまで、抱いてやりたい。
 けれど、それと同じくらい、それ以上に、苛めてやりたい。
 僚の涙を、飲んでみたい。
 胸を熱く滾らせながら、その一方でひどく冷静な自分がいるのを神取は感じていた。

「好きと言ったら、奥まで入れてあげるよ」

 僚の吐息と嬌声を耳孔に感じながら、男は言った。
 ぎゅっと目を瞑り後孔の上げる粘ついた水音が響く中僚は「好き」と伝った。

「もう一度」
「……好き」
「もう一度」
「あ……す、き」
「もう一度」
「好きッ…あぁ……たかひさ――」
「……もう一度」

 促され、答える声が徐々に涙を含んでも、男は聞き返す事をやめなかった。

「好き……も…助けて……」

 眦に涙をにじませ、これ以上はもう耐えられないと、僚はセーフワードを口にした。
 声を殺して泣きじゃくる僚の頬に唇を寄せ、男が優しく愛撫する。

「よく言えたね。いい子だ」

 褒められほっとしたのも束の間、徐々に迫り上がってくる熱茎が、僚の口から更なる悲鳴を紡がせた。
 僚の乱れる様に刺激されすっかり熟れた熱茎は、慣れているはずの内壁を力強く圧迫し、わずかな苦痛を与えた。
 もっとも、それすらも僚には悦びだった。隙間なく埋め込まれた熱さに、止まらない喘ぎをもらす。
 根元まで埋め込んだ途端、神取は腰を使って激しく突き上げ始めた。

「ああぁ――……あ――っ!」

 叫びに近い悲鳴を撒き散らし、仰け反って僚は乱れ狂った。
 男の荒々しい腰使いに、わずかもしないで絶頂を迎える。
 お互いの下腹に飛び散る白い濁りに男はますます昂ぶり、責め殺さんばかりに僚の身体を揺すった。
 鋭い悲鳴を立て続けに上げ、僚は首を振った。
 男の肩を掴んだ手にぎゅっと力を込め、受ける快楽に我を忘れ喘ぐ。
 激しい抽送はやがて強い突き上げにかわり、絶頂が近付いている事をしらせる。
 重々しく打たれる度に悲鳴を上げ、僚は仰のいた。
 何度目かの後一層強く腰を突き出し、男は動きを止めた。
 深奥で男の熱茎が不規則に蠢いている。

「く…ふぅっ……!」

 白液を迸らせ、強く弱く内壁を叩く熱塊を、僚は何度も締め付けた。間を置かず熱を放つ。
 頭の中が真っ白になる瞬間、僚はもう一度男に向かって「好き」と告げた。

 

 

 

 朝食の用意が整い、揃って席に着く。
 今にも腰を下ろす僚の様子をじっと見守り、神取はある瞬間ほっとしたように力を抜いた。

「何か足りない?」

 視線に僚は聞き返した。
 いや、と神取は軽く首を振った。

「問題ないならいいんだ」
「ごめん、足りないならすぐに取ってくるよ」

 僚は大慌てで食卓を見回した。
 神取はすぐに引き止めた。

「誤解させて済まない、そうじゃない」

 謝罪し、説明する。
 昨日彼が鞭を受けたところ、男が気にしているのはそれだった。だが、今見た限りでは、特にかばう様子もなく自然に着席出来ていたので、もう痛みは引いたようで、安心した。

「う……ん。もう別に、何ともないし平気だよ」

 僚はやや早口で投げるように言った。

「それなら良かった」

 神取はにこりと笑った。
 僚は目を逸らしたまま、小刻みに頷いた。ちらちらと男の様子を伺い、小さく笑う。
 しばらく無言で食事を進める。
 先に口を開いたのは僚だった。
 海を見に、どこまで行くのか。
 そうだね、と男はしばし考え込み、混雑していない方に車を走らせて、たどりついたところ、と答えた。
 随分と気ままなドライブ。とても楽しそうだ。

「君はどこか、行きたいところはあるかい」

 問われると迷ってしまう。
 僚はしばし宙を見まわした。

「冬だけど、今の時期見えるかな」
「なんだい」
「富士山」
「ああ、いいね。なら見えるところまで行ってみようか」

 いや、いいよ、いや、行こう、昨日駄目になったお詫びだと、神取は目的地を絞った。
 僚にしてみれば、男が行きたい所が自分の行きたい所なのだ。それは男にとっても同じだった。
 お互い譲り合い、押し付け合い、後片付けが終わる頃ようやく目的地が決まる。
 海が見えて、富士山も望める場所。

「では、そろそろ行こうか」

 神取は鍵を手に取った。
 僚は笑顔で頷き、後に着いて玄関を出た。

 

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