Dominance&Submission

ずっとこうして

 

 

 

 

 

 チェロの練習を始める時、まだまだ彼との一日は続くと心が弾んだ。いつもより少し長めに練習時間を取り、思う存分集中する。彼はよくついてきて、このままずっと聞いていたいひと時を提供してくれた。思ったまま絶賛すると、恥ずかしそうに笑いながらもどこか誇らしげで、とても愛くるしい表情を見せてくれた。そして少し茶化した口調で、教えてくれる先生がいいから、と白い歯を見せた。素質があり、素直で呑み込みが良く、真面目で頑固。本当に、教え甲斐のある生徒だ。
 反省会ののち、夕飯に向けて動き出す。
 準備に取り掛かる際も、まだ一日続いている、一緒に料理が出来る事に、浮かれ気分になった。
 かっぽう着とエプロンとで並んでキッチンに立ち、互いに包丁さばきが見事と褒め合い、今日の味付けはどうか、どの皿にどんな風に盛り付けようか、他愛ないお喋りに花を咲かせながら料理を完成させる。
 食事中は、反省会からの続きを話し、今日の出来事、勉強会の出来栄えやランチメニューについて、この先の予定、目一杯詰め込んで食事の時間を楽しんだ。
 食後、本当に美味かった、今日も上出来だったとゆったり言葉を交わしていて、ふと会話が鎮まる。満腹でいい気分なのもあり、身体を休めるのもあり、言葉は自然と途切れる。
 そして後片付けにさしかかったところで、神取鷹久は寂しさを感じた。
 これが済んだら彼をアパートまで送る。今週は、今日という日はこれでお別れ。
 少し腹が落ち着き、動き出せるようになった桜井僚は、椅子の背にかけていたかっぽう着にてきぱきと袖を通すと、面倒ごとを片付けてからゆっくり休む主義を発揮しきびきび動き出した。
 やる気満々で袖まくりをし、キッチンに食器を運ぶ僚の主義に倣い、神取も後に続く。
 僚はてきぱきと手際が良く、いつ見ても感心してしまう。しかし今はそれが少し腹立たしくもあった。
 隣で後片付けをサポートしていた神取は、水栓を止め濡れ手を拭う僚を見ながら、皿の最後の一枚を重ねて置いた。

「はい終わり。今日も早かったな」

 思い通り出来て満足だと、にっこり笑いかけてくる少年に笑い返し、神取はごく自然に腕を回して後ろから抱きしめた。
 背中の紐をほどこうと手を後ろに回した時にやってきた抱擁に、僚は少し驚いて目を瞬いた。すぐに喜びの表情に変え、くすぐったそうに笑いながらおんぶをするように少し前かがみになって、男の腰に腕を伸ばした。

「こら、脱げないだろ」
「その方が都合がいい」
「え――あっ」

 首を曲げると同時に、男に耳朶を甘噛みされる。
 神取は柔らかい軟骨にそっと歯を当てたまま、かっぽう着の下に手を入れ腰や腿の外側を手のひらで撫でさすった。

「あ……都合がいいって、なにが」

 こりこりと歯で遊ばれ、むず痒さについ息が弾む。僚は慌てて飲み込み、言葉の意図を尋ねる。もう少し首を曲げると、すぐ間近に男の顔があった。熱のこもった眼差しがまっすぐ見つめてくるのに、僚は息が上がるのを感じた。足や腰を撫でる手はまだ動き続け、妖しい熱を煽ってくる。優しい男の手、大好きな手が、いくらか満腹の落ち着いた腹や足を慈しむように撫でている。ひと撫でごとに身体が火照っていくようで、勘違いでない発熱に僚は小さく身じろいだ。
 そこでようやく、神取は質問に答えた。

「これを着たままなら、うっかり触って君に痛い思いをさせずに済む」

 冬用の厚手の生地が、守ってくれる。
 どこの、何の事を言っているのかようやく理解した僚は、すっかり忘れていたあの瞬間的な痛みと、触ってもらえず身悶えたもどかしさとを思い出し、わずかに顔を赤くした。

「その代わり、下をいっぱい触ってあげよう」

 神取は小さく笑って朱の頬に口付けると、引き結ばれた唇に接吻した。

「ん、ん……」

 奇妙な腹立たしさが込み上げ、口を噤んだ僚だが、男の柔らかい皮膚に触れると途端にどうでもよくなって、応える為に唇をほどく。待ちかねていたように、するりと熱い舌が口内に入り込んできた。同時に下部をまさぐられる。下着の奥に潜り込んできた手が、直に性器を握り込む。

