Dominance&Submission

とっておき

 

 

 

 

 

 久々に見た悪夢は、男の力強い抱擁と、二人で作った朝食を口に運ぶ内に薄れ、跡形もなく消え去った。
 食後のコーヒーはいかがという男の言葉に、桜井僚は目を輝かせて頷いた。もう、頭の隅にもどこにも、心をひやりとさせた夢の片鱗は残っていない。見た事すら忘れるほど、遠く去っていた。
 僚は、今日の春めいた陽気に誘われるまま足取り軽やかにバルコニーに出て、眼下の桜…満開までもうあと少しに迫った児童公園の桜を愛でながら、コーヒーの到着を待った。青空にはのどかな雲がぷかりと浮かび、日差しもぽかぽかと暖かく、買い物にはもってこいの日和である。

「どうぞ、熱いから気を付けて」
「ありがと」

 左から差し出されたカップを受け取り、僚は白い湯気とふくよかな香りを立ち上らせるコーヒーに口を付けた。ひと口ずつ啜りながら、隣で同じように食後のコーヒーを楽しむ男を横目で眺める。
 地上を緩く指差し、僚は口を開いた。

「もうあと少しで満開だな。楽しみだな」
「ああ。毎日、じれったく眺めているよ」

 神取は軽く肩を竦めて笑い、それを見て僚は微笑した。
 去年の見ごろの時期はここに越したばかりで、忙しい日々に追われる内にすっかり見逃してしまい、気付いた時には葉桜に変わっていた。その桜が紅葉を迎えた際、一緒に満開の桜を見ようと、僚と約束をした。
 約束の日まで、もうあと少し。
 今日はこれから、一緒に買い物に出かける予定だ。
 買う品は、お互いの必要な日用雑貨や食料品の類。
 間もなく新学期、三年生…受験生。こんな風にのんびり過ごす時間はしばらく取れなくなる。だから少しでも長くいる為に、一緒に買い物へ行こうと計画を立てた。特別なものじゃない、ごく普通の生活用品だが、それらを吟味し買い求めるのも、非常に楽しいひと時だ。
 今二人で飲んでいる、食後に欠かせないコーヒー豆も買う予定だ。まずはそこから、行きつけの専門店からスタートだ。
 僚はカップの中を軽く覗いた。丁度好みの砂糖とミルクで、美味くてぐいぐい飲んで、もうあと半分もない。普段コーヒーを飲む習慣はないので、ここに来た時の楽しみの一つになっている。

「俺も、コーヒー買おうかなって思うんだけど」
「だけど?」

 この美味い味を一人の時も楽しみたい気持ちはある。だがそうなると器具から揃える必要がある。コーヒー豆の保管もしっかりしないといけない。器具の置き場所や管理を考えると中々踏み出せないでいると、僚は苦笑いを浮かべた。

「それに」
「それに?」
「いつでも飲めるってのはきっと絶対嬉しいんだけど、でも違うんだよな」

 このコーヒーは、鷹久と一緒の時のとっておき。
 今みたいに、向かい合って寄り添って、一緒に白い湯気を立ち上らせて楽しむコーヒーなんだ。
 一人で啜っても、きっと今みたいに美味いと感じない気がする――。
 そういった事を、ほのかな笑みを浮かべて語る僚に、神取はしばし目を奪われた。ひと呼吸おいてから口を開く。

「君は本当に」

 神取はそこで言葉を切った。自分の声がみっともないほど震えているのに気付いて、慌てて引き止めたのだ。そうなると思ったから深呼吸をしたのに、結局変わりなかった。
 なんて可愛い人だろう。こんなにも想って慕ってくれる存在に、感謝してもしきれない。

