Dominance&Submission

ため息の海

 

 

 

 

 

 三月も半ばに差し掛かり、日に日に暖かさが増していた。
 つい半月ほど前まで、厳しい寒さに身を縮め過ごしていたのが嘘のように、毎日穏やかな晴天が続いている。
 朝晩の冷え込みもいくらか和らいで、就寝の際に設定する翌朝の暖房の気温も、それほど上げずに済むようになった。
 その微弱な稼働音を聞き取りながら、神取鷹久は次第に夢うつつから覚めていった。
 そうすると、まだ寝惚けている耳に、別の小さな物音が聞こえてきた。すう、すうと、断続的なそれが何なのか目を閉じたまましばし考える。
 三つか四つ聞き取ったところで正体を理解し、神取は頬を緩めた。隣で、気持ちよく眠っているだろう彼を起こさぬよう静かに寝返りを打ち、貴重な寝顔を見ようと瞼を開く。
 小さくほどけた口からすうすうと寝息を零し、夢の世界に漂っている彼を間近に眺め、神取は息をひそめた。彼の微かな吐息が何とも云えず幸せで、一つひとつ数えていると溺れてしまいそうな錯覚に見舞われる。そんな事を考える自分がおかしい、嬉しい。幸せだ。
 この口から時々天の邪鬼な言葉が零れ、頑固な言葉が零れ、それではと身構えると途端に素直な言葉が飛び出してきて、いつもこちらを驚かせる。
 いつも新鮮な驚きと、深い愛情をくれる彼。
 こうして見つめていると様々な感情が込み上げてきて、触れたくなる。抱きしめずにいられなくなる。力一杯腕に抱き、感謝の気持ちを伝えたい。その存在がどれだけの救いになっているか、胸を割り開いて見せてやりたい。
 神取はふと笑い、軽く目を閉じた。このまま見続けていると、本当にしてしまいかねない。彼の眠りを邪魔してまでする事ではないので、切り替え、静かにベッドから抜け出す。
 すぐ横で見る寝顔もいいが、上から眺めるこの角度も実に可愛いと、ガウンを羽織りながら称賛する。
 つまり、彼はどこから見ても完璧という事だ。頭の中で、思い付く限りありとあらゆる美辞麗句で彼を飾り立てるが、まだまだ足りない。まったくほど遠い。そんなものでは彼を表しきれない。
 ふと我に返り、朝から何をやっているのだと自分自身が恥ずかしくなり、神取は片手で顔を覆った。思った通り熱く火照っている。冷水で鎮め、体内にも水を送り込んで落ち着こうと、洗面所から今度はキッチンに向かう。部屋を出る際に見た時はまだ眠っていた彼だが、水のボトルを手に戻ると、今まさに目覚めを迎えたようで、深いため息が聞こえてきた。
 桜井僚は仰向けの身体を横向きにすると、隣をごそごそ探り始めた。
 何をしているのだろうと、ボトルを傾けながら神取はしばし観察し、すぐに答えに至った。同時に、悲しげな声が僚の唇から零れた。

「ええ……」

 隣にいるはずの男がいないと、僚は薄目を開けて小さく頭を揺らした。
 寂しげな声に胸が締め付けられるが、一方でおかしさも込み上げてきた。神取は息をひそめて笑い、傍まで行って頭を撫でた。

「ここにいるよ」

 手にしたボトルはベッドサイドに置き、屈んで顔を覗き込む。寝起きでまだ視界がはっきりしないのか、目を見合わせてたっぷり一秒経ってから、ようやく僚はうふふ、と顔全体を緩めた。なんて幸せそうに笑うのだろうと、神取は口端を上げた。
 僚はゆっくり動いて頭を撫でる手を握ると、目を閉じでふうとため息を吐いた。