「ああ……」

 僚は熱いため息をもらした。男に優しく握られ、それだけで自身が急激に硬くなるのが見ずともわかった。

「もうこんなに硬くして」

 さっきあれほどしたのに、底なしだね。
 笑い交じりの囁きに僚は悔しげに顔を歪ませ、しかし身体は我慢出来ず、自分からこすり付けるように腰を揺すった。

「だって、鷹久の手……あ、ん…気持ちいいから」
「君は本当にいい反応をする」

 神取はうっとりと目を細めた。
 微かな笑い声が僚の耳朶をくすぐる。びくりと身を弾ませ、僚は振り払うように首を左右した。少し癖のある綺麗な黒髪が、はらはらと男の顔をかすめる。くすぐったさもまた愛しかった。

「う、うるさいな。そっちこそ、まだ食べ足りないのかよ」

 さっき散々したくせにと、僚は強気で言い返した。すると、抱擁が一段強まった。力強さにどきりと胸が高鳴る。

「まるで足りないさ」

 耳朶にかかる低い囁き。余裕のないその響きに、全身がぞくぞくと震えあがる。今にも力が抜けそうな膝を奮い立たせ、意識して足を踏みしめる。
 神取は抱きしめていた腕をゆっくりおろして僚のそれぞれの手を軽く握ると、服の裾を自分で持つよう言い付けた。

「しっかりまくるんだ」

 言いながら、下着ごと下衣を膝まで引き下げ、露わになった若い猛りをそっと包み込む。

「ん……」

 微かにもれた湿っぽいため息に微笑し、神取は根元から先端まで、硬さを確かめるように摘まみながら指を行き来させた。
 震えながら僚は息を吐いた。もう少し強く、もう少し擦られたら、すぐにでもいってしまいそうなほど身体が昂る。しかし男はじれったいほどゆっくり手を動かし、指の先ほどの刺激を与えるばかりであった。もう片方の手は、先のように腰や腹に手のひらをすべるばかり。
 嗚呼また意地悪をする。
 段々と募るじれったさに、僚は愚図るように腰を揺すった。いっそ自分で触ってしまおうかとさえ思った。

「もっと、ちゃんと……」
「ちゃんと……なに?」
「……触って」
「触っているじゃないか」

 くすくすと笑い交じりの返事に、僚は喉の奥で小さく呻いた。確かに手は片時も離れはしない。ずっと触れているのに、望む通りの強さを貰えないのはかえってつらかった。

「……たかひさ」

 僚は唸るように言った。
 もしも今の声が目に見える形となったら、きっとごつごつとした硬い塊だろう…そんな事を想像して、神取はふふと息をもらした。
 へその周り、腿の内側外側、腰骨の浮き出たところ、丸い尻。しっとり滑らかな肌の手触りや、しっかりした骨の触り心地が楽しくてやめられない。僚が愚図るのと同じくらい自分もじれったさを感じているが、その一方で病みつきになるこの滑らかさはすぐには手放しがたい。
 神取はうっとり酔いながら、ねちねちと性器を弄り、呻く僚を楽しみながら手の届く限り下半身を撫でさすった。くすぐったいのか感じるからか、時折きゅっと力が入るのが手に伝わってくる。瞬間的に震える感触が楽しくて、神取は何度も繰り返す。
 そうこうしていると、僚が後ろに手を回し、熱に触れようとしてきた。彼の手にかかってはひとたまりもないので神取はよけようとするが、触ってもらいたい欲求の方が勝った。
 自分から押し付ける。

「っ……」

 触れ合い、互いの口からため息が零れる。
 僚は探り当てた男のそれを、輪郭を確かめるように指で摘まみ、根元から先端まで丹念にたどった。
 逆手の絶妙な力加減が、男の息を乱す。
 お返しにと神取は僚の首筋に軽く吸い付いた。今度は僚の息が乱れる。
 神取は首筋を舐めながら、下腹への愛撫を続けた。