「なんだよ、……いい男だろ」
「ああ、心からそう思う」

 照れ隠しのぶっきらぼうな態度さえ、心をくすぐられる。彼の性格はもうわかっている。称賛を受けた時、こういう時ほど目付きが悪く、唇も尖って険しくなって、だから余計目が離せない。惹き付けられる。
 神取は肩に腕を回した。
 僚は一秒ほど逡巡し、身体を捻るようにして男の手から逃れると、室内に向かった。もう一秒遅かったら、男に赤い顔を見られてしまうとこだ。隠す為に室内に逃げる。
 すぐに神取も後に続く。彼のその、素直さがたまらなく愛おしい。
 ベッドサイドのローボードにカップを置く前に、もうひと口コーヒーを啜ろうとした僚だが、直前で男にやんわりと引き止められ、仕方なくカップを渡す。その後に男が取る行動は、予測がついた。
 僚は、自分のカップの横にもう一つカップが並ぶのを見た後、男に目をやった。もうすぐ傍まで、唇が近付いていた。
 重ねられ、軽い挨拶を交わすそれではなく、劣情を煽るいやらしい口付けに、僚はすぐに息を乱した。
 同じコーヒーの香り、しかし少し苦めのキスに、わずかに眉根を寄せる。
 ぬるりと入り込んできた熱い舌に口内を舐められ、同時に身体をまさぐられ、つい言葉が飛び出す。

「っ……朝からまた」
「君が、あんまり可愛い事を言うから」

 神取は束の間顔を離してそう呟き、また唇を塞いだ。

「俺の…んむ…おれのせいにすんな……あっ」
「昨日も、とても可愛い声をたくさん聞かせてくれたね」
「う、あ……うるさい」

 男の放つ甘い低音が、頬に耳朶に触れる。たちまち昨夜の事が脳内にくっきり蘇り、僚は己の痴態を思い出してかっと頬を熱くした。目の奥にじわりと涙が滲み、身体の深いところで、少しおぞけを伴う疼きが生じる。
 神取は目に見えて朱に染まった頬を唇で軽くくすぐりながら、手を下腹に向かわせた。
 だめ、と僚の口から言葉が飛び出す。
 逃れようとする動きはしかし緩慢で、手首を掴んでくる力もごく弱く、身動ぎや形ばかりの抵抗は彼なりの誘い…挑発を嗅ぎ取り、神取は淡く笑んだ。本当に、くすぐるのがうまい。

「鷹久……だめ」

 後ろから抱きしめる形で腕を回し、服越しに下腹を撫で回す男を、口先だけで拒む。
 耳朶の先が赤い。まるで色を塗ったようだと神取は小さく目を細めた。可愛らしい色に引かれるまま、軽く唇に挟む。

「あっ……」
「どうしてだめ?」
「だ…て……買い物、が」

 ゆるゆると布越しに撫でると、僚の息が弾む。抑え込もうと口を噤んで抵抗するが、輪郭をあらわにするように少し強めに摘まむとすぐにほどけて、可愛らしい喘ぎが零れて男を楽しませた。
 神取はぐいと首を曲げさせ、唇を塞いだ。
 また、いやらしいキスを寄越され、僚はますます息を乱した。
 ゆっくり絡め取りじっくりと舐ってくる男の舌と、下部を弄る手の動きとに、僚は半ば無意識に腰を揺らした。
 長い貪りからようやく解放された時には、すっかり息が上がっていた。眼差しも潤んで熱っぽくなり、それでも何とか強気を保とうとする僚に、神取は満足げに微笑んだ。

「では、やめようか」
「……だめ」

 ごく、ごく小さな声で首を振る僚。
 嗚呼本当に可愛くてたまらない。神取はほんのりと色付いた頬に唇を押し当て、瑞々しい感触を楽しんだ。軽く唇でくすぐりながら、僚の衣服を緩め下着の中に手を滑り込ませる。

「ん……」

 触れると、僚は尻だけでなく全身を強張らせた。拒絶のそれではなく、感じている彼の反応に、神取は口端を緩く持ち上げ、後ろをほぐしにかかった。様子を見ながら人差し指をゆっくり飲み込ませる。

「あぁ……」

 ため息ほどの喘ぎに、また笑みが込み上げる。
 この先しばらく、彼とこうしてゆっくり過ごす事が出来ないというのが、思いのほか堪えている。そのせいでつい何かにつけ彼を求めてしまう。彼に深く溺れている。彼と共に深く深く沈んだ底で、ようやく息が出来る。だから、息苦しくなると彼が欲しくなってしまう。
 神取は指を二本に増やし、じわじわと根元まで埋めて更に押し込んだ。

「んう……」

 脳天に届くじーんとした痺れに、僚は顎をわななかせた。昨日の今日だから、一週間ぶりの時に感じる軋みや苦しさはないが、やっぱり男の指に弄られると独特の痺れが生じて、切ないような、震えが止まらない感覚に見舞われる。