「もう、起きる時間か?」
「いや、まだ少し早い」
「じゃあ、まだ寝ろ。ここで寝ろ」

 そう言ってぐいぐい袖を引っ張られ、神取は困った顔で笑った。もちろん、断るはずもない。出来るだけ寒い思いをさせないよう、最小限の動きで隣に潜り込む。
 僚はすぐさま男に抱き付き、これでよしとばかりに大きく息を吐いた。
 その、安心しきった息遣いがたまらなく愛しくて、神取は自らも抱きしめ僚の額に一つキスをした。
 優しく髪を払い、柔らかな唇を押し付けてくる男の仕草一つひとつが僚には嬉しくて、次はここだと、頬を差し出す。すぐに応えがやってきた。反対の頬も向ける。またキスをされる。髪や背中を撫でながら受けるキスはとても気持ちよく、僚はお礼にと男の頭を撫でた。
 抱き合って互いに頭を撫でて、少し窮屈な姿勢だが、とても心が落ち着く。心が跳ね上がる。腕から胸から足から、どこもかしこもぴったりくっつけて押し付けて、お互いの熱を感じ取る姿勢は、落ち着きと興奮とをもたらした。
 頭を撫でられるのは思いのほか気持ちいいと、神取は改めて良さを実感していた。いや、これは彼だからだ。他の人間はお断りだ。彼だからこそ、ここまで心がくつろぐのだ。それでいて、そわそわと落ち着かないむず痒さを感じさせる。落ち着かないというのではない、あまりに嬉しさが大きくて、じっとしていられないのだ。
 神取は背中を撫でていた手を下に向かわせ、昨日散々に鞭をくれた尻にそっとあてがった。

「また、朝から」

 胸元で、からかう声が起こった。うっすらと熱を帯びた声音に神取は薄く笑い、軽く手を動かす。

「そういう意味で隣に誘ったのではないのか」
「ぜんぜん、違うね」

 僚の返答によく耳を澄ます。手のひらに体温以上の熱は感じられず、少しくらい撫でても痛みはないようで、声にも特有の堪える震えや強張りは感じられなかった。

「そう、私だけ?」

 尻から今度は前に手を回し、布越しに下腹を探る。
 直前で気付き僚は腰を引くが、それより早く掴まれ、絶妙な力で締め付けてくる手に軽く息を弾ませる。

「ここは素直なようだが」
「い…うるさい」

 笑い交じりの声が悔しくて、僚も素早く手を向かわせる。逃げるどころか自ら押し付けられ、手を跳ね返すほど膨れ上がった男のそれに、頭の後ろが一気に熱くなるのを感じた。

「……そっちこそ硬いじゃん」
「君に触られては、ひとたまりもない」
「触る前から硬かった」

 僚は胸に強く額を押し付け、下着の中に手を潜り込ませた。そっと包み込むと、呼応するように男のそれが手の中でぴくりと跳ねた。熱い手触りと反応に、小さく息を飲む。
 額に接吻された時から、むずむずと身体は反応を始めていた。キスが一つ増える度に疼きはより強烈になり、それが全部下腹に集まって、恥ずかしいほど膨れ上がった。ベッドに引っ張り込んだ時は、単純にもうあと五分のうたた寝を楽しみたかったからだが、全くその気がなかった、と言えば嘘になる。

「では君は、いつからこんなに?」

 下着の中ですっかり成長した僚の雄を弄りながら、神取は密かにため息を零した。少し気を抜くと、彼の手に持っていかれそうになる。それだけ彼の手は熱く、柔らかく、心地良い。

「……したいなら、ちゃんと俺にお願いしろ」

 来ないだろう答えを待っていると、そんな言葉が聞こえてきた。どうやらお互い気分が乗ってきたようで、にやりと口端を持ち上げる。

「そうだね。寝込みを襲うのはよくないね」
「そうだ……あっ」

 神取は首筋についばむようなキスを一つくれると、手にしたそれをより本格的に愛撫した。高い声が鼓膜を甘く震わせる。うっとり聞き惚れていると、負けじと僚も手を動かした。力加減がたまらない。
 僚はもぞもぞと動いて男と頭の位置を合わせると、間近に目を覗き込んだ。