「ああっ……」

 やんわりと包み込んでくる男の手のひらに、僚は小さく震えを放った。五本の指が優しく竿を撫でてくる。たまらなく気持ちよくて、つい腰が揺れる。男への愛撫がおろそかになる。このまま浸っていたいが、同じように男に気持ち良くなってもらいたい気持ちが、急速に膨れ上がる。
 しばし懊悩の後、僚は身じろいで振りほどくと、その場で身体の向きを変え間近に男の目を覗き込んだ。

「!…」

 挑発的な強い眼差しに、神取は背筋がぞくりと疼くのを感じた。感情を分類すれば、彼は怒っている。歓喜も混じっているが、こんなにしやがってと怒りを湛えている。だのになんと美しい目だろうかと、つい見惚れてしまう。
 と、僚はその場にしゃがみ込むと、裾を持った片手はそのままに、右手でベルトを外しにかかった。
 焦らされた分の仕返しをしようというのだ。
 神取はわずかに目を細めた。いつもまっすぐに感情をぶつけてくる彼が、たまらなく愛しい。
 僚はベルトを外しはぎ取る勢いで服を引き下ろすと、一旦男に目を上げた。
 思い知れ、と云わんばかりの目配せを投げつける彼に、いっそ笑いたくなる。神取は込み上げる感情のままに、僚の頭をそっと撫でた。目線が逸らされる。
 僚はひと息分飲み込んだ。
 先ほど、思う存分身体の奥に受け入れ満足したはずだが、きつく漲るたくましい男のそれを目にした途端、後ろがしようもなく疼き出した。同じだけ嫌がらせをしてやろうと思っての行動だが、もう、どうでもよくなった。早く味わいたい気持ちでいっぱいになる。
 どれだけしたら気が済むんだろう。
 どれだけしても満足しないのかな。
 俺、おかしいのかな。
 口中に迎えしゃぶりしながら、そんな事をぼんやり考える。

「ん、んむ…ん」

 竿に何度も吸い付き、袋を唇でくすぐり、先端の淡いくぼみを抉じ開けるように舌を使う。

「っ……ん」

 くびれまで咥えて強く吸うと、男の反応が殊更よくなる。嬉しくて、僚は狙ってそこばかり責めた。喜んでもらえるのが嬉しい。腹の底がぞくぞくしてくる。苦しくなるくらい口いっぱいに頬張って、唇で扱き、また奥まで咥え込む。
 僚は舌を絡めながら、目だけで男を見上げた。
 先ほどとはまるで違う熱っぽい眼差しが、男の胸を突く。
 神取はそこで両手で頭を掴み、軽く腰を揺すった。

「んむっ…んん!」

 喉を突いてくる怒漲に僚は肩を強張らせ、くぐもった呻きをもらした。しかし男はわずかも容赦しない。

「喉の締め付け…とてもいい」

 僚はまくり上げた裾をきつく握りしめ、息苦しさに耐えた。男は決して、限界を超えて無理を強いる事はない。ぎりぎりを見極めるのが本当にうまかった。こうして苦しむ顔を見て男が悦んでいるのだと思うと、異様なほど身体が昂奮した。内股が引き攣るように痛む。
 こんな事をされてますます硬くするなんて、とんだ変態だ。
 背筋が冷える感触さえも、今の僚には快感だった。

「もう少し我慢して」
「ん、ぐ……」

 喉奥まで咥えさせたまま、神取は緩く突く動きを繰り返した。僚は小鼻を膨らませ、男が満足するのをじっと待った。何度か込み上げる吐き気をやり過ごし、物のように扱われる自分に嘆きながらうっとり浸る。

「腰が動いているね……そんなにこうされるのが好きかい」

 僚は目を上げ、喉の奥で唸った。何とも答えようがない。はっきり嫌いと言えない。男の手が好きだ。手だけじゃない、男の何かもかも好き。だから男のする事が好き。
 いよいよ苦しくなり、懸命に堪えるが眦に涙がじわりと滲んだ。そこでようやく解放され、僚は慎重に息を吸い込んだ。ゆっくり深く吸いきって吐き出そうとした時、咳が一つ出た。慌ててぐっと飲み込む。

「君の口、本当に気持ちいよ」

 よく頑張ったねと包み込む優しい声音に、僚は身体が熱くなる錯覚に見舞われた。束の間うっとりしていると男の手が肩にかかり、僚はそれを支えに立ち上がった。目の端にふと、男のきつく反り返ったものが過ぎる。心まで奪われる胸の高鳴りにはっと息を飲むと、男もまた、自分の下腹を見ているのに気付いた。

