Dominance&Submission

時計の針が半を指したら

 

 

 

 

 

 二月も間もなく終わる、ある晴れた朝。
 寒い寒い真冬の空気にさらされ、神取鷹久はいつもより早く目を覚ました。寝惚け眼で見やる壁の時計は、当然ながら起きるにはせっかちな時刻を指している。つい先ほど、タイマーセットしていたエアコンが静かに稼働を始めた。部屋が暖まるまで、今しばらく毛布にくるまっていよう。
 隣をうかがうと、凍えそうな空気のせいか、ぬくもりを求めぴったりと身体を寄せ眠っている少年が目に入った。お陰で暖かい、暑いくらいだと自然頬が緩む。
 彼のゆっくり穏やかな寝息を一つまた一つ数えながら、部屋が暖まるのを待つ。
 寒い朝は起きるのが億劫、この季節は中々につらい。そして今はそれ以上に、この幸せな空間から出たくない。彼と並んで眠る、なんて幸せだろう。
 少しずつ部屋が暖まっていく。
 大分目も覚めて、室温も動きやすいものになった。朝食の下準備だけして、また戻ろう。
 決意し神取はベッドから出た。
 わずかな揺れと、扉の閉まる微かな音が、覚醒を促した。
 続いて目を覚ました桜井僚は、半ば無意識に男の方へ寝返りを打った。そこにあるはずの身体はすでに去った後で、しかしまだぬくもりは残っていた。
 寝惚け眼をしょぼつかせながら、僚は毛布に潜り込みシーツに頬擦りした。にやけた面でそんな事をしていてある瞬間、我に返る。何を恥ずかしい事をとたちまち顔が熱くなるが、毛布を頭からかぶり少し息苦しくしていると、男にぎゅっと抱きしめられているようでとても気持ちが落ち着く。
 目を閉じ、深呼吸を一つ。
 それでより落ち着くはずだが、男の匂いで身体が火照るのを、僚ははっきりと自覚した。
 毛布をかぶった暗がりの中でぎゅっと目を瞑ると、たった今まで見ていた夢が思い出された。
 昨日と同じ夢を見たと、思い出した。記憶が混ぜこぜになって見たと思い込んでいるだけかと整理して、間違いなく同じものをもう一度見たと確信を持ち、自覚した途端、続けて昨夜の事が蘇ってきた。
 男と二人、人に言えない遊びで楽しんだ時間が脳裏を過ぎる。
 たちまち腰の奥が熱く疼き出した。
 僚は欲求の赴くまま、下腹に手を伸ばした。服越しに擦り、甘く走る快さに頬を緩ます。
 寝起きで上手く自制が働かない。後先考えず自慰を始めようとしたまさにその時、寝室の扉が開いた。
 ごく小さな物音と空気の揺れに、僚ははっきりと目を覚ました。大きな物音よりずっと効果的で、肝を凍らせる。
 神取は、開けた時と同様最小限の動きと音で扉を閉め、ベッドに歩み寄った。傍まで近付いて、僚が目を覚ましている事に気付く。
 僚は出来るだけ焦りを抑え込み、さも今起きたところと顔を取り繕った。
 神取はベッドの端に腰かけ、目をしょぼつかせる僚に笑いかけた。そっと伸ばした手で、優しく頭を撫でる。

「もう、起きるかい」
「うん、ああ……寒いからまだ出たくないな」

 いつもなら嬉しい男の手も、身体を火照らせる材料にしかならない。もし、今毛布をはぎ取られたら、自分が何をしようとしていたか一目瞭然となってしまう。それは困ると緊張する肩からどうにか力を抜き、下腹に向けた手をそろそろと動かす。分厚い毛布の下だから、わかる事は無いだろう。
 大あくびと共に僚は目を擦り、この動きなら自然で、疑われる事もないだろうと内心安堵した。ねぼすけの自分を見て、男も笑っている。大丈夫なはずだ。

「昨日も見た光景だね」

 男のひと言に、僚は顔付きを強張らせた。全身がひやりと凍え、すぐにかっと熱くなった。何故わかったのか、どこで見破ったのか、ぐるぐると頭の中で駆け巡る。どうもこうもない、男の目はやはり、一つも見逃さないのだ。汗が噴き出そうなほど火照った身体は段々と落ち着きを取り戻し、それにつれて、男への筋違いともいえる腹立ちが生じる。
 僚は開き直り、口を開いた。