「何考えて、こんな…硬くしてんだよ」
「昨日の君を思い浮かべて」
「!…」

 男の微かな囁きに、僚は一瞬動きを止めた。詰めた息を吐き出した途端、昨日の行為が身体中に蘇ってきた。男に触られ、感じた箇所全てがじんじんと甘い疼きを放ち始める。むず痒いうねりとなって僚を苛んだ。
 手の中にある熱い塊に、ごくりとつばを飲み込む。と、組み敷く形で男は上に乗ってきた。

「君を抱きたい」

 中に入りたい、と低く囁かれ、まっすぐ向かってくる強い眼差しに僚はああと息を引き攣らせた。
 神取は夜着の上をはだけさせると、昨日の余韻を追うように肌のあちこちに口付けながら、お願いと繰り返した。

「ん、んっ…あ」

 吐息と接吻が肌をあちこち移動する。男の愛撫に息苦しくなって、溺れかけた人のように僚はしきりに湿った吐息をもらした。合間に短く喘ぎ、身を震わせる。
 自分だけそんな反応してしまうのが恥ずかしい、悔しい。男も声を出せと、おろそかになっていた手を動かし反撃する。
 が、男の熱さを感じるほどに余計身体が疼いた。早く入れてほしくてたまらなくなる。
 神取はうっすらと骨の浮かぶ胸板を唇でくすぐり、より反応の良いところに歯を当て、舐めほぐした。

「昨日もとても楽しかった」君と遊ぶのは本当に楽しい「また、してもいい?」
「あっ……ん」

 脇腹の辺りを強く吸われ、くすぐったさに僚は身じろいだ。
 お願いされるまでもなく、望んでいる。息もろくに出来ないほど追い詰められて、鞭で打たれて泣いて、休みなく抱かれて、何もわからなくなった末に訪れる真っ白な瞬間に、また連れていってほしい。あれは、男と一緒でなければ到達出来ないのだ。痛みや苦しさがあるのに、それ以上に心地良くて、この上ない幸福感に包まれる。

「あ、あ」

 熱くぬめった舌が、乳首を転がす。たちまち男を欲しがって後孔がきゅうと痙攣を起こす。

「あぁ……」

 じっとしていられないほどの疼きに、僚はシーツに擦り付けるようにして見悶えた。男のものを捕らえたまま、片手で下を脱ぎ始める。
 自分の下でじたばたと暴れるように服を脱ぎ始めた僚に、小さく笑う。焦って上手くいかないところ、それでも片手を離さないところ、悔しそうに歪む唇、息遣い、何もかも可愛い。
 ようやく脱ぎ終えたところで、露わになった僚のそれをやんわりと包み込む。

「君のここを管理するのも、またしたい」

 妖しく絡み付いてくる手指に、僚はため息交じりに嫌だと零した。

「どうしてもだめ?」

 神取は硬さを味わうようにこそこそと指を動かし、親指の腹で先端を嘗め回した。

「あ…ん」
「今度はここに、栓を噛まそうか」

 それから管理をしようか。
 語る低音に僚はぶるぶるとおこりのようにわなないた。やだ、とかろうじて声を絞り出す。出させてもらえない辛さ苦しさがどれほどだったか、すぐにも思い出せる。自然と身震いが湧き起こる。けれど、それをしのぐほどの凄まじい快感が背骨を疼かせた。
 わずかに顔を歪ませた僚に微笑し、神取はやや強めに先端に刺激を送った。