「入れて……」
 はやく

 ごく小さな声で訴え、僚は自ら背を向け前屈みになった。
 早く。
 じりじりと、空気の流れる音さえも聞こえてきそうな静寂に、耳の奥が痛くなる。
 神取は突き出された尻をひと撫ですると、覆いかぶさるようにして腰を進めた。

「……ああっ!」

 硬く張り切ったものが狭い後孔を抉じ開け、いっぱいまで拡げてくる。午後に抱かれ、それからまださほど時間が経っていないせいか、いつものようなきつく重苦しい圧迫感はない。息も身体も楽だが、あの、腰が抜けそうな窒息寸前の苦しさも嫌いじゃない。
 男の全てが好き。
 最も太い部分が通り過ぎ、限界まで開かされる瞬間のぞっとするような感触が気持ちいいと、僚は顎を震わせた。目の奥に焼き付いている男のたくましいそれが、今まさに体内に入り込んできているのだと思うと、それだけで真っ白な瞬間が広がるようであった。

「ああ…あ――あぁ」

 ずぶずぶと深くまで貫いてくる熱塊に、僚は間延びした喘ぎを口から零した。
 神取はゆっくりゆっくり腰を進め、最後にきつい突き込みをくれた。

「あっ……」

 ずしんと脳天に響く強い突き上げを受けた瞬間、僚は腰の奥で熱いものが弾けるのを感じ取った。はっとなって自分の下腹を確かめる。小刻みな震えが止まらず、内股が引き攣るように痛むが、出してはいない。

「今ので、軽く達したようだね」

 神取は頬に軽いキスを一つすると、正面を見たままわなないている僚に囁いた。自身を包み込む内襞が、複雑にうねっている。神取はそっと息を吐き、柔らかい締め付けを満喫した。
 僚はのろのろと首を曲げ男を見た。そうなのだろうかとどこか疑わしげな眼差しに微笑み、神取は顔を寄せた。応えてくる少年の唇を塞ぎ、優しく舌を吸い、しばしキスに耽る。そして接吻を続けながら、止めていた腰を動かし始める。
 内部を探るように動き出した怒漲が、僚の息を乱す。
 ひっひっと引き攣る息を飲み込むように、神取は尚も唇を重ね、舌を吸い、そっと歯を当てて僚に声を出させた。後ろを抉られながらのキスに息苦しくなって身悶える少年をしっかり抱きしめ、しゃくるように腰を動かす。

「あぁ…あ、う……おく…あぁっ」
「奥が、なに? 言ってごらん」
「あっそこ…おくが……ああぁ…あ、いい…すごく」
「気持ちいい?」

 がくがくと頷きながら、僚は気持ちいいと喘いだ。熱く漲ったものでゆっくりゆっくり奥を捏ね回され、身体がとろとろに溶けていくようだった。

「おくが、おく……ああ気持ちいい……」
「君の好きなところだね」
「うん、それ……そこ、そこ」

 たまらなく好き…緩んだ声で鼻を鳴らす。
 自らも腰をくねらせ、一番感じるところに当たるよう押し付けてくる。僚の貪欲さに煽られ、神取はより集中して責めた。緩やかな動きを激しいものに切り替え、徹底的に最奥を抉る。

「ああ苦しい、あ、あ、あ…あぁ!」

 甘ったるい声が何とも心地良い。聞きたい声をそのまま聴かせてくれる僚にお礼にと、前に手を回し下腹を包み込む。触れたそれは先走りをたらたら溢れさせて濡れており、今にも弾けそうに張り切っていた。神取は手指が濡れるのも構わず、五指を滑らせた。たちまち僚の声が一段高いものに変わる。
 嗚呼たまらない。
 神取は前を扱きながら、きつく腰を突き込んだ。

「あ、あ、やっ…だめ、はげし……あぁっ! ああぁ!」

 思うまま揺さぶられ、扱かれ、僚は少し癖のある黒髪を振り乱して泣き叫んだ。後ろから貪られ、更には大好きな手で扱かれたら、ひとたまりもない。急速に膨れ上がる射精欲に膝ががくがくとわなないた。
 男の手が動く度、溢れた涎が絡んでねちねちと何ともいやらしい音を響かせた。