「……鷹久が悪いんだからな」
「おや、どうして」

 刺々しく言い放つ僚に、神取は心持ち目を細め尋ねた。唇を尖らせ、とても答えてくれそうにない顔付きになった彼に、笑いが込み上げる。嗚呼しようもなく愛しい。
 もう一度聞こうかやめようか選んでいると、唸るようにして僚は言った。

「……やっぱりまた、夢見た」

 また…さて、どんな夢だろう。嫌な夢に脅かされたのだろうかとそこまで考えた時、昨日彼が言った事を思い出す。
 なるほど、昨日と同じ夢を見たせいで、昨日と同じ反応を身体がしてしまったという訳か。

「さて、どんな夢かな」
「……なにとぼけてんだ」

 横目でちらちらと男の様子をうかがっていた僚は、表情の変化と声の違いで嘘を見破り、ますます口を尖らせた。たった今、合点がいったと目で語った癖にと、ため息をもらす。

「これは失礼」
「ほんと、鷹久ひどい」

 もごもごと口を動かし恨み言を垂れる唇に、神取はふとひと息笑った。当然ながら、何を笑っているのだと鋭いひと睨みが飛んでくる。
 彼の目の表情はとても豊かで威力があり、怖いと思う時、美しいとはっとする時、いつでも自分を釘付けにする。今は、怖い方だ。濃い褐色にこれでもかと感情を乗せ、まっすぐにぶつけてくる。それすらも可愛くて、笑わずにいられない。自分がいかに幸せか感じるごとに、頬が緩んで仕方ない。
 神取は軽く首を傾けた。

「そんな赤い顔で言われたら」
「言ったら……なんだよ」
「抑えがきかなくなる」
「……もういいから、入れよ」

 僚は手を掴んで引っ張った。並んで寝ようという意味で発した言葉だが、別の意味も含んでいると後から気付き、赤い顔をさらに赤くした。

「い、あ…あの、一緒に、隣に寝ろっていう……」

 あたふたと言い訳を募るが、言えば言うほど勘違いの元になっていると更に慌てふためく。
 そんな自分に焦れ、腹立たしいやら情けないやら表情をくるくる変える僚に、神取は小さく肩を揺すった。着ていたナイトガウンを毛布の上に乗せ、誘われるまま並んでベッドに横たわり、静かに頭を撫でる。

「………」

 大きな手が頭を撫でてくる。そのまま胸に抱き寄せられ、僚は小さくため息をついた。子供扱いだと腹が少々立つが、それがまた心地良いと感じるのだから始末が悪い。火照った頬を見られまいと自ら押し付ける。少し暑苦しい空間で、男の匂いを胸いっぱいに吸い込む。脳天がじんと痺れる感覚に、震えが止まらない。

「ベッドに入ったよ。さて、お次は?」

 神取は片手で頭を撫でながら、もう一方を背中に回し、すっぽり腕の中に収めて尋ねた。少しして、小さく唸るのが聞こえてきた。これでもかと不満を含んだ声音。あまりの可愛さに腹がよじれそうだ。
 僚は啜るように息を吸った。身体に触れる男の手から、じんわりと体温が伝わってくる。肌に沁み込み、馴染んでいく熱が、息を乱れさせる。
 我慢出来なくなり、遠慮がちに腰を擦り付ける。じーんと広がる甘い痺れに、すぐに虜になる。
 淫らな遊びを始めた僚にひと息笑い、神取は囁いた。

「手を貸そうか? それとも口がいいかな」
「っ……」

 僚はびくりと背筋を引き攣らせた。背中にあった手が腰へと移り、さらに下へ向かい撫でてくる。ますます深まる疼きに小刻みにわななきながら、小さく首を振る。

「どっちも……いい」
「おや、ふられたか」

 僚はすぐさま違うと放ち、もがくようにして腕から逃れ男の上に乗った。

「鷹久の……で」

 間近から降り注ぐ熱を帯びた眼差しに、神取は心持ち目を見開いた。なんという挑発だろうと、目を細める。身体にかかる重みといい体温といい、この上なく興奮を煽る。

「昨日あんなに、泣くほどしたのにね」
「!…」

 足りなかったかと含む男の声に、僚は一気に顔を赤くした。
 痛いほど腹に圧し掛かった羞恥はすぐさま怒りに変わり、僚の顔付きを険しくさせた。
 男といて、ぬくもりや匂いを感じて、平気でいられるわけがない。
 そういう身体にしたくせに。
 僚は口を開けてから、声を発した。