「ああっ」

 途端に短い叫びが弾ける。また笑い、手を根元にずらして締め付ける。

「それともここを戒めようか」そのまま、後ろをたっぷり可愛がろう「出せなくて身悶える君を、一晩中抱いていたい」
「だめ……」

 僚はより強く頭を揺らし、縋る眼差しで男を見上げる。視線の先で、次はどんな風に楽しもうかと、想像を巡らせて薄く笑っている。睨んでやろうと思ったのに、ぞっとするほど冴えた支配者の微笑みに、目が釘付けになる。
 と、男の指に唇をなぞられ、僚はびくりと身を強張らせた。

「嫌だと言うのに」
「……なに」
「どうして君は、そんなに嬉しそうに笑うのかな」
「なに――あっ!」

 何を言っているのだと眼を眇めた瞬間、前触れなく後ろを抉じ開けられ、僚は目を見開いた。

「あぁっ…あ!」
「大丈夫、いつものように息を合わせて」

 過度に硬直する僚を言葉で宥めながら、神取はじわじわと腰を進めた。

「く、うぅ……」

 ゆっくり拡げられる感覚に、僚はぶるぶると大きく震えを放った。思わず腰が逃げるようにのたうつ。
 神取はしっかりと押さえ付け、狭い孔に埋め込んでいった。

「あぁっ…たかひさ」
「寝起きだからかな……いつも以上に熱い」

 すぐにも力一杯飲み込ませたいが、楽しみを少しずつ手にする今の状態も捨てがたい。神取はじれったさを与える動きで腰をうねらせた。

「あ、おれ……笑って、…なんか」

 喘ぎ喘ぎ紡ぐ唇をそっと指先で撫で、神取は口端を緩めた。

「今も笑っている」
「わらってない……」

 僚は少しむきになり、眉根を寄せた。
 拗ねた表情でも、口元だけは嬉しそうに緩んでいるのがたまらなく愛おしい。いじめてもらう事に期待して、妖しいほどの色気を纏って笑う顔は、何より胸をかきむしる。自分だけがわがままに彼を欲しがっているのではないとわかって、嬉しさに胸がはちきれそうだ。

「ほら…入ったよ」
「ああぁ……はっ」

 ようやく根元まで埋め込む。眼下で、僚がいくらか苦しそうにため息を吐いた。先の拗ねた表情とは違う険しさが、眉間や目元に表れている。馴染むまで、神取はしばし動きを止めた。
 やがて僚はほどいていた唇をきりと引き結ぶと、小さくつばを飲み込んだ。

「まだ、言ってない」
「……何をだ?」
「入れていいって、まだ言ってない」
「ああ……それは悪かった」

 済まなそうに笑い、ではやめようかと持ち掛ける。僚はますます顔付きを厳しくした。同時にぎゅっと抱きしめる…いや、拘束する。あまりの力強さに、神取はずきりと胸が高鳴るのを感じた。

「だめ…最後までして」

 そっちが満足するまで。言葉をぶつけ、僚は鼻を啜った。昨日の今日だが、一夜の間に落ち着いたようで、受け入れるのに少し苦労が要った。腰が抜けてしまうかと思えるほどの鈍痛に何度か叫びたくなったが、同時に腹の底がぞくぞくしてたまらなかった。今は少し落ち着いて、早く次の段階にいきたくてむずむずしている。好きなだけこちらを泣かせて、満足してほしい。

「私が満足するまで?」

 頷いた僚だが、勢い任せにしてもこれはまずかっただろうかと、いくらかひるむ。
 強気の陰にある不安を感じ取り、神取は楽しげに笑った。

「では、お言葉に甘えて」

 ゆっくりと腰の押し引きを始める。彼の素直でない愛情ですっかり満たされた。身体がはちきれてしまいそうに。せめて半分返さないと。

「ああ……あぁ」

 緩やかに始まった抽送に僚はため息ほどの喘ぎをしきりにもらした。男のものが最奥に届く度、脳天までがーんと快感が走り抜け、声を出さずにいられない。繰り返し熱い息を吐いて応える。いつものような、残らず貪り尽くすような激しさも好きだが、こうしてじっくり時間をかけて押し上げてもらうのも好きだ。
 まるで下半身がとろとろに溶けていってるように思えた。
 内臓をかき回す逞しい男のものと、密着した肌の熱さに酔い、僚はうっとりとした表情で喘いだ。
 そんな中ちらりと、これで男は満足するのだろうかと疑問が過ぎる。