「く、う……いや、やだ」

 恥ずかしさに俯く。そんな仕草も可愛くて、神取は殊更に音を立てて扱いた。

「やだ……」
「手を離そうか?」
「……やだ」

 うう、と不満げな唸り声すら可愛い。どうすると聞くと、いきたいと素直にねだってきた。ぐすぐすと鼻を鳴らす様もまた可愛い。どの場面のどの彼も、痛くなるほど胸を突く。身体が弾けてしまいそうなほど、幸せで満たしてくれる。だから彼を、自分で一杯に満たしたい。

「あ、あぁ…もう…も……いく!」

 滑らかに動く男の手と、奥を穿つ男の張り切ったものとに、僚は絶頂へと押し上げられた。

「ああぁ――!」

 真っ白に染まる瞬間に喉から声を絞り出し、びくびくと不規則に震えを放つ。その度に、男が擦る先端から白いものが飛び散った。
 神取は最後まで搾り取るように手を動かし続けた。

「いや……」

 精を放っても尚与えられる刺激は強すぎて、僚は半ば無意識にそう呟いた。
 針の振り切れた絶頂の余韻が鎮まるにつれ、全身の力ががくりと抜けたようになり、僚は膝から崩れそうになった。
 神取はその身体をしっかり抱きしめると、尚も下部を弄りながら腰の動きを再開させた。

「や――だめ……まって!」
「まだ欲しいだろう」
「いやだ……あ、あぁ」
「君の奥が、欲しがっている」
「あああぁ!」

 言葉と同時に絶妙な力で最奥を捏ねられ、冷めかけた身体を強制的に燃え上がらせるぞっとするほどの快感に、僚は目を眩ませた。
 やだ、やだと涙交じりの声で少年が見悶える。眼下で妖しくくねる様に、神取は知らず息を荒げた。達した直後は無遠慮だった締め付けはじきにほぐれ、柔らかで熱いうねりとなってまた下腹を包み込んできた。

「あ、あ、…いや、そこ……あぁ…んん」

 執拗に擦られるせいで辛さに滲んでいた声はいつの間にか消え、甘くしっとりとした喘ぎが零れるようになっていた。手中の張りもいつしか硬さを増し、見なくても、腹につかんばかりに反り返っているのが伝わってくる。

「戻ってきたね」
「言うな……あぁっ」
「まだ、いや?」
「うるさ……あぁ、ああそこ……う、いい」
「気持ち良くなってきたね」
「ん…うん……すごく、すごく」
「僚は素直ないい子だね」

 神取は薄く笑い本格的に責めた。
 逃れるような動きをしていた僚だが、いい子だと言われた事で気持ちがほどけて自らも貪るようになり、次の絶頂に向けて興奮を募らせていった。

「さあ、もっと良くしてあげるよ」

 神取は身体を抱き直すと、音がするほど強く腰を打ち込み、泣かせ、ねちねちと性器を弄った。

「あ、あは…あん……ああ!」

 シンクの縁に片手で掴まり、男にいいように揺さぶられていてふと、目の前に鏡がある錯覚に見舞われ、僚ははっとなって目を凝らした。
 以前鏡越しに散々苛められた記憶が鮮明に過ぎり、あの時の自分のだらしない顔が蘇り、僚は全身をわななかせた。男を咥えた後孔が呼応してきゅうと締まる。
 神取はそれを抉じ開けるように腰をうねらせた。
 たちまち僚の口から、ああ、と湿った喘ぎがもれる。続けて、気持ちいいとかすれた空気が震え、神取をより昂らせた。

「だめ……またいく」
「もういきそうかい」

 しゃくるように腰をうねらせ深奥に刺激を送りながら、神取は耳元で囁いた。
 いく、いきたい。ぐすぐすと鼻を鳴らして背後の男に縋り、僚はもっと激しくしてとねだった。

「い、いかせて……」
「駄目だ。もう少し我慢して」
「そんな……」
「君が耐えている姿を見るのが、好きなんだ」
「あうぅ……へんたい」
「そうだよ……でも、違う」
「しってる、たかひさは……あぁ」
「さあ、もっといい声を聞かせなさい」

 僚は嫌だと愚図り、撫でるような緩い刺激に変わった男の手に焦れ、自ら腰を振りたてた。神取は笑って、その分力を弱めた。

「やだぁ……」
「自分で触るのもなしだ。しっかり裾を持っていなさい、大事な服が汚れてしまうよ」
「やだ、おねがいたかひさ……おねがい、もっと強く」

 もどかしさに、僚は涙交じりの声を上げた。自ら締め付け貪るが、それだけではもう満足出来ない。男に、息も止まるほど激しく抱いてもらわなければたどり着けない。早く、あの真っ白な瞬間に。