「ああ……ああそう、鷹久やる気ないか、じゃあいいよ別に勝手にやるから」
「まさか」

 恥ずかしさもどかしさから早口になる僚と体勢を入れ替わり、神取は組み敷く形で上に乗った。手首を片方ずつ掴み、ベッドに押し付ける。

「あ……」

 しっかりと掴む男の手に、僚は全身が熱く火照るのを感じた。なんでこんな反応…身体がもう、そういう風に出来てしまったのだ。
 もう我慢出来ない、一秒も待てない。
 振りほどこうと僚がもがき、神取はすぐに開放し、赤く滲む頬の愛くるしさに視線を注ぐ。
 男の下で、僚はじたばたと下衣を脱ぎ去った。手で押しやり、残りは左右の足で無理やり引き抜く。
 そうやって苦労する僚に神取は頬を緩め、上衣の裾をまくり肌に口付けた。うっすらと浮き出たろっ骨の辺りに唇を寄せ、小さく音を立てて接吻する。
 僚は男の背中に手を回し、繰り返される軽いキスに喉を震わせた。段々と小さな突起に向かう唇に期待し、自ら差し出すように背を反らせる。
 その前に、むき出しになった下腹を包み込まれる。
 突然の刺激にびくりと反応すると共に唇で乳首を挟まれ、僚は息を引き攣らせた。

「あ、い……」

 神取は乳首に軽く歯を当て、少しずつ力を加えた。快感から苦痛に切り替わるぎりぎりで止め、変化する僚の息遣いを愉しむ。一方手にした熱塊にはひたすら甘い刺激を与え、彼を翻弄する。今にも苦痛が増すのではと、少し怯えた呼吸を繰り返しながら、僚は時折びくびくと腰を跳ねさせた。その素直な反応に愛しさが募る。

「や、だ…これ、どっちかにして」

 背中に縋る手を震わせ、僚は哀願した。乳首から時折沁みてくるずきんとした痛みと、下腹から広がる甘い疼きがないまぜになり、ひどく混乱する。寝起きの頭で余計、ついていけない。
 神取は顔を上げ微笑みかけた。

「君はこういうのが好きだろう」それとも「痛みだけの方がいい?」
「……鷹久が好き」

 僚は泣きそうに顔を歪めた後、ごく小さな声で呟いた。男が好きだから、どんな事でも出来ると含んだ「好き」のひと言に、神取は脳天が痺れてたまらなくなった。己のものを後ろにあてがい、強引に抉じ開ける。
 硬く張り詰めたもので狭い孔を擦られ、腰が抜けそうな衝撃に僚は咳込むように呻いた。

「うぐ、ぅ……」

 僚の口からもれた拉げ響きに、神取は腹の底にぞくぞくとした悦びが走るのを感じた。どこか逃げがちになる腰を抑え込み、根元まで飲み込ませる。
 僚はきつく眉根を寄せ、それでも何とか苦しさを抑え込もうとする表情を浮かべた。それがまたしようもなくたまらない。

「きつい?」
「っ……へいき」

 口ではそう言う僚だが、咥え込んだ孔はびくびくと緊張している。健気に耐えようとする姿がとても愛しいと、神取はそっと頬を撫でた。
 神取はぴったりと肌を合わせ、しばし静止した。 馴染んで緩むまで待って、ゆっくりとした抜き差しを始める。