「あ、ね……気持ちいい?」

 零れてしまう甘ったれた喘ぎをなんとか堪えて尋ねる。
 神取は少し困ったような顔で笑い、頬を撫でた。

「何もかもがたまらないよ」

 そう言って少年の細身をきつく抱きしめる。これ以上口をきくと、不覚にも泣いてしまいそうだ。抱きしめて隠し、堪えきれない分を口からもらす。彼への抑えきれない気持ちが、ため息となって零れた。

「ん……」

 喘ぎにも似た息遣いに僚は胸がずきりと痛むのを感じた。きつく抱きしめてくる男の腕が愛しい。重みが愛しい。自分の内側で興奮しきって、形を教えてくる男のものが愛しい。
 何もかもがたまらなく――

「あぁっ!」

 自覚すると、より一層昂ぶりが増した。ゆっくりとしたうねりは確実に自身を絶頂へと押し流す。少しもどかしい優しさがたまらなく快い。

「……好き」

 男の全部が好きだと言葉に乗せて告げる。しかし、思ったほどの気持ちが届いている気がしない。僚は足までも絡めて男にしがみ付き、貪る動きに合わせて腰を揺すり訴えた。
 全身で、出来る限り気持ちを込めて、どう思っているか云った。

「ねえ、好き」

 まるで怒っているようなひと言。正面から力一杯叩き付けられる感情に、神取は苦笑いを零した。
 本当に彼は、泣かせたり笑わせたり忙しい。
 だから好きなのだ。たくさんの感情を、素直でない素直な言葉で伝えてくる。かき乱す。
 自分も、力一杯応えねば。

「私もだ……」
「あっ…や」

 奥まで入り込んだ男のものが、内部で一段膨らむのを感じ、僚は思わずうろたえた声を上げた。絶頂が近いのだと察し、ならばと技巧を凝らす。
 熱い粘膜が複雑にうねり締め付けてくる。たまらないと、神取は息をつめた。少し動きを速める。

「ああ……う、くぅ」

 頂点に向けて動き出した男に、僚は甘い悲鳴を上げて悶えた。次々に送り込まれる強烈な愉悦にとてもじっとしていられない。
 しきりに湿った吐息をもらすようになった僚の身体を、神取はより一層愛しさを込めて抱いた。
 手で指で、唇と舌で、届くところ全て余さず愛撫する。
 ひと際震える個所をより濃厚に舐る。
 絶えず後孔を擦りながら乳首を捏ねると、ぶるぶると可愛い反応があった。神取は気を良くし、やはりここが一番好きかと、狙って責めた。
 脇腹や、背骨の数を順繰りにたどるのも好きであった。呼応して奥の方がきゅうきゅうと食い締めてきて、また口からも熱っぽい喘ぎがもれ、どの反応もたまらない。
 散々弄ってぷっくり膨れた乳首をそっと歯に挟み、少しずつ力をこめる。

「だめ、たかひさ……そこ…そこいい」

 僚はひたすら甘い嬌声を上げ続けた。首の後ろがぞくぞくと切ない疼きに包まれ、一秒もじっとしていられない。

「あ…も、ぉ……いく、いく」

 切羽詰まった、可愛らしい喘ぎが男の鼓膜を犯す。声を聞くだけで自分もいってしまいそうだと、神取は薄く目を閉じた。それまで、不規則に締め付けては緩んでいた後孔が、きつく絞り込んでくるようになった。
 限界を訴える蠢きに触発され、神取も頂点を目指して動いた。
 幾分激しさを増した突き込みに僚は緩慢に身悶え、自身のそれを開放すべく手を伸ばした。
 それを見て、神取は考えを変えた。自分のいいように扱き始めた手を掴んで離させ、組み合わせて封じる。いくらか抵抗があったが、構わず頭上に引き上げ、そこに押し付ける。