「ベッドに手をついて」
「あ、ん……」

 遠慮がちに動く僚の手を誘導し、神取は前屈みにさせた。膝がふらついて、今にも倒れそうだった。これで安心して、彼と楽しめる。すると僚は意識してか無意識か、わずかに足を開いた。もっとしてくれと訴えているように思え、たまらない可愛さに神取は覆いかぶさるようにして顔を寄せ、僚の頬に接吻した。
 昨日の今日でまだ柔らかい、もう、すぐにも受け入れる事が出来るだろう。感じ取った神取だが、まだ指を抜かない。こうして焦らして、僚の口から言わせたいのだ。
 自分の支配欲を絶妙にくすぐるあのおねだりを、彼の口から聞きたい。聞かせてほしい。

「あっ……!」

 後ろと同時に竿を包み込まれ、僚は短く叫んだ。そうされる、されたいと思っていたが、触られて初めて、涎を垂らすほど昂っていた事を思い知り、瞬間的に生じた恥ずかしさについ声が出てしまった。男が触れた途端聞こえた微かな水音に、かっと頬が熱くなる。更に自分の上げた少し間抜けな声の恥ずかしさも重なって、どうしてよいやらわからない。
 神取は自分の下で愚図るように身じろぐ少年を楽しげに見つめ、左右の手を緩慢に動かした。後ろに咥えさせた指をゆっくりひねり、前をゆるゆる扱く。すっかり張り切った雄は、少し弄るだけで指が濡れるほど先走りを溢れさせていた。まんべんなく塗り付け、にちゃにちゃと音がするよう扱くと、僚は居心地悪そうにもじもじと身体を揺すった。

「あぁ…う、う……」

 忙しなく息をつきながら、僚は不規則に身震いを放った。前と後ろを同時に嬲られ、ついには胸の左右の一点がじんじんと疼き出した。ぎゅっと手を握り締め、触りたい誘惑に抗う。
 そんな抵抗を見透かしてか、神取はねちねちと竿をいびっていた手でほんの軽く乳首を摘まんだ。

「うぁっ……あぁ!」

 僚は過剰に肩を弾ませ、身を固くした。
 そこを狙って、神取は埋め込んだ指で強く内襞をひっかいた。感じる部分をごりごりと容赦なく抉られ、僚の頭が仰け反る。

「ああぁっ!」

 もっといい声を聞きたいと、神取は抜き差しの動きに変え、そうしながら乳首を捏ねた。

「や…うぅ、だめ」

 うろたえた声を上げ、僚はもがくようにのたうった。

「駄目? こうされるのが好きなのに」

 くすくすと笑い交じりに神取は、二本の指で摘まんだ乳首の先端を人差し指の腹で優しく擦った。甘くしっとりとした喘ぎと共に、僚の後孔がびくびく不規則にわななく。

「こうして一緒に苛めてもらうのが、僚は好きだね」
「あ、あぁ……たかひさ」
「好きだろう?」

 休まずどちらも弄りながら、神取はいっそ柔らかな声音で聞いた。

「う、ん……すき」

 前後する指に無意識に噛み付きながら、僚は緩慢に身悶えた。
 と、胸を弄る手がすっと下腹に移動した。

「また、こんなに涎を垂らして」
「や…だ」

 笑う吐息が首筋にかかり、僚はくすぐったさと恥ずかしさに首を竦めた。しかし、扱いてくる男の手の気持ち良さにかかるとどちらも薄れ、ただうっとりと浸っていたい気分で一杯になる。
 神取は頃合いを見計らい、上と下と手を行き来させた。僚が腰を揺らせば上に、乳首を捏ねられて後孔をひくつかせれば下に、どちらへも中途半端な刺激を交互に与えた。
 ひどい、と泣き愚図る声が僚の口から零れた。言葉は不明瞭だったが、不満を訴えているのは響きからも明らかで、あともう少しかと、神取は眼下で喘ぐ少年ににんまりと目を細めた。

「たかひさ……」

 始めは腕を突っ張らせていた僚だが、今はすっかり萎えて崩れ、ベッドに埋もれていた。頭を抱えるようにして伏せ、ぐすぐすと鼻を鳴らす。
 じれったい、ひどい。もどかしい。もっと強くしてほしい。乳首も、下も、もっと激しく息も出来ないくらいに苛めてほしい。
 そんな事を考える浅ましい自分に背中がぞっとする。ぞっとするくらい気持ちいい。男に笑われ、泣かされ、支配されたい。己の貪欲な望みに全身がぶるぶると震えた。

「……もっと」

 ついに言葉零れ出る。
 僚は首を曲げて男を見やった。

「もっと、どうしてほしい?」
 優しい方がいい?