「う、ん……あぁ」

 ずるずると引き抜かれ、また奥まで進む熱塊の硬さに、始めは微かなおぞけを感じていた僚だが、何度も繰り返されるうちに段々と震えは変化し、静かに押し寄せる波のような快感にやがて口から恥ずかしい声が出るようになった。閉じようとするが、男の逞しいもので内部を抉られるとどうにも堪えがたく、高い音を放ってしまう。
 この動きがいつ激しくなるかと身構えるが、動きは変わらずゆったりしたものだった。
 少しずつ積み重なっていく甘美な愉悦に、身体が芯からとろけていくように思えた。
 びくびくと震え、仰け反り、僚は左右に首を振った。

「ああ、は……こんな、ゆっくり」
「激しい方がいい?」
「う……あぁ」

 囁く男に僚は迷う視線を送った。どちらともいえない。何もかも貪り尽くす激しい行為も、今みたいに大波にあやされるのも、どちらも好き。
 どっちも、長くいつまでも続いてほしい。
 神取は首筋に顔を埋め、朱色に染まった耳朶やうっすらと汗ばみ匂い立つ肌に口付けを繰り返した。そうしながら、不意に腰の動きを速める。

「あぁ、あっ!」

 内側にある快感の胤をごりごりと擦られ、僚は一気に絶頂まで高まるのを感じた。

「あっ…もう、もう……!」

 堪える間もなく真っ白な瞬間に放り投げられ、僚は無我夢中で男の身体にしがみ付いた。二度三度と己の腹に熱いものを飛び散らせ、激しく喘ぐ。あまりの呆気なさについていけず、僚はぼんやりと霞む目をしきりに瞬いた。

「……あ!」

 達してわななく熱塊をやんわりと握られ、僚は素っ頓狂な声を上げた。直後に恥ずかしさが込み上げ、もごもごと口を動かす。
 神取はその顔を見つめ、ふと笑った。手にしたそれは吐き出しても尚硬いままで、次の開放を訴えるかのように時折びくびくとわなないた。

「昨日あんなに苛められたのに、元気だね」
「な……やめろ」
「感心するよ」
「うるさいな……んん」

 ゆるゆると扱かれ、僚は顔を歪めた。過敏になった上に加えられる刺激がつらいせいもあり、何より、つい腰が動いてしまう自分が悔しかった。嗤われているのに、感じるのを止められない。しばらくは触って欲しくないと思うくらいひりひりするのに、そんな刺激さえ気持ちいいと思ってしまう。これ以上されるのは怖いのに、どこまで貪欲になれるか、際限なく溺れてみたい。
 嗚呼もっと、支配されたい。
 浅ましい望みにぞっとし、その一方でうっとりと男に浸る。

「あぅっ!」

 不意に先端を強めにくじかれ、思わず声が弾ける。ずしんと腰に響く痛みなのに、収まるにつれじくじくと重苦しい疼きが込み上げてくる。むず痒い快感に僚は唇をわななかせた。
 神取は力を弱め、先端を丸く嘗め回した。鋭敏になった感覚も次第に収まってきたのか、堪えるようだった息遣いはすっかり熱く湿ったものに変わり、喉の奥で、可愛らしく喘ぐようになった。
 緩く微笑む。

「次はどんな風に、ここを可愛がろうか」
「あ……」

 僚はちらりと自身を見やり、男に目を戻した。それからためらいがちに口を開く。

「痛いのは……いやだ」
「怖いのは嫌いだね」

 僚は答えずに目を逸らした。済まなそうな目付きを読み取り、神取は頬に軽く接吻した。

「少しの痛みが、好みだったね」
「うぅ……」

 また、先端に強く指を押し付ける。先の放った精液でぬるぬるになったそこを、親指の腹で執拗に擦る。

「や、だ……そこばっかり」
「たくさん感じて、少しの痛みに泣いて…何度もいくのが好きだね」

 扱く動きに変え、同時に腰を使いだす。
 小刻みに腰を打ち付け、時に奥までぐっと押し込んで穿ち、その時々で変化する僚の声をたっぷりと愉しむ。

「あ、あぁ…おく、ああかたい」
「気持ちいいかい」
「うん…ああ好き、腰が抜けそうで……すき」
「私も気持ちいいよ。君の奥、吸い付いてくるようだ」
「あうぅ……いい」
「とてもいい身体……好きだよ」
「……たかひさ」