「いきたい……ああでも」
「でも?」
「ずっとこうしていたいぃ……」
「!…」

 思い切り弾けたいけれど、この幸福な感覚にずっと浸っていたい。どうしようもなくて、僚はああと弱々しく喘いだ。微かな空気の震えが、神取の心を引っ掻く。

「あぅっ!」

 突如強く突き上げられ、僚はひしゃげた叫びを放った。神取はますます昂ぶりを覚えた。

「ああぁ! はげし……あぁ!」

 一直線に突き進むがごとく打ち込みに、僚は何度も首を振りたくった。
 耳朶に首筋に、自分の身体を貪り悦んでいる男の息遣いがかかる。微かな喘ぎも聞こえた。
 たちまち背骨がぞくぞくと震え、たまらずに僚はぎゅっと目を瞑った。
 そうすると、余計に体内に快感が溜まるようで、際限なく膨れ上がっていく強烈な愉悦に手足の先まで痺れが広がった。
 内奥を力強くかき回す男の怒漲に、声を出さずにいられない。

「いく、いく…いっちゃ……う、ああぁ!」
「もう我慢出来ない?」
「むり…こんな、されたら――ああぁ! きもちいい…いくいく…たかひさ!」
「私も……」
「っ……」

 眼前まで迫った絶頂に無我夢中で手を伸ばす。その時に聞こえた男の囁きに、僚は一瞬息を止めた。私も…なんと続けようとしたのだろう。
 くらくらと眩む頭で一生懸命思い浮かべようとするが、真っ白な瞬間が塗りつぶす。

「中に、なかに……!」
「出してもいい?」
「早く……ひぃ!」

 男の手がやんわりと性器を包む。竿を少し強めに扱かれ、後ろと前と、同時に襲い来るすさまじいまでの快美感に僚は大きく背を反らした。
 歯を食いしばって低く呻き、一気に駆け抜ける。
 男の激しさはいよいよ増し、単調ながら狙いを定めて穿たれ、僚は何度も息を吐き出した。
 奥で男のものが一段膨れ上がるのを感じ取る。
 くる、と思った瞬間には、腰の奥に熱いものを浴びせられていた。
 飛び上がりそうなほどの勢いに、僚もまた絶頂を迎えた。先端から解放する快さに何度もわななき、かすれた嬌声をもらし、僚は真っ白な歓びに浸った。

 

 

 

「気分はどうかな」

 ソファーに座り身体を休める僚の隣に腰かけ、神取は尋ねた。どこか痛むところはないかと続けると、神妙な顔で僚は俯いた。

「……ある。乳首が」

 ぎくりとした直後聞こえた単語と、深刻さを装いたいのにどうしても唇の端が震えてしまう僚の詰めの甘さに、神取もまた笑いをもらした。

「そこは、今日は触っていないよ」
「触ってないから痛いんだよ」
「そいつは難儀だ」
「ああもう、なんであそこで笑っちゃったかな」

 もっと焦らせてやりたかったのにと、僚は演じきれなかった自分を悔やんで笑った。

「そこが君のいいところだ」

 神取は手を伸ばし、肩を抱くようにして引き寄せた。僚は素直に頭をもたれさせると、肩にかかる手を掴み自分の頬に触らせ、軽くキスをした。
 可愛い仕草に神取は微笑し、そっと頬を撫でた。
 先ほど戸締りついでに外を伺ったところ、やはりまだ雨はしとしと降り続いていた。いつもの大通りではなく、アパートの前まで彼を送る、その分だけ長く一緒に過ごせると、胸中密かに喜ぶ。
 僚は頬にかかる男の手で、ちょこちょこと遊んだ。指を摘まんだり引っ張ったり曲げさせたり、小さないたずらを繰り返す。
 神取は気付かれぬようそっと時刻を確認した。もう、彼を送らねばならないが、まだこうしていたい。出来ればずっと、こうしていたい。
 あと一分だけ。
 長く短い一分間、何か話すでなく、するでもなく、ただ並んで座りお互いがいる事に安心する一分間を、大事に過ごした。

 

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