 触れるか触れないかの接触で乳首を撫でる。

「いや…ちがう、つよく!」

 僚は涙交じりの叫びを上げ、潤む目で懸命に男を見つめる。
 濡れた瞳に絡め取られ、神取は小さく喉を鳴らした。
 僚は何か云いたげに唇を動かすと、途切れ途切れに欲望を綴った。どこをどうしてほしいか、隠さず訴える。恥ずかしくて頬が火照るが、それ以上に欲しくてたまらなくて、我慢出来なくなっていた。

「い、入れて……早く――あぁ!」

 自ら足を開き誘う僚に自分の方こそ我慢出来なくなり、神取は指を抜いたそこに自身をあてがった。触れた瞬間、僚の身体がびくりと強張る。反射的にきゅっと締まった後孔が再び緩むのを待って、少しずつ腰を進める。

「うっ……――!」

 疼いてたまらなかったそこを、男のものが力強く押し開く。狭い器官を力強く拡げ分け入ってくるのに、僚は声も出せずただぶるぶるとわなないた。

「ああぁ……」

 根元まで埋め込まれ、上ずった声で身悶える。
 緊張気味の尻や脚に神取はにんまりと口端を緩めた。程よく柔らかく、熱い内襞に包み込まれ、ため息をもらす。

「ああ、ぁ……すごい」

 僚は涎を垂らさんばかりに緩んだ顔で、うっとりと呟いた。

「熱くてかたい……」

 好き、と空気を震わす僚に、神取は脳天が痺れる思いだった。まだどこか強張りの抜けない僚の腰を掴み、ゆっくりとした抽送を繰り返す。たちまち僚の口から少し高い喘ぎがぽろぽろと零れ、腹の底が甘く疼いてたまらなくなる。もっと声が聞きたい。可愛く泣いて、甘えてくる濡れた響きでこの身を一杯にしたい。神取は両手をそれぞれに伸ばし、性器と乳首を弄りながら絶えず腰を送った。

「あ、やぁ……んん」

 僚はびくりとひと際大きく身を弾ませ、感じるところを的確に責めてくる男の手に上ずった喘ぎをもらした。刺激が強すぎて受け止めきれないと、せめて乳首の手だけでも逃れようともがくが、後ろを貫かれていてはそれもかなわなかった。
 好きなように揺さぶられ、感じるところを残らず嬲られ、僚は濡れた声で身悶えた。

「ああぅ…たかひさ……ああぁ!」
「どうしてほしいか、ちゃんと言えたご褒美だよ」
「ああぁ――きもちいい、いい、すごく……あぁ!」

 僚は少し癖のある艶やかな黒髪を振り乱してのたうち、素直に悦びを弾けさせた。それでも身体が前へと逃げるようにのたうってしまうのは、男の寄越す快感があまりに甘美で、怖いと思うほどだからだ。怖いほど気持ちいい。身体がどうにかなってしまう。少しも緩まないぞっとするほどの愉悦に、僚は半ば無意識に前へと這いずった。男はそれを許さず、背に覆いかぶさって封じ、特に反応のいい箇所を余さず責めた。
 少しずつしか触られなかった乳首を執拗に擦られ、反射で締まる後孔を嫌というほど穿たれる。
 だめ、いや、苦しい。
 僚は首を振りたくって泣き叫んだ。本当に苦しい、堪え難い苦痛なのではない事は、男には筒抜けだった。だからどれだけ苦鳴を上げても手が緩まる事はなく、むしろ笑われて、余計重点的に責められた。熱く滾ったもので内臓を捏ねられ、乳首を捏ねられ、前を扱かれる。時折首筋に強く吸い付かれ、歯を当てられることもあった。ぞくぞくっとした瞬間的な疼きは甘やかな毒のようで、それが全身の指先にまで広がっていく錯覚に、僚はしとどに喘ぎをもらした。