 潤んだ目で見つめてくる僚に薄く笑いかけ、神取は何度も奥を抉った。同時にねちねちと肉茎を扱く。そうされるのがよほど気持ちいいのか、僚は右へ左へ頭を振りたくり、朱い唇から熱い喘ぎをしとどに零した。

「どうしてこんな……ああ」

 堪らないと言うように、僚は熱茎を弄ぶ男の手をさすり、少し困ったように眉根を寄せた。
 神取は束の間表情に見惚れた。うっとりと、幸せそうに緩んだ顔に目が釘付けになる。

「お、く……すごい」
「もっとほしい?」
「ん……うん」
「いい子だね」

 素直に頷く僚に笑いかけ、神取は弾むように腰を打ち込み、前を扱き、絶頂へと僚を押し上げた。

「ああぁ! いく、いく……もういく!」
「もう我慢出来ない?」
「だめ……また、またいく――!」

 切羽詰まった声を上げ、僚は自ら腰をくねらせて快感を貪った。
 神取はその動きに合わせ奥を穿った。肩や背中に縋ってくる僚の手のひらが、燃えるように熱い。
 我を忘れて耽る僚の痴態に、神取は縫い留められたように視線を注ぎ続けた。きゅうきゅうと絶妙な力加減で絞り込んでくる内襞に、思わず声がもれそうになる。情けない声は出すまいと何とか堪え、腰を突き入れ、前を扱いた。ほどなくして手の中で張り詰めたものが、とうとう先端から白液を放つ。同時に、腕に、彼の爪が食い込む。ずきんと沁みる痛みすら今は快感だった。

「ああぁ……あああ!」
「くぅ……」

 きつい締め付けが己のものを包み込む。射精を促すような蠢きに、とうとう神取は息を吐いた。
 ぜいぜいと激しい僚の息遣いが少し収まる頃、神取はそっと手を離した。続いて、腕を掴んでいた僚の手がぱたりとシーツに落ちる。神取はその手を取り自分の首に回させ、しばらくのあいだ抱き合って一つになった。

「う、はあぁ……」

 僚は小さく呻き、身じろいだ。達して振り切れた身体の奥が、不規則に蠢いて男のものをしゃぶる。緩くきつく締め付ける度に男を感じ、また男自身も奥の方でのたうってむず痒いような快感をもたらし、つい声がもれてしまったのだ。自分の内側一杯に男がいる錯覚に浸り、僚は陶然と酔い痴れた。自分を圧倒する逞しく張り切った男のものが、愛しくて堪らない。
 意識して力むと、ぞっとするほど甘い痺れが全身を駆け抜けた。

「いいね……君の身体」

 自分の上で、男がうっとりともらすのを聞き、たちまち男の吐き出す熱いものが欲しくてたまらなくなる。嬉しくて笑いたいのに、泣きそうに顔が歪む。僚は何度も胸を喘がせ、男にしがみついた。

「あ、あ……すき」

 口を開くと、そんな言葉が飛び出した。
 神取は軽く目を閉じて、言葉と力強い腕に酔い痴れた。ふと、触れ合った箇所から僚の鼓動が伝わってくるのに気付く。かなり早いそれは僚の気持ちを乗せているように思え、神取は頬が緩むのを止められなかった。

「私も好きだよ……好きだ」

 しっかりと抱き合う。
 僚は遠慮がちに、男の肩口にキスをした。唇に伝わってくる肌の感触が、何とも言えず心地良い。
 神取もまた、唇の触れた箇所から広がる淡い痺れに甘く酔っていた。熱く濡れた接吻に全身がかっかと火照る。早く、彼の中に開放したい。

「ね……出して」

 少し焦れたような声で僚がねだる。目を覗き込むと、熱心に見つめてくる瞳とかち合った。

「……いいかい」
「中に欲しい……早く」

 僚は頬に手を伸べ、背中に移した。腰の方を抱き、早く寄越せと態度で示す。
 神取は同じように頬に触れ、首筋を撫でながら胸元に移した。どこへ向かうのか察して、僚の頬がいくらか強張る。緊張は、期待しての事だ。
 彼の期待に応えて神取は乳首を指先に摘まみ、同時に腰を動かした。
 再開された動きに僚は唇をわななかせた。