「や、いやだぁ…いきたい、いく……」

 可愛い身悶えを口端で笑い、更に追い詰める。緩い突き込みをくれながら、歯と舌と唇で嫌というほど乳首を責める。

「や、やだ……」
「君の好きなところじゃないか」
「うん、好き……ああでもぉ……ああっ」

 片手でひとまとめに拘束し、空いた右手で硬く凝った乳首を弄る。押し潰すように指先で捏ねると、より高い声が僚の口から放たれた。腹部が忙しなくびくびくと痙攣し、同時に男を咥えた奥の方もまるで脈動のようにきつく緩く締め付けてきた。神取はそれを抉じ開けるように腰を使い、熱茎で嫌というほど突いた。
 やめろ、と弱々しく啜り泣き、僚は髪を振り乱した。左耳のピアスが光を反射してちかちかと目をかすめ、男をより一層挑発した。神取は休まず腰を前後させながら、執拗に小さな突起を弄った。
 すでに十分なほど躾けられた身体に、この責めは堪えるだろう。高い、上ずった悲鳴を何度も口から放ち、僚は手を離せと男の下で暴れた。仰け反り、身悶え、捕らえられた手を解放しようと何度ももがく。
 その様子を神取はうっとりと堪能していた。確かに力の差はあるが、本気で暴れれば解放は容易だ。それをしないのは、彼も自分同様この状況を楽しんでいるのだ。得た仮面を巧みに使い分け、どうすればもっと心と体を解放出来るか、より深い官能を得られるか、追求しているのだ。

「たかひさ…おねがい」

 もういかせてほしいと、僚が涙交じりに訴える。

「言ってごらん……どうしてほしい?」
「いきたい……手を」
「これではいけない?」
「むり……あぁっ……、背中が、ぞくぞくしてきもちいい…けど、これじゃやだぁ」

 このままではいけない、ぞっとするほど気持ちいいけれど、一番欲しいあの白い場所へは行けないと、僚は喘ぎ交じりに男に訴えた。執拗に乳首を責められ、奥を捏ねられ、気が狂いそうだと泣き縋る。

「もうゆるして……」

 ひっひっと喉を引き攣らせ、僚は懸命に男を見つめた。
 神取は掴んでいた手を自分の首に回させ、抱き合う形にすると、しばし目線を絡めてから口付けた。あまり深くは貪らず、軽く唇を吸って、眦から零れた涙を吸って、顔を離す。

「い……いってもいい?」

 答える代わりに神取は手を誘導すると、一緒に握りこんだ。
 僚の身体が小さく震えた。抑えた喘ぎについ頬が緩む。
 彼の選ぶ仮面はいつもこちらの思う以上に的確で、一番欲しい気持ちを強く引っ掻いてくる。従う者としてのふさわしい振る舞いで、支配欲を満たしてくれる。
 神取はその上から手を重ねると、少し強めに扱き、動きを合わせて僚の内奥を穿った。狭まるそこをこじ開けるように腰で抉り、突き、かき回す。

「ああぁっ…もういく」
「私も…もう」

 眼下で妖しく身じろぐ少年を抱きしめ、神取は更に強く腰を送り込んだ。
 しっとりと汗ばんだ身体、息苦しいくらいの抱擁に酔い痴れ、僚は一気に駆け上がった。
 耳元で、男が忙しなく息を継いでいる。その、余裕のない様が、たまらなく嬉しかった。
 思考は千々に乱れ思いやる余裕がないが、それでもせめて、最後まで喜んでもらいたい。自分の身体で、幸せを感じてほしい。
 僚は腹に力をこめ、飲み込んだ男を愛撫した。