「おく、きもちいい……おくが」
「そう……こうされるのが好きだね」
「好きぃ……もっとついて、あぁああ!」

 手の下にあるシーツをがむしゃらに握りしめ、僚は自らも腰を突き出してねだった。

「いい子だね……もっとあげるよ」

 神取はしゃくるように腰をうねらせ、彼がもっとも悦ぶ一点を幾度も執拗に抉った。僚の口からほとばしる、力の抜けた、緩んだ嬌声が何とも心地良い。神取は音がするほど強く打ち付け、うねらせ、徹底的に僚を泣かせた。

「だめ…ああだめ……い、いく」

 口走り、僚は片手を自身の下部に向かわせた。男がねちねちと扱くそれを一緒に掴み、欲望を解放しようともがく。

「いくいく……ああぁ!」
「っ……」

 ひと際高い悲鳴と共に、男を咥え込んだ器官がきゅううっときつく収縮する。
 先端から根元までまんべんなく絞り込んでくる熱い内臓に、神取は微かに喉を鳴らした。かろうじて情けない声を出すのは避けられたが、襲い来るすさまじい愉悦に抗うのは難しく、狭まるそこを抉じ開けるようにして腰を送った。貪らずにいられなかった。音がするほど激しく身体を打ち付ける。

「うう――!」

 低い呻きをもらし、僚は背筋をびくびくと引き攣らせた。一緒に擦るその先から熱い白濁をまき散らし、出し終わるまで続けざまに身を弾ませた。
 一秒二秒の硬直の後、僚はは、と思い切り息を吐き出した。それから、堰を切ったようにぜいぜいと喘ぐ。
 擦っていたそこから僚の手が離れ、続いて神取も手を離した。僚の絶頂に合わせて深奥まで突き込んでいた腰をゆっくり引き、一度身体を離す。

「ああ……」

 ずるずると去っていく熱塊にぼんやりとした声をもらし、僚はその場に膝を折った。
 くたくたとうずくまった僚の肩を掴み、神取は支えて立ち上がらせた。

「……へいき」

 僚は肩で息をしながら、男に笑いかけた。
 少し疲れたような、愛くるしい微笑が、男の胸を突く。
 たまらずに神取はしっかり腰に腕を回して抱き寄せ、口付けた。
 僚も積極的に応え、口内に入り込んできた熱い舌に吸い付いた。
 神取はキスを続けたままベッドに腰かけ、自分をまたがるよう僚の姿勢を誘導した。
 キスの始めは、余韻で息が荒く、今はキスのせいで乱れた息を何度も飲み込みながら、僚は男の膝に乗った。大きく足を開き、膝立ちになって、男に身を寄せる。

「……おいで」

 神取は束の間顔を離し、唇の上でそう囁いてまた塞いだ。

「んん、んむっ」

 再び後ろに迎え入れ、僚は喉の奥で呻いた。思い切り声を上げたかったが、頭の後ろをしっかりと掴む男の手に阻まれ、声は互いの口の中で響き渡った。
 神取は根元まで咥えさせると、開かせた脚を腕に抱え、ゆっくり揺さぶり始めた。

「ああ、あっ!」

 後ろから挑まれた時には届かなかった深い場所まで分け入ってくる怒漲に、僚は大きく頭を反らせて喘いだ。腰が抜けてしまう、腰から下がどろどろに溶けてしまう…そんな錯覚をしてしまうほど、男のものに熱く炙られる。
 神取は耳の近くで絶えず紡がれる可愛らしい嬌声を聞きながら、首筋や乳首を舌で舐め、吸い、肩口に噛み付いた。

「ひぁっ……ああ」

 乳首に軽く歯を当てられ、僚は濡れた悲鳴を上げてわなないた。ぞくぞくと背骨が震えてたまらない。無意識に締まる後ろを意識して締め付け、自ら男のものをしゃぶる。圧倒的な存在感を示してくる熱茎に自ら噛み付き、そうする事で襲ってくる脳天が痺れるほど甘い疼きに深く浸る。