「あぅ……んん!」

 思った以上に甘い声を上げてよがり、僚が身をくねらせる。指先で扱くと内部も呼応してびくびくと痙攣する。神取はそこを抉じ開けるようにして腰を使い、強烈なまでの快感を貪った。指で捏ね、もう一方は唇と歯と舌で刺激する。すると内襞が複雑にうねって、まるで根元から先端まで余さず撫で回されているようだ。

「……たまらないね」

 神取は夢中で腰を使った。彼の好きな最奥に達すると、より高い声が上がり背筋をぞくぞくとさせた。腰の奥がひどく熱い。限界が近いのだろう。

「ああ、やだ……ちくびだめ、ああぁ」
「好きなところなのに、どうして駄目?」
「あ、あうぅ……だめ、じゃない」
「では、なに?」
「は、あぅ……気持ちいい…すごく」
「気持ちいいのはそこだけ?」
「んんんっ…おく、おくも……いい」

 僚は髪を振り乱し、全部がいいと混乱したように身じろいだ。度を超えた悦びに声が迸る。
 己の下で淫らに悶える様に、神取はもう出したくてたまらなくなる。彼にきつく包まれて、想いを一滴残らず注ぎたい。

「あう、う……!」

 自身の内側で男の怒漲が一段膨らむのを感じ取り、僚は慄いたように声を上げた。

「も、もう……いく?」
「ああ、もう……」

 急かすような声に頬を緩め、神取は直線的な動きで奥を突いた。

「ああ、あ……激しい、おく、あああ」

 僚は喉を震わせ、しっかり男に抱き付いた。きつい突き込みに腰が砕けそうで、自然と涙が滲んだ。猛烈な快感の波が襲う。

「うぅ――!」

 直後、最奥で熱いものが弾けた。遅れて僚も快楽を吐き出し、注がれる刺激と狭い管を抜けていく熱いもののぞっとする感触に、四肢を強張らせた。拘束のような抱擁で男を抱き、とろけきった表情でぶるぶると痙攣する。
 二人はしばしの硬直の後、激しく胸を喘がせた。
 息遣いと熱とが鎮まるまで、抱き合ったまま過ごす。
 急速に引いてゆく激情が少し寂しくもあった僚だが、肌に触れる男の体温はどこまでも幸福に満ちて、隙間を埋めてくれた。
 神取も同じように、少し気怠い幸いに緩く漂っていた。

 

 

 

 事後、自分で出来ると突っぱねる僚を何とか言い含め、神取はベッドに寝かせたまま指先に至るまで綺麗に清め、世話を焼いた。
 僚は複雑な面持ちで仰向けに寝転がっていた。確かに疲労感があり、いつもほどてきぱきと動けぬだろうがしかし、こうまで人の手を借りねばならないほど疲れ切っている訳でもない。恨めしそうに男を見やる。当の男は、それはそれは幸せそうに微笑んで作業をこなしていた。
 綺麗な衣服に着替えてさっぱりしたところで、僚は「ありがと」と呟いた。男の笑顔がますます深まる。無性に嬉しくなって、僚も同じ笑顔を浮かべた。
 神取はベッドにそっと腰かけると、静かに頭を撫でた。

「さて、そろそろ腹の虫が騒ぎ出す頃じゃないか」
「もう、とっくだよ」

 僚は腹をさすり、壁の時計にちらりと目をやった。時計の針が半になったら起きると告げる。
 神取も時計を見やり、目を瞬いた。すでに半に差し掛かっている。僚に目を戻すと、すっと両手が伸ばされた。起きるので、手伝ってくれとというのだ。にこにこと嬉しそうな顔に神取も頬を緩め、しっかりと背中に腕を回した。僚も同じく抱きしめる。部屋は十分暖まっているが、やはり人のぬくもりは格別だ。二人はしばしそのまま抱き合って言葉を交わした。

「もう、朝食の用意は出来ているよ」
「ほんと? 野菜のスープも?」
「ああ、ちゃんと準備してある」
「やった。あとコーヒー」
「それもぬかりない」
「さすが鷹久」

 驚きと喜びの入り混じった僚の声に、神取は得意げに口端を持ち上げた。
 二人でくすくすと笑い合う。
 さあ時間だ、起きようか。

 

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