「く……」

 絶妙な力で包み込み、射精を促してくる内襞に、神取は堪え切れず声をもらした。
 なんて憎らしい事を…挑発に乗り、欲望のまま腰を打ち付ける。
 絶えず零れる高い悲鳴にうっとり酔いながら、神取は夢中で深奥を突いた。大きく開かせた足の付け根を掴み、音がするほど腰を打ち付ける。
 容赦なく身体を揺さぶられ、僚は必死で男の身体にしがみ付いた。そうやって捕まっていないと、どこかに流されていってしまいそうだった。

「いい、すごく…おくが、ああぁ…あぁ! 気持ちいい!」
「奥が好き?」
「うん…うん、好き……もっと」
「もっと欲しい?」
「おねがい…もうすこし……あと、ああぁ」

 激しく甘美な感覚に、素直に声を上げる。恥ずかしさがちらりと過ぎるが、構う余裕はなかった。手中にある自身のものを、夢中で擦る。

「あ、あ、あぁいく――ああぁ!」

 狭い器官を熱いもので擦られ、奥を捏ね回され、ついに僚は先端から白いものを噴き上げて絶頂を迎えた。
 抱きしめた腕の中で硬直し、びくびくと激しく痙攣する少年ににやりと笑い、神取はより一層強く腰を突き込むと、そこで動きを止めた。

「あっ……あつ…い」

 最も深い場所でのたうちながら白濁を吐き出す熱塊に、僚は半ば無意識に呟いた。
 ぜいぜいと胸を喘がせながら絶頂の悦びに浸る。
 離すまいとしっかり回された男の力強い抱擁に酔い、次第に鎮まっていく余韻に浸り、僚は静かに涙を零した。

 

 

 

 事後の繕いをし、ベッドを整えていると、洗面所から僚が戻ってきた。あらためておはようと交わす。

「おはよ」
「半分飲むかい」

 まだひんやり冷たいと、ベッドサイドに置いていた水のボトルを差し出す。

「もらってもいいか」
「どうぞ」
「よかった。誰かさんが寝起きからいじめるから、喉が渇いてしょうがなかったんだ」
「君をいじめるなんて、恐れ知らずもいたものだ」
「……なに他人事のように言ってんだか」

 ちっともこたえず、平然とベッドに向かう男の背中に向かってひと睨みくれ、僚はボトルを傾けた。豪快にごぶごぶと喉を潤し、ため息交じりに変態と零す。

「そうだね。でも、違うよ」

 相変わらず背中を向けたまま、男は優しい口調で言った。

「あーあ。知ってるよ」

 僚はわざとぶっきらぼうに返し、あと少し残ったボトルを差し出した。こんなやりとりが出来る相手がいる事に、男の存在に、心の中で感謝する。どうにも素直さに欠ける自分を、男は少しも動じず飲み込んでくれる。
 本当に、奇跡のような人だ。
 神取は振り返ってボトルを受け取った。思った通りに、僚の顔には不機嫌がありありと浮かんでいたが、根っこの部分まで気分を悪くしている訳ではない事は、目を見ればわかった。彼は隠し事が出来ない素直な人間なのだ。だから余計に、天の邪鬼な振る舞いが愛しくてたまらない。
 ふたを開けようとすると、僚の手が素早く伸びて止めてきた。どうしたのかと問う間もなく身体が寄って、唇を塞がれる。
 思いがけない接吻に神取は目を瞬いた。
 僚はたっぷり一秒数えてから顔を離し、間近でもう一度「知ってる」と繰り返し、不敵な笑みを浮かべた。不意打ちの成功を喜び、とても満足げな表情をしている。
 神取は笑うように頬を緩め、小さくため息をついた。
 嗚呼降参だ。彼にはやはり勝てない。
 認めると、身体がほっと熱く火照った。

 

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