「またいく…いきそう……」
「何度でもいって構わないよ」
「ああだめっ……噛むな、乳首だめ」
「一緒に苛められるのが好きだろう」
「いやぁだ……」

 緩んだ声で喘ぎ、僚は逃れようと身をよじった。
 自分の上で可愛らしくよがる様がたまらなくて、神取はより意地悪をしかけた。小さな一点を唇に挟み、舌で舐め転がす。そうしながら腰を使って下から激しく突き上げ、より一層泣かせた。乳首に刺激を与えると、内部もびくびくと複雑に絞り込んでくる。強く弱く締め付けてくる刺激に酔って、神取は思う存分僚の身体を揺さぶった。
 いくらもしないで、僚はまた極まりを迎えた。
 力強くしがみついてくる、少し汗ばんだ熱い身体が愛しくてたまらない。何度も喘いで、合間に助けを求めるように名前を呼ばれると、全身が得も言われぬ幸福感に包まれる。熱い腕と身体と、声が、神取を何重にも包み込む。
 達した余韻に浸る僚を次の高みへと引き上げるべく、神取は休まず責めた。
 途端に僚はやめろとばかりに暴れ出した。しかしがっちりと回された腕から逃れるのは難しく、いいように身体を揺さぶられるしかなかった。

「もうゆるして……やだぁ!」
「いいね……もっと声を聞かせて」
「いや……むり」
「君なら出来るさ……ほら、もっと」

 首を振ってもがく僚を抱え、神取はベッドに横たわらせると、膝裏を掴んで覆いかぶさり上から腰を突き込んだ。彼が一番悦ぶ深奥を狙って穿ち、何度も何度も、何度も執拗に打ち込む。
 受け止めきれない強烈な快感に僚は大きく仰け反り、泣き叫んだ。

「そんなにしたらだめっ……お、おかしくなる!」
「いいから…見せてごらん」
「だめぇ…おくだめ、だめっ」
「だめじゃない……もっと見せて」
「やだぁ……ああぁ!」

 熱いものが迸るぞっとするような感触に、僚は鋭く叫んだ。

「いいよ……いい子だ」

 男はますます責めを激しくした。
 僚は息を求めて必死に喘いだ。何度も続けていかされ、これ以上は無理だと思うのに、苦しいと感じるのは最初だけで、男のたくましいものに突かれ続けると身体がとろけていってしまう。苦しいのがじきに快感にすりかわって、貪欲に求めてしまうのだ。
 それに加えて、声。
 男の甘い低音がいい子だと綴るだけで、脳天が甘く痺れてしまう。もっと言ってほしい、もっと求めてほしい。自分が誰のものであるか、疑いようもないほど激しくこの身に刻んでほしい。
 泣きたくなるほど身体が震えた。僚はがむしゃらに男を抱き寄せ、噛み付く勢いで口付けた。
 神取はしっかり腕を回して抱きすくめ、互いの欲望を解放しようと激しく貪った。

「あ――! ああぁ――!」

 僚は高い悲鳴を上げ、やや薄まった精液を迸らせた。
 間を置かず、神取も一番深いところに熱を放つ。のたうちながら熱いものを浴びせてくる肉茎に、僚はおこりのように身体を弾ませた。
 しばし硬直の後、僚はぐったりと手足を投げ出して喘ぎを繰り返した。涙のたまった目を何度も瞬き、懸命に男に目を凝らす。
 何か云いたげな眼差しに目線で応え、神取は微笑んだ。それから静かに、抱き合う。
 二人分の荒い息遣いは、やがて鎮まっていった。

 

 

 

 サイドボードに置いたコーヒーは、とっくに冷え切っていた。鼻を近付けても、いれたてのようにいい香りはしない、けれど、冷めてもやっぱり格別な味で、だからとっておきなのだなあと僚はしみじみ思った。
 ひと口飲み込んでは小さくため息を吐き、またひと口分啜る僚を見ながら、神取も同じようにゆっくりカップを傾けた。
 ちらりと時計を見やると、当初出かける予定にしていた時間が間もなくに迫っていた。
 ベッドに並んで腰かけ、最後の一滴までコーヒーの香りと味を楽しんでいた僚は、わずかな動きながら男の目線に気付き同じように時計へと目をやった。
 今日は、ゆっくり買い物巡りをしてランチを楽しんだら解散、また来週の流れだ。来週まで、しばしお別れ。だから午前中は目一杯男と過ごそう。
 飲み干して真っ白になったカップの中を少し名残惜しく見つめていると、そろそろ準備をしようかと男が声をかけてきた。カップを、と差し出された手に渡し、頷きながら立ち上がる。

「ごちそうさま。また次もよろしくな」
「こちらこそ」

 神取も立ち上がり、笑いかけてくる愛しい眼差しに微笑んだ。そして、さあ出かけようときびきび動き出す。

 

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